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第三章
雑用係 クソガキの出生を知る
しおりを挟むさて。突然だが首領様の変身体を見た事のある者は少ない。変身せずともその溢れ出る邪因子は、やろうと思えば地を裂き山を砕く事ぐらい容易だからだ。
かく言う俺も見たのはたった数度だけ。内一つは前の職場の上司や自重を完全に止めたイザスタ。それに当時の“十指”の中でも戦闘特化の奴数名を、たった一人で変身して三日三晩相手取った時の事。
結局最後までまともに立っていたのは首領様と前の上司のみ。それも決着の内容ときたら、
『これ以上は我らの勝負が終わる前にこの星が保たぬな。それはそちらも本意ではなかろう? ここは痛み分けにしようではないか』
と、体力的にはまだまだ余裕だが場所の問題で中断となったレベルでシャレにならない。
そんな変身体によく似た姿に一部とはいえネルが変身した時、正直冷や汗が出るほど驚いたし焦った。これはレイの奴も表情にこそ出さなかったが同じだったと思う。
今もさりげなく事に勘づき始めた幹部連中に、レイがこっそり口止めをするべく奔走している。そんな中、
「……そうだな。今はネル達が傷ついた職員達を運んでいるようだし、少しだけ時間はある。あの娘の保護者となったお前になら、多少は話しても良かろうな」
そう前置きをして、首領様は静かに語り始めた。自身の知る、ちょっとした昔話を。
◇◆◇◆◇◆
「NELL計画?」
そうリーチャー首領がフェルナンドから持ち掛けられたのは、今から大分昔の事だった。
「はっ。次代の支配者の血統計画。偉大なる首領様の邪因子を継承し、組織を導く者を生み出す計画でございます」
玉座に腰かける首領の前で跪いたままそう進言するフェルナンドの声は、一切の淀みなく堂々としていた。
フェルナンドが語った計画の概要はこうだ。
いくら首領が絶大な力を持つとはいえ、それでもいつ何時不測の事態により組織の指揮をとれなくなってもおかしくはない。
肉体・戦闘面では無敵であろうとも、精神面・日常での素がアレである事は当時の上級幹部や一部の幹部には知られていた事実だった。
リーチャーは首領を……正確に言えば首領の邪因子を大きな基盤としている。それが使えなくなれば、組織の崩壊とまでは行かずともかなりの痛手を受ける事には変わりない。
また、邪因子は多くの職員達を纏め上げるのにも有効だ。首領の持つ“他者の邪因子を支配・吸収する能力”も含め、絶大なカリスマ(日常を除く)があるからこそ従っている者も一定数居る。
首領が仮に居なくなれば組織が割れる。フェルナンドの一番危惧している点はそこだった。
勿論それらを防ぐため、フェルナンドを始めリーチャーのメンバーは邪因子以外の拡張性を常に模索している。侵略した先の技術や物質、人員を積極的に取り入れようとするのもその一環だ。
しかしその不測の事態が起きた場合に備えて行動するのも大切。そこでフェルナンドが考えたのが、
「首領様の細胞を培養し、その邪因子と能力を受け継げる器を造る。これで後継者問題も解決しましょう」
「……つまり、ワタシのクローンを造るという訳か」
それなりの厚さにまとめられた企画書をペラペラとめくり、首領はその麗しい指をあごに触れてしばし黙考する。
倫理観云々の話ではない。個人的に思う所はあるかもしれないが、悪の組織に入っている以上最優先事項ではないからだ。
問題なのは難易度。簡単に首領の細胞を培養すると言うが、それがどれだけ難しいかは公然の事実だった。
「知っているだろう? ワタシの細胞をそのまま培養しようとしても」
「はい。まるで増えないか、増えたとしても一定以上になった瞬間邪因子に変換され吸収されてしまう。大本である貴女様へと」
首領の細胞が強靭過ぎる為か、或いは別の要因か。増やすのも加工するのも難しい。これは首領の持つ邪因子の原型、それを職員達の持つ今の邪因子に作り変えるまでの長い試行錯誤の中で判明した事実だった。
「当然長い時間も予算もかかりましょう。しかしやってみる価値はあります。何卒承認いただければと」
「ふむ。……少し興味が湧いたな」
首領は玉座から立ち上がると、ゆるりと跪いたままのフェルナンドに歩み寄る。そして、
「つまりはこういう事か。次なる組織の王を生み出し、あわよくばワタシを追い落として実権を握りたい。違うか?」
ズンっ!
目に見えぬ圧を掛けながら、鋭い目つきでどこか試す様に尋ねる首領に対し、
「それが……組織の存続の為に必要であるのなら、そのように」
そう一言。必要であれば上司であろうと追い落とすというある意味下克上ともとれるような返答を、フェルナンドははっきりと言ってのけた。
その後常人ならとっくに意識を失うようなプレッシャーの中、微動だにせずに両者沈黙する事約十秒。
「……ふふっ。冗談だ。お前の忠誠心の高さは良く知っている。ワタシ個人ではなく組織に対するそれではあるが、だからこそ組織運営に必要とあれば必ず成し遂げる……良いだろう」
ふっと圧を解き、少し面白そうな顔をして首領は玉座に座り直す。
「好きにやるが良い。何年かかっても構わぬし、予算は……言わずともお前の事だ。組織運営に悪影響が出るような使い込みはせぬだろう。細かな差配は一任する。成果が上がったと判断したら知らせろ」
「ははっ。必ずやご期待に応えて見せます」
フェルナンドは立ち上がって深く一礼し、そのまま部屋を退出しようとする。その時、
「あ~。少々待つが良い。今一つ気になる疑問が出来た」
「と、仰いますと?」
そこで首領様はこほんと咳払いすると、大真面目な顔でこう言った。
「この場合、生まれてくる者はワタシにとって妹か娘かどちらだと思う?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……という事が昔あったのだ」
「もろに今現在進行形のこれじゃないですかっ!?」
俺は首領様の昔話を聞いて、つい人目もはばからず突っ込みを入れてしまった。
何事かと周囲からの視線が突き刺さり、俺は慌てて声を潜める。
「っと……何で名前を聞いた時点で気が付かなかったんですかっ!? しかも計画の主体がフェルナンドって事は、必然的にネルの言う“お父様”は奴って事になるじゃないですか」
リーチャー上級幹部の一人“謀操”のフェルナンド。以前俺が始まりの夢に居た頃から名の知れた大物で、上級幹部の中でも搦め手の名手だ。そいつが関係している時点で何が起きてもおかしくない。
しかもそれがネルの“お父様”となれば、嫌な予感をひしひしと感じてきた。
「仕方ないだろう。まさか計画名をそのまま名前にするなんて誰が予想するか。偶然同じ名前の新人かと思ったのだ。……それにその話をしたのはもう十年以上昔の事。それ以来特にここ一、二年は進捗がほとんどなく、奴も遂に諦めたかと注意を払っていなかったのだ」
くっ!? 今は半分オフだから、微妙にカリチュマ風味が漂ってるよこの首領様。
「ネルがワタシに似ているというのも当然の事。なにせ大本は同じだからな。まあそっくりではない所を見ると……私の細胞をそのまま培養に成功したのではなく他の細胞をつなぎに使ったと言った所か」
他の細胞という言葉に俺は何となくピンとくる。おそらくつなぎに使ったのはフェルナンドの物。だからネルにとってフェルナンドは親なわけだ。
「しかし妙だな。どうも計画は順調に進んでいるように見える。それはネルの片腕がワタシの変身体に似た姿になった事と、能力を一部使用できた事から明らかだ。なら何故ここしばらく進捗の報告がなかったのか?」
確かにそうだ。変身できるようになったのは今日が初めてだが、それはそれとしてネルはこうして幹部昇格試験に出るレベルにまでなっている。なら一言知らせても問題ない筈だ。
昇格試験に合格した新米幹部は、全員式典で首領様にお目通りする事になっている。もしやそこで大々的に打ち明けるつもりだったのだろうか? ……ダメだ。疑問が多すぎる。
こうして思わぬネルの出生の秘密に頭を抱えていると、
ビーっ! ビーっ!
突如として、画面の中から警報音が鳴り響いた。
◇◆◇◆◇◆
という訳で、ケンが遂にネルの出生に触れる事になりました。地味にこれまでケンはネルの“お父様”の正体を知らなかったという事実っ!
ちなみに首領様の妹か娘かという悩みですが、一応結論として娘扱いにしようとは考えています。
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