110 / 133
13.気違いじみたゲーム
1
しおりを挟む
みずからに問いかけてみよう。問いという形にまでいたらないものを疑問点として掲げてみよう。
『書物の不在』モーリス・ブランショ より
**********
「はよ」
「…ん」
矢島に気のない返事を返す。
向こうは不満げな顔になった。
「おいおい、アイチャン覇気がないぞ」
「…朝だから」
代替案が出ないまま月曜日の朝になってしまったからだ。
チャイムとともにのろのろと席に着き、朝の連絡もそこそこに進路希望調査票の回収が始まる。
げ。忘れてた。
「書けてないやつ、いるか!」
恐る恐る手を垂直に伸ばす。
矢島も伸ばしてるのが見えた。
カウントされるのがなんとも…。
「帰りまでになんか書いて出せ」
促して立ち去る恵比寿横顔を眺める。
立ち去った後、弐藤さんの顔がセットになって脳裏をよぎった。
向こうの方にいるけど、先週水曜日以降目を合わせたくない。
元々接点も無かった。
こっちが勝手に意識してるだけ。
でもちっちゃい背中がいつもの何倍か大きく見える。
数学のプリントを配るために後ろに体を捻ったその一瞬を見るのも怖い。
小さな背中の威圧で俺が挙動不審になってるのに気付かれないように縮ぢこまって下を向くと、かすれたプリントの文字の下にある紙の繊維まで見えてきそうだった。
1+1と違って、全然2になりそうにない今の俺の気合。
秋晴れの窓の外がうらめしい。
角がすり切れてきてる教科書と、折れ曲がったノートの表紙を伸ばし、プリントをうまいこと机の上にのせようとして落とした。
しまった…。
拾って俺に渡した向井に慌てて会釈する。
小声で『ひっ』と言っておどおどしながら姿勢を正す向井の姿。
こういうの、未だに堪える。
俺のほうもおどおどしてたと思うけど、俺の顔面はそれでも怖いか。
顔。
ああああーーーー…。
自分で地雷を踏んで自爆すると、ぶり返すぐりゅぐりゅしたスライム状の気分で全身がぶよぶよに満たされていく。
授業はいろいろそっちのけ。
分かる最初のほうだけ書いて、後の問題の空欄には適当にランダムな数字を埋めておこう。
それにしても、なんかいい案出せるかと思ったんだけど。
その場しのぎの後、閃かない代わりの策。
諦めるべきなんだろうか。
向井じゃなくて先生とか大人だったら多少罪悪感薄いけど。
でも。
大人だって子供だったりするし。子供より裏表激しいし。
なにより、もうそういうのどうでもいい。
兎に角嫌。
それだけ。
他人の『中』なんて覗きたくない。
その日授業中ずーーーーっとそんなんで。
はっきり言ってサンキュー号の聞いてなかった観光案内どころじゃなく。
今日は殆どノート取った記憶もない。
それでもなぜか字は書いてあった。
聞き覚えのない文字だけが並んでる横線のノートを帰りに開いて吃驚。
俺の無意識パネェわ。
でもこっちは白い。
進路調査票。
なんか書かなきゃ。えー…いいやもうこれで。
第一希望の欄に『高校進学』とだけ書いたその紙。
「矢島ー、相羽ー」
恵比須に呼ばれ、伏せて紙を出すと、ありがたいことに恵比須はその場では見もしなかった。
矢島も伏せて出してる。
何となく目が合った。
にやっとされた。
「おい帰宅部。
用事済んだら早く掃除して帰れ」
「へ~い」
矢島が巫山戯て返事をするも、促した恵比須は取り合わず、そのまま居なくなりもせず。
安藤さんが手渡す日直の日誌を受け取ってからじわじわと立ち去った。
でも今度は安藤さんは何故か立ち去らず、そのまま何故かこっちを向いて。
ぼーっと突っ立ってる俺の顔を繁々眺めた。
な、な、な、何?
見るのは得意じゃないけど、見られるのも得意じゃない。
矢島はもう居なくなってる。
俺も掃除…。
「そのおでこの傷さ」
「ん?」
「間抜けっぽいね」
きょとんとした顔でのほほ~んと口にした言葉が意外と響く。
反応に困ってると、安藤さんはふふっと笑い出し、
「あはははは! ごめんごめん」
くしゃっとさらに大きく笑って、
「思ったこと言っただけだから気にしないで」
安藤さんは居なくなった。
…それ、ひどくね?
間抜けってあれか?
多分安藤の爺が言ってた俺の名前の由来聞いたからか?
確かに髪の毛がその辺だけまだ短くて芝刈り失敗みたいになってるし、前髪で隠れない程度に下にちょろっとしてるから確かに間抜けに見えるかもだ。
でもな、それにしちゃ笑い過ぎだろ。傷消えないんだぞ。しかも実は『中』で安藤さんがつけたんだぞ。
アーモンド型の目もと。
くしゃっと笑うのを何度もリピートさせてみる。
…なんか、いいかな。
間抜けでも。
結構非道いこと言われたんだけど、そのわりにショックがない。
むしろいいもん見たみたいなさっぱり感。
なんだろな。
恵比須に言われたとおりとっとと掃除行こ。
荷物を持って廊下に出て。
階段の踊り場にT字箒を持って上る。
理科室に行く佐藤の後姿。
ゴミ箱を持つ武藤さん。
最上階から弐藤さんが、下りながらゴミを下に掃いて降りてくるのが見えた。
みんな色々だ。
『中』でのあれこれがよぎるけど。
今日こうやって普通に過ごしてると、あんな広大なものを抱えてるようにはとても見えなかった。
本当に現実だったのかとすら思える。
過ぎたことを思い出し、予定通りならあと1回と思うも。
次考えるの、億劫。
このまま何もしないままで、全て終わってしまったらいいのに。
いっそあの『中』に入って消えてしまえたら。
踊り場から下に一段ずつ下りながら、妄想を埃といっしょに階下に掃き下ろして溜めて、1階の埃を集めきったものの手持ち無沙汰。
もちゃもちゃとそれを箒の先でもて遊んでたら、いつの間にか塵取に集められ、みんなゴミになっていた。
『書物の不在』モーリス・ブランショ より
**********
「はよ」
「…ん」
矢島に気のない返事を返す。
向こうは不満げな顔になった。
「おいおい、アイチャン覇気がないぞ」
「…朝だから」
代替案が出ないまま月曜日の朝になってしまったからだ。
チャイムとともにのろのろと席に着き、朝の連絡もそこそこに進路希望調査票の回収が始まる。
げ。忘れてた。
「書けてないやつ、いるか!」
恐る恐る手を垂直に伸ばす。
矢島も伸ばしてるのが見えた。
カウントされるのがなんとも…。
「帰りまでになんか書いて出せ」
促して立ち去る恵比寿横顔を眺める。
立ち去った後、弐藤さんの顔がセットになって脳裏をよぎった。
向こうの方にいるけど、先週水曜日以降目を合わせたくない。
元々接点も無かった。
こっちが勝手に意識してるだけ。
でもちっちゃい背中がいつもの何倍か大きく見える。
数学のプリントを配るために後ろに体を捻ったその一瞬を見るのも怖い。
小さな背中の威圧で俺が挙動不審になってるのに気付かれないように縮ぢこまって下を向くと、かすれたプリントの文字の下にある紙の繊維まで見えてきそうだった。
1+1と違って、全然2になりそうにない今の俺の気合。
秋晴れの窓の外がうらめしい。
角がすり切れてきてる教科書と、折れ曲がったノートの表紙を伸ばし、プリントをうまいこと机の上にのせようとして落とした。
しまった…。
拾って俺に渡した向井に慌てて会釈する。
小声で『ひっ』と言っておどおどしながら姿勢を正す向井の姿。
こういうの、未だに堪える。
俺のほうもおどおどしてたと思うけど、俺の顔面はそれでも怖いか。
顔。
ああああーーーー…。
自分で地雷を踏んで自爆すると、ぶり返すぐりゅぐりゅしたスライム状の気分で全身がぶよぶよに満たされていく。
授業はいろいろそっちのけ。
分かる最初のほうだけ書いて、後の問題の空欄には適当にランダムな数字を埋めておこう。
それにしても、なんかいい案出せるかと思ったんだけど。
その場しのぎの後、閃かない代わりの策。
諦めるべきなんだろうか。
向井じゃなくて先生とか大人だったら多少罪悪感薄いけど。
でも。
大人だって子供だったりするし。子供より裏表激しいし。
なにより、もうそういうのどうでもいい。
兎に角嫌。
それだけ。
他人の『中』なんて覗きたくない。
その日授業中ずーーーーっとそんなんで。
はっきり言ってサンキュー号の聞いてなかった観光案内どころじゃなく。
今日は殆どノート取った記憶もない。
それでもなぜか字は書いてあった。
聞き覚えのない文字だけが並んでる横線のノートを帰りに開いて吃驚。
俺の無意識パネェわ。
でもこっちは白い。
進路調査票。
なんか書かなきゃ。えー…いいやもうこれで。
第一希望の欄に『高校進学』とだけ書いたその紙。
「矢島ー、相羽ー」
恵比須に呼ばれ、伏せて紙を出すと、ありがたいことに恵比須はその場では見もしなかった。
矢島も伏せて出してる。
何となく目が合った。
にやっとされた。
「おい帰宅部。
用事済んだら早く掃除して帰れ」
「へ~い」
矢島が巫山戯て返事をするも、促した恵比須は取り合わず、そのまま居なくなりもせず。
安藤さんが手渡す日直の日誌を受け取ってからじわじわと立ち去った。
でも今度は安藤さんは何故か立ち去らず、そのまま何故かこっちを向いて。
ぼーっと突っ立ってる俺の顔を繁々眺めた。
な、な、な、何?
見るのは得意じゃないけど、見られるのも得意じゃない。
矢島はもう居なくなってる。
俺も掃除…。
「そのおでこの傷さ」
「ん?」
「間抜けっぽいね」
きょとんとした顔でのほほ~んと口にした言葉が意外と響く。
反応に困ってると、安藤さんはふふっと笑い出し、
「あはははは! ごめんごめん」
くしゃっとさらに大きく笑って、
「思ったこと言っただけだから気にしないで」
安藤さんは居なくなった。
…それ、ひどくね?
間抜けってあれか?
多分安藤の爺が言ってた俺の名前の由来聞いたからか?
確かに髪の毛がその辺だけまだ短くて芝刈り失敗みたいになってるし、前髪で隠れない程度に下にちょろっとしてるから確かに間抜けに見えるかもだ。
でもな、それにしちゃ笑い過ぎだろ。傷消えないんだぞ。しかも実は『中』で安藤さんがつけたんだぞ。
アーモンド型の目もと。
くしゃっと笑うのを何度もリピートさせてみる。
…なんか、いいかな。
間抜けでも。
結構非道いこと言われたんだけど、そのわりにショックがない。
むしろいいもん見たみたいなさっぱり感。
なんだろな。
恵比須に言われたとおりとっとと掃除行こ。
荷物を持って廊下に出て。
階段の踊り場にT字箒を持って上る。
理科室に行く佐藤の後姿。
ゴミ箱を持つ武藤さん。
最上階から弐藤さんが、下りながらゴミを下に掃いて降りてくるのが見えた。
みんな色々だ。
『中』でのあれこれがよぎるけど。
今日こうやって普通に過ごしてると、あんな広大なものを抱えてるようにはとても見えなかった。
本当に現実だったのかとすら思える。
過ぎたことを思い出し、予定通りならあと1回と思うも。
次考えるの、億劫。
このまま何もしないままで、全て終わってしまったらいいのに。
いっそあの『中』に入って消えてしまえたら。
踊り場から下に一段ずつ下りながら、妄想を埃といっしょに階下に掃き下ろして溜めて、1階の埃を集めきったものの手持ち無沙汰。
もちゃもちゃとそれを箒の先でもて遊んでたら、いつの間にか塵取に集められ、みんなゴミになっていた。
0
あなたにおすすめの小説
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~
中岡 始
ファンタジー
「俺はただの経理なんだけどな」
ブラック企業の経理マンだった葛城隆司(45歳・独身)。
社内の不正会計を見抜きながらも誰にも評価されず、今日も淡々と帳簿を整理する日々。
そんな彼がある日、突然異世界に転生した。
――しかし、そこは剣も魔法もない、金と権力がすべての世界だった。
目覚めた先は、王都のスラム街。
財布なし、金なし、スキルなし。
詰んだかと思った矢先、喋る黒猫・モルディと出会う。
「オッサン、ここの経済はめちゃくちゃだぞ?」
試しに商店の帳簿を整理したところ、たった数日で利益が倍増。
経理の力がこの世界では「未知の技術」であることに気づいた葛城は、財務管理サービスを売りに商会を設立し、王都の商人や貴族たちの経済を掌握していく。
しかし、貴族たちの不正を暴き、金の流れを制したことで、
王国を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。
「お前がいなきゃ、この国はもたねえぞ?」
国王に乞われ、王国財務顧問に就任。
貴族派との経済戦争、宰相マクシミリアンとの頭脳戦、
そして戦争すら経済で終結させる驚異の手腕。
――剣も魔法もいらない。この世を支配するのは、数字だ。
異世界でただ一人、"経理"を武器にのし上がる男の物語が、今始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる