新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
118 / 133
14.第六界

2

しおりを挟む
 このどっかで見たような下り階段、ちょっと暗いところに差し掛かると一気に明かりが点灯。
 …見覚えがあるわけだ。
 蛍光灯の光があらわにしたその姿。
 コウダと歩いた二谷堀駅のホームに向かう下り階段と瓜二つ。
 違うのは無人ってとこ。
 ホームに降り立っても誰もいない。
 ピーン、ポーン、というあの時もたまに電車のないホームに響いていた謎の電子音が、今も響いてる。
 それに続いてメロディが。
「まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」
 え? 来んの??
 左手からあの時そっくりの二つの目玉がホームを照らし出す。
 うっすらと見え始めたその形。
 でも色、変じゃね?
 なんで段ボールカラー??
 その理由は、ホームドアぴったりに車輌が停止したときに判明した。
 ぼこぼこと無理矢理折り曲げた長方形。
 マジックで書き込まれたライト。
 窓があるはずの場所に窓はなく、テキトーに四角い穴があるだけ。
 同じく黄緑じゃなくて濃い緑色の多少曲った横線。
 ちょっと破れた端っこ。
 車輌は段ボールでできていた。
 これ、保育園時代に電車ごっこした時の。
 確か下のほうに『サハ』って書いてあるはず。電車が好きだった同じクラスのタケバヤシ君こだわりの書き込みが…残念ながらホームドアでその確認できないけど。
 本当の山手線なら有り得ない1両編成の車輌は、俺達二人が立っている位置に先頭を合わせて停止した。
 ドアが開く。
 ゆっくりと、そこから一人の女性が現れた。
 まさか…。
 柔らかな茶色の髪が、色白で卵形の顔をふわりと包んでいる。
 車掌さん設定なのか帽子プラス黒ジャケット・黒スカートに白手袋。
 でもYシャツのボタンはギリッギリ止まってるっちゅうこのおっぱいぶり。
 膝丈のぴったりとしたスカートはおしりからふとももを包み込み。
 細いハイヒールで一歩。
 カツッと、ヒールはホームに着地した。
 この人に、本当に逢えるなんて…。
 体中の水分が一気に沸騰する。
 挨拶しようと口をなんとか開くけど、パクパクするだけ。声が出ない。
 がんばれ、がんばれよ俺。
「はじめまして」
 御辞儀をしながらその灰色の瞳は、一瞬今にも眠りそうな猫のようにすっと細くなって開いた。
 目を瞬かせるたび、長い下まつげが合わせてパチパチパチ。
 やった。
 やったあああああああああ!!!!!
「は、はじめましてエーレッシャさん!!!」
 やっと声帯を振るわせることができた俺に、エーレッシャさんはにっこりと微笑んだ。
 俺の興奮振りにあきれ果てるコウダ。
 いーじゃねーかよ。
 他人の趣味にケチつけんじゃねぇよ!!
「本日はコウダ様共々、『中』へお越し下さりありがとうございます。
  この列車は1両編成です。
  目的地までのランドマークは全て通過いたします。
  付近では通過する旨のアナウンスを致します。
  景色を楽しむための御参考にしていただければと思います。
  それでは、出発までご乗車になってお待ちください」
 ランドマークはあっても駅はないのか。残念。
 白手袋の掌に促されるまま、夢見心地でふらりと足を車輌内部に忍ばせる。
「待て」
 コウダの待てが入った。
 えー、なんで???
 割とあからさまに嫌な顔をした俺。
「お前、前向いとけ。後ろ見るから」
 ええ、そんなリスク侵すの?
 と思ってる間にコウダは振り返り、前を向いた。
 顔色が悪い。
「見てみろ」
 あんなに振り返るなって是迄言ってたのに…。
 その意味は、言われるがまま振り返って見たとき理解できた。
 後ろの、俺達が降りてきた階段。
 なくなってる…。
 真っ暗な闇は、入って直ぐの博物館動物園駅の後ろと同じだった。
 車輌の方を再び。
 こっちはさっきと変わってない。
「片道切符かよ」
「だってお前、これまで『中』の法則知り尽くしてるから。
  言ったろ。全部出るって」
 まじか…。
 言い逃れしようもない。
 100%自分で撒いた種。
 設定までフル稼働って最悪。
 …今更手遅れか。
 エーレッシャさんは既に俺達から離れていた。
 車掌席のすぐ横で俺達を見つめながらにっこりと立っている。
 もうさっきまでみたいな浮ついた気持ちでエーレッシャさんを見れない。
「コウダ、行こう」
 夢のようなひとときか、それとも。
 灰色の瞳を真っ直ぐ見つめると、笑みは一層深まり、薄いピンク色の艶かしい口元から白い歯がチラリと覗いた。
 俺が一歩そこに足を踏み入れた直後、すぐ隣にコウダのスニーカーも並んだ。
 段ボール製の外側とは違い、内側はちゃんと現実の山手線と同じ座席配置になってるから違和感なし。
 緑のシートに着席しようとしてやめた。
 電車の特等席といったらココしかない。
 車掌席とは逆側の手摺りに把まって立つ。
 線路の行く先がガラス越しに見通せた。
 コウダも同じようにーー動機は好奇心ベースじゃなくて危機管理ベースだろうけどーー逆側の、車掌席のすぐ後ろの手摺りに。
 エーレッシャさんは指差し確認して車掌席に乗り込んでる。
 レバーを握る前に振り返り、俺達二人の立ち姿を見て、今度は穏やかに微笑んで。
 唇が小さく動いた。
 多分それはこういう形だった。
『出発進行』
 同時に車内に音楽がかかる。
 あのイントロ。
 甲高いコロコロと転がるような音色は、始まりのあの日あのときお説教の後音楽室から聞こえてきたそのまま。
 電車が動き出す。
 ゆっくりと、しかし次第に速度を上げて。
 転がる音色から一気に低いゆったりとしたメロディに切り替わったその時。
 ホームを出た電車のヘッドライトが照らしだしたのは、線路と見慣れた輝きの森だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

Y(ワイ)
ファンタジー
尋問を生業にする侯爵家に婿入りしたのは、恋愛戦略に敗れた腹黒王子。 白い結婚から始まる、腹黒VS腹黒の執着恋愛コメディ(シリアス有り)です。

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...