新説 六界探訪譚

楕草晴子

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12.第五界

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「…それからニに200年を経た今、人口増にょよる地球の食糧減、地球寒冷化を乗り越え、数少ない肉体をお持ち…ンノ皆様くぁここを訪れて下さってぃることうぉ私共カグヤ観光一同、心より歓迎致します。
 以上で、解説ををををわります」
 なんかすごいことになってんぞ。
 壊れてんのかこのウインドウ解説装置。
 画像が乱れたりするような異常はないんだけどなぁ。
 それに地球寒冷化? 温暖化じゃなくて?
「何かご質問ございマースでしょカ」
 コウダがまた首を横に振る。
「かしこまりました。
  月面観光スポットはこもっとほじっるマぷっぷをごさっさっっっんしょーー…キーーーーーン…くっダっし。
  位置ジョーホーのおんせせせいガイドはひつようでっでえええええああああしこまりました。
  ごせちょーーありありありありー…キキキィー…ーーとござやーーした」
 丁重に御辞儀してガイドのアバターは消え、地図が現れる。
 …さて、この後、どうすっかな。
 取り敢えず出してくれたわけだし。
 目の前の地図を見ることにしよう。
 ウインドウには月面図。
 星と丸でマークされてるところから吹き出しが出てる。
 たぶんだけど、必見スポットが星、マニア向けが丸だな。
 所々にある住宅地とオフィス街のイラストが軒並星マークになってる。
 遺跡ってこと?
 まじか。200年で住居が遺跡になるって、何があったんだか。
 もしかして肉体を持った人間がいなくなって遺跡になってるってことなのか?
 それ、やばくね?
「何を危険と考えるかで行き先が変わるな」
 多少考え込んだコウダ。
「そもそも今の案内、壊れてたじゃん。
  情報正しいか微妙なんじゃね?」
「声だけだろ。しかも最後の最期だけ。目安なしで闇雲に歩くよりマシだ」
 それもそうかなぁ…。んー。
 腑に落ちないなぁ。
「弐藤さんがSF小説を読んでいる可能性がさっきの解説で否定できなくなった。
  御三家と言われる超有名所作家の一人の作品に、月が流刑地になってて独立戦争が勃発するやつがあるんだ。
  舞台設定がだいぶ違うし、ニトウさんが学者嗜好ならドンパチやるようなのは好きではないと思われるから、大きな心配は不要だとは思う。
  それでも…何も無いところに行くのは懸念が残る」
 やっぱ宇宙戦争的なキーワードの小説ってあるんだ。
 さっき地雷は俺も一瞬考えたもんな。
「仮に町の目印を目指して進んで、地図が間違っていたとしても、ここまで来た感じ何もない砂地なわけだし。
 観光地と書いてある所がやばくないとは限らないが、何もないよりは人が来ている保証がある場所の方が、戦地のイメージから外れる分安心だと思う。
 もちろん町や観光地で知人にばったり会うリスクは頭に入れておいたうえでな」
 まあ…うん、そうか。なるほどね。
 目指す地点候補があると多少張り合いもあるし。
 目鼻が付くと他のことが急に気になった。
 …そういや、俺が踏んだのって結局何だったんだろ。
 自分の足跡にしゃがみ込み、砂を払う。
 フツーにご家庭の電気のスイッチと同じようなロッカースイッチ。
 パチっとONになってる。
 その周りに説明っぽいのと、どうもこのスイッチがあった操作盤の蓋らしきものが見えた。
 さらに砂を払う。
 箱の外枠、か? コレ。
 どうも地面に埋め込まれていた箱が上に飛び出し、箱の外側が壊れ、更に砂がかかった結果隠しスイッチになったということらしかった。
 箱の外枠の劣化は特に激しい。かなり分厚い強化プラスチック製のようだけど、もうベッキベキ。
 意図的な罠って感じじゃねぇな。
 シューーー…ン
 ピーンポーン
 ん?
 ウインドウの丁度裏側から聞こえた風切音と注意喚起的なチャイムの音に思わず立ち上がる。
 多少砂埃が舞って、ウインドウのど真ん中を突っ切ってきたのは。
 …ナニあれ。
 新幹線の先端みたいな。
 車サイズだけど。
 床と後ろの壁が不透明で、全面の湾曲したところだけはスケスケ。
 誰も乗ってない。椅子とかもない。
 それにどう見ても地面からちょっと浮いてんだけど。
 ホバークラフトはもっとアカ抜けない感じだったと記憶してる。
 それにどっから出てきた?
 新幹線の先端は遠慮なしにこっちに近づいて来る。
 ちょっちょっとぉ~…。
 よくよく見ると透明な先端の中に半球型の何かが付いてる。
 ウインドウを通り越し、コウダと俺の目の前でぴったりと停止。
 その半球型の中にカメラが見えた。
 …兵器じゃないといいけど。
「は、はジめましテ。
  かかぐや観光『MOON-TAXI』チャンドラヤーン系1039号でごザマす。
  にに肉体をお持ちとのことで連絡ウケマシておデムカえに上がりました。
  行きサきはおくく…きまりでしょか」
 タクシーだったのか。
 でも聞かれても。
 行き先なんて決まってるわけねーし。ってか返事して弐藤さんに繋がったりしたらどうすんだよ。
 コウダの喉元で唾が飲見込まれる音が、いつもよりデカい気がした。
「あレ? ゲンゴ違うかな。
  ニホンゴ、これであってるじゃなかったでしようか」
 微妙に違うけどまあわかるからいい。
 しかもこれ、返事しないと言語チェンジされてわかんなくなるパターンじゃね?
 でも、だからって逃げたら不審者扱いされて警察に通報されることもありえそうだ。
 もう様子見とかしてる状況じゃないな。
「あ…あってます」
 慌てて返事した俺。
 コウダは一瞬俺を見て、また相手を見る。
「わかりました。このままで」
「もう少し待ってもらえますか?」
「はい。かしこまりました。
  決まったらお声がけください」
 おお、マシンの声、さっきより流暢になってんぞ。
 一瞬にして学習したのか。頭いいなこいつ。俺、無理。
「どうする?」
 ノープランで聞くと、コウダはちょっとだけ悩んで、直接タクシーに言った。
「じゃあ、ここから一番遠い所に。
  できるだけ多くの星マークの遺跡群を車上から鑑賞したい。
  道すがら遺跡群周辺にきたら車内で観光案内してもらえないか」
 おおっと割と高度な要求じゃんか。
「かしこまりました。ではこちらからご乗車下さい」
 タクシーは回転し、アヒル口の前面と違って下寄りのおちょぼ口になってる後ろ側が俺達の方に向く。
 おちょぼ口の先端にあるドアがばたんと下向きに倒れ、スロープになった。
 言われるがまま上ると、中ではさっきまで無かった椅子が床下から出てきてる最中。
 大丈夫と判断したらしいコウダは真っ先に着席。
 俺もそれに倣おう。
 『中』で椅子に座ることがあろうとは。
「ベルトとか無くていいのかな」
 ガシャンとドアが閉まる音がすると、さっきまで感じていた月の空気はどこへやら。
 そしてなんかオレンジみたいないい匂い。
「あー…、多少風が抜けるようにできないか」
「それはちょっと…」
 コウダが渋い顔になった。
「じゃあ、目的地毎に後ろの入り口を開けて空気を入れ替えてもらえないか」
「ああ、それでしたら」
 なんでそんな面倒臭いことするんだ??
 俺のハテナ顔に気付いたコウダ。
 タクシーが俺に『何か?』って質問する前にと思ったんだろう。
「この狭さで密閉されたら『中』に来た効果がぐっと低くなる。
  窓は開けられなくても空気入れ替えは必要だ。
  すぐ次で下ろしてもらうよりこれに乗っていたほうが安全そうだし」
 空気入れ替えは成程だけど、安全かどうかは…どうだろ。
 ガッシャン
 座ってる椅子の後ろからバーが下り、さらにベルトが自動着用され。
 両肩、腹ががっちりホールドされて。
 ジェットコースターにでも乗るみたい。
 あれ? この乗り物、遊覧的なやつじゃないの?
「いいの? コウダ?」
 一応聞いてみる。
「ベルトの類はいたしかたないだろ」
 う゛ーん、嫌な予感しかしないけどなぁ…。
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