87 / 89
第三章
暴君の進撃 そして迫る第三者
しおりを挟むダッダッダッダッ!
ネルは一人、草原エリアのチェックポイントから管理センターまでの道を駆けていた。
その踏み込みは力強く、誰かが傍から見れば一歩ごとに地鳴りが起きているように錯覚させるほど。……いや。
ゴゴゴゴゴッ! バシュッ! ダンッ!
本当に地面は揺れていた。正確に言えば、本部までの道に仕掛けられていた罠が次々に作動していたのだ。
道の脇に仕掛けられていた鳥もち弾が乱射され、一拍遅れて強烈な勢いで丸太が射出される。
さらにそれを越えて一息つこうとすれば、急に地面が割れて上を通る者を飲み込もうとする仕掛けまであった。
どれも一つ一つは大した事のない罠だが、けっして直撃を無視できるものでもない……のだが、どれもこれも暴君の足を止めるには力不足に過ぎた。
ネルは走りながら近くにまばらに生えていた木の一本に手をかけ、まるで花でも手折るようにそのまま引っこ抜いた。そして、
「うりゃりゃりゃりゃっ!」
前進しながらまるで扇風機のように木を振り回す。鳥もち弾は受け止められ、飛んでくる丸太は弾き飛ばされる始末。その上、落とし穴は簡単に飛び越えられた。
そしてご丁寧にも、すれ違いざまにネルは罠の射出口を粉砕し、わざわざ落とし穴に掴んでいた木を差し込んで開閉できなくする始末。
自分が進むだけならあまり意味のない行為だが、後から来る者達が楽になる様にというネルなりの露払いであった。
それからも暴君の進撃は、仕掛けられていたどんな罠でも止める事は出来なかった。
直接的な刃物などの凶器は普通に弾かれるし、催涙ガスなどは噴霧されて吸い込むまでに駆け抜けられて終わり。そもそも少しでも危険な物であれば、周囲の地面ごとえぐり取る様にして破壊していくのだから効く筈もない。
唯一僅かにでもネルが足を止めたものと言ったら、
「……誰かぁ。助けてくれぇっ!?」
「お~いっ!? チーム全員絡まっちゃって動けないんだぁっ!?」
罠ではなく、罠に引っかかって動けなくなっていた候補生達の助けを呼ぶ声だった。
なにせこの試験会場はイレギュラーの真っ最中。本来回収に来る筈の職員も人手が足りない。危険性の少ない罠に引っかかったままの候補生や、体力や邪因子が尽きてそこらに倒れている候補生はほったらかしにされていたのだ。
地面から網で巻き上げられ、空中で身動きできないほどチームごと雁字搦めにされた候補生が口々に声を上げる。しかし、
「……邪魔っ! あとは勝手に逃げれば?」
「へぶっ!?」
そこは流石の暴君。足を止めたのは一瞬だけでさっさと先を急ぐ。……すれ違いざまに吊り下げられた部分を手刀で切り飛ばし、チームごと地面に落として動けるようにしただけまだ有情かもしれない。
そうして突き進む事しばらく、ネルは遂に目的地である管理センターに辿り着いたが、
「……何よこれ?」
管理センターの有った場所は、白い煙に覆われていた。
ネルが煙に手を伸ばすと、ただの気体の筈なのにどこか押し返してくる感覚がある。
(無理やりに入れなくはない。でもちょっと手こずりそう。これだけの邪因子を含んだ煙で建物を覆えるとなると……アイツか)
ネルが思いついたのはあの煙草臭い女マーサ。今回の試験にも噛んでいるアイツなら出来るだろうと考え、同時にどうしてこんな事をしたのかにもすぐに思い当たる。そう。
グルルルル。
(こいつらが管理センターに入らないようにしたって訳ね)
煙に阻まれ、周囲をうろうろしていた暴走個体達が、ネルに気が付いて唸り声をあげる。さらに、
『グウウッ……オレガ……カツンダ……ナントシテモ』
『アトスコシ……アト……スコシデ……カンブ二』
『コンナハズ……コンナハズジャ』
(どいつもこいつも、ガーベラはともかくピーターじゃあちょっと厳しい相手。一体でも取りこぼしたらマズいわね)
ネルが一目で察したように、そこに溜まっていたのはただの暴走個体ではなかった。
ゴール間近まで辿り着くも、そこで遂に限界を迎えて暴走状態に入った者。暴走しても尚本能を越えた執念でここまでやってきた者。邪因子こそ低かったものの、諦めきれない願いと意地で僅かに理性を残した者。
つまり、暴走個体の中でも上澄みの者達であった。
そんな無念の声を上げる者達を前にして、
「くだらないわね」
暴君は無慈悲にバッサリと切って捨てる。
「要するに、アンタ達はゴール手前で進めないからって、あとから来る奴に八つ当たりしたいだけじゃないの。ハッ! バッカじゃないの? そんな暇があるんだったら、一丸となって煙を散らすくらいの事はやんなさいよ! ……あっ!? ごっめ~ん!」
そう言うとネルは、敢えて煽る様にくすくすと嗤いながらさらに続ける。
「たとえ煙を散らせても、中にある扉に触れても、もうタメールが壊れてるから意味ないんだよねぇ? それじゃあこんな所でうじうじたむろってるのも仕方ないよねぇ?」
グウウッ。
暴走個体達から明らかに怒気を感じる。理性が完全に飛んでいるならまだしも、ほんの僅かに残っているのなら馬鹿にされているのは分かるのだ。
それを見たネルはニヤリと笑い、ちょいちょいと指で手招きする。それは、自分へとヘイトを集める行為にして、彼女なりのここまで来た者達への激励。
「せっかくここまで来たんでしょ? ……ならここでうじうじしてないで、溜まった鬱憤全部ぶちまける気持ちでまとめてかかってきなさいよ。その方がここで止まってるよりず~っとマシだよっ!」
グルアアアアアっ!
(お父様。見ていてくださいね!)
殺到する暴走個体達を前にして、片手で腰のホルダーから棒付きキャンディーを取り出し、大きく口を開けて齧り付くように口に放り込むネル。
それはネルにとっての大切な繋がり。負けられない戦いの時や、沈みそうな自分の気持ちを高めたい時に舐めると、お父様の事を思い出せて気合が入る特別な品。
いつものように食べた瞬間、じんわりと胸の奥が温かくなるような感覚に包まれ、同時に邪因子が強く昂る。まるで何かに刺激を受けたように。
「さあっ! 来なさいっ!」
ネルは暴走個体達を迎え撃つべく、大きく息を吸って構えを取る。そして、
ドックンっ!
内側から感じる一際大きな鼓動に一瞬違和感を感じながら、戦闘状態へと移行した。
◇◆◇◆◇◆
一方その頃。
山岳エリアのチェックポイントにて。
草原、森林エリアと同様、このチェックポイントも暴走個体の襲撃を受けていたのだが、ここは立地が上手く働いていた。
早々に崖下の職員は緊急用通路を使い、まともに動けない候補生達と共に崖上まで退避。登ってこようとする暴走個体を試験用の罠で押し留めながら、逃げてくる候補生を収容していた。
勿論暴走個体もぞくぞくやってくるが、防衛のみなら職員だけで充分。あとは時間を掛けて事態の収拾を待てば良い。その筈だった。
「何だ……何なんだこれは!?」
山岳エリアの試験官は、眼下で起きている出来事に目を疑っていた。そこに見えるのは、たった一人の何者かが暴走個体の群れを蹂躙している様子だった。
その何者かは、突然ふらりと現れて暴走個体達に襲い掛かった。
変身している様子もなく、使うのは己の邪因子と肉体のみ。身に纏ったフード付きのローブで顔も体型も分からず正体不明。しかしタメールを着けていない事から、試験の参加者ではない。
その拳を、脚を振るう度に、的確に暴走個体を打ち据え沈黙させていくその様は、どこか合理的過ぎて機械のようにも見えて。
「……むっ!?」
そこで試験官はふと気づく。倒れている暴走個体達が、軒並み人間に戻っていると。
近くで見ればさらに気が付いただろう。倒れている者達は限りなく0に近い域まで邪因子が減少し、逆にその何者かから感じる邪因子が跳ね上がっている事に。
そして、ついに最後の暴走個体が沈黙した後、何者かは倒れている者達を一瞥し、
「……無力化及び吸収完了。現邪因子量は作戦遂行に十分と判断。これより……試験体に接触する」
そのまま管理センターの方に向けて疾風のように駆け出した。
そのフードの横から一瞬、薄い水色の髪をたなびかせながら。
◇◆◇◆◇◆
それを一口食べる度、確かに少女は繋がりを感じていた。
力が湧き、気分が高揚するのは、大切な人からの贈り物だからだと信じ、無邪気に喜んだ。
それは間違いではないのだろう。確かに繋がりではあるのだろう。
ただ、当たり前の愛情に飢えるばかりで、その贈り物に込められた何かに気づこうとしなかっただけの事。
積もり積もった何かが顔を出すまで、あと……。
1
あなたにおすすめの小説
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる