追いかけて

皆中明

文字の大きさ
17 / 58
俺を救う人

10_1_その顔と、その声で。1

しおりを挟む
 もし具合が悪くなったらいけないからと、話はこのまま聞く事にした。それでも、中途半端に座った状態だと俺の腰が死ぬ可能性があったので、ヘッドボードに大きなクッションを当てて座らせてもらう事にした。

 二人で弾き語りをしていた時に一番落ち着いていたと言うから、俺が孝哉を後ろから抱えた状態は変えないままにしておく。孝哉が話す間も、俺はギターを爪弾いている事にした。

 小さく流れるアルペジオがあると、無言になったとしてもきっと心細くないし、もし震え出したりしたら、また落ち着くために弾くのを手伝って欲しいからと言われ、俺もそれを了承した。

「俺さ、何度か話してる途中に嫌な態度とったことあるでしょ?」

 孝哉はすでにギターのボディに抱きつくようにして、不安を逃がそうとしている。話し始めたばかりでそうなるほど、嫌な思い出なのだろう。俺はその体にのしかかるようにしながら「骨折られた後すぐとかだろ? 確かに感じ悪かったな」と答えた。

「ちょっと、重いよ……。そう、その時が一番酷かったと思う。あの時、ごめんね。あれ、さ。俺、よく男の人に狙われること多くて……。ちょっと警戒してたんだ」

「狙われる? ……あー、そういうこと? なるほど、そういうことか。あの時、俺がケガさせた責任とって体で払えって言ったと思ったわけね」

 孝哉は小さく顎を引くと「そう」と答えた。そして、左手の傷を右手の指先で摩る。その傷は初めてみた時から気になっていた。その見た目だけで、かなり深く切られたのだろうということが伝わる。

 見た目で判断してはいけないのだろうけれど、この可愛らしい顔の男が、こんな大怪我をするような喧嘩をするわけもないだろうと思い、事故ではないのなら、誰かに一方的につけられたものなのかもしれないと思って、深く訊けずにいた。

「俺がバンドを崩壊させるって話をしたこと覚えてる? あの時、アーティスト気質の奴らとだからうまくいかないんだろうって話にしてたと思うんだけど……確かにそれもあったけど、それだけじゃなくて。俺、そうやって狙われるから。毎回バンド内でメンバー同士が揉めるんだよ。誰が俺を手に入れるかって言って」

「……奪い合いされるってことか? すげーな。……え、お前はそのうちのどっちかが好きだったりしたわけ?」

 俺がそう問いかけると、孝哉は眉根を寄せて笑った。そして、ブンブンと被りを振ると「いや、全然。俺、まだ誰も好きになったことが無いし。俺の意思なんてまるで無視されて、バンドが揉めて、解散って感じ」と、呆れたように言った。

「なんか、昔のマンガとかドラマみたいな話だな。本当にそんなことがあるんだ」

「うん。あった。俺も、そういうのとは無縁の暮らしがしたかった」

 そう言って、孝哉は左手をぎゅっと握りしめた。

「最初は顔なんだって。歌ってる時の顔がエロいってよく言われた。……そんなこと言われてもな。俺はただ音と言葉を思った通りに鳴らすのに精一杯なだけで、誰かに色気を見せつけようなんて思っても無いのに。しょっちゅうボケッとこっち見られてて、練習にならなくなって。そこから揉め始めるんだ」

「歌ってる時の顔ねえ……あ、俺あんまり見えてないな。真後ろにいるから。だから俺は無事なのか?」

 妙なことに感心して手をポンと打っていると、「だから仕草がおっさんくさいんだってば」と突っ込まれた。俺にツッコミを入れている時の孝哉は、本当に楽しそうな顔をしていて、俺はその顔を見ていると多少ドキリとはする。

 でも、今そういったことで悩んでいるという話を聞いているのに、そういう軽口を叩くのは良くない。いつもは反射で溢れる言葉を、しっかり考えてから飲み込んだ。

「エロい顔で歌ってるから、手に入れたくなって、邪魔者と揉める。俺たちは悪くない、お前の存在が悪いって言われ続けた。それで解散ってことが三回あって、もう一人でやろうって思って弾き語り始めたんだ。実はさ、父さんはギタリストなんだよね。クラシックの方の。塞ぎ込んだ俺を心配した父さんが、練習部屋を俺用にリフォームしてくれたんだ。それから歌をめちゃくちゃ磨いた。その一人でやってた期間が、多分一番幸せだったと思う」

 そこまで言うと、孝哉は窓の方へと視線を移した。俺もそれにつられて同じ方を見る。分厚いガラスの向こうでは、一体どんな音が鳴っているんだろう。稲光が走るほどの雷雨にも関わらず、それは想像でしか聞くことができなかった。

「あの日もこんな天気だったんだ」

 孝哉はそう呟くと、左手を抱えるようにして体を折り曲げた。ギターが滑り落ちそうになってしまって、それを掴もうと思わず手を伸ばした俺は、バランスを崩して落ちそうになった。

「おわっ!」

 下に落ちると、足をぶつけるかもしれない。そう思って焦った俺は、思わず孝哉の服にしがみついてしまった。

 結局、手は届かずにギターを下に落としてしまった。落ちた場所には、毛足が短いながらも分厚いラグがあったため、傷はつかなかったようだった。ただ、衝撃で弦が弾かれて大きな音がなった。

 それを聞いて、孝哉がパニックを起こし始めた。

「やめろー!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...