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第三章
ネル 運営委員会からの通達を聞く
しおりを挟むそれはあたし達が、意識を取り戻した候補生から簡単に話を聞いている時の事だった。
「すると、急にその人が苦しみだしたかと思ったら、突然変身して暴れだしたんですね?」
「はい。一体何が何だか」
少しだけ顔色も落ち着いてきた候補生に、何があったのか聞き出そうとするピーターだったけど、あまり思わしくはないみたい。
「ガーベラ……どう思う?」
「一言で言えば不自然ですわね。暴走自体はありえるでしょうが、理由が分かりません」
「珍しく意見が一致したね」
暴走自体はあり得ない話じゃない。当人の精神状態が酷く悪化したり、邪因子に酷い負担が掛かると時折発生するんだから、こういう厳しい試験で発生する事は理に適っている。
でも、この人の話だと急に暴走が始まったらしいんだよね。それも戦闘中とかではなくただの移動中に。全くないとは言わないけどなんかこう……違和感がある。
「他に何かありませんでしたか? 実は向こうも怪我を我慢していたが限界を迎えたとか」
「特に何も……あっ!? そう言えば、一つ前のチェックポイントで彼、持っていた何かを飲み込んでいました。すると急に邪因子が活性化してそのまま課題をクリアしたんです」
「飲み込んだ? 薬か何かですか?」
試験中のドーピングは、推奨こそされていないが禁止もされていない。
どんな手を使ってでも目的を果たそうとするのは悪の組織としては間違っていないけれど、それはそれとして薬に頼るのは自分の力だけじゃ出来ないという惰弱さと見られるからだ。バレたら当然減点対象になる。
「多分……でも見かけは薬っていうより、ただのキャンディーみたいな」
その時だった。
ビーっ! ビーっ!
いきなり腕のタメールから警報音が鳴り響いた。ちょっと!? あたし別に邪因子を流し損ねてなんかいないけどっ!?
「落ち着きなさいな我がライバル。私のもリーダーさんのも、なんならそこで倒れたままの人の分も鳴っていますわ。誤作動という訳でもなさそうですわね」
「ふ、ふんっ! ちょっと慌てただけだよっ!?」
ひとしきり警報音が鳴り響いたかと思うと、急にばったりと音が止み、
『試験を受けている全候補生に通達する。こちらは試験運営委員会である』
代わりに聞こえてきた言葉を聞いて、あたしの胸は一瞬とくんと高鳴る。お父様の声だっ!
『現在この試験会場にて、候補生の一部が突如暴走するという事例が多数報告されている。これは偶然ではなく故意に引き起こされた物である』
そこからお父様が語ったのは、本部兵器課で開発中の邪因子増強薬の粗悪品が、一部候補生達にばらまかれたというものだった。
『本来なら試験の中断も止む無しの状況だが、運営委員会は合議の下、この事態も試験の一環として加える事とした。つまり、暴走個体への対処も評価対象となる』
「なっ!?」
その言葉にピーターが愕然とした顔をする。ガーベラは……少し顔を険しくしていた。
『無論本件はイレギュラーであり、どう対処しようとも加点こそすれ減点にはならない。鎮圧するも良し。逃走するも良し。そもそも完全に無視して試験を続行するも良し。そこは候補生自身の裁量に任せる事とする』
お父様はそこでいったん言葉を切り、
『試験終了まであと1時間と少々だ。時間的に厳しい者も、体力的に厳しい者も居るだろう。或いは……評価的に厳しい者も。それぞれの最後の奮闘に期待する』
そう言い残して、タメールからの全体通信は切れた。……もっと、喋ってほしかったな。
通信が終わったけれど、残った面子に微妙な雰囲気が流れていた。
「……はぁ。どうして暴走したのかは今ので分かりましたが、厄介な事になりましたね」
「ええ。まったくですわ」
「えっ!? どしたの二人共? 要するにこれはお父ゴホンゴホン……ごめん。運営さんからのボーナスステージって事でしょ? 良い事じゃんっ!」
あたしがそう不思議そうに言うと、二人を顔を見合わせて大きくため息を吐いた。何よその態度は。
「良いですかネルさん? この状況をボーナスととらえられるのネルさんくらいのものなんですよ? ……どうですかガーベラさん。さっきの暴走個体、一人で勝てますか?」
「オ~ッホッホッホっ! 当然勝てますわ! 一体どころか二体でも三体でもどんと来いですわっ! ……ただ、これが万全の状態かつ試験中でなければという但し書きが付きますが。流石に邪因子の消耗を考えてとなると、そうそうまとめては相手取りたくありませんわね」
と、ピーターの質問にガーベラは少し自信がなさそうに返す。これはガーベラにしては珍しいね。
「ボクの知る限り、ガーベラさんは今回の候補生達の中でもかなりの上澄みです。そのガーベラさんがこう言うぐらいには暴走個体は危ないんです。正直言って……ボク一人だったらボッコボコにされます。運よく勝てたとしてもその後邪因子切れになって失格になります。そんなのがあっちこっちに居るなんて悪夢ですよっ!?」
なるほど。言われてみれば確かに。
あたしならさっきの奴くらい四、五体いっぺんに来ても勝てる。今のやけに調子が良い状態なら尚更だ。
でも普通の候補生にとっては結構な強敵で、まともにやり合っていたら手こずって試験にならない訳か。
「勿論それを補うためにチームがある訳ですけど、今は試験の終盤。当然全員疲労も溜まっていて、脱落者もそれなりに出ている筈です。とても万全なんて望めないんですよ。そんな相手をボーナスなんて言えませんって」
「それに、先ほどの動きを見る限り理性なんてほとんど見受けられませんでしたわ。死なないように手加減なんて期待はしない方が無難でしょうね。……この試験、下手をすれば死傷者がゴロゴロ出るハメになりますわよ」
「さらに加えてさっきの通信の言い回し。どこか暴走個体と参加者がぶつかるのを推奨しているようなものでした。あれじゃあ加点欲しさに一か八か危険覚悟で向かって行くチームも出てきますよ」
「それは……ちょっとマズいね」
ここでガーベラが以前言った“他の候補生は競争相手であって敵じゃない”という言葉を思い出す。
怪我の一つや二つはほっといても治るけど、死ぬのはダメだ、将来あたしが幹部になったら、その時に部下になる奴も居るかもしれない。
「じゃあ分かってもらえた所で……これからどうします?」
「そんなの決まってんじゃん!」
あたしは腕を大きく上に揚げて拳を握る。
「取れる加点は全部取るよ! そこの人と倒した奴を近くのチェックポイントに運んでからゴールを目指す。途中また暴走している奴が居たら、他の候補生にちょっかい出す前にぶっ潰すっ! これで幹部の座はあたし達の物って訳よ」
「何と言うか……机上の空論も甚だしいですね」
「まったくですわ。全部やるだなんて欲張りも良い所ですわよ」
そうあたしがバッチシな計画を立てると、何故かピーターもガーベラも呆れたような、或いはやっぱりこうなったかという風な顔をする。なんか行動が読まれていたみたいでちょっと腹立つな。
「何よ? 悪の組織が欲張って何が悪いの?」
「フフフ。いえ。な~にも悪くはありませんね。リーダーさん。ここから最寄りのチェックポイントはどちらですの?」
「そう言うと思って調べてます。ここからならさっきの草原エリアに取って返すのが近いですね」
「……だそうですよ?」
「オッケー。……よっと!」
あたしはまだ変身から戻らないでっかいワンチャンを担ぎ上げる。同じくガーベラも、髪でまだ怪我が治り切っていない候補生を支えながら背負った。
「さあ。行くよっ! 幹部の座を分捕りに!」
「「お~っ!!」」
見ててくださいねお父様。オジサン。二人に誇れるようにあたし、頑張るからね!
◇◆◇◆◇◆
ちなみに、ネルは無意識にですが他のメンバーも一緒に幹部にするべく加点を狙っています。最初は自分一人が幹部になればそれで良い筈だったんですけどね。
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