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15_1_チアークレグロ1
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『隼人さーん、最初に二人で演奏しませんか? データは送ってるけど、生で聞いてもらった方が伝わるものはあると思うんで、せっかくですから、今ここでチルカの皆さんに聞いてもらいましょうよ』
孝哉がブースからこちらへ手を振りながら言う。そのことで、俺はフェーダーをあげっぱなしだった事に気がついた。慌ててそれを下げようとすると仁木さんが間に割って入り、トークバックで孝哉へ「いいですね。ぜひ聴かせていただきたいです」と答えてしまった。
『是非是非ー』と言ってニコニコと笑っている孝哉を見ながら、俺は内心やりたく無いんだけどな……と、その流れを歓迎しない気持ちになっていた。理由は単純だ。孝哉と二人だけでベストな演奏をしている時の俺を、人に見られるのがただ単に恥ずかしいからだ。
普通に演奏するのであれば、全く問題は無い。でも、おそらく孝哉は、あのスタイルをここで披露しようとしているはずだ。それはつまり、俺たちの不自由を補い合って生まれた、あの二人羽織のようなスタイルを披露するという事になる。二人だけでやるならまだしも、チルカの関係者の前であれをやるのは、俺にはやや気恥ずかしいものがあった。
「孝哉、俺は嫌だぞ。あれやるつもりだろ?」
俺が孝哉へ反論すると、なぜか色田が目を丸くして俺の方を見ていた。隣を見てみると、仁木さんも同じような顔をしている。
『えー、なんでですか? やろうよ、俺たちのベスト。さすがにステージとかでは嫌だけど、ここでならいいじゃない。音を追いかける人たちしかいないんだからさあ。ね、お願い!』
そう言って手を合わせた孝哉は、まるで小型犬が餌を欲しがっているかのように、うるうるとした瞳を俺の方へと向けている。マイクからは離れているけれども、小さく「お願い、お願い、お願い……」と言っている声がバッチリのってしまっていて、コントロールルームのスタッフが思わず笑みを漏らしていた。
「ハヤト、なんでそんなに嫌がんの? なんか変な格好とかさせられるの? ギター弾くだけなんだろ?」
耀も純も色田でさえも、俺がただギターを弾くだけのことをなぜそこまで嫌がるのかと訝しんでいた。バックミュージシャンとして依頼を受ければ、どんなに嫌いなジャンルであっても職人のように弾きこなすという評価をもらっている俺が、演りたい相手と演ることを躊躇う理由がわからないのだろう。
「チルカの関係者ばっかりなんだぞ。だらしない顔なんて見せられないだろう?」
孝哉へそう問いかけると、なんと色田がこちらへと向き直り、ブースとこちらを仕切っているガラスへと張り付きながら「ぜってー笑わねえから、演ってくれよ。孝哉くんとお前がやるベストを、俺も聞きたい!」と、小さな子供のように目を輝かせて懇願してきた。
「は、はあ? まじで言ってんの? 結構衝撃的に恥ずかしいものを見る事になるんだぞ? いいのか?」
これまでのしがらみも考えずに、珍しく俺の目をまっすぐ見ながら懇願する色田の姿に驚いていると、周囲からの期待の圧力を感じて身が押されるような思いをした。
仁木さんも、ディレクターさんやアシスタントのスタッフさんでさえ、キラキラと輝く目を俺に向けている。いつも働きすぎて濁った目をしているスタッフさんたちのその目の輝きを見ていると、このまま渋り続けて期待値を上げてしまうのも、後を考えると恐ろしいような気がしてきた。
「わ、わかったよ。じゃあ、latchkeyを作った時のやり方でやるから。……俺があいつを後ろから抱き抱えるみたいにして、二人で弾き語りするから、驚くなよ!」
そう言い捨ててブースへの扉を開ける。入れ違いに色田は俺の隣をすり抜け、コントロールルームへと向かった。そのすれ違いの刹那、小さな声で「ありがとう」と呟き、耳を真っ赤にして走って出ていった。
孝哉の存在があるだけで、チルカの蟠りは全て溶けて無くなってしまった。ブース内にある椅子を引きずって来て「やろうよ、隼人さん!」と笑う孝哉を見ていると、胸の中になんとも言えない温もりが灯った。
「……latchkey、結構テンポ速いけどまだ手が温まってないから、抑えめでいいか?」
そう問いかけながら椅子に座り、右手にギターを持って左の膝を叩いた。孝哉はそれを合図に、まるで飼い犬のように俺の膝の上にストンと収まる。俺は孝哉の体の前にボディを置くと、ストラップを自分の肩から背中へと通した。
孝哉は右手をホールの上あたりに置き、俺は左手でネックを握る。その俺の手首を孝哉が握力の弱った左手で握った。
「……本当はね、俺も結構恥ずかしいよ。でも、このスタイルが一番俺が生きてる実感があるから。これで歌うと、どこまででも自由に翔ける気がするんだよ。だから、お願い。復活の一発目は、これで演らせて」
俯いたままそう呟いた孝哉の手は、僅かに揺れていた。
今の孝哉は、俺と二人でいれば、体の接触がなくても一人ですくっと立って歌うことも出来る。カラオケでは、友人の優太くんと二人で言った場合に限り、一人で立って歌えるとも言っていた。
でも、今日は全く知らない人たちの前で、どんな反応をされるのかもわからない状態でのパフォーマンスになる。平気そうな顔をしていたけれど、本当はかなり怯えているようだ。
俺は右手を孝哉の腹に回す。そのままグッと引き寄せるようにして抱きしめた。二人の間にある隙間が、少しでも減っていき、不安が消えてしまうようにと願わずにはいられなかった。
孝哉がブースからこちらへ手を振りながら言う。そのことで、俺はフェーダーをあげっぱなしだった事に気がついた。慌ててそれを下げようとすると仁木さんが間に割って入り、トークバックで孝哉へ「いいですね。ぜひ聴かせていただきたいです」と答えてしまった。
『是非是非ー』と言ってニコニコと笑っている孝哉を見ながら、俺は内心やりたく無いんだけどな……と、その流れを歓迎しない気持ちになっていた。理由は単純だ。孝哉と二人だけでベストな演奏をしている時の俺を、人に見られるのがただ単に恥ずかしいからだ。
普通に演奏するのであれば、全く問題は無い。でも、おそらく孝哉は、あのスタイルをここで披露しようとしているはずだ。それはつまり、俺たちの不自由を補い合って生まれた、あの二人羽織のようなスタイルを披露するという事になる。二人だけでやるならまだしも、チルカの関係者の前であれをやるのは、俺にはやや気恥ずかしいものがあった。
「孝哉、俺は嫌だぞ。あれやるつもりだろ?」
俺が孝哉へ反論すると、なぜか色田が目を丸くして俺の方を見ていた。隣を見てみると、仁木さんも同じような顔をしている。
『えー、なんでですか? やろうよ、俺たちのベスト。さすがにステージとかでは嫌だけど、ここでならいいじゃない。音を追いかける人たちしかいないんだからさあ。ね、お願い!』
そう言って手を合わせた孝哉は、まるで小型犬が餌を欲しがっているかのように、うるうるとした瞳を俺の方へと向けている。マイクからは離れているけれども、小さく「お願い、お願い、お願い……」と言っている声がバッチリのってしまっていて、コントロールルームのスタッフが思わず笑みを漏らしていた。
「ハヤト、なんでそんなに嫌がんの? なんか変な格好とかさせられるの? ギター弾くだけなんだろ?」
耀も純も色田でさえも、俺がただギターを弾くだけのことをなぜそこまで嫌がるのかと訝しんでいた。バックミュージシャンとして依頼を受ければ、どんなに嫌いなジャンルであっても職人のように弾きこなすという評価をもらっている俺が、演りたい相手と演ることを躊躇う理由がわからないのだろう。
「チルカの関係者ばっかりなんだぞ。だらしない顔なんて見せられないだろう?」
孝哉へそう問いかけると、なんと色田がこちらへと向き直り、ブースとこちらを仕切っているガラスへと張り付きながら「ぜってー笑わねえから、演ってくれよ。孝哉くんとお前がやるベストを、俺も聞きたい!」と、小さな子供のように目を輝かせて懇願してきた。
「は、はあ? まじで言ってんの? 結構衝撃的に恥ずかしいものを見る事になるんだぞ? いいのか?」
これまでのしがらみも考えずに、珍しく俺の目をまっすぐ見ながら懇願する色田の姿に驚いていると、周囲からの期待の圧力を感じて身が押されるような思いをした。
仁木さんも、ディレクターさんやアシスタントのスタッフさんでさえ、キラキラと輝く目を俺に向けている。いつも働きすぎて濁った目をしているスタッフさんたちのその目の輝きを見ていると、このまま渋り続けて期待値を上げてしまうのも、後を考えると恐ろしいような気がしてきた。
「わ、わかったよ。じゃあ、latchkeyを作った時のやり方でやるから。……俺があいつを後ろから抱き抱えるみたいにして、二人で弾き語りするから、驚くなよ!」
そう言い捨ててブースへの扉を開ける。入れ違いに色田は俺の隣をすり抜け、コントロールルームへと向かった。そのすれ違いの刹那、小さな声で「ありがとう」と呟き、耳を真っ赤にして走って出ていった。
孝哉の存在があるだけで、チルカの蟠りは全て溶けて無くなってしまった。ブース内にある椅子を引きずって来て「やろうよ、隼人さん!」と笑う孝哉を見ていると、胸の中になんとも言えない温もりが灯った。
「……latchkey、結構テンポ速いけどまだ手が温まってないから、抑えめでいいか?」
そう問いかけながら椅子に座り、右手にギターを持って左の膝を叩いた。孝哉はそれを合図に、まるで飼い犬のように俺の膝の上にストンと収まる。俺は孝哉の体の前にボディを置くと、ストラップを自分の肩から背中へと通した。
孝哉は右手をホールの上あたりに置き、俺は左手でネックを握る。その俺の手首を孝哉が握力の弱った左手で握った。
「……本当はね、俺も結構恥ずかしいよ。でも、このスタイルが一番俺が生きてる実感があるから。これで歌うと、どこまででも自由に翔ける気がするんだよ。だから、お願い。復活の一発目は、これで演らせて」
俯いたままそう呟いた孝哉の手は、僅かに揺れていた。
今の孝哉は、俺と二人でいれば、体の接触がなくても一人ですくっと立って歌うことも出来る。カラオケでは、友人の優太くんと二人で言った場合に限り、一人で立って歌えるとも言っていた。
でも、今日は全く知らない人たちの前で、どんな反応をされるのかもわからない状態でのパフォーマンスになる。平気そうな顔をしていたけれど、本当はかなり怯えているようだ。
俺は右手を孝哉の腹に回す。そのままグッと引き寄せるようにして抱きしめた。二人の間にある隙間が、少しでも減っていき、不安が消えてしまうようにと願わずにはいられなかった。
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