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俺を救う人
10_1_その顔と、その声で。1
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もし具合が悪くなったらいけないからと、話はこのまま聞く事にした。それでも、中途半端に座った状態だと俺の腰が死ぬ可能性があったので、ヘッドボードに大きなクッションを当てて座らせてもらう事にした。
二人で弾き語りをしていた時に一番落ち着いていたと言うから、俺が孝哉を後ろから抱えた状態は変えないままにしておく。孝哉が話す間も、俺はギターを爪弾いている事にした。
小さく流れるアルペジオがあると、無言になったとしてもきっと心細くないし、もし震え出したりしたら、また落ち着くために弾くのを手伝って欲しいからと言われ、俺もそれを了承した。
「俺さ、何度か話してる途中に嫌な態度とったことあるでしょ?」
孝哉はすでにギターのボディに抱きつくようにして、不安を逃がそうとしている。話し始めたばかりでそうなるほど、嫌な思い出なのだろう。俺はその体にのしかかるようにしながら「骨折られた後すぐとかだろ? 確かに感じ悪かったな」と答えた。
「ちょっと、重いよ……。そう、その時が一番酷かったと思う。あの時、ごめんね。あれ、さ。俺、よく男の人に狙われること多くて……。ちょっと警戒してたんだ」
「狙われる? ……あー、そういうこと? なるほど、そういうことか。あの時、俺がケガさせた責任とって体で払えって言ったと思ったわけね」
孝哉は小さく顎を引くと「そう」と答えた。そして、左手の傷を右手の指先で摩る。その傷は初めてみた時から気になっていた。その見た目だけで、かなり深く切られたのだろうということが伝わる。
見た目で判断してはいけないのだろうけれど、この可愛らしい顔の男が、こんな大怪我をするような喧嘩をするわけもないだろうと思い、事故ではないのなら、誰かに一方的につけられたものなのかもしれないと思って、深く訊けずにいた。
「俺がバンドを崩壊させるって話をしたこと覚えてる? あの時、アーティスト気質の奴らとだからうまくいかないんだろうって話にしてたと思うんだけど……確かにそれもあったけど、それだけじゃなくて。俺、そうやって狙われるから。毎回バンド内でメンバー同士が揉めるんだよ。誰が俺を手に入れるかって言って」
「……奪い合いされるってことか? すげーな。……え、お前はそのうちのどっちかが好きだったりしたわけ?」
俺がそう問いかけると、孝哉は眉根を寄せて笑った。そして、ブンブンと被りを振ると「いや、全然。俺、まだ誰も好きになったことが無いし。俺の意思なんてまるで無視されて、バンドが揉めて、解散って感じ」と、呆れたように言った。
「なんか、昔のマンガとかドラマみたいな話だな。本当にそんなことがあるんだ」
「うん。あった。俺も、そういうのとは無縁の暮らしがしたかった」
そう言って、孝哉は左手をぎゅっと握りしめた。
「最初は顔なんだって。歌ってる時の顔がエロいってよく言われた。……そんなこと言われてもな。俺はただ音と言葉を思った通りに鳴らすのに精一杯なだけで、誰かに色気を見せつけようなんて思っても無いのに。しょっちゅうボケッとこっち見られてて、練習にならなくなって。そこから揉め始めるんだ」
「歌ってる時の顔ねえ……あ、俺あんまり見えてないな。真後ろにいるから。だから俺は無事なのか?」
妙なことに感心して手をポンと打っていると、「だから仕草がおっさんくさいんだってば」と突っ込まれた。俺にツッコミを入れている時の孝哉は、本当に楽しそうな顔をしていて、俺はその顔を見ていると多少ドキリとはする。
でも、今そういったことで悩んでいるという話を聞いているのに、そういう軽口を叩くのは良くない。いつもは反射で溢れる言葉を、しっかり考えてから飲み込んだ。
「エロい顔で歌ってるから、手に入れたくなって、邪魔者と揉める。俺たちは悪くない、お前の存在が悪いって言われ続けた。それで解散ってことが三回あって、もう一人でやろうって思って弾き語り始めたんだ。実はさ、父さんはギタリストなんだよね。クラシックの方の。塞ぎ込んだ俺を心配した父さんが、練習部屋を俺用にリフォームしてくれたんだ。それから歌をめちゃくちゃ磨いた。その一人でやってた期間が、多分一番幸せだったと思う」
そこまで言うと、孝哉は窓の方へと視線を移した。俺もそれにつられて同じ方を見る。分厚いガラスの向こうでは、一体どんな音が鳴っているんだろう。稲光が走るほどの雷雨にも関わらず、それは想像でしか聞くことができなかった。
「あの日もこんな天気だったんだ」
孝哉はそう呟くと、左手を抱えるようにして体を折り曲げた。ギターが滑り落ちそうになってしまって、それを掴もうと思わず手を伸ばした俺は、バランスを崩して落ちそうになった。
「おわっ!」
下に落ちると、足をぶつけるかもしれない。そう思って焦った俺は、思わず孝哉の服にしがみついてしまった。
結局、手は届かずにギターを下に落としてしまった。落ちた場所には、毛足が短いながらも分厚いラグがあったため、傷はつかなかったようだった。ただ、衝撃で弦が弾かれて大きな音がなった。
それを聞いて、孝哉がパニックを起こし始めた。
「やめろー!」
二人で弾き語りをしていた時に一番落ち着いていたと言うから、俺が孝哉を後ろから抱えた状態は変えないままにしておく。孝哉が話す間も、俺はギターを爪弾いている事にした。
小さく流れるアルペジオがあると、無言になったとしてもきっと心細くないし、もし震え出したりしたら、また落ち着くために弾くのを手伝って欲しいからと言われ、俺もそれを了承した。
「俺さ、何度か話してる途中に嫌な態度とったことあるでしょ?」
孝哉はすでにギターのボディに抱きつくようにして、不安を逃がそうとしている。話し始めたばかりでそうなるほど、嫌な思い出なのだろう。俺はその体にのしかかるようにしながら「骨折られた後すぐとかだろ? 確かに感じ悪かったな」と答えた。
「ちょっと、重いよ……。そう、その時が一番酷かったと思う。あの時、ごめんね。あれ、さ。俺、よく男の人に狙われること多くて……。ちょっと警戒してたんだ」
「狙われる? ……あー、そういうこと? なるほど、そういうことか。あの時、俺がケガさせた責任とって体で払えって言ったと思ったわけね」
孝哉は小さく顎を引くと「そう」と答えた。そして、左手の傷を右手の指先で摩る。その傷は初めてみた時から気になっていた。その見た目だけで、かなり深く切られたのだろうということが伝わる。
見た目で判断してはいけないのだろうけれど、この可愛らしい顔の男が、こんな大怪我をするような喧嘩をするわけもないだろうと思い、事故ではないのなら、誰かに一方的につけられたものなのかもしれないと思って、深く訊けずにいた。
「俺がバンドを崩壊させるって話をしたこと覚えてる? あの時、アーティスト気質の奴らとだからうまくいかないんだろうって話にしてたと思うんだけど……確かにそれもあったけど、それだけじゃなくて。俺、そうやって狙われるから。毎回バンド内でメンバー同士が揉めるんだよ。誰が俺を手に入れるかって言って」
「……奪い合いされるってことか? すげーな。……え、お前はそのうちのどっちかが好きだったりしたわけ?」
俺がそう問いかけると、孝哉は眉根を寄せて笑った。そして、ブンブンと被りを振ると「いや、全然。俺、まだ誰も好きになったことが無いし。俺の意思なんてまるで無視されて、バンドが揉めて、解散って感じ」と、呆れたように言った。
「なんか、昔のマンガとかドラマみたいな話だな。本当にそんなことがあるんだ」
「うん。あった。俺も、そういうのとは無縁の暮らしがしたかった」
そう言って、孝哉は左手をぎゅっと握りしめた。
「最初は顔なんだって。歌ってる時の顔がエロいってよく言われた。……そんなこと言われてもな。俺はただ音と言葉を思った通りに鳴らすのに精一杯なだけで、誰かに色気を見せつけようなんて思っても無いのに。しょっちゅうボケッとこっち見られてて、練習にならなくなって。そこから揉め始めるんだ」
「歌ってる時の顔ねえ……あ、俺あんまり見えてないな。真後ろにいるから。だから俺は無事なのか?」
妙なことに感心して手をポンと打っていると、「だから仕草がおっさんくさいんだってば」と突っ込まれた。俺にツッコミを入れている時の孝哉は、本当に楽しそうな顔をしていて、俺はその顔を見ていると多少ドキリとはする。
でも、今そういったことで悩んでいるという話を聞いているのに、そういう軽口を叩くのは良くない。いつもは反射で溢れる言葉を、しっかり考えてから飲み込んだ。
「エロい顔で歌ってるから、手に入れたくなって、邪魔者と揉める。俺たちは悪くない、お前の存在が悪いって言われ続けた。それで解散ってことが三回あって、もう一人でやろうって思って弾き語り始めたんだ。実はさ、父さんはギタリストなんだよね。クラシックの方の。塞ぎ込んだ俺を心配した父さんが、練習部屋を俺用にリフォームしてくれたんだ。それから歌をめちゃくちゃ磨いた。その一人でやってた期間が、多分一番幸せだったと思う」
そこまで言うと、孝哉は窓の方へと視線を移した。俺もそれにつられて同じ方を見る。分厚いガラスの向こうでは、一体どんな音が鳴っているんだろう。稲光が走るほどの雷雨にも関わらず、それは想像でしか聞くことができなかった。
「あの日もこんな天気だったんだ」
孝哉はそう呟くと、左手を抱えるようにして体を折り曲げた。ギターが滑り落ちそうになってしまって、それを掴もうと思わず手を伸ばした俺は、バランスを崩して落ちそうになった。
「おわっ!」
下に落ちると、足をぶつけるかもしれない。そう思って焦った俺は、思わず孝哉の服にしがみついてしまった。
結局、手は届かずにギターを下に落としてしまった。落ちた場所には、毛足が短いながらも分厚いラグがあったため、傷はつかなかったようだった。ただ、衝撃で弦が弾かれて大きな音がなった。
それを聞いて、孝哉がパニックを起こし始めた。
「やめろー!」
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