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第三章
閑話 そして、彼女は目を覚ます
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆
それは、ケンがネルの出生の秘密を知る少し前に遡る。
「邪因子の暴走個体。十を超え尚も増加中っ!」
「場所も森林エリア、山岳エリア、草原エリアそれぞれに分散。もう近くの幹部候補生チームと交戦している個体もあります」
「現在死者までは出ていませんが、戦闘による負傷及びタメール停止による脱落者多数。既に試験開始時の半分を切っていますっ!?」
試験全体の状況をチェックする管理センターの運営本部では、悲観的な状況確認の声がまさに飛び交っていた。そんな中、
「静粛に」
そう大きくもないが重く威厳のある声が響くなり、僅かにパニック状態になりかけていた職員達が一斉に姿勢を正し一か所を注視する。
そう。部屋に入ってきた運営委員長ことフェルナンド。そして一緒にやってきた元幹部にして試験官のマーサだった。
「……ふぅ~。皆、テンパってる所すまないけど、ちょいと運営委員長様の言葉に耳を傾けておくれ。……じゃあ委員長様。この事態について説明を頼めるかい?」
マーサはいつものように煙草で一服を決めながら、どこか睨むようにフェルナンドを見てこう言った。言外にさっさと何やらかしたか吐けという圧をひしひしと乗せて。
「良かろう。……諸君っ! 現在起きている暴走個体大量発生についてだが、これは故意に引き起こされたものである」
その言葉に職員達に緊張が走る。暴走を故意に引き起こすなど前代未聞だったからだ。
「現在本部兵器課で秘密裏に開発中の邪因子増強薬。その成分を悪用し、摂取した者を強制的に暴走状態にする粗悪品が一部の候補生達にばらまかれていたという情報が入った。件の暴走はこれによるものだろう」
その一瞬、マーサがちらりと兵器課課長であるミツバの方を見ると、ミツバは小さく首を横に振ってノーを示す。
(ミツバはこの件に噛んでいない。……兵器課の中にもフェルナンドの息のかかった奴が居るか、はたまたただの出まかせを後で辻褄を合わせる算段かねぇ)
マーサが考えている間にも、職員達はただただフェルナンドの言葉を傾聴している。
上級幹部ほどの邪因子持ちとなると、その一言一言が並の職員にとってちょっとした甘い毒である。じわじわと精神を蝕むくせに、邪因子高揚の意味では有用なので質が悪い。
「しかし、考えてみるとこの事態はチャンスでもある。こういうイレギュラーに参加者達がどう対処するかもまた試験の一環として非常に有効だ。よってっ!」
そこでフェルナンドは一度言葉を切ると、大きく腕を掲げて周囲に宣言した。
「運営委員長の名の下に、一部のルール変更を提案するっ!」
「では諸君。五分後に以上の事を島全体に発令する。その後は暴走個体の動きにも留意しつつ通常業務に戻る様に」
「「「はっ!!!」」」
フェルナンドの号令に、職員達は先ほどまでのパニックなど知らぬと言わんばかりに業務に集中し始めた。これが高邪因子持ちのカリスマの成せる技である。
「……はっ。上手くやったもんだねぇ。そもそも一連の事全部アンタの仕込みだろ? それも事が済んだら薬をばらまいた奴がどこからか湧いて出てくるんじゃないのかい?」
「ふっ……さてな。強いて言うなら、丁度潰した敵対組織の残党が数名生き残っているらしいので、偶然薬の粗悪品でも持っているかもしれんなぁ? まあ試験が終わってからすぐに捕縛されるだろうが」
「いざって時のスケープゴートも準備済みってかい。抜け目ない事で。……流石にそこの兵器課課長には話を通しては居なかったみたいだけど?」
マーサはフェルナンドの演説中も大欠伸をかまし、今も我関せずとばかりにパソコンの画面を眺めているミツバをあごで指し示す。それを見て、珍しくフェルナンドは顔を歪めた。
「奴は囲い込もうとするだけ無駄だ。能力こそ高いがとても言う事を聞かん。なら下手に関わらず好きにさせた方が利益になる。幸い開発業務をきちんと行う最低限の分別はあるのでな。……そして、それはお前も同じ事だ。そろそろ推測だけで物を言うのは止めて、素直に業務に戻るが良い」
「へいへい。そうさせてもらいますよ。でも……ふぅ~。これだけは言わせてもらうけどね」
マーサは咥え煙草のまま、挑戦的にフェルナンドを見る。
「試験全体の方向性を決めるのは運営委員長のアンタだ。しかし試験中のアクシデントにはこちらも勝手に対応させてもらう。アンタも幹部候補生の質を上げたいだけで、むやみやたらに死人を増やしたい訳じゃないだろう?」
「そこは好きにするが良い。こちらの事前予測以上の結果を出すのなら何も言わぬよ」
マーサの睨みを悠然と受け流しつつ、フェルナンドはゆったりと自身の席に戻ろうとし、
「ありゃっ!? いつの間にかネルちゃん変身できるようになったんですね~。こりゃ驚き」
そうどこか気の抜けたミツバの言葉に、その足を止めてその方向に顔を向ける。そして画面内でネルが右腕だけ変身して暴走個体を殴り飛ばす様を見るなり、
「……っ!? どけっ!」
「ちょっ!? 今見てるのにもぅ」
机に頬杖をついていたミツバを押しのけ、フェルナンドは食い入るように画面を見つめる。その表情を見てマーサは驚いた。このどんな時でも冷徹で弱みを人に見せない男が……焦っていたのだ。
「バカな。何故一部ロックが解けている」
「ロック? なんの事だい?」
マーサの疑問に答えることなく、フェルナンドは計器を一部調べて映像が本物であることを確認。すると懐から通信機を取り出してどこかへ連絡を取り始めた。
「私だ。プランに若干の変更があった。至急あの子を起こせ」
◇◆◇◆◇◆
同時刻。フェルナンド私設研究所にて。
全体を薄緑色の照明が妖しく照らし、大小様々な培養液入りのポッドが設置されている部屋の中で、
「はっ。承知いたしました」
通信を終了し、一人の白衣の男はてきぱきと作業を始める。良く見ればその男は、かつてネルの定期検査を行っていた男だった。
「やれやれ。本来なら試験が終わってからの予定だというのに。まあいつでも目覚めさせられるよう準備はしてあるので問題はないのですが」
ねぇ? とでも言うかのように、白衣の男は一際大きなポッドの中に浮かぶ一人の少女に軽く手を差し出す。
薄い水色の髪を伸ばして眠る、髪型以外ネルと瓜二つの少女に。
「さあ。お目覚めの時間ですよお姫様。試験体……いえ、姉上と感動の初体面とまいりましょうか」
そっと、ポッドの中の少女がその目を開けた。
◇◆◇◆◇◆
なにやらネルが変身(片手)したことに驚いて色々計画を早めているフェルナンドさんでした。一体どこのお姉さんの仕業なんでしょうかね?
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