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11.ひとりきり
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「起立、礼」
がたがた机を移動し始める教室。
秋休み明けは夏休み明けと違って始業式など特に無く、普通の休み明けと同じ。
6時間の授業ーーっていうか宿題のチェック&提出会ーーが終わって、今週は教室掃除。
暑い時期だとまだそこまで辛くない窓拭き。
上の磨りガラスを拭くと、拭いた所だけ透明に近づいた。
向こう側は見えないけど強く差し込む光。
明後日のターゲット予定、弐藤さんはT字箒を教室の奥からU字を描いて折り返す。
等間隔に隙間なく掃き進め、綺麗になったところに。
忘れてた、と山田さんが消し始めた黒板からチョークの粉がらはらと落ちていく。
俺は見てた。
鶴見も見てたんじゃないかと思う。
田室は…微妙なとこだけど、見てた、かな。あの角度だと。
山田さんが黒板消しを置き、他のメンバーが箒を壁に立て掛け、全員が机を戻し始めた後になって、田室がそのチョークの白とピンクと黄色の粉に気づいた。
「これじゃダメじゃね?」
「え? 弐藤さんが掃いてたじゃん」
弐藤さんの方を、田室・山田さん・鶴見が揃ってじーっと見つめる。
「ごめん」
弐藤さんは謝ってそのチリを掃いた。
山田さんの溜息が聞こえる。
田室と鶴見は黙ってその様子を見て、机を移動させた。
日直の文字を書き終えた山田さんは、教室の後ろ側の掃除を終えるとゴミをかき集め、ゴミ捨てに出て行った。
鶴見は机を戻しながらぼそっと、
「女子のあーいうのほんと」
「あれ? そなの? まあ、でもさ。そう…言うなって」
田室はニヤニヤするような苦虫を噛み潰すような面倒そうな顔を一瞬見せたあと首を横に振った。
弐藤さんは聞こえてないんだろうか。
あの距離で? そんなわけないだろ。
でも、別に普通。
箒を片づけ、山田さんが乱雑に放り出した黒板消しを改めてきれいにした後、その痕跡を山田さんがかえってくるまでに全てきれいに無くし、帰り仕度をした。
全員揃うとすごすご帰宅。
本当に休み明け初日から気分が悪い。
女子も男子も、ああいうのほんと。
見ないフリする俺もほんと…。
窓の外は青空。
教室内のグロテスクな人間模様など何処吹く風だ。
作業量多めの教室掃除の帰りだけに、廊下の人は減ってきてて。
部活の声はもう休み前と同じようになっている。
あーあ。これで長い休みは冬までお預けかぁ。
校舎の下駄箱に向かい、スリッパを仕舞って靴を適当にはきながら、簀の子の上からコンクリートに踏み出そうとした時だった。
ビリリッバッサッッ
バサササッガッ
慌てたようなそれに、つい振り返ると。
音の主と目があった。
まさか。
中腰で固まってるのは田中。
紙袋が破れ、中身だけ落ちたのを慌てて拾い上げる途中である模様。
田中の手に掴まれた雑誌表紙のビキニ女子は、おっぱいを両腕で寄せて俺に微笑みかけた。
今しかない。
そうだ。
俺は、待ってたんじゃないのか?
これを。この時を。
拾った物を鞄に突っ込みながら、俺の横を上履きのまま走り去ろうとする田中。
その腕を掴んだ。
むにゅり。
太くてつかみきれないそれは振り切られる。
手首をつかもうとするも、避けられ。
グラウンドから差し込む光。
「待て、違う!」
光の中に消えかかる田中に叫んだ。
「チクったりしねえ! 俺…」
チラリと田中が振り返る。
「スゲえと思ったんだ! なんで買ってんのか知りたいだけだ!」
形相の田中は足早にずかずかと戻って来た。
「声、でけえし」
艶やかに汗ばんだ丸顔は、下から俺をキッと睨みつける。
ヘリウムガスを飲んだように裏返ったそれは、ドスの効きすぎたドラマのヤクザより凄みがあった。
「悪い」
取り敢えず謝ったら、田中は余計イライラした顔になった。
「で!?」
こいつこんなやつだっけ?
いつもの田中はこそっと教室の片隅に佇んでウンとかスンとか言うだけ。
強硬姿勢をとる素振りは一度も見たことがなかった。
多少ビビって次の言葉に迷ってると、
「早ぅせぃや」
益々ぴりぴりしてきた。
早く言おう。
「知りたいんだ」
「何を」
「何で、エロ本、わざわざ紙で買ってんのか。
それも学校の行き掛けにあそこのコンビニで」
田中の顔が一気に赤くなる。
うわっ。
田中が俺の胸倉を掴んで引き寄せたせいで、足元のバランスが崩れる。
踏ん張って持ちこたえた俺の額の傷に田中の額があたりそうになるくらい顔が近寄ったところで、田中は歯噛みしながら小声で力強く悪態をついた。
「何で知ってんだよ、アア゛!!??」
うっわぁ…。ケンカに突入するヤンキーってこんなんなのかな。
ヤンキーとは全く無縁の見た目とキャラの田中。
このプレッシャーのかけ方、一見の価値アリだ。
「朝一回見かけて、後つけたから」
小声でぼそぼそ事実を伝えると、手を離した田中はパチクリ瞬きしながらチッと大袈裟に舌打ちした。
その間もずっと俺を睨みっぱなし。
と、突如。
「だぁーーーーっ!」
バリバリと両手で髪の毛をぐっしゃぐしゃにしたと思ったら、手を離して首を左右に軽く振る。
サラツヤの髪は何事も無かったかのように元に戻った。
そのまま目をつぶり、
「あーーー…」
沈黙。
沈黙。
沈黙…。
再び田中が目を見開くと、その瞳孔は大きく、俺に向かって開かれた。
「絶対、誰にも言うなよ」
裏返っていた声は、声変わり後の男の、野太いバリトンになった。
がたがた机を移動し始める教室。
秋休み明けは夏休み明けと違って始業式など特に無く、普通の休み明けと同じ。
6時間の授業ーーっていうか宿題のチェック&提出会ーーが終わって、今週は教室掃除。
暑い時期だとまだそこまで辛くない窓拭き。
上の磨りガラスを拭くと、拭いた所だけ透明に近づいた。
向こう側は見えないけど強く差し込む光。
明後日のターゲット予定、弐藤さんはT字箒を教室の奥からU字を描いて折り返す。
等間隔に隙間なく掃き進め、綺麗になったところに。
忘れてた、と山田さんが消し始めた黒板からチョークの粉がらはらと落ちていく。
俺は見てた。
鶴見も見てたんじゃないかと思う。
田室は…微妙なとこだけど、見てた、かな。あの角度だと。
山田さんが黒板消しを置き、他のメンバーが箒を壁に立て掛け、全員が机を戻し始めた後になって、田室がそのチョークの白とピンクと黄色の粉に気づいた。
「これじゃダメじゃね?」
「え? 弐藤さんが掃いてたじゃん」
弐藤さんの方を、田室・山田さん・鶴見が揃ってじーっと見つめる。
「ごめん」
弐藤さんは謝ってそのチリを掃いた。
山田さんの溜息が聞こえる。
田室と鶴見は黙ってその様子を見て、机を移動させた。
日直の文字を書き終えた山田さんは、教室の後ろ側の掃除を終えるとゴミをかき集め、ゴミ捨てに出て行った。
鶴見は机を戻しながらぼそっと、
「女子のあーいうのほんと」
「あれ? そなの? まあ、でもさ。そう…言うなって」
田室はニヤニヤするような苦虫を噛み潰すような面倒そうな顔を一瞬見せたあと首を横に振った。
弐藤さんは聞こえてないんだろうか。
あの距離で? そんなわけないだろ。
でも、別に普通。
箒を片づけ、山田さんが乱雑に放り出した黒板消しを改めてきれいにした後、その痕跡を山田さんがかえってくるまでに全てきれいに無くし、帰り仕度をした。
全員揃うとすごすご帰宅。
本当に休み明け初日から気分が悪い。
女子も男子も、ああいうのほんと。
見ないフリする俺もほんと…。
窓の外は青空。
教室内のグロテスクな人間模様など何処吹く風だ。
作業量多めの教室掃除の帰りだけに、廊下の人は減ってきてて。
部活の声はもう休み前と同じようになっている。
あーあ。これで長い休みは冬までお預けかぁ。
校舎の下駄箱に向かい、スリッパを仕舞って靴を適当にはきながら、簀の子の上からコンクリートに踏み出そうとした時だった。
ビリリッバッサッッ
バサササッガッ
慌てたようなそれに、つい振り返ると。
音の主と目があった。
まさか。
中腰で固まってるのは田中。
紙袋が破れ、中身だけ落ちたのを慌てて拾い上げる途中である模様。
田中の手に掴まれた雑誌表紙のビキニ女子は、おっぱいを両腕で寄せて俺に微笑みかけた。
今しかない。
そうだ。
俺は、待ってたんじゃないのか?
これを。この時を。
拾った物を鞄に突っ込みながら、俺の横を上履きのまま走り去ろうとする田中。
その腕を掴んだ。
むにゅり。
太くてつかみきれないそれは振り切られる。
手首をつかもうとするも、避けられ。
グラウンドから差し込む光。
「待て、違う!」
光の中に消えかかる田中に叫んだ。
「チクったりしねえ! 俺…」
チラリと田中が振り返る。
「スゲえと思ったんだ! なんで買ってんのか知りたいだけだ!」
形相の田中は足早にずかずかと戻って来た。
「声、でけえし」
艶やかに汗ばんだ丸顔は、下から俺をキッと睨みつける。
ヘリウムガスを飲んだように裏返ったそれは、ドスの効きすぎたドラマのヤクザより凄みがあった。
「悪い」
取り敢えず謝ったら、田中は余計イライラした顔になった。
「で!?」
こいつこんなやつだっけ?
いつもの田中はこそっと教室の片隅に佇んでウンとかスンとか言うだけ。
強硬姿勢をとる素振りは一度も見たことがなかった。
多少ビビって次の言葉に迷ってると、
「早ぅせぃや」
益々ぴりぴりしてきた。
早く言おう。
「知りたいんだ」
「何を」
「何で、エロ本、わざわざ紙で買ってんのか。
それも学校の行き掛けにあそこのコンビニで」
田中の顔が一気に赤くなる。
うわっ。
田中が俺の胸倉を掴んで引き寄せたせいで、足元のバランスが崩れる。
踏ん張って持ちこたえた俺の額の傷に田中の額があたりそうになるくらい顔が近寄ったところで、田中は歯噛みしながら小声で力強く悪態をついた。
「何で知ってんだよ、アア゛!!??」
うっわぁ…。ケンカに突入するヤンキーってこんなんなのかな。
ヤンキーとは全く無縁の見た目とキャラの田中。
このプレッシャーのかけ方、一見の価値アリだ。
「朝一回見かけて、後つけたから」
小声でぼそぼそ事実を伝えると、手を離した田中はパチクリ瞬きしながらチッと大袈裟に舌打ちした。
その間もずっと俺を睨みっぱなし。
と、突如。
「だぁーーーーっ!」
バリバリと両手で髪の毛をぐっしゃぐしゃにしたと思ったら、手を離して首を左右に軽く振る。
サラツヤの髪は何事も無かったかのように元に戻った。
そのまま目をつぶり、
「あーーー…」
沈黙。
沈黙。
沈黙…。
再び田中が目を見開くと、その瞳孔は大きく、俺に向かって開かれた。
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