90 / 202
第四章 町に着いても金は無く
入国審査みたいなもの
しおりを挟むあれよあれよと話は進み、昼過ぎには出発準備も整い馬車に乗り込む事になった。なんとお見送りに、調査隊の人達の大半が勢ぞろいしていたのだから驚きだ。
「セプトちゃ~ん。また来てね~っ!!」
「先生っ! お達者で」
「ジューネ。品揃え良かったから次も来いよな。待ってるからな」
実に盛大なお見送りだ。なんだかんだ皆仲良くなった人が居たらしい。俺にも餞別の言葉が来たさ。アシュさんの誤魔化しの結果、比較的年の近い隊員達と仲良くなった。……男ばっかりだったけど。女性陣は微妙にまだ白い目で見てた。
あと一つ気になったのが、
スリスリ。スリスリ。
「おいまだか? 次が詰まってるんだから早くしろよ!」
「もう少し。もう少しだけ」
何故かボジョの前に行列が出来ていた。一人ずつボジョの身体を撫でていく様は、どこか触れると良い事がある石像的な何かを思わせる。
後で聞いた話によると、ボジョは調査隊の中でセプトと並んで一種の癒しキャラ的な立ち位置になっていたらしい。確かにあの感触は気持ち良いものな。ナデナデしたくなる気持ちは分かる。
それに荷運びを手伝ったりして評判も上々のようだ。時折いなくなると思ったらそんな事まで。
それにボジョもただ撫でられていた訳ではない。あまりに長すぎるようなら触手で叩いて注意し、撫でた人から礼代わりにちょっとした食べ物などをせしめている。
それもすぐ食べるのではなく、袋を貰って中に詰め弁当代わりにするとか。本当にしっかりしている。
「……大層な見送りね」
そう言うエプリの周りには見送りの人はあまりいない。これはエプリが人を避けている為だ。ボロボロになった服はジューネから買った物に着替えたが、相変わらず顔を隠すフード付きの物を選ぶのは徹底している。
それでも来てくれる相手にはエプリも流石に僅かに言葉を返すのだが、フードから覗く表情は嫌がりと嬉しさの混ざった複雑なものだ。……混血という事でなければもっと普通に話せたのだろうか?
「そろそろ出発します。馬車にご乗車ください」
馬車の御者席から呼びかけ。そろそろか。その言葉を聞いてそれぞれが馬車に乗り込んだ。
「ラニー。ではこちらをお願いします」
「分かりました」
出発直前ゴッチ隊長が何かをラニーさんに手渡した。報告用の書類らしい。ここ数日の事も含めて大急ぎでまとめ直したとか。これからダンジョンに潜るというのにお疲れ様です。
「出発します。はぁっ!」
ラニーさんが乗り込むのを確認すると、御者さんは馬に手綱で軽く合図する。それと同時に繋がれた四頭の馬が歩き出し、馬車はゆっくり進み出した。
見れば出発する俺達に対して、調査隊の人達が手を振ってくれている。……良い人達だった。マコアの件もあるしまた会えるといいな。俺達はそうして調査隊の拠点を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
とまあそんな経緯で、俺達は現在馬車の旅を満喫していた。速度は人が走るのより少し早い程度。もっと速度を上げられるが、俺達を気遣ってややのんびり進んでいるという。細やかな気遣いに感謝だ。
そして、
「皆さん。見えてきましたよ」
御者さんが御者席から言う。いよいよか! 俺は飛び起きて御者席の先を見る。急に動いたから身体があちこちギシギシ言っているが、そんなの気にならない程ワクワクだ。そして隙間から見えた先は……。
「……うわあぁ!」
まだ距離があって細部は見えないものの、それは確かに町だった。周囲を高い壁に囲まれ、入口に一際巨大な門が存在感を醸し出しているが、壁の上からちらちら見えるのは建物の屋根。人が住んでいる証だ。
「おっ! ようやくか」
「え~っと。こちらが子爵に送る分、これがキリに支払う分。これが物資調達用で……」
「さて。それじゃあここまでにしましょうか。セプトちゃん」
「うん。教えてくれてありがと」
各自がいよいよ到着となって準備を終える中、エプリが話しかけてくる。
「……で、これから初めて町に入る訳だけど。感想は?」
「そんなの決まってる」
まだ見ぬ世界のまだ見ぬ町。まだ見ぬ文化。観光ではないから良い事ばかりではないかもしれない。危険な事や嫌な事もあるかもしれない。それでも、
「これもまた、ロマンって奴さ」
こうして俺達は、交易都市群第十四都市ノービスに到着した。
「それにしても……立派な門だなあ」
「交易都市群には様々な種族の方がいらっしゃいますからね。このくらい大きくないと」
俺達の乗った馬車は町の入口の門に近づいていった。門を見てつい漏らした感想に、御者さんが説明をしてくれる。
ざっと見積もって十メートル近くある門。巨人種のような大きいサイズの誰かの通行も考えられているらしい。見ると門の前に行列が出来ていて、その先には受付のようなものが見える。
「あの行列は?」
「ああ。町に入る際ちょっとした審査が有るんですよ」
俺が不思議に思うと今度はジューネが答えてくれる。入国審査みたいなものか。怪しい奴が入ってきたらマズイもんな……って!? 俺怪しい奴じゃんっ! この世界の人じゃないから戸籍もないぞ。
「……あぁ。もしかして交易都市群の都市に入るのは初めてですか? トキヒサさん」
「そ、そうなんだよ。だから色々と不安と言うか」
「それなら問題ありませんよ。審査と言っても顔を見せて手配書に載っていないか調べたり、何の為に町に入るのかを聞かれるくらいです」
何だ。それなら安心……じゃないっ!?
「マズいな。俺は何とかなるかもだけど……」
そう言いながらエプリの方をチラリと見ると、エプリはフードを深く被り直している。顔を見せなきゃいけないとなると、混血だのなんだの言われかねないな。ジューネもその言葉にハッとする。
「……何か言われるのは慣れてるわ。他の都市に入った事もあるから分かるけど、混血だからと入るのを拒まれる訳でもないし。……そうでしょ?」
「え、えぇ。交易都市群のモットーは“どの種族であっても拒まない事”ですからね。入る事自体は出来ると思います」
「……なら、問題ないわね」
エプリはそう言うと、目を閉じて馬車内の荷物に寄り掛かる。なんだかなぁ。何か言われるのは慣れてるって、慣れても辛くないって事はないだろうに。
「分かりました。エプリさんがそう言うなら。……安心してください。いざとなったら」
「まあお得意のアレだな。世渡りの知恵って奴よ」
ジューネとアシュさんがなんか黒い笑みを見せる。これはあれか? 山吹色のお菓子の出番とでも言うのか? できれば真っ当に通りたいんだが……え~い。こうなりゃ腹をくくって行こうじゃないの。
俺達の馬車は列の一番後ろに並ぶ。見れば俺達以外にも乗り物で来ている人は多く、中には馬以外にも小型の恐竜みたいなトカゲに騎乗している人もいる。流石ファンタジー。
「……あれは騎竜ね。スピードもあるし、単騎でちょっとしたモンスターにも引けを取らない戦闘力が売りよ。寒さに弱いのと乗りこなすのがやや難しいのが欠点だけど」
騎竜を見つめていたのが分かったのか、エプリが横から説明してくれる。やっぱり見た目的に寒さに弱いんだ。
「おやっ!? 騎竜をご所望で? それなら良い店を紹介しましょうか?」
「遠慮しとく。憧れるけど色々と問題が多すぎるしな。……主に金銭的部分で」
ジューネが商売チャンスとばかりに言うが、どうせ紹介料とかをせしめるつもりだろ? それに馬にも乗れない俺が乗りこなすまで時間が掛かるし、練習中はしばらく足止めになってしまうだろう。
さらに挙げれば乗れなくても維持費、つまりエサ代や寝床の世話で確実に首が回らなくなる。ロマンを追うには先立つものが必要なんだ。
ジューネもこれは予想していたのか、それは残念と一言返しただけで食い下がりはしなかった。買う見込みのない相手に無理に押し売りするのは下策だと分かっているらしい。売れてもほぼ確実に悪い印象が付くからな。
そんな感じで雑談を交わしながら、行列はゆるゆると進んでいく。少しずつ受付の様子が見えてきた。
「二手に分かれているみたいだな」
受付が二つあるのは時間短縮の為か? それぞれ数名の衛兵らしき人が待機しており、来る人に何か質問をしているようだ。
マズいな。フードの下なんかもしっかり確認している。幸い後ろの人には見えないようにしているようだけど、やはり避けられないのか。
「おやっ!? どうしたんですか? そんな困ったような顔をして」
俺が顔を強張らせていたのに気づいたのか、ラニーさんがそう訊ねてくる。そう言えば調査隊の人達にはエプリの事は伝えていなかった。
「もしかして、エプリさんの事を心配しているのですか?」
「知っていたんですか?」
ラニーさんは俺の正面に立ち、安心させるようにゆっくりと頷いた。それはエプリも知っているようで驚いた様子を見せない。セプトは無表情でイマイチ分からないが、ジューネとアシュさんは知らなかったようで少し驚いている。
「トキヒサさんが大怪我をして医療テントに運ばれてきた時、エプリさんも隠していましたがかなりの怪我でしたからね。薬で無理やり傷を治していましたが、見るヒトが見たらすぐ分かります。その治療の時に知りました」
「えっと……他の人には」
「言っていません。隊長にもです。バルガスさんやセプトちゃんは治療の為報告の必要がありましたが、これはそうではありません。患者の秘密を言いふらすような事はしませんよ」
ラニーさんは真面目な顔で断言する。職業意識はしっかりしているみたいだ。
「ラニーさんは……その、嫌じゃないんですか? エプリの事」
だけどこの点は聞いておかないといけない。仕事と私情は別って人もいるだろうし。ラニーさんは少しだけ考える様子を見せると、真っすぐに俺の目を見て話し始める。
「私は職業柄、様々な患者を診てきました。その中にはヒト種以外の方も大勢いました。ヒト種だから助ける。それ以外は助けないでは薬師とは言えませんよ。それに……」
そう言って、ラニーさんはエプリの方を見つめる。
「混血の方は初めて診ましたが、最初に会えたのがエプリさんで良かったと思いますよ。意識のない貴方の傍をほとんど離れようとしなかったあの様子を見たら、私にもエプリさんが悪人でないのはすぐに分かりましたから」
「ふんっ……ただ護衛として、雇い主が死なないように見張っていただけよ」
エプリがその言葉に対して割り込むが、ラニーさんは軽く笑って流してしまう。気が付けばアシュさんやジューネもニンマリした様子でエプリを見ていた。セプトはよく分かっていないようだが、ボジョまで触手を伸ばしてコクコクと頷いている。
確かに俺が起きた時は手を握っていてくれたみたいだしな。間違いなく良い奴だと思う。それが分かってもらえたなら良いんだ。俺はラニーさんに対し、ありがとうございますと頭を下げる。
「いえいえ。……話を戻しますね。エプリさんについてですが、その点は私が受付で取り成しましょう。ご安心ください」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。微力ではありますが」
ラニーさんはお任せくださいとばかりに軽く胸を叩いた。このように人を安心させるのは薬師としての振舞いなのかもしれないが、そのままありがたく受け取るとしよう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる