悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ

黒月天星

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第三章

閑話 とある新米幹部候補生の交渉

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 ◇◆◇◆◇◆

 やあ皆様! ボクピーター! ただいま絶賛大乱闘寸前です!

 事の始まりは森の中で黒い扉を見つけ、そこでアンドリューさん率いる大勢の候補生に囲まれた事。

 互いに情報交換しようという事からそれなりに和やかに始まった話し合い。ネルさんが危うく口を滑らせそうになったけど、実際途中までは上手く行っていました。ただ、


「そこにある黒い扉。


 アンドリューさんのその言葉を皮切りに、事態は大きく動きます。いやそんなに動かないでほしいんだけどなぁっ!?




「……それはつまりこう言いたい訳? あたしが先に見つけた扉を横取りしようっての?」

 その言葉と共に、ネルさんからグンと周囲に放たれる圧が増す。正確にはボクが見つけたんだけど。

「横取りではない。先に挑戦させてほしいとそう言っているだけだ」
「同じことでしょっ!?」
「無論タダとは言わない。譲ってくれるというのなら、森林エリアのチェックポイントの場所を教えよう。案内人を付けても良い。道に迷っている君達には良い話ではないか?」

 こっちが迷子だって普通に読まれてるよ。まあ最初から扉狙いならさっさと入っている筈だし、こんな所をうろうろしているから迷子って当たりを付けただけかもしれないけど。

「べ、別に迷子なんかじゃないし!」

 ネルさん。その焦り方じゃ自白してるみたいなもんですって。

「そもそも君達は、この扉がどういうモノか詳しく知らない筈だ」
「あら? その言い方からするに、ただのチャレンジ要素という訳ではないようですわね」
「その通り。この試験は全てのチェックポイントを周って正解の扉を見つけるのがクリア条件。だが、もう一つクリア条件が存在する。それが」
「この黒い扉……そういう訳ですのね?」

 ガーベラさんの問いかけに、アンドリューさんは静かに頷く。

「僕は事前にこれまで行われた幹部昇進試験の記録を調べた。その結果、普通にクリアしているのにも関わらず誰も昇進していない試験が何度かあった。。つまり」
「普通にクリアしただけでは合格まで届かない可能性があるということですか」

 え~っ!? それはマズいよ!? だってボクこれまでネルさんとガーベラさんにおんぶにだっこだよ!? そういう形式なら普通に行ったってボクはどうにもならないよっ!?

「勿論前日のテスト結果も考慮はされるだろう。しかしどの辺りが合格ラインか分からない以上、評価を上げておくに越したことはない。そしてその黒い扉は純粋に戦闘力を試す類の物。邪因子に余裕があり、次の課題の内容も分かった以上今が攻め時だと判断した」

 そこでアンドリューさんが再び手を上に揚げる。すると、囲んでいた人達がネルさんに対抗するように邪因子を高めて一歩踏み出す。

 この人達の一糸乱れぬ動き。これだけの人数をここまでまとめ上げるなんて。

「流石はアンドリューさんと言った所ですわね。ここまで仕上げるのにさぞかかったでしょう?」
「三か月といった所だ。少しずつ僕に賛同してくれる者を集め、普段の候補生としてとは別に連携の訓練も積み重ねた。……断言しよう。今のこの戦力なら、。と言っても君達とまともにぶつかれば消耗は避けられない。退いてはもらえないか?」

 感心するように言ったガーベラさんに、そう力強く断言するアンドリューさん。そこからは確かに人を率いるに値するカリスマのようなものが感じられた。だけど、


「へぇ。……やるの?」


 そのカリスマと集団の士気を、一歩前に出たたった一人の“小さな暴君”が相殺する。

 これまで散々一緒に訓練に付き合わされ、いつの間にか半ば身内認定されているボクが断言する。

 アンドリューさん、ガーベラさんも含めて、幹部候補生の中で間違いなく個人での強さなら

「幹部に引けを取らない? クスクス。おっかしいのっ! これから幹部になろうってのにそんなの当たり前でしょ? そこはくらい言いなさいよ! そんなのにあたしが……が負ける筈ないじゃん!」
「……フフフ。オ~ッホッホッホっ! よく言いましたわ! 幹部になろうという者が、この程度の人数相手に尻込みしている訳にはまいりませんものね!」

 負けじとネルさんに並ぶようにガーベラさんも前に出る。そして、

「……リーダーさんの仰った通りですわ。です。どう動くかはお任せしますわ」
「えっ!? そこもボクにぶん投げるのっ!? ……仕方ない」

 小声でガーベラさんの報告を受け、予想より多かったのでこれはもう腹を括る。

 このまま大乱闘になったら、勝ち負け云々ではなく泣きを見るのはこっちだ。

 それを避けるには……やっぱりこの手しかない。ネルさんがめちゃくちゃ怒りそうだけど、なんとかガーベラさんにとりなしてもらおう。

「あの~。ちょっと良いですかアンドリューさん?」
「何かな?」

 アンドリューさんが注意をネルさんに向けながら返す。そりゃボクよりネルさんの方が明らかにヤバいから当然だよね。だから、


「その提案。受けようと思います。案内人を付けてくれるんでしたよね? よろしくお願いします」


 そう言った時のアンドリューさん、そしてネルさんの困惑した顔は、結構衝撃的なものだった。




「ちょっと!? どういうことなのよピーター!?」
「ちょっ!? 落ち着いてっ!? 訳は後で話しますからああぁっ!?」

 予想通りネルさんに肩を掴まれ、そのままぐわんぐわん揺さぶられてボクはもうすっかりグロッキー。タメールにちゃんと邪因子を流し続けられたのは奇跡だと思う。

 その後はとんとん拍子に話は進んだ。

 そもそもアンドリューさんもこちらと戦いたい訳じゃない。こっちが提案を受けると喜んで候補生の一人を案内人に付けてくれた。自分たちが通ってきた道らしく、罠らしき物も粗方解除されている。

 と言ってもどうやら距離だけで言えば近かったらしくて、森を数分ほど行くとすぐに切れ目らしき場所に出た。後はここから道なりに行けばすぐに辿り着くらしい。

「ここまで案内ありがとうございます。アンドリューさんによろしく!」

 地図を確認したけど、確かにチェックポイントの近く。わざと迷わされる可能性もあったけど杞憂に終わり、そのまま案内人とはそこで別れる。

「……あ~もうっ! やっぱりボク交渉事は向いてないですよっ!? 心臓なんかバクバクで、いつ倒れるんじゃないかと怖かったですもん! もうヤダ! 次はガーベラさんお願いします!」
「中々の交渉っぷりでしてよリーダーさん。次回もよろしくお願いしますわ」

 ボクは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。ネルさんには悪いけどちょこっとだけ休ませて。

「……ねぇ。いい加減教えてよ。なんであそこで扉を譲ったの? あんなのギッタギタにしちゃえばライバルも減って扉もゲット出来て良い事尽くめだったじゃん?」

 そこで、それまで機嫌悪くぶすっとした顔で黙っていたネルさんが口を開く。一応リーダーに任せるという態度を取った以上、今まで我慢してくれていたらしい。

「リーダーさん。そろそろ腹芸の出来ない我がライバルにも説明して差し上げては?」

 何よと軽く反応するネルさん。ガーベラさん。あまりからかわないでください。こっちに飛び火するから。

「一言で言うと、あそこで戦っていたら勝敗はどうあれ扉は取られてました。だってあれ、んですから」
「えっ!? そうだったの?」
「ボクも最初の一人を見つけたのは偶然だったんですけどね。ちょっと離れた所に居るからおかしいなと思って、念のためガーベラさんに髪の一部を伸ばして調べてもらったんです。あの扉をどさくさで狙うんじゃないかって」
「そうしたら同じような方が5、6人もいらっしゃるじゃありませんの。これはマズいとリーダーさんに報告したという訳ですわ」

 おそらくアンドリューさんは、戦いになった場合の保険としてチームを分けておいたんだろう。そうすればアンドリューさん達がボク達を引き付けている間に、残りのメンバーが扉を奪取できる。

「一人二人ならガーベラさんが抑える事もできたでしょうけど、それだけ居るとなると全体をサポートしながらではちょっと厳しい。つまり最初からどっちに転んでも向こうが有利だったんです」

 ネルさんに知らせてこっそり伏兵を狙うという手もあったけど、アンドリューさんに気づかれた時点で乱戦。おまけにネルさんは腹芸が壊滅的に下手だ。これじゃ隠し切れない。

 後はどれだけこっちが得をするように動けるかどうか。なら最初から提案に応じるのが一番得をする。こちらは道が分かって、向こうは消耗無しで扉に挑める。

「ぶぅ~。理由は分かったけどさぁ。それって結局向こうの掌で転がされただけじゃん」
「まあそうですね。……だけど、こっちも道が分かる以外に良い事がありますよ!」

 ボクは座り込みながら、ゆっくりと空を指さす。そこには中天近く上る太陽の姿があった。

 この試験は午前9時に始まったのに、これまで山岳エリアから来て森を彷徨いもう正午近い。

「扉の場所はもう移動されない限りは分かってる。だから。これは大きな利点じゃないですか?」

 まあそういう口実で、ボクがすっごく休みたいだけなんですけどね。そう締めくくると、


 ぐぅ~~。


「……し、仕方ないなぁ。こうしてお腹が鳴ってるも居るし、ちょっとここでお昼休憩にしようかなぁうん」
「フフッ! そうですわね! 盛大にお腹の虫が鳴いている誰かが居る事ですし、まだ試験も半ば。少し休憩としましょうか!」

 明らかに顔を真っ赤にしてそんなことを言うネルさんと、それを見てニヤニヤ笑うガーベラさん。

 そんな二人を見て、少しほっこりするボクなのだった。
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