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第三章
ネル 雑用係との訓練を思い出す
しおりを挟む「それじゃあラスト一分。この小石が地面に落ちた瞬間から再開ってことで。……行くわよ。えいっ!」
イザスタがどこか気の抜ける声で、空高く小石を放り投げる。
さて。どうしよう? 啖呵を切ったは良いものの、今のまま戦っても勝ち目は薄い。
認めたくないけど、アイツの実力は幹部級……いえ。まさかとは思うけど、ワンチャンお父様の足先くらいには手が届きそう。
ハンディはあってもさっきみたいにドロドロの邪魔もあって有効打を当てるのは難しい。
おまけに……何故か邪因子の消耗が激しい。
タメール含め周囲から邪因子が少しずつ流れ込んでいるので回復している筈なのに、体感で今の邪因子量は普段の半分ちょい。
考えてみたら、いくら全力戦闘とはいえたかだか数分であのガーベラが邪因子切れを起こすだろうか? あたしの消耗も考えて、何かからくりがあるっぽい。
高く上がった小石が速度を落とし、あとは一気に落ちるだけ。
ああもうっ!? せめて万全の状態なら……。
そんな時、ふと以前オジサンとシミュレーション室で模擬戦した時の事を思い出した。
あの時、あたしは互いに邪因子が同じくらいになるよう調整してた。
だからまあ邪因子の少ない状態に慣れるまでの間、一度くらいはもしかしたらまぐれでオジサンが勝つこともあるかもなぁって。でも、
『もうっ! 何で同じ邪因子量の筈なのに勝てないのっ!?』
『そりゃあお前、年期と経験の差だな。あと単純に邪因子の無駄遣い』
何回やっても勝てず地団駄を踏んで悔しがるあたしに、オジサンは軽く息を整えながら言う。
『お前さんは動きの筋は良い。技も見様見真似でどんどん上達してる。だけど元々の邪因子が有り余っている弊害だな。どうしても必要以上に使っている。だから普段の調子で使っているとガス欠になるわけだ』
確かにその時、あたしは体力はともかく邪因子がすぐに切れて、そこをオジサンに突かれて負けていた。オジサンの方は逆に体力の方が減っていたらしいけど。
『対してだ。俺はいつも身体の邪因子の流れを意識している。常時全開にするんじゃなくて、使う時だけ一気に活性化させる。それをスムーズにやれるようになると消費も少なくなる。……分かったかクソガキよ』
『ぶぅぶぅっ! 何さ何さ。勝ったからってえっらそうに。……良いもんね。そんなことしなくても、普通に邪因子を高めまくって押し切れば良いもんね~っだ!』
『……まあ常時活性化させ続ける事で隙を減らしたり、邪因子の鍛錬をしている偉い人も居るしな。今は時々意識するだけで良いさ』
あの時は碌に聞きもせず、また次の勝負をせがんで結局負けたんだったっけ。
「身体の邪因子の流れを意識……か」
いつもはなんとなく意識を集中するだけで、そこの邪因子が昂って活性化していたからやる必要もなかった。消耗ったってそんな気にするほどの状況もあまりなかったし。
強いて言うなら球避けゲームや邪因子制御テストの時ぐらいだけど、前者は反応速度が高ければ誤魔化せたし、後者はどっちかというと手先の器用さで失敗した。
正直ぶっつけ本番。だけど、
「オジサンに出来たのに、あたしに出来ない筈がないじゃないっ!」
ポトッ。
そんなしたかしないかという再開の合図と共に、あたしはイザスタに向けて走り出す。
「あらあら。また真正面から? 懲りないわねぇ」
どこか呆れるような声を出しながら、イザスタは今度は堂々とドロドロをあたしの目前に出現させる。
だけど、それくらいは予想済み。あたしはドロドロに捕まる寸前、
「……ここっ!」
いつものように思いっきりではなく、踏み込む一瞬だけ力を込めてサイドステップ。ドロドロが空振りしたのを横目で見つつ、その脇をすり抜けるように前に出る。
「ふ~ん。フェイントを混ぜてきたわねん。じゃあ……これはどう?」
イザスタが軽く指を振ると、今度はドロドロが薄い壁のように前方に広がる。これは横っ飛びしても当たってしまうし、かといって普通に殴ったんじゃ受け止められて絡め捕られてしまう。
「ネルっ!」
……ああ。後ろからガーベラの声が聞こえる。さっき邪因子を高める事ばかりに気を取られていた時も、こうして声をかけていたのだろう。あたしは聞くことすらしていなかったけど。
「大丈夫っ!」
でも、今はちゃんと聞こえてる。
ドクンっ!
鼓動と共に邪因子が活性化し、心臓から肩、腕、そして拳へと伝わっていく。だけど邪因子を本気で昂らせるのは一瞬だけで良い。あたしは走りながら腕に力を込める。
そして、目前まで迫ったドロドロがあたしに絡みつこうとした時、
パパパンっ!
あたしは一気に邪因子を昂らせ、拳を振りぬくのではなく拳圧を連続で当ててドロドロを吹き飛ばした。そして空いた風穴を潜ってまた前進する。
「なるほど。こういう感じか。敢えて力を緩める事で次に繋げる。やってみると結構面白いね!」
「やるじゃないの!」
さあ。待ってなさいよオバサンっ! 今度こそ一発決めてやるんだからっ!
◇◆◇◆◇◆
(う~ん。もうちょっとって所かしらね)
イザスタは自分に挑みかかるネルに対し、冷静に状況を分析していた。
(何があったか知らないけど、間違いなくさっきよりグッと動きは良くなったわ。高い邪因子に振り回されていたのが、動きや出力に緩急が付き始めた。触る暇がないわねん!)
「うららららぁっ!」
ネルが放つ乱打を、イザスタはドロドロを壁のように目前に展開して防御。すかさず前のように絡め捕ろうとするが、ネルは絡め捕られる前にステップを踏んで躱していく。さらに、
「これなら……どうっ!」
「おわっと!? あっぶないわよん!?」
遂に蹴りにまで邪因子を込め、斬撃に近い威力になってドロドロ越しに狙ってきた時は流石のイザスタもヒヤリとした。
何かのきっかけ一つで戦闘中に急成長する者は稀にいる。それがネルはたまたま今だったのだろう。そう考えるイザスタだったが、
(あと20秒。時間が足りなかったわね)
もし今の勢いがさっきの戦いの時に有ったのなら、成長度合いを加味して僅かにだがイザスタに一撃入れる可能性もあった。
だけど現実はこの通り。ガーベラの奮戦がきっかけになったとはいえ、心折れかけたネルはその大事な時間を無駄にした。
今も懸命に隙を狙うネルの拳を、イザスタは余裕のある身のこなしで躱している。
(わざと当たってあげても良いけど、ネルちゃんやガーベラちゃんみたいなタイプにそれはダメよねぇ。……残念だけど、このまま勝たせてもらってお姉さんって呼んでもらっちゃうわよ!)
残念がりつつも喜ぶという器用な真似をしながらも、イザスタは迫りくるネルの拳を躱そうとし、
……バチンッ!
突然あらぬ方向に視線をやり、咄嗟に躱しきれず拳を勢いよく手で受け止める。
「どうしたの? 何か具合の悪い事でもあった? 例えば……大事な物にちょっかいを出されたとか」
「……まいっちゃったわね。そういえばさっきからピーターちゃんが居ないと思ったら、まさか中継点を抑えられるなんて。そう簡単には見つけられない筈なんだけどなぁ」
ネルの言葉にイザスタは軽く苦笑いする。それは大事ではあるが代わりは効くし、抑えられたとて今すぐどうにかなる物でもない。ただ何かされたという事に反応して意識が逸れた結果がこれだった。
「詳しくは聞いてないんだけど、うちのリーダーは物を見つけるのは得意なんだよね! ……さあ。捕まえたよ」
素早く拳を開いて互いの指を絡め合わせると、ネルは凄みのある壮絶な顔で笑った。
残り時間10秒。最後の応酬が始まる。
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