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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
閑話 ある『勇者』の現状報告 その三
しおりを挟む「少しは落ち着いたかしら?」
「……はい。ありがとうございます」
結局その後私が泣き止むまで、イザスタさんは時折背中をさすりながらずっと付き添っていてくれた。
「フフッ。メイドちゃん達を呼ぶのはもう少し後にしましょうか。ほらっ」
さぞ酷いものになっていたのだろう。顔を上げた私の顔を見て、苦笑しながらハンカチを差し出してくれる。返さなくて良いと言ってくれたけど、あとでしっかり洗って返しますから。
「ごめんねユイちゃん。アタシの言葉で逆に追い詰めちゃったみたい」
「いえっ! 元はと言えば私がいけないんです。イザスタさんが謝る必要なんてっ!」
イザスタさんが頭を下げてくるので、私は慌てて頭を上げてもらう。
「ユイちゃんは真面目さんね。そうじゃなきゃこんなに悩んで苦しんだり出来ないわ。特に自分以外の事に対してはね」
優しく語りかけてくるイザスタさん。気を使わせてしまったみたいだ。
「元々昼間のあのアドバイスは、単純に戦闘においての問題点を指摘したに過ぎなかったの。だからユイちゃんの抱えていた悩みに関しては的外れになってしまった。……この機会に言わせてもらうわね。ユイちゃん。あなたは紛れもなく『勇者』だと思うわよ」
「で、でも……私は他の人みたいな特別な力なんてないんです。私の出来る事は他の人達も出来て、私だけ出来る事なんて何もない。そんな私が『勇者』だなんて」
そう言った私を見て、何故かイザスタさんは何かを思い出すように懐かしそうな顔をした。どうしたんだろう?
「あぁ。何でもないのよ。何でも……コホン。ユイちゃんはそれでも間違いなく『勇者』だと思うわよ。だって、あの時も身体を張って女の子を助けたじゃない」
あの時、私とイザスタさんが初めて会った時の事だろうか?
「ユイちゃんはあの時、恐怖に震えながらも女の子を守る為に飛び出した。それはとても勇気のいる事よ。異世界から来たという意味での『勇者』ではなく、人の希望たる『勇者』でもない。純粋に勇気ある者という文字通りの『勇者』」
「でも……それは」
「分かってる。ただの言葉遊びよん。……でもね。どの『勇者』も間違いなく特別なの。力が無くったって、自分の出来る事が自分以外にも出来たって、特別なの」
私にはイザスタさんの言葉は良く分からなかった。でも、懸命に私を励まそうとしている事だけは十分に伝わってくる。だから。
「……ありがとうございます。私は特別なんかじゃないと思うけど、それでももう少し……がんばってみようと思います」
私は特別なんかじゃない。この世界に来ても、やっぱりただの女子高生だ。でも、まだやれる事がきっとあると思う。
加護だって使い方が分からないだけで意味があるのかもしれないし、月属性も書物を調べればまだ何かあるかもしれない。ここで立ち止まってなんかいられない。
「……そっか。それじゃあ真面目で頑張り屋さんのユイちゃんに、お姉さんから贈り物をしましょうか」
イザスタさんはそう言うと、胸元から何かを引っ張り出した。これも私にはできないけど……羨ましくなんかないもん。
「これは?」
取り出されたのは小さな濃い青色の石が嵌ったペンダントだった。チェーンも小ぶりだけどしっかりとしていて、一目で質の良い物だと分かる。
「お守りよお守り。大事にしてねん」
「こんな高そうなの……受け取れません」
慌てて返そうとするが、イザスタさんは笑いながら受け取ろうとしない。
「じゃあこうしましょう。ユイちゃんが胸を張って自分で『勇者』を名乗れるようになったら、その時に返してちょうだい。こういうのは目標があった方が良いでしょ?」
「は、はいっ! がんばります」
上手く乗せられたような気がするけど、確かにイザスタさんに返すという目標があればがんばれるかもしれない。私はペンダントを首から提げ、決意を胸にそう宣言した。
自分でいつ『勇者』を名乗れるようになるか分からないけれど、必ずイザスタさんにこれを返してみせる。見ていて下さい。
こうして私達の夜の女子会は、とても有意義な時間を過ごして終わりを迎えた。
後から考えると、多分イザスタさんは私が盗み聞きしていたのを知っていたのだと思う。だからわざわざ夜に部屋に来たと考えると辻褄が合う。
だけどそれを咎めもせず、私の言葉を親身になって聞いてくれたのはイザスタさんの性格からだと思う。
……そういえば、明の言っていた古代種というのは一体何だったのだろうか? 色々聞きそびれてしまった。まあその内聞けば良いよね。
次の日、私は明と一緒に以前の襲撃で被害に遭った人達が集まる仮設テントに来ていた。
襲撃の被害は決して小さくなく、怪我をした人も大勢いる。そんな人達は一時的にここに避難し、国の治癒術師や急遽雇われた薬師によって治療されていた。
私と明は少し治癒の魔法が使えるので、あの日から時々訓練の合間に来ては治療の手伝いをしている。と言っても本職の人には敵わないので、本当に手伝い程度ではあるけれど。
「“月光治癒”」
月属性の魔法、初歩ではあるけど治癒の魔法を足を怪我した男の人にかける。あくまで初歩な上に今は昼間。効果としては精々が止血とちょっとだけ体力回復、痛み止めが少々と言ったところ。だけど、
「ありがとうございます『勇者』様」
「いえ。……礼を言われるほどじゃ、ないです」
たったこれだけの事で、この人は私に感謝の言葉を述べる。治療の度合いで言ったら本職の人に遠く及ばないのに。主な治療は国の術師がやったので、私は緊急度の低い怪我を治しているだけなのに。
「……よしっ! こっちは終わったよ。優衣の方はどう?」
「あとこの人で終わり。……ふぅ。これで大丈夫ですよ」
明の方も割り当てられた人に光属性の治癒魔法をかけ終わり、私も最後の一人が終わる。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。『勇者』様方」
「いえ。大半は皆さんが治したんです。私と明は手伝いをしただけで」
国の治癒術師の人からも礼を言われるけれど、そこまでの事は本当にしていないのだ。
この人だけじゃない。他の人達も私に、と言うよりも明も含めた『勇者』に感謝するのだ。
こうなったのも元はと言えば『勇者』を狙ってきた奴らのせいなのに。ひいては『勇者』が原因の一つと言えなくもないのに。……私達を責める声はまるでなかった。
その『勇者』に対する強いプラスの思いが、今の私にはとても辛い。
「お疲れ様!」
「お二人とも、お疲れさまでした」
私達が今日の手伝いを終えて仮設テントを出ると、そこにはイザスタさんとサラさんが待っていた。
近いとはいえここは城の外。なので護衛として二人も同行していたのだ。治療行為を邪魔したらいけないという事で入口で待っていたけど、何かあったらすぐに突入してくるつもりだったみたい。
「うん。この調子ならもうすぐ手伝いも必要なくなると思うよ。それじゃあ優衣。ボクは先に戻っているね。いくつか調べたいこともあるし。じゃっ!」
「あっ!? お待ちくださいアキラ様。私も行きますっ! ……それではユイ様。イザスタ殿。失礼いたします」
一足先に走り出す明。そして私達に一礼して明を追いかけていくサラさん。付き人も大変だ。
「それじゃあ私達も行きましょうか。それとも少し休んでいく?」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけですから、城についてから休みます」
手伝いとは言え何度も魔法を使ったので少し疲れた。でも、これくらいなら城まで戻ってから休んだ方が良いだろう。その方がイザスタさんも警戒しなくていい筈だ。
「そう。じゃあ……その前にちょっと後ろを向いた方が良さそうね」
「後ろ? 後ろって……」
何かあるのかと振り向く。すると、誰かがこちらに走ってくるのが見えた。……まさかまた襲撃っ!?
「ユイお姉ちゃんっ!!」
その人はそう言って私の前で立ち止まる。そこに居たのは、
「あなたは……マリーちゃん?」
「うん。マリーだよ」
そこに居たのは、私があの時庇った女の子だった。あの時は泣きじゃくる彼女からマリーと言う名前しか聞けず、その後すぐに私は城に連れられた。
女の子は避難所の方に連れて行くという兵士さん達の話だったけど、十歳もいかなそうだし近くに親御さんらしき人もいなかったので気になっていたのだ。
「良かった。……ごめんね。あの時離れちゃって。怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ! だって、ユイお姉ちゃんが助けてくれたもの!」
「……助けたって言うか、実際はそこのイザスタお姉さんが何とかしてくれたんだけどね」
あははと苦笑しながらも、私はイザスタさんの方を手で示す。
イザスタさんははぁいとにこやかに笑いながら、マリーちゃんに近寄ってしゃがみこんだ。さりげなく目線をマリーちゃんに合わせている。私も慌ててしゃがんで目線を合わせる。
「うんっ! だから二人にお礼を言いたかったの。ユイお姉ちゃん。イザスタお姉さん。助けてくれてありがとうっ!」
マリーちゃんはそう言って満面の笑みを浮かべた。イザスタさんもまんざらでもない顔で笑っている。そして、私は……。
「あれっ? ユイお姉ちゃん。どうして泣いてるの? どこか痛い所でもあるの?」
「……大丈夫。どこも痛くないよ。それに、お礼を言うのは私の方」
私の目からまた涙が溢れていた。最近泣き虫になったのかもしれない。私はそのままマリーちゃんを優しく抱き寄せた。以前イザスタさんにしてもらったようには出来ないけど、これが私なりの気持ちの伝え方。
「マリーちゃんは私を『勇者』じゃなくて、優衣って名前を呼んでありがとうって言ってくれたから、それが嬉しかったの」
「……? 『勇者』でもユイお姉ちゃんはユイお姉ちゃんでしょ? だったらお名前で呼んだ方が良いじゃない」
「……そうね……そうだよね」
私はこうして、多分初めてこの世界において、『勇者』としてではなく月村優衣として誰かを助け、また助けられたのだと思う。それがとても嬉しかった。
私は特別なんかではない。そんな私であっても見てくれる人がここにいた。それだけで、お礼を言うには十分すぎるくらいなんだ。
私はそんな万感の思いを込めて、マリーちゃんにありがとうと言う。何度も、何度も、言い続けたんだ。
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