93 / 133
11.ひとりきり
3
しおりを挟む
「起立、礼」
がたがた机を移動し始める教室。
秋休み明けは夏休み明けと違って始業式など特に無く、普通の休み明けと同じ。
6時間の授業ーーっていうか宿題のチェック&提出会ーーが終わって、今週は教室掃除。
暑い時期だとまだそこまで辛くない窓拭き。
上の磨りガラスを拭くと、拭いた所だけ透明に近づいた。
向こう側は見えないけど強く差し込む光。
明後日のターゲット予定、弐藤さんはT字箒を教室の奥からU字を描いて折り返す。
等間隔に隙間なく掃き進め、綺麗になったところに。
忘れてた、と山田さんが消し始めた黒板からチョークの粉がらはらと落ちていく。
俺は見てた。
鶴見も見てたんじゃないかと思う。
田室は…微妙なとこだけど、見てた、かな。あの角度だと。
山田さんが黒板消しを置き、他のメンバーが箒を壁に立て掛け、全員が机を戻し始めた後になって、田室がそのチョークの白とピンクと黄色の粉に気づいた。
「これじゃダメじゃね?」
「え? 弐藤さんが掃いてたじゃん」
弐藤さんの方を、田室・山田さん・鶴見が揃ってじーっと見つめる。
「ごめん」
弐藤さんは謝ってそのチリを掃いた。
山田さんの溜息が聞こえる。
田室と鶴見は黙ってその様子を見て、机を移動させた。
日直の文字を書き終えた山田さんは、教室の後ろ側の掃除を終えるとゴミをかき集め、ゴミ捨てに出て行った。
鶴見は机を戻しながらぼそっと、
「女子のあーいうのほんと」
「あれ? そなの? まあ、でもさ。そう…言うなって」
田室はニヤニヤするような苦虫を噛み潰すような面倒そうな顔を一瞬見せたあと首を横に振った。
弐藤さんは聞こえてないんだろうか。
あの距離で? そんなわけないだろ。
でも、別に普通。
箒を片づけ、山田さんが乱雑に放り出した黒板消しを改めてきれいにした後、その痕跡を山田さんがかえってくるまでに全てきれいに無くし、帰り仕度をした。
全員揃うとすごすご帰宅。
本当に休み明け初日から気分が悪い。
女子も男子も、ああいうのほんと。
見ないフリする俺もほんと…。
窓の外は青空。
教室内のグロテスクな人間模様など何処吹く風だ。
作業量多めの教室掃除の帰りだけに、廊下の人は減ってきてて。
部活の声はもう休み前と同じようになっている。
あーあ。これで長い休みは冬までお預けかぁ。
校舎の下駄箱に向かい、スリッパを仕舞って靴を適当にはきながら、簀の子の上からコンクリートに踏み出そうとした時だった。
ビリリッバッサッッ
バサササッガッ
慌てたようなそれに、つい振り返ると。
音の主と目があった。
まさか。
中腰で固まってるのは田中。
紙袋が破れ、中身だけ落ちたのを慌てて拾い上げる途中である模様。
田中の手に掴まれた雑誌表紙のビキニ女子は、おっぱいを両腕で寄せて俺に微笑みかけた。
今しかない。
そうだ。
俺は、待ってたんじゃないのか?
これを。この時を。
拾った物を鞄に突っ込みながら、俺の横を上履きのまま走り去ろうとする田中。
その腕を掴んだ。
むにゅり。
太くてつかみきれないそれは振り切られる。
手首をつかもうとするも、避けられ。
グラウンドから差し込む光。
「待て、違う!」
光の中に消えかかる田中に叫んだ。
「チクったりしねえ! 俺…」
チラリと田中が振り返る。
「スゲえと思ったんだ! なんで買ってんのか知りたいだけだ!」
形相の田中は足早にずかずかと戻って来た。
「声、でけえし」
艶やかに汗ばんだ丸顔は、下から俺をキッと睨みつける。
ヘリウムガスを飲んだように裏返ったそれは、ドスの効きすぎたドラマのヤクザより凄みがあった。
「悪い」
取り敢えず謝ったら、田中は余計イライラした顔になった。
「で!?」
こいつこんなやつだっけ?
いつもの田中はこそっと教室の片隅に佇んでウンとかスンとか言うだけ。
強硬姿勢をとる素振りは一度も見たことがなかった。
多少ビビって次の言葉に迷ってると、
「早ぅせぃや」
益々ぴりぴりしてきた。
早く言おう。
「知りたいんだ」
「何を」
「何で、エロ本、わざわざ紙で買ってんのか。
それも学校の行き掛けにあそこのコンビニで」
田中の顔が一気に赤くなる。
うわっ。
田中が俺の胸倉を掴んで引き寄せたせいで、足元のバランスが崩れる。
踏ん張って持ちこたえた俺の額の傷に田中の額があたりそうになるくらい顔が近寄ったところで、田中は歯噛みしながら小声で力強く悪態をついた。
「何で知ってんだよ、アア゛!!??」
うっわぁ…。ケンカに突入するヤンキーってこんなんなのかな。
ヤンキーとは全く無縁の見た目とキャラの田中。
このプレッシャーのかけ方、一見の価値アリだ。
「朝一回見かけて、後つけたから」
小声でぼそぼそ事実を伝えると、手を離した田中はパチクリ瞬きしながらチッと大袈裟に舌打ちした。
その間もずっと俺を睨みっぱなし。
と、突如。
「だぁーーーーっ!」
バリバリと両手で髪の毛をぐっしゃぐしゃにしたと思ったら、手を離して首を左右に軽く振る。
サラツヤの髪は何事も無かったかのように元に戻った。
そのまま目をつぶり、
「あーーー…」
沈黙。
沈黙。
沈黙…。
再び田中が目を見開くと、その瞳孔は大きく、俺に向かって開かれた。
「絶対、誰にも言うなよ」
裏返っていた声は、声変わり後の男の、野太いバリトンになった。
がたがた机を移動し始める教室。
秋休み明けは夏休み明けと違って始業式など特に無く、普通の休み明けと同じ。
6時間の授業ーーっていうか宿題のチェック&提出会ーーが終わって、今週は教室掃除。
暑い時期だとまだそこまで辛くない窓拭き。
上の磨りガラスを拭くと、拭いた所だけ透明に近づいた。
向こう側は見えないけど強く差し込む光。
明後日のターゲット予定、弐藤さんはT字箒を教室の奥からU字を描いて折り返す。
等間隔に隙間なく掃き進め、綺麗になったところに。
忘れてた、と山田さんが消し始めた黒板からチョークの粉がらはらと落ちていく。
俺は見てた。
鶴見も見てたんじゃないかと思う。
田室は…微妙なとこだけど、見てた、かな。あの角度だと。
山田さんが黒板消しを置き、他のメンバーが箒を壁に立て掛け、全員が机を戻し始めた後になって、田室がそのチョークの白とピンクと黄色の粉に気づいた。
「これじゃダメじゃね?」
「え? 弐藤さんが掃いてたじゃん」
弐藤さんの方を、田室・山田さん・鶴見が揃ってじーっと見つめる。
「ごめん」
弐藤さんは謝ってそのチリを掃いた。
山田さんの溜息が聞こえる。
田室と鶴見は黙ってその様子を見て、机を移動させた。
日直の文字を書き終えた山田さんは、教室の後ろ側の掃除を終えるとゴミをかき集め、ゴミ捨てに出て行った。
鶴見は机を戻しながらぼそっと、
「女子のあーいうのほんと」
「あれ? そなの? まあ、でもさ。そう…言うなって」
田室はニヤニヤするような苦虫を噛み潰すような面倒そうな顔を一瞬見せたあと首を横に振った。
弐藤さんは聞こえてないんだろうか。
あの距離で? そんなわけないだろ。
でも、別に普通。
箒を片づけ、山田さんが乱雑に放り出した黒板消しを改めてきれいにした後、その痕跡を山田さんがかえってくるまでに全てきれいに無くし、帰り仕度をした。
全員揃うとすごすご帰宅。
本当に休み明け初日から気分が悪い。
女子も男子も、ああいうのほんと。
見ないフリする俺もほんと…。
窓の外は青空。
教室内のグロテスクな人間模様など何処吹く風だ。
作業量多めの教室掃除の帰りだけに、廊下の人は減ってきてて。
部活の声はもう休み前と同じようになっている。
あーあ。これで長い休みは冬までお預けかぁ。
校舎の下駄箱に向かい、スリッパを仕舞って靴を適当にはきながら、簀の子の上からコンクリートに踏み出そうとした時だった。
ビリリッバッサッッ
バサササッガッ
慌てたようなそれに、つい振り返ると。
音の主と目があった。
まさか。
中腰で固まってるのは田中。
紙袋が破れ、中身だけ落ちたのを慌てて拾い上げる途中である模様。
田中の手に掴まれた雑誌表紙のビキニ女子は、おっぱいを両腕で寄せて俺に微笑みかけた。
今しかない。
そうだ。
俺は、待ってたんじゃないのか?
これを。この時を。
拾った物を鞄に突っ込みながら、俺の横を上履きのまま走り去ろうとする田中。
その腕を掴んだ。
むにゅり。
太くてつかみきれないそれは振り切られる。
手首をつかもうとするも、避けられ。
グラウンドから差し込む光。
「待て、違う!」
光の中に消えかかる田中に叫んだ。
「チクったりしねえ! 俺…」
チラリと田中が振り返る。
「スゲえと思ったんだ! なんで買ってんのか知りたいだけだ!」
形相の田中は足早にずかずかと戻って来た。
「声、でけえし」
艶やかに汗ばんだ丸顔は、下から俺をキッと睨みつける。
ヘリウムガスを飲んだように裏返ったそれは、ドスの効きすぎたドラマのヤクザより凄みがあった。
「悪い」
取り敢えず謝ったら、田中は余計イライラした顔になった。
「で!?」
こいつこんなやつだっけ?
いつもの田中はこそっと教室の片隅に佇んでウンとかスンとか言うだけ。
強硬姿勢をとる素振りは一度も見たことがなかった。
多少ビビって次の言葉に迷ってると、
「早ぅせぃや」
益々ぴりぴりしてきた。
早く言おう。
「知りたいんだ」
「何を」
「何で、エロ本、わざわざ紙で買ってんのか。
それも学校の行き掛けにあそこのコンビニで」
田中の顔が一気に赤くなる。
うわっ。
田中が俺の胸倉を掴んで引き寄せたせいで、足元のバランスが崩れる。
踏ん張って持ちこたえた俺の額の傷に田中の額があたりそうになるくらい顔が近寄ったところで、田中は歯噛みしながら小声で力強く悪態をついた。
「何で知ってんだよ、アア゛!!??」
うっわぁ…。ケンカに突入するヤンキーってこんなんなのかな。
ヤンキーとは全く無縁の見た目とキャラの田中。
このプレッシャーのかけ方、一見の価値アリだ。
「朝一回見かけて、後つけたから」
小声でぼそぼそ事実を伝えると、手を離した田中はパチクリ瞬きしながらチッと大袈裟に舌打ちした。
その間もずっと俺を睨みっぱなし。
と、突如。
「だぁーーーーっ!」
バリバリと両手で髪の毛をぐっしゃぐしゃにしたと思ったら、手を離して首を左右に軽く振る。
サラツヤの髪は何事も無かったかのように元に戻った。
そのまま目をつぶり、
「あーーー…」
沈黙。
沈黙。
沈黙…。
再び田中が目を見開くと、その瞳孔は大きく、俺に向かって開かれた。
「絶対、誰にも言うなよ」
裏返っていた声は、声変わり後の男の、野太いバリトンになった。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
黄金の魔族姫
風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」
「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!
──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?
これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。
──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!
※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。
※表紙は自作ではありません。
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
無自覚チートの俺がモテまくるのは世界の仕様ですか?
eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・陽翔は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移した。女神から「世界最強の加護」を与えられたはずが、本人はただの一般人だと思い込んでいる。魔物を倒せば「たまたま弱かった」と言い、国を救えば「運が良かっただけ」と謙遜する。そんな無自覚チートに、天才剣士、氷の魔導士、猫耳族の長女、元気っ子冒険者が次々と惹かれていく。一方、陽翔の存在を脅威と見る貴族や邪神教団が暗躍し……。気づけばハーレム状態の陽翔が、世界を救う日は来るのか?王道異世界ファンタジー、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる