まつりくらべ

伊条カツキ

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~最終話~

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 着替える為に居酒屋に戻っていると三人の裸達が作った騎馬に乗った男が両腕を上げ、顔をぐちゃぐちゃにしながらやってきた。

 宝木を手にした福男だった。その男の顔には見覚えがあった。本社のセクハラ男だ。

 岸田さんは、その男の姿を見ると手で口を抑えた。男も岸田さんを見つけると、騎馬から降りた。岸田さんは男に駆け寄り、その首に抱き着いて言った。


「おめでとう、お父さん!」


 桜田部長も駆け寄ると「やったな岸田!」と男を叩いた。わけがわからず、ポカンと口を開けてその様子を見ていた。横にいた課長は黙って頷いていた。

「あ、あの、課長。あん人は?」
「本社の営業部長の岸田さんだ。桜田部長とは幼馴染で、岸田君のお父さんにあたる」
「なして、それば早く言ってくれんとですか!」

 慌てる俺に課長は知らん顔を決め込んだ。

 セクハラ男、いや岸田さんのお父様は、自分に気が付くと意味深な笑みを浮かべた。穴があったら入りたいというが、本当に今すぐここに自分で穴を掘りたい気分だった。


 着替えた居酒屋で、そのまま会陽の打ち上げという流れになった。課長は最初からそのつもりで、借りていたようだ。桜田部長の音頭で乾杯してから、後は無礼講でという事になった。遅れて岸田さんが店に入ってきた。法被姿も良いが、私服姿も綺麗だった。

「ゴメンね。父のとこにちょっと顔出してたから」

 そう言って、隣に座った。少し顔が赤いのは、向こうで既に飲んできたからだろうか。

「岸田さんも人が悪かです。父親なら、そげん言うてくれたらよかのに」
「倉本君が勝手に勘違いしたんじゃろ」
「それは……申し訳なかです」
「でも、お父さん褒めとったが。今時珍しい若者じゃ言うて」
「そ、そうとですか」
「付き合っとるって勘違いされたが、私のほうが年上なのにね」
「俺は、そげな事全く気にせんです!」

 思わず声が大きくなった。周りが反応して、一斉にこっちを見た。好奇の視線に晒されていると、課長が離れた席から声をかけてきた。

「倉本君、初めての裸まつりは山笠と比べてどうだったかね?」
「そうじゃ、感想を聞かせんが」

 桜田部長がそれに便乗して声をあげる。俺はグラスを手に持って立ち上がった。

「俺は、山笠こそが日本一の祭りやと思うとりました。いや、今でも思うとります」

 周りがシーンとなる。深呼吸を一つすると、笑顔を見せて続けた。

「ばってん、比べる事自体が間違っとるってわかりました。やっぱ、祭りはよかです。こうして、皆と一緒に裸まつりに出れて、楽しかったです!」

 沈黙を破る大きな拍手が浴びせられた。グラスのビールをそのままの勢いで飲み干すと、叫んでいた。

「来年は、福男になってみせるばい!」

 笑い声と拍手の中、何だか懐かしい気持ちになっていた。


「俺、課長ば誤解しとりました。きっと俺がこっちに馴染んでなかっち思って、祭りに参加させたとですね」

 岸田さんにビールを注いでもらいながら、俺は少しだけ素直になっていた。

「課長も随分馴染んだけん」
「どういう事ですか?」
「知らんやったん。課長、元々こっちの人間やないんじゃよ」
「それ、ほんとですか?」
「確か生まれは東京じゃよ。岡山に来たの、三年前じゃったかな」
「あげん岡山の事に詳しいのは?」

 岸田さんは教えてくれた。課長は転属した地域の歴史を毎回勉強しているらしい。それも、ただ勉強するだけじゃなくて、史跡には必ず足を運ぶし、地域のお祭りには できるだけ参加するという事だった。

「なして、わざわざそげな事ば?」
「あの人なりの地域への溶け込み方なんじゃろうねぇ」

 岡山に赴任してもうすぐ一年が経とうとするのに、いつまでも福岡に執着して、こっちの事を知ろうとしていなかった自分が、何だか恥ずかしかった。

 課長と話したくて近づこうとすると、グラスを手に立ちに上がった課長が、咳払いを一つして、周囲を見渡してから言った。

「えー、突然ですが、実はこの度、辞令を頂きまして、四月から福岡へ転勤する事になりました」

 突然の告白に全員きょとんとした。一瞬、間が空く。しかし、その横に座っていた桜田部長が手を叩くと、周囲もそれに倣って、拍手が起こった。

 完全に寝耳に水だった。しかし、一つだけ腑に落ちた。やたらと岡山と福岡を比較してきた課長が、福岡の事もやけに詳しかった理由がだ。おそらく、あの日読んでいた本も、福岡の本なのだろう。

「その、何て言うか、おめでとうございます」

 課長の元へ行くと、グラスを合わせた。これまでの事を謝ろうと思ったが、言葉が出てこなかった。

「倉本君、実は君に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「福岡に転勤したら、ぜひ一度山笠に出たいと思っていたんだ。何ていったってユネスコの無形文化遺産に登録された祭りだからね」
 「わかりました。地元の先輩に連絡しときます。ばってん、覚悟しといてくださいよ」

 この人は転勤したら、きっと福岡の歴史オタクになるのだろう。そう思うと、何だかおかしくて、頼もしかった。

「その代わり、課長が持ってる岡山の本ば、貸してつかあさい」

 俺の言葉に、課長は嬉しそうに微笑んだ。

 
                                  完
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