84 / 202
第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
閑話 ある『勇者』の現状報告 その三
しおりを挟む「少しは落ち着いたかしら?」
「……はい。ありがとうございます」
結局その後私が泣き止むまで、イザスタさんは時折背中をさすりながらずっと付き添っていてくれた。
「フフッ。メイドちゃん達を呼ぶのはもう少し後にしましょうか。ほらっ」
さぞ酷いものになっていたのだろう。顔を上げた私の顔を見て、苦笑しながらハンカチを差し出してくれる。返さなくて良いと言ってくれたけど、あとでしっかり洗って返しますから。
「ごめんねユイちゃん。アタシの言葉で逆に追い詰めちゃったみたい」
「いえっ! 元はと言えば私がいけないんです。イザスタさんが謝る必要なんてっ!」
イザスタさんが頭を下げてくるので、私は慌てて頭を上げてもらう。
「ユイちゃんは真面目さんね。そうじゃなきゃこんなに悩んで苦しんだり出来ないわ。特に自分以外の事に対してはね」
優しく語りかけてくるイザスタさん。気を使わせてしまったみたいだ。
「元々昼間のあのアドバイスは、単純に戦闘においての問題点を指摘したに過ぎなかったの。だからユイちゃんの抱えていた悩みに関しては的外れになってしまった。……この機会に言わせてもらうわね。ユイちゃん。あなたは紛れもなく『勇者』だと思うわよ」
「で、でも……私は他の人みたいな特別な力なんてないんです。私の出来る事は他の人達も出来て、私だけ出来る事なんて何もない。そんな私が『勇者』だなんて」
そう言った私を見て、何故かイザスタさんは何かを思い出すように懐かしそうな顔をした。どうしたんだろう?
「あぁ。何でもないのよ。何でも……コホン。ユイちゃんはそれでも間違いなく『勇者』だと思うわよ。だって、あの時も身体を張って女の子を助けたじゃない」
あの時、私とイザスタさんが初めて会った時の事だろうか?
「ユイちゃんはあの時、恐怖に震えながらも女の子を守る為に飛び出した。それはとても勇気のいる事よ。異世界から来たという意味での『勇者』ではなく、人の希望たる『勇者』でもない。純粋に勇気ある者という文字通りの『勇者』」
「でも……それは」
「分かってる。ただの言葉遊びよん。……でもね。どの『勇者』も間違いなく特別なの。力が無くったって、自分の出来る事が自分以外にも出来たって、特別なの」
私にはイザスタさんの言葉は良く分からなかった。でも、懸命に私を励まそうとしている事だけは十分に伝わってくる。だから。
「……ありがとうございます。私は特別なんかじゃないと思うけど、それでももう少し……がんばってみようと思います」
私は特別なんかじゃない。この世界に来ても、やっぱりただの女子高生だ。でも、まだやれる事がきっとあると思う。
加護だって使い方が分からないだけで意味があるのかもしれないし、月属性も書物を調べればまだ何かあるかもしれない。ここで立ち止まってなんかいられない。
「……そっか。それじゃあ真面目で頑張り屋さんのユイちゃんに、お姉さんから贈り物をしましょうか」
イザスタさんはそう言うと、胸元から何かを引っ張り出した。これも私にはできないけど……羨ましくなんかないもん。
「これは?」
取り出されたのは小さな濃い青色の石が嵌ったペンダントだった。チェーンも小ぶりだけどしっかりとしていて、一目で質の良い物だと分かる。
「お守りよお守り。大事にしてねん」
「こんな高そうなの……受け取れません」
慌てて返そうとするが、イザスタさんは笑いながら受け取ろうとしない。
「じゃあこうしましょう。ユイちゃんが胸を張って自分で『勇者』を名乗れるようになったら、その時に返してちょうだい。こういうのは目標があった方が良いでしょ?」
「は、はいっ! がんばります」
上手く乗せられたような気がするけど、確かにイザスタさんに返すという目標があればがんばれるかもしれない。私はペンダントを首から提げ、決意を胸にそう宣言した。
自分でいつ『勇者』を名乗れるようになるか分からないけれど、必ずイザスタさんにこれを返してみせる。見ていて下さい。
こうして私達の夜の女子会は、とても有意義な時間を過ごして終わりを迎えた。
後から考えると、多分イザスタさんは私が盗み聞きしていたのを知っていたのだと思う。だからわざわざ夜に部屋に来たと考えると辻褄が合う。
だけどそれを咎めもせず、私の言葉を親身になって聞いてくれたのはイザスタさんの性格からだと思う。
……そういえば、明の言っていた古代種というのは一体何だったのだろうか? 色々聞きそびれてしまった。まあその内聞けば良いよね。
次の日、私は明と一緒に以前の襲撃で被害に遭った人達が集まる仮設テントに来ていた。
襲撃の被害は決して小さくなく、怪我をした人も大勢いる。そんな人達は一時的にここに避難し、国の治癒術師や急遽雇われた薬師によって治療されていた。
私と明は少し治癒の魔法が使えるので、あの日から時々訓練の合間に来ては治療の手伝いをしている。と言っても本職の人には敵わないので、本当に手伝い程度ではあるけれど。
「“月光治癒”」
月属性の魔法、初歩ではあるけど治癒の魔法を足を怪我した男の人にかける。あくまで初歩な上に今は昼間。効果としては精々が止血とちょっとだけ体力回復、痛み止めが少々と言ったところ。だけど、
「ありがとうございます『勇者』様」
「いえ。……礼を言われるほどじゃ、ないです」
たったこれだけの事で、この人は私に感謝の言葉を述べる。治療の度合いで言ったら本職の人に遠く及ばないのに。主な治療は国の術師がやったので、私は緊急度の低い怪我を治しているだけなのに。
「……よしっ! こっちは終わったよ。優衣の方はどう?」
「あとこの人で終わり。……ふぅ。これで大丈夫ですよ」
明の方も割り当てられた人に光属性の治癒魔法をかけ終わり、私も最後の一人が終わる。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。『勇者』様方」
「いえ。大半は皆さんが治したんです。私と明は手伝いをしただけで」
国の治癒術師の人からも礼を言われるけれど、そこまでの事は本当にしていないのだ。
この人だけじゃない。他の人達も私に、と言うよりも明も含めた『勇者』に感謝するのだ。
こうなったのも元はと言えば『勇者』を狙ってきた奴らのせいなのに。ひいては『勇者』が原因の一つと言えなくもないのに。……私達を責める声はまるでなかった。
その『勇者』に対する強いプラスの思いが、今の私にはとても辛い。
「お疲れ様!」
「お二人とも、お疲れさまでした」
私達が今日の手伝いを終えて仮設テントを出ると、そこにはイザスタさんとサラさんが待っていた。
近いとはいえここは城の外。なので護衛として二人も同行していたのだ。治療行為を邪魔したらいけないという事で入口で待っていたけど、何かあったらすぐに突入してくるつもりだったみたい。
「うん。この調子ならもうすぐ手伝いも必要なくなると思うよ。それじゃあ優衣。ボクは先に戻っているね。いくつか調べたいこともあるし。じゃっ!」
「あっ!? お待ちくださいアキラ様。私も行きますっ! ……それではユイ様。イザスタ殿。失礼いたします」
一足先に走り出す明。そして私達に一礼して明を追いかけていくサラさん。付き人も大変だ。
「それじゃあ私達も行きましょうか。それとも少し休んでいく?」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけですから、城についてから休みます」
手伝いとは言え何度も魔法を使ったので少し疲れた。でも、これくらいなら城まで戻ってから休んだ方が良いだろう。その方がイザスタさんも警戒しなくていい筈だ。
「そう。じゃあ……その前にちょっと後ろを向いた方が良さそうね」
「後ろ? 後ろって……」
何かあるのかと振り向く。すると、誰かがこちらに走ってくるのが見えた。……まさかまた襲撃っ!?
「ユイお姉ちゃんっ!!」
その人はそう言って私の前で立ち止まる。そこに居たのは、
「あなたは……マリーちゃん?」
「うん。マリーだよ」
そこに居たのは、私があの時庇った女の子だった。あの時は泣きじゃくる彼女からマリーと言う名前しか聞けず、その後すぐに私は城に連れられた。
女の子は避難所の方に連れて行くという兵士さん達の話だったけど、十歳もいかなそうだし近くに親御さんらしき人もいなかったので気になっていたのだ。
「良かった。……ごめんね。あの時離れちゃって。怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ! だって、ユイお姉ちゃんが助けてくれたもの!」
「……助けたって言うか、実際はそこのイザスタお姉さんが何とかしてくれたんだけどね」
あははと苦笑しながらも、私はイザスタさんの方を手で示す。
イザスタさんははぁいとにこやかに笑いながら、マリーちゃんに近寄ってしゃがみこんだ。さりげなく目線をマリーちゃんに合わせている。私も慌ててしゃがんで目線を合わせる。
「うんっ! だから二人にお礼を言いたかったの。ユイお姉ちゃん。イザスタお姉さん。助けてくれてありがとうっ!」
マリーちゃんはそう言って満面の笑みを浮かべた。イザスタさんもまんざらでもない顔で笑っている。そして、私は……。
「あれっ? ユイお姉ちゃん。どうして泣いてるの? どこか痛い所でもあるの?」
「……大丈夫。どこも痛くないよ。それに、お礼を言うのは私の方」
私の目からまた涙が溢れていた。最近泣き虫になったのかもしれない。私はそのままマリーちゃんを優しく抱き寄せた。以前イザスタさんにしてもらったようには出来ないけど、これが私なりの気持ちの伝え方。
「マリーちゃんは私を『勇者』じゃなくて、優衣って名前を呼んでありがとうって言ってくれたから、それが嬉しかったの」
「……? 『勇者』でもユイお姉ちゃんはユイお姉ちゃんでしょ? だったらお名前で呼んだ方が良いじゃない」
「……そうね……そうだよね」
私はこうして、多分初めてこの世界において、『勇者』としてではなく月村優衣として誰かを助け、また助けられたのだと思う。それがとても嬉しかった。
私は特別なんかではない。そんな私であっても見てくれる人がここにいた。それだけで、お礼を言うには十分すぎるくらいなんだ。
私はそんな万感の思いを込めて、マリーちゃんにありがとうと言う。何度も、何度も、言い続けたんだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる