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第三章
ネル お姉さんから診断結果を告げられる
しおりを挟むグッ! グッ!
シートにうつぶせになるあたしの背を、イザスタの指がリズムよく押しながら揉み解していく。
「ふんふふ~ん♪ どうネルちゃん? 気持ち良い?」
「……別に気持ち良くなんかないもん」
「あらそう? それにしては……ちょっと顔が夢見心地に蕩けちゃってるんじゃないかなぁ? 寝ちゃっても良いのよん」
揶揄うようなイザスタの言葉通り、どこか心地よい眠気があたしの目蓋を重くする。だけど、
「寝ないもんっ! ……それよりホントだよね? ホントにあたしが変身できない理由が分かるんだよね?」
「絶対とは言わないけど、原因が身体の不調であるなら大体何とかなるわ! ど~んとお姉さんに任せなさい!」
イザスタは軽くパチンとウインクすると、また力強く指を押し込んだ。
「うふふっ! 肌ももちもちでスベスベ。それでいて力強く繊細。触り甲斐があるわねん!」
「いいからさっさとやってよっ!」
さて。何でこんなことになったのかと言うと、
「さあネルちゃん! マッサージするから服を脱ぎ脱ぎしましょうねん! それとも……アタシが脱がせた方が良いかしら? それはそれでクルものがあるけど」
「ちょっ!? 寄るな触るなこのヘンタイっ!?」
テントの中に連れ込まれたあたしは、そこで解放されるや否やイザスタに向けて構えを取った。
「あたしはマッサージなんか要らないってのっ!? 疲れだってどうせここでならすぐ取れるんでしょ? なら別にいいよっ!?」
「そんなつれないこと言わないで。ほ~ら。痛い事なんかないんだから!」
イザスタはにこやかに笑ってそんな事を言っているけど、あたしは騙されない。さっきのガーベラやピーターの有り様を考えるに、この女に少しでも気を許したらすぐへにゃへにゃにされちゃうんだから。
いざとなったらこのテントごと邪因子で吹き飛ばして逃げてやろうかと考えていると、
「……これがケンちゃんの頼みだとしても?」
「なんでそこでオジサンの名前が出てくんの?」
「さっき頼まれたからよ。ネルちゃんが何故か変身できない症状に悩まされているから、時間があったら診てやってくれって」
急に真剣な顔でそう告げるイザスタ。オジサンめ。余計な事をペラペラと。
“変わらずの姫”なんて一部の幹部候補生から揶揄されているように、あたしは何故か変身できない。
何度か“お父様”に頼んで精密検査をしてもらったけど原因は不明。
『それは体質に依るもので考えずとも良い。今はただ邪因子の向上に励め』と言ってもらったから意識しないようにしていたけど、それでも他の幹部候補生達が気軽に出来るようになっていくのを見るとどこかモヤっとした気分になった。
それが今日会ったばかりのこんな女にどうにか出来るとは思えない。おまけにここには検査用の機材も何にもないし、オジサンは一体何を考えて。
「ふふん。ここには機材もないし出来っこない……とか思っているんでしょう? 実はアタシ、ちょ~っとした特殊能力っていうか、触れた相手の情報を読み取るレントゲン要らずのすっごい能力が」
「へぇ。そうなんだぁ。スゴイネ~」
「とっても棒読みなお返事ありがとう! まあいきなりこんなこと言われても信用できないわよねぇ。……だけど、一つだけ信じてほしいの」
「へぇ。何を? イザスタ……お姉さんの腕を?」
あたしがちょっぴり皮肉っぽく言ってやると、イザスタは軽く笑って首を横に振る。
「いいえ。アタシを信じろって言っても難しいから、アタシを見込んで頼んできたケンちゃんを信じてあげて。それならまだハードル低いんじゃない?」
「…………じゃあ、良いか」
イザスタにあたしの事をペラペラ話した事は試験の後で責めるネタにするから良いとして、オジサンの顔を立てると思えば受けても良いかも。
変身の件云々は流石に無理だろうけど、ガーベラ達の反応から疲れ自体はとれるっぽいしね。
あたしは素直に上着を脱ぎ、シャツ一枚になってシートにうつ伏せになる。
「オジサンを信じて触らせてあげる。精々感謝して治してよね。そのすっごい能力で」
「あら生意気。だけどそんな所もまた可愛い! ……大丈夫」
イザスタは胸元に提げた砂時計を軽く弄ぶと、あたしを安心させるような人好きのする笑みを浮かべて宣言する。
「好みの子に頼りにされたお姉さんは、もう普段の数倍頑張っちゃうのよん! だから安心して身も心も曝け出してねっ!」
一気に最後の一言で胡散臭くなったよ。やっぱ止めた方が良かったかも。
という事があって今に至る訳なんだけど、
「…………うん……うん。成程ねぇ」
さっきまでお喋りしながら身体を全体的に触れていたイザスタが、急に背中の中央辺りに手をやったまま目を閉じ、そのまま何か一人でぶつぶつ言い始めた。
「……うん…………うん? ……あれぇ? 何これ?」
「ちょっと? 何一人でぶつぶつ言ってんの!?」
一人で勝手に納得しないでよと声を挙げると、ハッと気づいたイザスタはゴメンゴメンと苦笑する。
その後数分そんな状態が続いたかと思うと、大きく息を吐いてイザスタは軽く背伸びした。マッサージ自体はまだそんなにやってないけど、さっき言ってた奴は結構な体力を消費するらしい。
「それで? なんか分かったの? まあ本部で散々検査したのに原因不明だったんだから、何も分からなかったとしても別に「大口叩いたけど分からなかったですゴメンナサイ」って頭下げてくれるだけで」
「いや、大体理由分かったわよん」
「分かったのっ!?」
嘘だっ!? いくら何でもこんな短い時間でこうもあっさり。でも、イザスタは良くも悪くも掴み所がなくて、案外すんなり出来てしまいそうな雰囲気もあるにはある。
たっぷりの諦観とほんの僅かな希望を込めて改めて聞くと、イザスタはどこか困ったような顔をして首を縦に振る。
「理由は分かったし、治療法もあるわ。……だけどそれを説明する前にちょっと質問させてほしいの」
「質問? 別に良いけど」
それからイザスタはどこかから紙とペン、そして小さな椅子を取り出して腰かけると、よく分からない事をつらつら聞いてきた。
あたしが検査したのは本部のどことか、担当した職員の名前とか、定期的に薬か何か摂取していないかとか。他にも細々としたものを幾つか。
“お父様”に迷惑をかけるのは忍びないからそこはぼかし、それ以外は正直に話す。イザスタは答えを聞く度に、何かしらをメモに書き付けていった。そして、
「う~ん……こんな所かしらね。あとはケンちゃんとマーサちゃん辺りを交えて話し合いを」
「ねえねえ。もう良いでしょ。早くあたしの変身できない理由について教えてよ」
「ああ……そうねぇ。じゃあ手っ取り早く結論から先に言っちゃうわね。落ち着いて聞いて」
イザスタはそこで一度姿勢を正し、ゆっくりと結論を口にする。それは、
「ネルちゃん。アナタの身体……意図的に変身出来ないようリミッターが掛けられてるけど、心当たりある?」
◇◆◇◆◇◆
他のチームメンバーをマッサージしたイザスタの所見。
ガーベラの場合。
「良いわねぇ! かな~り好み。ちょっと触らせてもらったけどあの縦ロールと身体は日頃の手入れの賜物って感じ。邪因子も精度だけなら圧倒的にネルちゃんより上だけど、才能と言うよりと~っても努力した結果っぽいわねん。そういう頑張り屋な子も良いのよねえ。もうっ! あの子の意中の人が羨ましいわ。……何で分かるのかって? ふふっ! 秘密!」
ピーターの場合。
「……グッド。もうドストライク! 一目見てグッとくる物があったわね。あと見かけだけじゃなくて中身の方もまた良いのよ! 面白い邪因子の質も、魂の色もね。リーチャー所属じゃなかったらウチに勧誘してたのに残念。……まあ先の事は分からないし、ちょこっと仕込みくらいはしちゃうけどね!」
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