88 / 89
第三章
ネル その弾丸が貫いたのは
しおりを挟む「……はぁ……はぁ」
(おかしいな。……こんな筈じゃ)
あたしは息を荒げながら、片手で構えを取りつつ額から流れる汗を拭っていた。
目の前には所々に倒れる暴走個体達と、残った割と手強い上澄みが三体。
グルルと唸りをあげる白い毛皮の虎。バサバサと羽ばたきながら空中で様子を窺う赤い翼の大鳥。黒光りする甲羅を背負ってどっしりと構える亀。
雑魚共は粗方片付けたけど、残ったこいつらが地味に鬱陶しい。それというのも、
グルアアアアアっ!
咆哮と共に、白い虎が左右にフェイントを織り込みながら飛び掛かってくるのを、あたしはその場で迎え撃とうとして、
バサッ!
「ちぃっ!?」
それに合わせて空から急降下してきた大鳥のかぎ爪を身を翻して躱す。ならば鳥から先に叩き落としてやろうと腕を振りかぶれば、
ドンっ!
見た目とは裏腹な俊敏さで、亀がタックルしつつ固い甲羅でインターセプト。そして動きが止まった隙をつき、虎がこちらを鋭い爪で引き裂こうとしてくる。
そう。こいつらは理性を無くしながらも連携してくるのだ。
『グゥッ…………カツ……ナントシテモ』
『ウオオオオン』
『キ……エロ』
喋っている言葉は片言だし支離滅裂。それなのに最低限息を合わせるというか、互いの邪魔をしない程度にはなっていた。
これは大分後で分かった事だけど、この三体は薬によって暴走した個体……ではなかった。
武力で、知略で、或いは幸運で。何にせよ実力でここまで辿り着いた上で他の暴走個体と戦い、そのまま自身の邪因子の暴走によってこうなった個体。マーサが言う所の“極限状態で化けた”奴らだった。
なんなら倒れている個体の内二、三体はあたしが来る前から倒されていたし、元々チームを組んでいた奴も居た。連携が出来ているのは体が覚えているからって事もあるのかもしれない。
勿論それだけならこのあたしが苦戦する道理はない。手を組もうが何だろうが、力でねじ伏せるのがあたしだもの! ……ただ、
「こんのぉっ!?」
何度かの虎の爪を打ち払い、鳥も亀も邪魔が途切れた僅かな一瞬を見計らい、あたしは拳を虎のどてっぱらに打ち込もうとして、
ドクンっ!
(ダメ。このままじゃ貫くっ!?)
「くっ!?」
くんっと当たる直前で力を抜き、虎にボディブローを決めるものの、力を抜き過ぎたのか大したダメージにはなっていない。
そのまま反撃に振るわれる爪が僅かにあたしの腕の表面を裂き、軽い痛みと共にあたしはバックステップで距離を取る。
ぽたぽたと地面に滴るのは、腕から流れる血かそれとも額からの汗か。……まあこの程度の怪我戦いながらでもすぐ治るから良いけど。
「……ほんっとやりづらいなぁ。調子が良過ぎて」
これがあたしが苦戦している理由の二つ目。
さっきから身体の調子が良過ぎて、上手く手加減が出来ないでいるのだ。
心臓の高鳴りと共に、身体の奥底から次から次へと邪因子が湧き上がってくる感覚。戦いの中で強くなるなんて言葉があるけどそれすら生温い。
一分一秒ごとに邪因子の質が、量が、勢いが跳ね上がっていく感覚。多分今のあたしは、十秒前のあたしより普通に強い。
だけどそのせいで、丁度良く相手を無力化出来るぐらいの一撃を放とうとしたら、決まる直前で無力化どころか致命レベルの威力になりかけているから困る。今の一撃も、あのまま普通に殴りつけていたら虎の腹に風穴が空いていたと思う。
相手が一体だけとか、さっきのワンチャンみたいにただ暴れているだけならどうにでもなるけど、下手にそこそこ手強くてタフで連携が取れているから面倒だ。
……あとついでに言えば、邪因子は間違いなく上がっているのにどうにも身体に違和感がある。なんだろう? カッカと燃えるような熱さが全身を巡っているのに、さっきからずっと右腕の辺りだけ巡りが悪い。
チェックポイントで暴走個体を鎮圧した時はそうでもなかったのに、この戦闘が始まってからずっとだ。……もしかして、
『……ネルちゃん。ここで外せたのは右腕だけ。それも外せただけでまだ不安定。多用は避けていざって時だけ使う事』
あたしの脳裏にイザスタ……お姉さんの言葉が過ぎる。まだ不安定って言ってたのに、ちょっと使い過ぎたのかもしれない。
(この試験が終わって、お父様とオジサンに見せたらしばらく使うのは止めた方が良いかもね。……でも、この試験の間だけは)
やっと一部とはいえ手に入ったこの力。それが嬉しくて、喜ばしくて、ついつい見せびらかすように使い過ぎてしまったのかもしれないと、あたしはちょっぴり反省する。
そして、ぎゅっと黒く染まった拳を力強く握り締め、
「あ~もうヤメヤメ」
あたしはニヤッと嗤い、ズンっと邪因子を纏わせた拳を大地に叩きつける。すると、地面に邪因子が波紋のように広がり、
「ごちゃごちゃ考えるよりも、こういうのはまとめて吹っ飛ばした方が早いよね! ちょっと当たり所によっては大怪我になるかもだけど、そうなったら運が悪かったと諦めてよ」
突如として、あたしの周囲の地面が爆発した。正確に言えば、地面に邪因子を流し込んで周囲に噴出させたのだ。
質量のある邪因子はビシビシと音を立てて地面を割り、空を飛んでいた大鳥以外の二体に襲い掛かる。
『ガアアアッ!?』
『ウギッ!?』
邪因子は虎と亀の足の一部を抉り取り、その場に縫い留めるようにそのまま絡みつく。
イザスタ……お姉さんを相手取ったガーベラが、髪を地中から伝わらせたのを参考にしてみたけど、これは案外上手く行ったみたい。
『キィエエエエッ!』
鳥型がこれはマズいと頭上から襲ってくるが、他の奴が動けないのに一体だけ来ても良い的だってのっ!
あたしが躱しざまに手刀で翼の一部を切り裂くと、大鳥はどうにか再び上昇したものの左右のバランスが乱れたのかふらついている。後は、
『ウガアアアッ!』
そこへ無理やり邪因子の枷を引きちぎり、脚から血を流しながらも虎型が突進してきた。でも、
「へへん。速さを売りにしている奴が、脚を怪我してまともに動けるわけないでしょ!」
明らかに精彩を欠く動きの虎の懐に潜り込むと、そのまま腹の辺りに手を置いて直接邪因子を叩きこんだ。邪因子は身体の内部へと浸透し、そのまま内臓をシェイクされて虎は白目を剥いて倒れ伏す。
打ち込んだ邪因子の量は本当にごく僅か。こっちで増え続ける分を踏まえてもなおちょっぴり。それでも内臓にダメージが行ったと思うから、いくらタフでも治るまでそれなりの時間が掛かると思う。
そして、最後にもう一体。まだ邪因子の枷から抜け出せていない亀は、もがきながらも甲羅で守りを固める。……だけどさぁ。
ドン。ドン。
「動けないんじゃただデカくて固いだけ。そんな鈍亀に」
ドン。ドン。ドン。ドン。
「このあたしが……負ける訳ないよねぇっっ!」
ドドドドドドドドドッ!
一発でダメなら二発。二発でダメなら四発。四発でダメなら……ありったけっ!
一撃に込める邪因子は最小限に。パワーよりも手数を重視。いくら甲羅が固かろうが、その衝撃やダメージが全くない訳もない。
甲羅の上から打ち込まれる連打に最初は亀も防げていたけど、十発辺りから顔色が変わり、二十発辺りから苦しげに唸り、三十発目でたまらずその場で膝を突いた。
「これで……終わりだあっ!」
これで決めると違和感を無視して右腕を振りかぶり、甲羅の上から確実に意識を断てるだけの一撃をくらわそうとして、
「…………は?」
目の前に、弾丸が迫っているのに気が付いた。
周囲が突如スローモーションになる感覚。加速する思考の中、あたしは目の前に迫るそれを見る。
それは水の弾丸……と言うよりレーザービームのようだった。そして放たれた元には、
(……ちっ。もう一体居たのね)
少し離れた先。ギリギリ周囲を覆う煙に紛れ、口から超高圧の水流を吐く一体の大きな青い蛇が居た。
そう。これは狙撃だ。
本能的にあたしに正攻法では勝てないと察し、最初からずっと身を隠してあたしが他の暴走個体を倒そうとする瞬間。勝利を前に気が抜ける瞬間を待っていたんだ。
(これは……避けきれないな。どうする? どうしよう?)
顔面直撃コース。着弾まで一秒もない。最悪痛いじゃすまないかもしれない一撃を、それでもどうにか限界まで首を傾けつつ、邪因子を頭部に集めて防ごうとし、
「危ないっ!?」
そう声が聞こえたと同時に、トンっ! と身体を押されてあたしはギリギリ直撃コースから外れる。その横をレーザーが通り過ぎ、あたしは咄嗟に受け身を取って体勢を立て直した。
「よっと! 誰だか知らないけどお礼を言ってあげるわ。ありが…………えっ!?」
振り向いたその先、そこには、
「…………かふっ」
胸を血で真っ赤に染め、口元から血を滴らせて崩れ落ちるピーターの姿があった。
◇◆◇◆◇◆
愛を知らぬ少女は、大切な物を手に入れた。
それは親愛であり、友愛であり、僅かながらの慈愛であった。
間違いなく、それは少女にとって一つの幸福の形だった。
それを奪われた時……少女は、何を想うのか。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる