遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星

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第一章 異世界来たら牢獄で

出所は女スパイと共に

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 イザスタさんはまず『勇者』について話し始めた。

「『勇者』は言い伝えの登場人物なの。“異世界から『勇者』が現れて人々を救う”っていうね。それだけなら大なり小なりどこの国にもある昔話。だけどそれを本気で実現させようとした人達が居たのよ」
「昔話を……実現?」

 昔話と言うと桃太郎や浦島太郎が浮かぶが、実現と言われてもピンとこない。

「しかもその中には国の中枢にいる人も混じっていてね。それこそ国教の中に言い伝えをミックスしたり、国の主導で召喚の方法を試行錯誤したりとドンドンやることが大事になっていって」
「その流れからするともしかして……成功しちゃったと」
「そ。成功しちゃったの」

 ヤレヤレと困った風にイザスタさんは肩をすくめる。

「当然他の国は大慌て。さっそく『勇者』のことについて調べろってあちこちから調査員がこの国にやって来たの。アタシもその一人。依頼主までは口に出来ないんだけど、ここまでは良い?」

 俺はコクコクと頷いた。イザスタさんは女スパイだったのか。頭の中にイザスタさんがスーツでピストル片手にポーズを決める姿が浮かぶ。……うん。カッコいいじゃないか。

「勇者召喚が成功したのは情報によると十日前。アタシは王都で情報を集めている途中、色々あってここに入れられちゃったの。最初は早く出所しようと待遇アップも兼ねて看守ちゃんにお金を払ってたんだけど、意外にここの方が情報が集めやすいことに気がついたのよ」
「それはまた……何で?」
「ここはに有るからよ。城の外への情報は上手く抑えているみたいだけど、同じ城の中であれば話は別。それに『勇者』は何人もいるみたいだから世話をする人も必要になるわ。そういった所から少しずつ探ってるの」
「いや、それにしたって牢屋の中でどうやって情報を?」
「看守ちゃんにお願いして『勇者』の噂話を集めてもらったの。噂話は案外真実に近いものも多いのよ」

 そう言えばここに来て二日目の朝食時に何かイザスタさんに渡してたな……ホント何やってんのあの看守!! というか本当に看守? もはや何でも屋じゃないか?

「もう少し集めたら出発しようという時にトキヒサちゃんが来たの。そこから先は知ってるでしょうから割愛ね。話の経緯はこんな所かしら」

 言い終えると、イザスタさんは軽く水を飲んで舌を湿らせる。

「え~と、『勇者』のことは何となく分かってきたんですが、何で俺がその勇者だと?」
「根拠はあるわよん。まず第一にその加護。『勇者』は皆珍しい加護持ちという話だから、トキヒサちゃんのもそれじゃないかな~って」
「偶然じゃないですか? 加護持ちは珍しいけど居ない訳じゃないはずです」

 イザスタさん本人から教わったことだが、加護持ちは千人に一人くらいの割合らしい。加護持ちというだけで様々な場所からスカウトされることも多いというし、それならたまたまってこともあり得なくは。

「普通の加護ならね。だけど『万物換金』は見たことも聞いたこともないわ。凄く便利だしね。二つ目はアナタがやけに世間知らずだった点。『勇者』は異世界人らしいから、色々知らなくても無理はないかなぁって」
「その、生まれも育ちもメチャクチャ遠い場所なもので、それで知らないことばっかりでして」

 嘘は言っていない。何せ世界が違うくらい遠いのだ。

「……まあ良いわ。三つ目。アナタが見つかった場所と時間。この城は『勇者』が召喚されてから警戒厳重なの。そんな中に突然現れたって言うじゃない。何か関係があるんじゃって思うわよ」
「それは……」

 確かに怪しい。一つ一つはまだ偶然で通せるかもしれないが、それがこうも続いてはもう必然に近い。

「最後に……女の勘。一目見た時からなんとなくそんな気がしたの。アタシの勘はよく当たるのよん」

 イザスタさんはどこか得意気な顔でニッコリと微笑んだ。……流石にそれは誤魔化せない。世の男の秘密を暴く最終兵器だ。女の勘恐るべし。

「トキヒサちゃんが『勇者』だとすると、この国が予期しなかったイレギュラーってことになるわ。それならここで仲良くしておくのも悪くないかなぁって。と色々理由を並べてみたけど、納得してくれた?」
「……はい。一応は」

 話の流れを整理すると、彼女はどこかの依頼を受けて『勇者』の情報を集めていた。色々あってここに入れられたけど、牢の中でも情報集めは継続中。

 その途中で俺に出会い『勇者』ではないかという考えを持つ。だけど俺はこのままだと特別房に入れられてしまう。それは困るので大金を払ってでも助けたい。という感じだろうか? う~む。情報が足りない。

「イザスタさんはさっき、明日『勇者』のお披露目を行うって聞いてから急に出所の準備を始めました。じゃあ俺に一緒に行ってほしいのって」
「そうよん。そのお披露目の場でトキヒサちゃんに『勇者』達を見てもらって、何か気づいたら教えてほしいの。その後アタシは『勇者』に張りつくけど、トキヒサちゃんは時々仕事で必要になった時に力を貸してもらう以外は自由行動でかまわないわ。以上がアタシの提示する条件なんだけど……どう?」

 話だけ聞くと良い条件だ。ここを出なければ話にならないし、イザスタさんに着いていくことでこっちの情報も集まるだろう。どのくらいの頻度かは分からないが、少しは自分の時間もとれそうだ。しかし、

「最後に一つ聞かせてください。今までの話は全て俺がその『勇者』だという前提があってのことです。もしかしたら違うかもしれない。それでも助けてくれるんですか?」

 正直な話、割り込んだ俺は正式な『勇者』ではないと思う。イザスタさんが『勇者』という点だけを評価しているなら、この話は断るのが筋だろう。イザスタさんの答えを、俺はほんの少し身構えて待つ。

「えっ!? 助けるけど?」

 イザスタさんの答えはひどく軽いものだった。何を迷う必要があるのってくらいの即答だ。

「言ったでしょう。気に入ったって。もし勘が外れていたとしても、どのみち好みの子が一人助かるのだから結果として万々歳なのよねぇ。どっちに転んでも損はしないんだから助けるに決まってるじゃない」

 イザスタさんは良い人だ。それはここまでの言動から見てまず間違いない。これで中身が腹黒だったらアカデミー賞ものの女優だと思う。

 その人が一緒に来てほしいと言っている。しかも自分が気に入ったからという理由で大金を払ってまで。となれば、

「……参ったなぁ。そう言われちゃうと断る理由がないですよ」

 俺は承諾の意味を込めて握手しようと手を伸ばした。そしてイザスタさんは、

「引き受けてくれるのね!! ありがとうっ!!」

 握手……ではなく熱烈なハグを敢行してきたのだ。

 俺の身長は一般男子高校生の平均よりはちょ~~っとだけ下じゃないかなぁと思わなくもない百五十?センチ。対するイザスタさんは百七十くらいの長身に、それに応じたかなり大きめの胸を持っている。当然俺の顔が胸に押し付けられる感じになり、

「ちょっ!? く、苦し……息が」
「いやぁほんっとアリガトねぇ。やっぱり一緒に行くなら能力とかも大事だけど、自分が気に入るかどうかが一番だと思うのよ。ウンウン」

 一人納得してないで早く気づいてくださいよ!! その一緒に行く人が只今絶賛呼吸困難中ですって!!

 世の大半の男性と一部の女性からしたら非常に羨ましいかもしれないが、個人的には命の危険を感じる大ピンチ。そんな状況ではあるが、俺はこうして心強い(?)お姉さんと一緒に出所することを選んだ。



 …………選んでしまったのだ。



「という訳でアタシの出所申請ヨロシクね♪」
「よく分からんが、確かに受け付けた」

 夕食時、配給に来たディラン看守に対してのイザスタさんの第一声がそれである。看守も目を白黒させていた。

「やっと出る気になったか。牢も片付いているようだし、これでここも平和になるな」
「そんな言い方ないじゃない。看守ちゃんだって依頼料でガッポリ儲けたんだから。もぅ」

 淡々と述べる看守にイザスタさんが拗ねたように返す。色々と調べてもらっていたらしいからな。相当支払ったのだろう。そのまま配給を受け取る途中、彼女がまず切り出した。

「それと出所前の最後のお願いなんだけど、トキヒサちゃんの出所申請もお願い出来るかしら? 払いはアタシ持ちで良いから」

 その言葉を聞くと看守は少しだけ動きを止め、そのままこちらの方に向き直る。

「と言っているが、それはお前も了承済みか? トキヒサ・サクライ?」
「はい。その代金はいずれ必ずイザスタさんに返すということで話はついています」

 これはさっき話し合って決めたことだ。一緒に行ってくれるなら返さなくても良いと言ってくれたが、それは流石に悪いので時間はかかっても必ず返すという話に落ち着いた。

 期限は決めていないが、遅くとも俺が元の世界に帰還するまでには返却する。……ますます稼ぐ額が増えてしまった。

「そうか。では聞こう。出所は方法や内容によって必要な額が異なる。希望は?」
「う~ん。俺が無罪放免で正面から堂々と出られるものでお願いします。もちろん安全第一で」
「ついでに明日の『勇者』のお披露目に立ち会えれば尚良いわ」

 かなり図々しい内容だが、実際無実なのだからこれくらいは言っても許されそうな気がする。

「無罪放免で正面から堂々と……か。となると事実上最高ランクのものだな。ちなみにこれをやったのは、俺が知っている限り一人だけだ」
「その一人は気になりますけど今は置いといて、金額の方はどのぐらいに?」
「百万デンだ」

 …………はい!?

「百万ジンバブエドルとかでなく?」
「それがどこの通貨かは知らんが、今の内容だと各所への根回しに書類の作成、明日出所の高速料金に俺が中抜きして頂く分。その他諸々合わせて百万デンだ」

 幾つか気になる点はあったが、それにしたって百万デンって!! イザスタさんの予測の倍額だ。これはちょっと……。

「イザスタさん。これはいくらなんでも。そこまで払わせる訳にもいきませんから今回は中止に……」
「百万デンか。まあ必要経費としては妥当な所ねん。……しょうがないか。それじゃコレで」

 イザスタさんは懐から白く光る硬貨を一枚取り出すと格子越しに差し出した。って払えるの!? ディラン看守もその硬貨を見て目を見開いている。

「……妙な奴だとは思っていたが、お前は一体何者だ? イザスタ・フォルス」
「何者って、只のB級冒険者だけど」
「惚けるな。只のB級が白貨を持つ訳がないだろう。王家や一部の貴族、大商人等しか使うことはほとんどない品で市場にはまず出回らない。何せ一枚百万デンだ。額が額だからな」

 一枚百万デン。日本円で一千万円。物価はどうだか知らないが、確かにそんな大金を日常で使うことはあまりない。それこそ家や土地、車を買うくらいでないと。

 その指摘にイザスタさんの表情がほんの一瞬だけ引き締まり、だがすぐにいつもの少しだけいたずら気味な態度に戻った。

「あら。なあに? 百万デン払えって言ってきたのはそっちなのに、本当に払ったら文句をつけるの? それはちょっと横暴じゃな~い?」

 互いに黙って見つめあうこと数秒、先に沈黙を破ったのはディラン看守だった。

「……まあ良い。話す気がないなら別に構わん。お前は金を払い、トキヒサ・サクライの出所を申請した。そして俺はそれを受け付けた。それだけの話だ」

 そう言うと彼は荷車を引いて離れていく。去り際に「二人の出所手続きは明日の朝までかかる。準備を整えておけ」と言い残して。

「明日の朝ね。それじゃあたくさん食べて明日に備えましょうか。忙しくなるわよぅ。……あっ! ゴメントキヒサちゃん。日用品の買い戻し出来るかしら? もう一泊することを計算に入れてなかったわ」

 ……ホントに不思議な人だ。さっき看守と話している時は真面目だったのに、一転してまた気楽な雰囲気に戻ってしまった。こちらに手を合わせてくるイザスタさんに苦笑しながらも、ついそんなことを考えてしまう。

 この和やかなムードは、夕食を終えて自分の牢(俺は元々ここだが)に戻るまで続いた。
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