悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ

黒月天星

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第三章

知らぬは暴君ばかりなり

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 それに気が付いた者はごく僅かだった。なにせ事は十秒もせずに終わったのだから。

『へへっ! 気分爽快っ! そうよ。これがあたしの正しいあり方なのよっ! もう“変わらずの姫”だなんて呼ばせたりしないんだからっ!』

 端的に言えば、ネルが暴走する幹部候補生に対し、。ただそれだけだ。

 暴走した犬型怪人の懐に一瞬で飛び込み、そのまま反応する暇を与えずどてっ腹に軽い一撃。

 あくまで軽くに留めたのは、本気で殴れば暴走状態だとしても腹に風穴が空くと本能的に察したからか。

 だがそんな軽い一撃ですら、相手を行動不能に陥らせるには充分だった。

 倒れ伏してぴくぴくと痙攣する獣を前にネルはふんっと鼻を鳴らすと、襲われていた者の事を思い出したのか跳ねるようにチームメイトの方に駆ける。

『どうよあんた達。あんなワンちゃんあたしに掛かればこの通りよ! さっきの人はどんな具合?』
『……ふぅ。ひとまず応急処置は済ませました。視た所邪因子の流れは特に問題ないし、疲れて気を失ったけど安静にしていれば大丈夫。……しっかし強い強いとは思ってましたけど何ですか今の? あんな隠し玉があるんなら教えておいてくださいよ』

 失血の為か助かった安堵の為か、目を閉じてぐったりしている幹部候補生の傷に布を巻きながら、ピーターはぼやくようにそうネルに返す。そして、

『傷も血管の一部のみで、骨も筋も目立ったダメージがなかったのは不幸中の幸いでしたわね。最悪私の髪で無理やり縫合する事になるかと思いましたがホッとしました。それでも試験続行は難しいでしょうが。タメールも機能停止していましたし』
『そっ。それなら良かった。助けたのに嫌なオチがつくのはゴメンだし。それと……な~んでこっちを向いて話さないのかなガーベラぁ? ま・さ・か、あたしがこ~んなパワーアップをしたから悔しいのかなぁ? んっ?』

 いかにもドヤ顔をしながら煽るネルに対し、ガーベラはその内心複雑そうな顔を扇で隠しつつ片手を止めろとばかりに軽く振る。

『そ、そんな事……ほんの少ししかありませんわっ!? ほらっ!? 先ほどアナタがノックアウトした方。意識を取り戻しても暴れられるとは思えませんが、簡単に拘束しておくとしましょうか』
『あっ!? こっちは終わったから手伝いますよガーベラさん。ちょっと気になる事もあるし。ネルさんはそこの陰で怪我した人と一緒に休んでてください』

 すたすたと獣に向けて歩いていくガーベラ。そこへ怪我人の処置が終わった事で一息入れつつ、ピーターがさっさとばかりに走っていく。

(別にそのくらいなら手伝ってあげても良いんだけどなぁ。初めて変身したからか、さっきからこう昂ってしょうがないんだよねぇ。変身して邪因子をどれだけ消耗するかと思ったら、体感だとむしろ感じもするし……まあ良いか)

 それはほんの僅かな違和感。初めて片腕だけとはいえ変身したのに、疲れるどころか邪因子が充実しているという矛盾。

 しかし、単にそれは気分が高揚しているからそう感じるのだとネルは軽く考える。

(暴走した候補生を制圧。怪我人を救助。後はゴールに辿り着けばいよいよ幹部の座に手が届く。そうすれば……ふふっ! これでお父様に振り向いてもらえるっ! それにオジサンを分からせる計画も一歩前進! 良い事尽くめだよっ!)

 そう幸せな未来を思い描きながら、ネルは意識を失っている幹部候補生の横に座り込んだ。




『……どう思います? 私よりもリーダーさんならより正確に分かりますでしょう?』

 倒れ伏す獣を自身の髪で縛りながら、ガーベラはネルに聞こえないようにこっそりとピーターに話しかける。ピーターは少しだけどう伝えようか戸惑い、

『一言で表すなら……不自然ですかね。この人の状態も、。まさかこんな事まで出来るなんて』
『ですわね。しかしあの調子では、自分でも何をやったのか分かっていない様子。……まったく。困った我がライバルですわ』

 離れた場所で、にやにやと幸せな何かを夢想するように締まらない笑みを浮かべる自身のライバルをちらりと見て、やれやれと言わんばかりにガーベラは顔を小さく振る。

『にしてもこの人達はどうします? 試験優先でここに置いていくという手もありますけど』
『いいえ。おそらくですが、今のネルなら見捨てはしないでしょう。評価の為でもあるでしょうが、最寄りの施設まで連れて行くくらいはしそうですわね。それに……ただの暴走にしては何やら妙な感じが致しますし』

 それを聞いてピーターは大きなため息を吐いた。元来性格的に自分から危険や厄介事に首を突っ込むのは避けたい性分ゆえだ。しかし、まとめ役リーダーになった以上そうも言っていられない。

『はぁ。正直僕としては面倒事になりそうだから放っておきたいんですけど、メンバーの意向も汲まなきゃいけないんですよねぇリーダーってば』
『あらっ!? リーダーとしての自覚があるようで感心しましたわ! ではこの方の拘束を早く終わらせて、これからの事を話し合うとしましょうか! 内容次第では放っておいて離脱という事もあり得ましてよ?』
『まずそうはならない気休めをどうもありがとさんですよっ!?』

 そんな軽口を叩き合いながら、二人はてきぱきと事を進めていった。元気な暴君が力を持て余して乱入してこない内に。




 ◇◆◇◆◇◆

 というどこかほのぼのとした中継を観戦していた俺達だったが、どうにもこちらはそうほのぼのとはしていられなくなった。何故なら、

「……ねぇケン君。今の見たかい?」
「……ああ。俺の目がおかしくなったか、レイが変な幻術を掛けたんじゃないならばっちりと。個人的にはお前がいたずらを仕掛けましたってだけなら軽く張り倒して笑って済ませられるんだが……違うよな?」

 そう僅かな期待を込めて尋ねるも、レイは真面目な顔で首を横に振る。……そうか。となると、

「今のシーン。俺達以外に見て勘づいた奴どれくらい居ると思う?」
「そうだねぇ。知らない人が見てもただ邪因子が高いとか珍しいで済むとして……」

 レイはそう言って部屋中をこっそり見まわし、周囲の幹部連中の反応を確認する。

「顔色を変えてるのが数名ってとこかな。まあ単純に出力に驚いたって人も居るだろうけど」
「そうか。思ったより少なくて何よりだ。……すまねぇがちょっと牽制して来てくれないか? 場合によっては口止めも。俺が言うよりは上級幹部に言われた方が効き目もあるだろ」
「分かった。……申し訳ありません首領様。少々席を外しますが、認識阻害はそのままにしておきますので。それでは」

 レイは静かに考え事をしている首領様に一礼すると、スッと消えるようにその場を後にした。……さて、どうするか。


「……フェルナンドめ。ここ十年ほど進捗がないので遂に諦めたかと思っていたが、まさかここまでやるとはな」


 そうぽつりと漏らす首領様の視線は、さっきから画面のネルに向けて注がれたままだ。その表情は、どこか慈しむようにも悲しんでいるようにも見える。

 普段なら声をかけるべきではないのだろう。しかし、その言葉を聞いて俺も腹を括る。

「首領様。何やらお考え中のようですが、少々失礼いたします」
「……ああ。何だ? 雑用係」
「片腕だけ。それに形状もややおとなしめで色もくすんでいた。しかしあの邪因子の圧力と、。……どちらも俺には見覚えがある」

 イザスタのように限定条件で似た事が出来る者は居るが、俺が知る限り純粋な邪因子の支配及び吸収能力持ちはこのリーチャーの中でただ一人。おまけに、

「前々から……なんとなくとは思っていたんです。大食いで、生まれついての支配者気質。オンとオフの差が激しく、立ち塞がる障害を並外れた力でねじ伏せ突き進む。そして……自身の求めた物に向けてどこまでも諦めずにその手を伸ばす。まさにリーチャー手を伸ばす者を体現するようなまっすぐな欲望願いの化身」

 首領様は何も言わず、静かに俺の言葉を聞いている。

「首領様に娘が居たなんて聞いた事はない。それに仮に居たとしても俺個人には何の関係もない。ですがね、あのクソガキは……ネルは俺のです」

 今の俺は“始まりの夢”ではない。だが、今も昔も依頼を受けたらそれをきちっとこなすだ。



「あの子の面倒を見るのが今の俺の仕事。そのためにも、何か知っているならどうか……教えてください。首領様」




 ◇◆◇◆◇◆

 大変お待たせいたしました。急になんにも書く気が無くなって燻ること約一月。どうにかやる気をチャージして戻ってまいりました。

 しばらくは不定期更新になるかと思いますが、またこの作品が読者様の暇つぶしにでもなれば幸いです。

 また、本日新作として『悪の組織の新米幹部 死にかけの魔法少女を拾いました!』の投稿を始めました。この作品にも出てくるある人物が主役となっておりますので、気が向いたらご一読ください。
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