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第三章

閑話 アンドリューは今日も悪運に立ち向かう

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 ◇◆◇◆◇◆

 アンドリュー・ミスラック。

 彼は一言でいえばだった。

 日常生活に支障があるレベルではない。せいぜいくじ引きでハズレが出やすかったり、二分の一の勝負でよく外れたり、まあその程度の事だ。

 だがその悪運は、彼にとってのにおいて途端にとんでもなく苛烈になる。

 子供の頃の初恋の相手との初デートは、その最中急に高熱を出した。

 近所に住んでいた悪タレとの決闘は、前日に交通事故に遭って片腕を捻挫した。

 リーチャーに入る際の面接では、面接直前に入ったトイレの鍵が壊れて遅刻しかけた。


 だが、その体質を自覚しているアンドリューは、と考えた。


 熱が出たなら常備している解熱剤を飲んでデートを続行(色々あって結局別れたが)し、

 決闘は事前に審判に賄賂(審判の好きな相手の好みの映画ペアチケット)を贈ってどうにか判定勝ちに持ち込み、

 トイレは扉を破壊して脱出し、面接では非常時の為仕方なかったと予防線を張りつつ素の運動能力をアピールする方向に切り替えた。

 

 リーチャーでも降りかかる逆境を乗り越える度アンドリューは実力を伸ばしていき、遂には幹部候補生にまでなった。

 そしてこの試験でも、彼は綿密に情報を集め、候補生の多くに根回しをして極秘裏にチームを作り、どんな状況にも対応できるよう連携の訓練を続けた。

 その甲斐あって、アンドリューのチームは真っ先に草原エリアの課題をクリアし、森林エリアに訪れ

 しかしその際最初の映像から当たりを付けた黒い扉の場所。どこかの森の中であると判断して偵察させていたチームメンバーが黒い扉を発見し、まだ余裕のある内にと急行してみればそこには先客が。

 一つ間違えば、個人では候補生中ほぼ最強かつ好戦的なネルを敵に回す状況。おまけにネルのチームには、気性的な問題から誘うことが出来なかったが候補生の中でも上位の能力を持つガーベラ。そして邪因子量こそ平凡だが、自分と普通に交渉の席につけるピーターが居た。

 最悪の場合の保険も仕込んではいたが、どうにか穏便に切り抜けた時はアンドリューも内心ほっとしていたほどだ。

 そして案内人としてつけていたメンバーも合流し、万全の状態で黒い扉の中に突入するその瞬間まで、アンドリューは悪運に打ち勝てると信じていた。

 だが、この時一つだけ彼は忘れていた。


 という事を。




 黒い扉で転移した先は、燃え盛る夜の市街地。月明かりどころか星の光さえほとんど見えない暗闇を、燃え盛る炎が明るく照らす。

 燃えているのが民家だったりビルだったりしなければ、それなりに風情のある光景だったかもしれない。

 そしてその中心。町の大通りか何かだっただろう場所の中央に集まるを見て、

「……本当にツイてないな」

 アンドリューはもう生涯何度目になるか分からない、己の体質への怨嗟の呟きを漏らす。

 それらは人型で全身に黒い靄を纏ったような敵。本来訓練用シミュレーションで言うなら“エキスパート”モードに登場する特別種。

 明らかに幹部候補生の手に余るそれらを前に、またいつもの悪運かと彼は嘆く。

 アンドリュー自身も戦ったのは以前ハードモードで偶然出た時の一度だけ。その時はギリギリの敗北。しかも1体でだ。

 その上今はタメールの縛りが付いている。邪因子の消耗は普段より激しく、常に流し続けられなければ即失格。

 撤退は奴らを倒さなければ不可能であり、戦うにしても圧倒的不利。アンドリューはどうするべきか逡巡し、


『……!?』


 相手に気づかれて先手を取られるという最悪の出だしで戦いの幕が上がった。

 迫る特別種。その速度はそこらの幹部候補生を軽く凌ぎ、一歩一歩強烈な踏み込みで近づいてくる。

 それも全てが真っ正直に正面からではなく、2体は近くの建物の壁面を蹴ってまるで跳ねるように。

「しまっ……」

 ハッとしたアンドリューが指揮を執る前に、特別種達は次々に幹部候補生達に殺到する。そして、


 ドカっ!?


 

 弾いただけで大したダメージもなく、特別種達はしゅたっと軽く距離を取って隙を窺う。対して候補生達の方は数人ほど怪人化せざるを得ず、消耗だけで言えばそちらの方が上。しかし、

「リーダー。指示を」
「ここにいる奴らは皆アンタに賭けてんだぜ? アンタについてきゃ間違いねぇってよ。だから……そんなとこで呆けてんじゃねえよ」

 真っ先に怪人化して迎え撃った牛怪人と馬怪人。そして各々戦闘態勢を取っている面々が、口々にアンドリューへ発破をかける。

 始まりは下心のある者も多かった。機を見て裏切ってやろうという者も居た。単に甘い汁を吸いたいという者も。

 しかしこの数か月間。共に語らい、チームとして訓練をし続けた結果、そこには悪なりのではあるが確かな練度と信頼関係があった。

「……そうだったな。僕としたことが、一瞬とはいえ我を忘れた」

 アンドリューは自嘲の笑みを浮かべながら、キッと集団の中央に立って特別種達を見据える。

 特別種達は間違いなく強敵だ。だがあくまでそれは個々の強さ。協力して戦うという事を知らない。そこが狙い目だ。

「ああ。確かにさっきネルに言われた通りだ」

 静かに指示を待つ頼もしき者達を見て、アンドリューは邪因子を昂らせながら吠える。

「今の僕達なら、! 特別種程度に後れを取るなっ! 総員……突撃っ!」
「「「うおおおおおっ!」」」



 こうしてアンドリューは今日もまた、己の悪運に立ち向かう。





 ◇◆◇◆◇◆

 管理センターにて。

っ!? アンドリューのチームがかい?」
「はい。つい先ほど」

 ミツバからの報告を聞いたマーサは驚き……しかしすぐに一服して気を取り直した。

「……ふぅ~。これはあれかい? 黒い扉の中でまたアンドリューの悪運が出たかい?」
「出ましたねぇ。あれで特別種が5体も出ました。設定上普通は1、2体。多くて3体ぐらいなんですけどね」

 アンドリューの悪運は一部には知られている。なのでマーサもすぐにそれに思い当たった。

 今回のチャレンジ要素は、チームの人数や邪因子量、そしてによって特別種の出てくる数が変動する仕組みだった。

 そこで予想を超えて5体を引き当てるという悪運に、ミツバも少々苦笑い。

「流石のアンドリュー達も……ふぅ~。5体相手じゃキツかったかい。幹部でも正直辛い数だしね。……それで何体倒せたね? 3体行ければ上々」
です」
「……はい?」
「だから、5体倒して無事帰還したんですよ。疲労困憊でしたが。ただ最後の最後でやられそうになったメンバーをアンドリュー君が庇い、タメールに攻撃が直撃。帰還直後にタメールが機能停止し、リーダーが倒れたことでチーム全体が失格となりました。惜しかったですねぇ。あのまま行けば全チーム中トップ通過もあり得たのに」

 その顛末を聞いてマーサも唖然とする。そして、




「……仲間を庇って結局全滅したんじゃ指揮官としては失格さね。メンバーだって責めるだろうさ。ただ……嫌いじゃないね。そういうのは」

 少しだけ輝かしいものを見るような目をしながら、マーサはゆっくりと次の煙草に火を付けた。




 ◇◆◇◆◇◆

 という訳で、アンドリュー達はここで失格です。勝負に勝って試合に負けました。

 なお黒い扉に挑まず普通に試験をクリアした場合、アンドリューだけが評価点が合格ラインに届いて幹部になるという結末を迎えていました。



 ちなみに以下失格になった直後のチームメンバーとのやり取り。


「リーダーァッ!? 最後の最後で何やらかしてんだこの野郎っ!」
「これは糾弾不可避」
「責任取れっ!」
「……皆。すまない」
「責任取って……次回もまたチームに入れてくれよっ!」
「貴方なら、また下についても良い」
「……ありがとう」


 まあざっくりこんな感じになってます。一度の失敗で壊れるような信頼関係ではありませんので。




 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。

 お気に入り、感想等は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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