新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
92 / 133
11.ひとりきり

2

しおりを挟む
 その時俺は弐藤さんの顔を見てた。
 どうしてか全く思い出せないんだけど。
 で。
 大きくて黒目勝ちの吊り上がった目。薄い眉毛。
 小柄で、手足、っていうか体全体が細くて色が白くて。
 顎と鼻と口が小さい。
 そのくせ顔が小さいわけではなく、寧ろ体と比例すると頭だけちょっとデカいような。
 あれ、これって?
 俺だけか? そう思ってんの。
 同意を取ろうと鈴木に、
『似てるよな。宇宙人に』
『は? 何が?』
『弐藤さん。
  エリア31? だっけ? そのへんの写真とかによくある…グレイ…だっけ?』
『…ああ!』
 ナイスリアクションの鈴木の顔を見て、自分の勘の間違い無さにスッキリしたもんだった。
 最近見ても思う。
 中二になった俺と四月一日あたりが両サイドに立って手をとったら、完全に一致! って。
 まあでも、その時はそれで終わり。
 単なる感想。
 俺も、同意した鈴木も、だ。
 悪意があった訳では全くない。
 女子の見た目に対する評価として最悪だったのはそうだろうけど、別に誰にも聞こえちゃいなかったんだろうし。クラスに広がる事もなかったんだからなおのことだ。
 鈴木もーーちゃんとLINEについてけてて、割とそういう情報を俺に連携してたーー『宇宙人』が普及してるなんてこと一回も話題に上げてなかったし。
 それがどういうわけか普及しちゃったのが今年。多分イジメ首謀者群の奴等が似たようなことを思いついたんだろう。
 で、思い出したわけだ。
 そういや俺、去年そんなこと言った気がする、と。
 普及してきたことにびっくりしつつ、普及するまで思い出しもしなかった自分にもびっくりしつつ、勘はやっぱ間違い無かったと思いつつ。
 その頃弐藤さんをチラチラ横目で見ることが多くなってたなぁ。
 自分の中で後ろめたさだけがずんずん膨らんで、バランス取れなくなりそうってのが理由だけど。
 でも、いつ見ても、弐藤さんは普通だった。
『まじ宇宙人やめて~?』
 キャハハと笑う武藤さん一派に耳を貸すこともなく黙々と本を読む姿。
 数学でその章の練習問題欄の一番最後の方にある、多分一番難しい奴当てられても、前に出てさらっと答えを黒板に書き。
 こそこそなんか言いあってるヤロー共に怯むことなく振り返り、コケそうになりながらも、自席に戻る姿。
 ぺたぺたとスリッパの音を立てるあのクセのある歩き方。それを揶揄されても、おどおどしたりしない。
 ああいうのを『強い』って言うんだろう。
「正直、尊敬してるんだ」
 田中は濡れ衣であんなんあった後、コソコソしてるけど、弐藤さんはそういう事がない。
 多少挙動不審に見えるのも、多分ただの特徴でしかなくて。
 それが分かってて、自分で自分を受け入れてるように見える。
 周りの同級生と比べて一回り人間が大きい気がした。
 だから武藤さんの『中』で弐藤さんが崇められてるみたいだったのは、俺自身の価値観的には全然YES。
 俺が思ってる武藤さんの価値観からすると謎でしょうがなかったけど。
 …いや、謎はあの2人に限ったこっちゃないな。
 親父、母さん、川藤さん、矢島、四月一日、安藤さん、安藤の爺、佐藤、武藤さん、田中、コウダ、じいちゃんなどなど。
 全部引っ括めて、他人って謎だ。
 ああ、親とかを他人に含めるとアレか?
 いやいや、でも、自分じゃないって意味で他人だよ、うん。
 コウダは俺の弐藤さん評に口を挟んだ。
「ニトウさんもお前と同じく顔に出ないと思われてるだけかもしれん。
  が、まあしょうがない。他の候補案もないわけだしな」
 片膝をついて立ち上がったコウダ。ぱんぱんと尻をはたく。
 一仕事済んでほっとしたのは俺も同じ。
「じゃあ、来週火曜日にもう一回で、水曜日決行、本屋帰り、でいいね?」
「ん、それで決まりで」
 言って立ち去ったコウダの後ろ姿はもう見飽きてきた。
 横で欠伸してた犬も今やすっかり寝入ってて。
 飼い主は誰かと喋ってて。
 やる気ねぇなぁ。
 俺もか、と思い至ったのは真っ直ぐ家に帰って残った宿題のプリントを、流石にそろそろと取り出して暫くしたとき。
 全く捗らない。
 シャーペンをノックして芯をギリギリまで伸ばしては、人差し指でそーっと折らないように収納していると、多少落ちた黒鉛がプリントを汚した。
 だって、勉強、嫌いだ。
 プリントの汚れを丁寧に消しゴムで消すと、元々白かった回答欄が消しゴムに付いた黒鉛でさらに汚れ、プリントの真っ黒だった枠は多少白っぽくなった。
 だぁああっ!
 消しゴムを机上に放り投げると、厚紙の立体模型に当たってバウンドし、机の下に落ちる。
 ちっ。逆らいやがって。
 足元のそれを拾いに屈むのも面倒になり、この前いじってた基盤から生えるLEDの先端を指でなでて気を紛らわした。
 つるっとした手触り。
 消しゴムやシャーペンと違って基盤があるおかげで机から落っこちたり汚れたりしない。
 安心感に満たされ出したあたりで。
 ふと、全然関係ないことが気になった。
 次は弐藤さんで決まったけど、その次どうすんだ?
 田中? ひととなりってとこにスポットをあてて順当にチョイスすればそうだろう。
 でも背後を狙いにくそうという点が解消されてない。
 ほかは山田・向井になるわけだけど、他もいいのいないもんかな。
 んー…。
 あれ、そういえば。
 先生は?
 チビメ、たしか帰りちょっとしてから学校裏門らへんの見回りしてるし、背後狙うのもやれるかも。
 恵比須も、意外と。
 だって授業終わると大抵理科室に一人だ。
 あれ? ホームベースは?
 チビメと同じく見回りするし。
 先生!
 コレ、いけるんじゃね?
 ひととなりが分からないと、ってコウダは言うけど、わかんない大人の方がわかんない中学生よりは絶対落ち着いてるでしょ。
 よし、今度提案してみよう。
 意外と俺、建設的じゃないか。
 あの欠伸犬とまったり飼い主を思い出す。
 有意義に休みの時間を使えた。
 やつらとは違う。
 満足。
 喜びにシャーペンをくるくる回す。
 晩飯、ちょっと凝ったのにしようかな。
 あんかけチャーハンとかどうだろう。
 湯気のたつアツアツトロトロの餡が、香ばしい炒飯にON。
 へへ。よだれ出てきた。
 そうと決まれば早めに支度だ。
 めくっていた国語の宿題のプリントをクリアファイルに挟み、筆記具を筆箱に仕舞う。
 宿題のいくつかが終わってないことを思い出し焦ってじたばたし出すのは、日曜の午後になってから。
 消しゴムを拾ったのも、その時だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さよなら、私の愛した世界

東 里胡
ライト文芸
十六歳と三ヶ月、それは私・栗原夏月が生きてきた時間。 気づけば私は死んでいて、双子の姉・真柴春陽と共に自分の死の真相を探求することに。 というか私は失くしたスマホを探し出して、とっとと破棄してほしいだけ! だって乙女のスマホには見られたくないものが入ってる。 それはまるでパンドラの箱のようなものだから――。 最期の夏休み、離ればなれだった姉妹。 娘を一人失い、情緒不安定になった母を支える元家族の織り成す新しいカタチ。 そして親友と好きだった人。 一番大好きで、だけどずっと羨ましかった姉への想い。 絡まった糸を解きながら、後悔をしないように駆け抜けていく最期の夏休み。 笑って泣ける、あたたかい物語です。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

前世を越えてみせましょう

あんど もあ
ファンタジー
私には前世で殺された記憶がある。異世界転生し、前世とはまるで違う貴族令嬢として生きて来たのだが、前世を彷彿とさせる状況を見た私は……。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

処理中です...