58 / 89
第三章
ネル 何か覚えのある課題に戸惑う
しおりを挟む森の中に隠されていた黒い扉を、あたしのファインプレーで見つける事が出来て喜んでいたのも束の間。そこにピーターが言うには少なくとも20人以上の変な集団が現れた。
だけどそこらの候補生が束になったってあたしの敵じゃない。ちょびっとピーターを庇いながらだとめんどくさいけど、まあそこはガーベラに任せれば何とかなるでしょ!
……ああ。さっきガーベラは、参加者は競争相手であって敵じゃないとか言ってたけど。
襲ってくる奴が相手なら、ちょっとくらい壊しちゃって良いよね。
あたしはとりあえず手近な奴から仕留めていくかと、飛び出すべく足に邪因子を溜め、
『待ってほしいっ! こちらに戦うつもりはない。まずは話し合いをさせてもらえないだろうか?』
集団の中から一人の男がゆっくりと歩いてくるのを見て、一旦だけど動きを止める。
そいつは一見眼鏡をかけた優男。物腰は穏やかそうで、見た目は二十を少し過ぎたくらい。といっても邪因子は老化を抑える力もあるから本当の年齢は知らないけど。
そんな中、ガーベラが油断なく髪を伸ばしながら男に合わせて一歩踏み出した。
「これは驚きましたわね。こんな序盤に攻めかかるような方とは存じませんでしたわよ。アンドリューさん?」
「それは誤解だ。僕はこれでも臆病なのでね。話し合いをしようと機を窺っていたら、メンバーが君に気づかれてなし崩し的にこうなってしまっただけの事。不幸な事故だよ」
「どうだか? ここで私達を落とせればそれはそれで良し。とでも思っていませんでしたか?」
「さあ? どうだろうね」
男とガーベラは互いに黒い笑みを浮かべながら対峙する。二人共目は一切笑っていない。
「ガーベラ。コイツアンタの知り合い?」
「ええ。アンドリュー・ミスラック。幹部候補生の中では割と有名でしてよ。なにせ昨日の邪因子量測定テスト。あれでネル。アナタに次いで全候補生中2位の記録を叩き出したのですから」
「へぇ~。やるじゃん。道理で」
あたしは邪因子を察知する力は高くないけど、それでもはっきりと分かる。コイツそこそこ強い。少なくとも周りの奴らよりは歯ごたえがありそう。
「大差をつけられた1位に褒められるというのも妙な話だがね」
アンドリューは苦笑しながらこちらに向き直り、軽く手を上げる。すると同時に話しやすいよう気を遣ったのか、集団がそれぞれ数歩下がった。
「改めて言うが話し合いをしたい。どうか邪因子を抑えてはもらえないだろうか? 戦うにしてもなんにしても、それからでも遅くはないのではないか?」
「……だってよ? どうするのピーター?」
「ふぇ!? な、何でボク!?」
突然の事に固まっていたピーターが、急に名前を呼ばれてビクッとこちらを見る。何ビビってんのよ。
「何でって一応リーダーはアンタでしょ? あたしが全部決めても良いけど、その場合面倒だからとりあえず皆ボッコボコにして終わらせるよ」
「普通にあり得そうなのが何とも言えませんわね。まあそれはそれとして、我がライバルに交渉事が出来るとも思えません。私がやっても良いですが……ここはリーダーさんの交渉力に期待いたしますわ!」
「え、トップが実質幹部候補生ナンバー2の集団と交渉しろって……え~っ!?」
ピーターが涙目になりながらも交渉を引き受けたのは、それから一分後のことだった。
「じゃあ、あくまでもアンドリューさんとしては、互いの情報交換をしたかっただけなんですね?」
だけど一度話し合いが始まると、ピーターは意外にも腹を括って堂々と喋り始めた。……ちょっぴり足が震えてるけど、それくらいならまあ良いんじゃないかな?
「その通りだ。こちらは既に草原エリアのチェックポイントをクリアしている。そちらは……」
「フンだ! こっちは山岳エリアの課題を済ませちゃったもんね! タイムじゃ負けてないんだから!」
軽く自慢すると、ピーターが慌てて指を口に当てる。ちょっと何よ?
「つまりもう山岳エリアの課題もヒントも知っていると。流石は歴代でも傑物と誉れの高いネル・プロティだ。ちなみにどのようなヒントだったのかな?」
「えっへん! こっちの手に入れたヒントはねぇ」
「あ~っ!? ネルさんっ!? それ以上は本気でダメな奴ですよっ!?」
あたしが話そうとすると、ピーターが慌てて口を塞いでくる。見たらガーベラもあちゃ~って顔して額に手を当てている。どうしたんだろう?
「我がライバル。そういうことは互いに少しずつ開示していくのが交渉というものですわ」
「……知ってたよ。これくらいは良いかなぁとちょっと余裕を見せただけだもん!」
あたしは軽く口笛を吹いて誤魔化す。危ない危ない。あたしの口を滑らそうだなんて、なかなかやるじゃないアンドリュー。
「なるほど。ではこうしよう。こちらが先に情報を開示する。その後でなら教えてもらえるか?」
「先に? ……書面か何かにして同時に出すのではなく?」
「先にだ。勿論そちらが情報だけ持って逃げるという事はあり得るが……ネル・プロティともあろう方がそんな程度の低い手を使う筈もない。まあ用心の為に互いにヒントそのものは出さないとするが」
ふふん! 分かってんじゃない!
「では草原エリアでの課題だが、簡単に言うとそこらじゅうを飛び回る球を制限時間の間避けるか捕まえるかしていくという」
……あれっ!?
「ちょっと待って? それってさ。もしかして幾つも色があって、色によって邪因子に反応したりしなかったりする奴?」
「その通りだ。なんだもう既に情報を握っていたのか」
「いや。知っていたっていうか」
な~んかそれ覚えがあるんだよねぇ。ついこの前オジサンが訓練とか言って出してくれた奴。ピーターもおやって顔してるし。
「形式はリーダーに加え、欠員が居ない限り最低2名以上の参加。定められた範囲から出ずに一定時間耐え凌ぐタイプだ。時間経過で球の種類が増えていき、最大4種類まで増えていた。なんでも、元々は現幹部の誰かが以前トレーナーから教わった邪因子訓練方法で、今回の試験如何では公式訓練の一環とするとかなんとか」
「……ネルさん。これって」
小声で話すピーターの言いたいことは何となく分かる。オジサンが試験に一枚嚙んでいるんじゃないかってことだよね。だけど、
「うん。多分偶然かな?」
しばらく一緒に住んでいたからなんとなく分かるけど、あのオジサン悪の組織の職員なのに不正が苦手だ。出来ないんじゃなくて苦手。
そのオジサンが、試験前に課題そのままみたいな訓練をやるだろうか? 答えはNOだ。他の参加者に対してズルになるとか言いそう。だから今回はたまたま被っただけだと思う。
まあ予習したみたいになっちゃったけど、偶然なら仕方ないよね!
こうしてアンドリューが話し終えた後、こっちもピーターが山岳エリアであった事を話した。崖登りをした事。上の方で暴風と落ちてくる球の罠があった事とかだ。
「やはりリーダーが動くことは必須か。となるとこの試験の本質は……」
話を聞いてアンドリューは口元に手を当てて考え始めた。気になることでもあったんだろうか?
「……んっ!? すみません。ちょっと良いですかガーベラさん?」
「なんですの? 何かありまして?」
そして今度は、ピーターがガーベラにちょっと耳打ちする。
「……そうでしたか。確かにあり得ますわね。分かりました。気を配っておきますわ」
「お願いします」
「ちょっと!? 二人でこそこそ内緒話なんかしちゃってさ。なんの話?」
「オ~ッホッホッホっ! 何でもないですわ! それはそうと向こうはまだ話があるみたいでしてよ」
その言葉通り、アンドリューも考え事が終わったのか、再びこちらに視線を向ける。
「情報感謝する。このことを念頭において次は動くとしよう。……さて。もう一つ。肝心な事をまだ話していなかった」
「肝心な事? やっぱりヒントが欲しくなったとか?」
そう尋ねると、アンドリューはいやいやと首を横に振る。そして、次に続けたのは、
「そこにある黒い扉。その扉を僕達に先に挑戦させてほしい」
あたしの見つけた扉を横取りさせてほしいという申し出だった。何よそれ!?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる