111 / 133
13.気違いじみたゲーム
2
しおりを挟む
掃除を終えて下駄箱に向かうと、いつかと同じように矢島がいた。
「オツカレ」
いつも通りの帰り道。
無言で下駄箱の靴を引き出して放り投げる。
適当に足を突っ込む仕草までお互い見慣れたもんだ。
いつかの田中の剣幕が思い出され、あれがつい先週だということに吃驚。
そっか、もうすぐ一週間か。
恵比須に相談した弐藤さんと違って全くノープランの進路調査票、どうしよ…。
この後なんてイチャモン付けられるんだか。
気づくと口が勝手に動いて、
「お前、進路何て書いた?」
矢島はなんか得意気。
「アイちゃんはなんて?」
ふっ、質問返しか。
じゃあ俺とご同類ってこったな。
「高校進学」
「まあ…フッ…違ぇねぇな」
ちょっと小馬鹿にしたような笑いがムカつく。
どうせお仲間さんなんだろ?
「で? お前は?」
「俺、総芸高校」
ええーーー!
具体的な名前ーーーー!!
矢島を凝視する。
「そんな分かり易く吃驚すんなよ」
「するだろ」
類友だと思ってたのに抜け駆けしやがって。
「なんでそんな具体的な」
「調べたんだよ美術学科あるとこ」
「お前そんなん興味あったっけ?」
確かに矢島は絵が上手い。
けど今だかつてコイツからゲージュツの香りが漂ってきたことはただの一度も無かった。
今になって急にそんなこと言い出すなんて。
絶対なんかあったろ。
毎日ぼんやり同じ日々を過すダラダラ仲間だと思ってた相手からの一言は予想外に重かった。
「最近興味出た」
「なんで」
「おいお~い、どちてぼーやかよアイちゃ~ん。
何? そんなキたの?」
無言で頷くと、茶化していた矢島は吹き出し、ちょっとは堪えたものの、結局、
「アハハッハハハッハハハアハ!!!!!」
腹を抱えて前屈みになりながら車のクラクションにかき消されないくらいデカい笑い声。
わけ分からん。
「…んでそんな笑うんだよ」
「っははっ…いや、だってさ。
っはー…アイちゃんだから…っふひっ」
「何が」
ヒーヒーっているのが収まるまでしばし。
喋れる程度の呼吸になって来た矢島は次第に真面目な口調になり、そしてとうとう、
「アイちゃん、俺の『耳なし邦一』見てさ。
言ったじゃん。
『どうやったらこんなんかけるの?』って」
ああ、言った。
確かに言ったな。
でもそれが何で?
「俺、絵、本当に上手いのかなって」
「普通に上手いだろ」
アレを下手糞っていうヤツいないと思うけど。
矢島は考え込むような顔になった。
「俺んちってさ、金持ちじゃん」
「ああ」
「そうすっとね、いるんだよ。
おべっかと建前で褒めちぎってくる奴ってのが。
そういうのね、すげー嫌いなの俺」
「知ってる」
「そうじゃなくてもさ。クラスにもいるだろ?
褒めちぎってまでは来なくても、取り敢えず『うまいね』って言ってくるタイプ。
佐藤とかさ。
あと…向井とか、田室とか。
実は結構、四月一日だってさ。
いや、思ってなくはないんだけど、そんなでもないっていうか」
「そうかな」
「そうだよ」
矢島の表情は薄暗い高架下に入ったせいで見えにくい。
電車が通りすぎると、隙間からチラチラと光が当たった。
時折それは矢島の目玉で反射して瞬く。
電車の音に負けない声で、矢島は言った。
「アイちゃんはさ、違うじゃん。
思ってないことないじゃん。
思ってる事しか、言わないっしょ」
「まあ…」
「しかもさ、あんな風に、『どうやったんだ』なんて、まぁないよ。
自分でやりたくても、どうやったってできなくて分んなくて、ほんとに気になるときだけ。
現に機械いじりは誰にも確認しないし、勉強なんて興味ないから分んなくても誰にも聞かないじゃん」
「さらっとディスんな」
傷つきは全くしないけど、その通りなだけに始末が悪くて困る。
悪りぃと小声で半笑いする矢島。
図星を認めた俺が面白かったんだろう。
「それじゃなくってさ。
だから、アイちゃんが言ってっからには、本当に上手いのかなってさ。
人ができないことがやれてんのかなって。
ちょっと…自信ついたってかさ…」
俺が言ったから。
矢島はそう言って続けた。
「でも案の定、親にヤな顔されたんだよね。
まあそりゃタダでさえ鼻摘まみの俺だしね。
ぶっちゃけ書いたけど変えることになる可能性大。
でも、絵描けるとこがいいのはそうだから、部活とかでも美術部あることがいいんだ~」
じゃな~、と手を振ってマックに消える矢島はいつもの矢島なのに、取り残された俺はスーパーに歩き出すこともできずなんとも不思議な気持ちでぽつんと日向に立つばかり。
気を取り直し、コウダと初めて会った日の帰り道と思えば同じ道をたどっていく。
俺が言ったから。
俺が、言ったから…。
弐藤さんは、俺が言ったから傷ついた。
矢島は、俺が言ったから自信がついた。
同じようにどっちも、俺の言葉が、俺が思ったそのままの言葉だったからだ。
…なんだろうな。面と向かって言ったからか? いやそういう問題じゃ…。
向井の『ひっ』は、俺にはちょっと刺さった。あれだって思ったままだろう。
でも俺の額の傷を見て『間抜けっぽい』と言った安藤さんも、思ったままだった様に見えるけど、別に刺さりはしなかった。
夏の湿気が薄らいだ日陰の道に吹く風は、ホックを開けた学ランの首元に入り込む。
意外と冷たいのに驚いて、そっかもう10月、4月からあのクラスで半年経ってんのかとまた驚く。
…そのくせ矢島と四月一日以外のクラスの奴って殆ど喋ったことねぇな。
でも多分これからもそうだろ。だって日常生活そんなに喋る必要ないし。
だからって、『中』を覗くのか?
それはダメだ。
だってみんな、話そうと思えば話せる相手じゃないか。
裏口侵入は…。
そもそも話せない相手なんてこの世にいんのか?
もう死んでるか。
まだ生まれてないか。
面識ゼロで接点がどう頑張ってもゼロか。
それか…。
あ。
気付いてしまった。
そうだ。
いるじゃないか。
この世で、今生きてる人間で、誰もがたった一人だけ。
絶対に面と向かって話できない相手が。
「オツカレ」
いつも通りの帰り道。
無言で下駄箱の靴を引き出して放り投げる。
適当に足を突っ込む仕草までお互い見慣れたもんだ。
いつかの田中の剣幕が思い出され、あれがつい先週だということに吃驚。
そっか、もうすぐ一週間か。
恵比須に相談した弐藤さんと違って全くノープランの進路調査票、どうしよ…。
この後なんてイチャモン付けられるんだか。
気づくと口が勝手に動いて、
「お前、進路何て書いた?」
矢島はなんか得意気。
「アイちゃんはなんて?」
ふっ、質問返しか。
じゃあ俺とご同類ってこったな。
「高校進学」
「まあ…フッ…違ぇねぇな」
ちょっと小馬鹿にしたような笑いがムカつく。
どうせお仲間さんなんだろ?
「で? お前は?」
「俺、総芸高校」
ええーーー!
具体的な名前ーーーー!!
矢島を凝視する。
「そんな分かり易く吃驚すんなよ」
「するだろ」
類友だと思ってたのに抜け駆けしやがって。
「なんでそんな具体的な」
「調べたんだよ美術学科あるとこ」
「お前そんなん興味あったっけ?」
確かに矢島は絵が上手い。
けど今だかつてコイツからゲージュツの香りが漂ってきたことはただの一度も無かった。
今になって急にそんなこと言い出すなんて。
絶対なんかあったろ。
毎日ぼんやり同じ日々を過すダラダラ仲間だと思ってた相手からの一言は予想外に重かった。
「最近興味出た」
「なんで」
「おいお~い、どちてぼーやかよアイちゃ~ん。
何? そんなキたの?」
無言で頷くと、茶化していた矢島は吹き出し、ちょっとは堪えたものの、結局、
「アハハッハハハッハハハアハ!!!!!」
腹を抱えて前屈みになりながら車のクラクションにかき消されないくらいデカい笑い声。
わけ分からん。
「…んでそんな笑うんだよ」
「っははっ…いや、だってさ。
っはー…アイちゃんだから…っふひっ」
「何が」
ヒーヒーっているのが収まるまでしばし。
喋れる程度の呼吸になって来た矢島は次第に真面目な口調になり、そしてとうとう、
「アイちゃん、俺の『耳なし邦一』見てさ。
言ったじゃん。
『どうやったらこんなんかけるの?』って」
ああ、言った。
確かに言ったな。
でもそれが何で?
「俺、絵、本当に上手いのかなって」
「普通に上手いだろ」
アレを下手糞っていうヤツいないと思うけど。
矢島は考え込むような顔になった。
「俺んちってさ、金持ちじゃん」
「ああ」
「そうすっとね、いるんだよ。
おべっかと建前で褒めちぎってくる奴ってのが。
そういうのね、すげー嫌いなの俺」
「知ってる」
「そうじゃなくてもさ。クラスにもいるだろ?
褒めちぎってまでは来なくても、取り敢えず『うまいね』って言ってくるタイプ。
佐藤とかさ。
あと…向井とか、田室とか。
実は結構、四月一日だってさ。
いや、思ってなくはないんだけど、そんなでもないっていうか」
「そうかな」
「そうだよ」
矢島の表情は薄暗い高架下に入ったせいで見えにくい。
電車が通りすぎると、隙間からチラチラと光が当たった。
時折それは矢島の目玉で反射して瞬く。
電車の音に負けない声で、矢島は言った。
「アイちゃんはさ、違うじゃん。
思ってないことないじゃん。
思ってる事しか、言わないっしょ」
「まあ…」
「しかもさ、あんな風に、『どうやったんだ』なんて、まぁないよ。
自分でやりたくても、どうやったってできなくて分んなくて、ほんとに気になるときだけ。
現に機械いじりは誰にも確認しないし、勉強なんて興味ないから分んなくても誰にも聞かないじゃん」
「さらっとディスんな」
傷つきは全くしないけど、その通りなだけに始末が悪くて困る。
悪りぃと小声で半笑いする矢島。
図星を認めた俺が面白かったんだろう。
「それじゃなくってさ。
だから、アイちゃんが言ってっからには、本当に上手いのかなってさ。
人ができないことがやれてんのかなって。
ちょっと…自信ついたってかさ…」
俺が言ったから。
矢島はそう言って続けた。
「でも案の定、親にヤな顔されたんだよね。
まあそりゃタダでさえ鼻摘まみの俺だしね。
ぶっちゃけ書いたけど変えることになる可能性大。
でも、絵描けるとこがいいのはそうだから、部活とかでも美術部あることがいいんだ~」
じゃな~、と手を振ってマックに消える矢島はいつもの矢島なのに、取り残された俺はスーパーに歩き出すこともできずなんとも不思議な気持ちでぽつんと日向に立つばかり。
気を取り直し、コウダと初めて会った日の帰り道と思えば同じ道をたどっていく。
俺が言ったから。
俺が、言ったから…。
弐藤さんは、俺が言ったから傷ついた。
矢島は、俺が言ったから自信がついた。
同じようにどっちも、俺の言葉が、俺が思ったそのままの言葉だったからだ。
…なんだろうな。面と向かって言ったからか? いやそういう問題じゃ…。
向井の『ひっ』は、俺にはちょっと刺さった。あれだって思ったままだろう。
でも俺の額の傷を見て『間抜けっぽい』と言った安藤さんも、思ったままだった様に見えるけど、別に刺さりはしなかった。
夏の湿気が薄らいだ日陰の道に吹く風は、ホックを開けた学ランの首元に入り込む。
意外と冷たいのに驚いて、そっかもう10月、4月からあのクラスで半年経ってんのかとまた驚く。
…そのくせ矢島と四月一日以外のクラスの奴って殆ど喋ったことねぇな。
でも多分これからもそうだろ。だって日常生活そんなに喋る必要ないし。
だからって、『中』を覗くのか?
それはダメだ。
だってみんな、話そうと思えば話せる相手じゃないか。
裏口侵入は…。
そもそも話せない相手なんてこの世にいんのか?
もう死んでるか。
まだ生まれてないか。
面識ゼロで接点がどう頑張ってもゼロか。
それか…。
あ。
気付いてしまった。
そうだ。
いるじゃないか。
この世で、今生きてる人間で、誰もがたった一人だけ。
絶対に面と向かって話できない相手が。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
気弱令嬢の悪役令嬢化計画
みおな
ファンタジー
事故で死んだ私が転生した先は、前世の小説の世界?
しかも、婚約者に不当に扱われても、家族から冷たくされても、反論ひとつ出来ない気弱令嬢?
いやいやいや。
そんなことだから、冤罪で処刑されるんでしょ!
せっかく生まれ変わったんだから、処刑ルートなんて真っ平ごめん。
屑な婚約者も冷たい家族も要らないと思っていたのに・・・?
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる