闇呼ぶトビラ

橘伊津姫

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嫉 妬 姫

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愛しい
愛しい
王子様
私だけの憧れの方
なぜ、私だけを
見てくださらないの? 



【王子様】

美しい隣の国の王子様。
ずーっと憧れていたのよ。
国同士が決めた結婚だったけど、それでもいいの。
だって、ずっと憧れていたあの王子様と一緒になれるんだから。

精一杯のおめかしをして、一番キレイな私を見て欲しくて、ステキなドレスも新調したのよ。
ヘアスタイルだって、流行りの形に結い上げて、宝石を編み込んで。
だって第一印象って、大事でしょ?

お城に着いて、広間に通されたわ。
一番優雅に見えるお辞儀をして、王子様がやって来るのをドキドキしながら待ってたの。
ああ、早く来て下さらないかしら。
私の憧れの王子様。
貴方のために、やって来たのよ。

広間におふれの声が響いて、王様と王妃様と王子様が入って来た。
さあ、いよいよだわ。
大好きな、大好きな、王子様。
どうぞ、私をご覧になって。
名前を呼ばれてゆっくりと、笑顔で頭をあげた。
やっと愛しい王子様にお目にかかれるのね。

一段高くなった台座の上に、威厳のある王様。
美しい王妃様。
そして、優しい微笑みを浮かべる王子様。
でも──王子様の隣にいる、その女は誰?
淡い水色のドレスを着た、長い金髪の女。
どうして、私の王子様の側にいるの?

自分でも、どうやって、何を話したのか覚えてないわ。
笑顔が引きつって、足が震えたけど、そんなの気が付かれてたまるもんですか。
私は一国の王女なのよ。
王子様に姉姫や妹姫がいるなんて、聞いてないわ。
誰? 誰なの?
どうして王子様は、あんなに優しい目で女を見るの?
女はどうして、あんなに熱っぽい目で王子様を見るの?

一通りの挨拶を終えて、私は用意された部屋へ通された。
腹が立つ。イライラする。
一体、あの女は何者なの?
廊下を歩きながら、私は侍女逹にあの女の事を調べるように命じた。

王子様は、私のものよ。
誰にも渡さないわ。


【女のこと】

侍女達が、あの女の事を調べてきたわ。
口がきけず、名前も分からないので、ただ「姫」とだけ呼ばれている事。
海辺の砂浜に倒れているのを王子様が助けて、哀れに思い、お城に住まわせている事。
「先の嵐で王子様の乗った船が沈んだ折、助けてくれた娘の姿に似ているとかで、特に王子様が気に入って側に置いているそうですわ」
そう、そうなの。
口がきけないのね。それはいい事を聞いたわ。
王子様が海で溺れていた時に、助けたですって?
物事はね、言った者勝ちなのよ。
見てらっしゃい。
あの忌々しい女から、王子様を奪い返してやるわ。

「王子様、もしや王子様は先の嵐で難儀をされたのではないですか? 実は私も、あの嵐の日、船に乗っておりましたのですけれど、沈みかけた他国の船の者達を、幾人か助けたのでございます。その中に大変高貴なお姿の殿方をお見かけしたのですが、あの時にお助けしました船は、こちらの国の船だったのではと思いまして」
「おお、それは何という奇遇。あの時の嵐で私を助けて下さったのは、貴女だったのですね、王女。
貴女のおかげで、私は命を救われました。何とお礼を申し上げてよいやら」
私は心の中で嘲笑いながら、部屋の隅にいる女に目をやった。
唇を震わせて目を見開き、青い顔をして立っている。
いい気味だわ。
お前には弁解する方法がないんですもの。
私が嘘をついたって、それを王子様に告げ口する事も出来ないでしょう?
ああ、何ていい気分!
これで私は王子様の命の恩人よ。
王様も王妃様も、私に感謝するわ。
王子様だって、私を蔑ろには出来ないでしょう?
私はね、欲しいものは手に入れるの。
どんな手を使ってもね。

「姫、この方が嵐の海で私を助けて下さった方だよ。隣国の王女様なんだ。彼女がいてくれたから、私は死なずに済んだんだ。姫からも、お礼を言っておくれ」
王子様は柔らかい笑顔で、あの女の手を取ると私の前に連れて来た。
どうして!?
女は悲しそうな、優しそうな顔をして、私の前でお辞儀をして見せた。
どこの国の、どんな王女にも、女王にも真似できない程、完璧で美しい姿だったわ。
私は打ちのめされた。
この女は、私のプライドを引き裂いたのよ。
どこの誰とも知れぬ、口もきけぬ、この女に。
私が嘘をついている事を知って尚、恨みがましい顔一つせず、それどころか、私を哀れむような目をして、私に礼をして見せた。
この女を、私は激しく憎んだ。

ある夜、私は聞いてしまったのよ。
王子様が王様と王妃様に、こう言っているのを。
「父上。母上。私は王女とではなく、身寄りのない、美しく優しい姫と一緒になりたいと思っているのです。どうか、お許し頂けないでしょうか?」
「王子よ。お前の気持ちは分かる。ワシとしても、気立ての良いあの姫がカワイイ。出来れば、お前の望みを叶えてやりたい」
「王子よ。わたくしとしても同じ気持ちですわ。口もきけず、身上も定かでないとは言え、それを補って余りある教養と気品が見てとれます。我が国が小国でさえなければ、王子の望みを叶えてやれるものを」
私はそれを聞いて、全てを理解したの。
女として求められていた訳ではないと。
小国が生き残るために、大国である我が国の王女である私が必要だっただけの話なのよ。
政略結婚である事ぐらい、私にだって分かっていたわ。
王家の娘として生まれたのですもの。
政治の道具になる覚悟くらい、とうの昔に出来ていたわ。

部屋に戻った私は、侍女達を退がらせると、側にあった物を手当たり次第に壁に投げ付けた。
花瓶を壁に投げ付ける。
マントルピースの上にあった白鳥の置物を床に叩きつけて足で踏みにじる。
暖炉に備え付けてある火掻き棒を振り上げて、棚に並べられたカップやグラス、ゴブレットを次々に叩き割った。
火掻き棒をベッドに突き立てて、シーツを引き裂き、中に詰まった綿や羽毛を掴み出した。
まるで肉体から、内側に詰まった全ての物を抜き出すように。


【企て】

部屋にあった、あらかたの物を破壊し尽くすと、私は少しだけ落ち着いた気分になったわ。
やっぱり気持ちをすっきりさせるには、物を壊すのが一番ね。
今回はちょっとやり過ぎて、侍女の一人も壊してしまったけれど。
まあ、いいわ。
侍女は他にもいる訳だし。

私は国のお父上に手紙を書く事にしたの。
我が国の港から、この国の商船を締め出し、国境を封鎖して商人達を入れないように、と。
こうすれば、この国は経済的に立ち行かなくなるわ。
経済封鎖を解くためには、嫌でも王子様は私と一緒になるしかないのよ。
あの女ではなく、王女である、この私とね。
それに王子様の「命の恩人」でもある私を、このまま故郷に送り返す訳にもいかないでしょう?
思った通り、港と国境が封鎖されてすぐに、この国は困った事になり始めた。
だって、輸入も輸出もストップした状態になってしまった訳だし、外貨の流通が止まると国内の景気が悪くなるのよね。
案の定、王様は外交に右往左往しだしたし、王妃様も国の事にかかりっきりになったわ。

「王子よ、このままでは我が国は立ち行かぬようになってしまう。
お前の気持ちは痛い程理解できるが、これも王家に生まれた者の努めと思って、王女と結婚してはくれまいか?」
「王子と王女が正式に婚約を表明するまでは、国境より一歩も商人を国には入れぬと、あちらの王様もひどくご立腹のご様子。国を助けるために、王子よ、頼みます」
王子様は黙って、肯いていたわ。
これでいいのよ。
これで王子様は、私と一緒になるしかないんですもの。
勝利に酔いしれて部屋に戻ろうとした時、王子様がある部屋に入って行くのを見たの。
嫌な予感がした私は、ドアの隙間から覗いて見て、あまりの事にショックを受けたわ。
どうしてって──。
部屋の中で王子様と、あの憎らしい女がしっかりと抱き合っているのを見てしまったのよ。

「姫、どうか分かって下さい。私の真の心は常に姫と共にある事を。私が本当に愛しているのは、貴女だけ。しかし国の事を思えば、本心はどうあれ隣国の王女と一緒になるしかないのです。これ程、貴女を想っていると言うのに、それを貫けない私を、どうか許して下さい」
王子様はそう言って、姫と呼ぶあの女にキスをしたのよ!
何て事なの!?
私の大事な王子様が、あんな女にキスするなんて!
私の勝利は一瞬で打ち砕かれたわ。
どうにかしなくちゃ!
あの女を王子様に近付けないように。

次の満月の夜。
お城では盛大に婚約パーティーが開かれたわ。
もちろん、私と王子様のね。
居並ぶ者達の間を、王子様と腕を組んで大広間へ入場して行ったの。
皆が祝福の視線と拍手を浴びせてくれる中を、私は飛びっきりの笑顔で進んで行ったわ。
この日のために、特注で作らせたドレス。
お日様の金色に雲の銀、星々の宝石。
世界広しと言えども、これだけ贅沢で美しいドレスを身にまとっているのは、私だけのはずよ。
大国である故郷のプライドにかけても、この場にいる誰よりも美しく気高くなくてはいけないのよ。

ゆっくりと大広間の者達に会釈したりしていた王子様の体が、わずかに緊張したのが分かったわ。
彼の瞳が壁際に立つ、あの女を捉えた事がね。
図々しくも、私と王子様の婚約パーティーに出席を許されるなんて、どこまで生意気なの?
短い階段を昇って用意された椅子に座ると、王様と王妃様がパーティーの開始を告げたわ。
オーケストラが華々しい音楽を演奏する。
食事を楽しむ者、酒を楽しむ者、おしゃべりを楽しむ者、ダンスを楽しむ者。
王子様は私が話しかけても上の空で、壁際に立つあの女を見ていたわ。
隣に座っている私を無視して!
女は体のラインに沿った青いドレスを着ていたわ。
ドレープの美しい、ブルーのグラデーションのドレス。
まるで海の波をそのままドレスにしたようなデザインは、これまで見た事のあるどんなドレスよりもステキだったわ。

おしゃべり好き、噂好きの宮廷のゴシップ雀達が、聞きたくもない話を言い交わし、私の耳にまで漂ってくる。
『あのステキなドレス、ご覧になりまして?』
『ええ、何でもあの方のために、王子様が特別にあつらえさせたものなんですって』
『まあ、王子様が? じゃあ、あの噂は……?』
『あたくし、てっきりあの方と王子様が一緒になられると思ってましたわ』
『あら、私もですのよ』
『確かな身分のない方かも知れませんけど、控え目で、しとやかな振る舞いで。とても気持ちの良い方だと思ってましたのに』
ああ、何てイライラする連中なのかしら?
ここがパーティー会場でなければ、手近にある物を片っ端から叩き壊してやるのに。
ええ、あの小煩い、したり顔の雀共もね。
舌を引き抜いて、一生しゃべれなくしてやるわ。
それとも、喉に漏斗ろうとを差し込んで、無理やりに水銀でも流し込んでやろうかしら?
そうすれば、少しは静かになるでしょう。
私の気も収まるし、一石二鳥と言うやつよ。
家柄だけが取り柄で、何の役にも立たない連中。
ただ遊んで暮らし、己の財産、国の財産を食い潰すしか能のない連中。
いつも思うのよ。
「貴族」を名乗る無能者達が、あまりにも多過ぎるわ。
少しくらい減らした方が国の為にも、いいのよ。


【嫌がらせ】

女を見ていて、私はある事に気が付いたの。
貴族の男性に誘われてダンスのステップを踏む時、ほんの少しだけれど、顔をしかめるのよ。
あの女、もしかして足に何かあるんじゃないかしら?
そう思って見ていると、誘われるダンスの全部をOKする訳じゃないみたいね。
足をケガしているのかしら?
踊った後、壁際に戻ると辛そうに息をついて、足をさすっているのが見えたわ。
そうよ、きっとあの女、足にケガをしているんだわ。
だから踊ったり歩いたりすると、痛みがあるのよ。
それに気が付いた私は、文字通り舞い上がりそうになったわ。
あの女を苦しめてやる絶好のチャンスを見つけたんですもの。

「ねえ、王子様。あの可愛らしい姫とのダンスを見せて下さいません事? これから先、彼女と踊れる機会はそうそうないでしょうし、ぜひ、彼女のステップを見てみたいんですの」
私は王子様にお願いしたわ。
正確には「お願い」じゃなくて「命令」に近かったかも知れないわね。
だって、この国の誰も私に逆らうことは出来ないのよ。
そうでしょう?
私の一言でこんな小国、あっという間に地図の上から消えてなくなるのよ。
王子様の表情を見れば、あの女の足の事に気が付いているのは、すぐに分かったわ。
そう、知っているのね?
でも、やめてあげないわ。
私に許す気はないの。
さあ、早く。
私に、あの女の苦しんでいる姿を見せて。

王子様は諦めたようにため息をつくと、席を立ってあの女の許に行ったわ。
躊躇いがちに女へダンスを申し込む王子様の目と、はにかむように承諾する女の目が、溢れる程の愛をたたえているのにはムカついたけれど、今は、まあいいわ。
私はオーケストラに合図して、それまでのスローペースの音楽から、アップテンポの曲に変えさせた。
王子様がそれに気付いて、私を睨んだような気がしたけど、そんな事、構うもんですか。
私はね、あの女が苦しむところが見たいのよ。

なのにあの女は、それに耐えて見せたのよ。
信じられる?
私の王子様と踊っている間、あの女は足の痛みに耐え抜いたのみならず、幸せそうに微笑んでさえ見せたの。
何て事!
私はあの女に、私自らの手で幸福な時間を与えてしまったんだわ。

それに気付いた時は、もう遅かった。
二人はしっかりと手と手を握り合い、互いの目を見つめ合って踊っていたわ。
私の掴んでいた椅子の肘掛けが、折れてしまわなかったのが不思議なくらいよ。
音楽が終わると、二人はしばらくの間、じっと見つめ合っていたわ。
これで誰の目にも明らかになったでしょうね。
王子様が本当は、私とあの女のどちらを愛しているのかって事が。
二人は名残惜しそうに手を離すと、優雅に礼をして互いの席へと戻って来たわ。
それから、王子様は一度も私を見ようともしなかったのよ。
ひどい侮辱だと思わない?
あの女はどこへ行ったのかと思って大広間を見回すと、ちょうど大窓からバルコニーへ出て行くところだったの。

「私、少々気分が優れませんので、バルコニーで風に当たって参りますわ」
王様と王妃様に挨拶をすると、私はあの女がいるであろうバルコニーを目指した。
行く手にいる、頭の軽そうな貴族の子息とか、頭の中身がカラッポそうな令嬢とかが、機嫌を取ろうとでも言うのか声をかけてきたり、寄って来たりするのが、たまらなく鬱陶しい。
邪魔なのよ、お前達。
そこを、おどき!
私は完璧に連中を無視すると、大窓に向かって足を進めた。

海に張り出した形になっているバルコニーは、涼やかな海風が吹き込んできて、正直、結構気持ち良かったわ。
大広間は人いきれに、香水に、酒の入り混じった空気で澱んでいたしね。
さて、あの女はどこにいるのかしら?
薄暗さに慣れようとじっとしている私の耳に、囁く声が聞こえてきた。
いやだ、誰かが逢引でもしているのかしら?
かすかな声を聞き取ろうと、私は揺れるカーテンの陰に隠れて、全神経を耳に集中させたわ。

「貴女に、この短剣を渡すために来たのよ」
「私達の髪を海の魔女に渡して、貴女のために造ってもらったの」
「今夜、王子様が貴女を選ばなければ、貴女は海の泡となって死んでしまうわ」
「そうならないためには、この短剣で王子様の胸を刺し、その血を、貴女の足にかければいいの」
「それだけで、貴女は元通り、人魚に戻れるのよ」
「良く考えなさい、可愛い私達の大事な妹。貴女をこのまま死なせる訳には、いかないのよ」
「いいわね。この短剣で必ず王子様の胸を刺すのよ。明日の朝、太陽が海から顔を出す前に、必ずよ」

それらの声が消えた後、バルコニーの堅い床の上に硬質な音が響いた。
きっと声の主達が言っていた、「海の魔女に造ってもらった短剣」なんだろうと思うわ。


【秘め事】

へえ、そうなの。
あの女、人間ですらなかったって事ね。
人魚なんて化け物の分際で、私の王子様を奪おうなんて、どれだけ図々しい女なの。
しかも、短剣で王子様を刺すですって?
させないわ、そんな事。
王子様は私のものなのよ。
あんたになんか、絶対に渡さないわ。

私は隠れていたカーテンの陰から出ると、そっと大広間に戻った。
それにしても、いい事を聞いたかも知れないわ。
私にとっては好都合よ。
今に見てなさい。
私はね、かかされた恥は絶対に忘れないの。
そして何倍にもして、返してあげるんだから。

永遠に続くかに思えた婚約パーティーも、ようやく終わり、私は頭を下げる参列者達の間を、王子様と腕を組んで歩いて行った。
途中、あの女の前を通った時、ほんの一瞬だけ二人の視線が絡み合ったのが分かった。
何よ、殊勝しゅしょうそうな顔をして、しおらしそうにしているけど、そのドレスの下に魔女の短剣を隠しているのを、私、知っているのよ。
婚約は済ませたけど、婚姻をした訳ではないからと、私と王子様の寝室は別々だった。
いいじゃないの、婚約者なんだし、どうやったって王子様は私と結婚するしかないんですもの。
けれど、王子様は頑なに私を部屋へ入れてはくれなかったの。
でもまあ、今回はその方が都合がいいわ。

あんたの好きなようにはさせなくてよ、「人魚姫」。
私は王子様と別れて寝室へ向かいながら、いまだ大広間にいるはずの、あの女に対して心の中で舌を出してみせた。

城中の者が寝静まり、青白い月だけがポッカリと空を照らしている。
そっと部屋を抜け出して廊下に出て来たあの女の姿を認めて、私は後をつけたの。
女が王子様の部屋の前で足を止め、ドアに手をかけるのを躊躇っている間に、女との距離を縮めて行ったわ。
思い詰めていた女は、私が近寄るのにも気付かなかったみたいだわ。
「ねえ、貴女」
私が声をかけると、余程驚いたんでしょうね。
声を出す事の出来ない口から、息を飲む音だけが聞こえた。
足元でカラリと音がする。
目をやると、例の短剣が落ちていたわ。
手が滑ったのかしら。
「へえ、これが王子様を殺すための短剣って訳ね」
女は両手で口を覆って、恐怖に目を見開いている。
いいわ、いいわよ、その表情。
その怯えた顔、大好き。

私は落ちていた短剣を拾い上げると、女に告げたの。
「ちょっとお話しません事、姫? もっとも貴女に私の誘いを断る権利なんて、ありはしないんですけれどね」
追い詰められた小動物のような目で、私を見返している。
出来るなら、今すぐにでもこの場から逃げ出したいと思っているのでしょうけれど、そうはいかないわ。
女はうつむきながら、大人しく私の後からついて来たわ。

誰もいなくなった大広間を抜け、あの時、女が短剣を受け取ったバルコニーに出る。
「いい月だわ。そうは思いません事?」
天空で明るく輝く満月に、私は短剣をかざして見たの。
不思議な色の刀身。
深い深い海の底で生まれる泡みたいな色。
すごくキレイだわ。
柄は珊瑚か何かかしら?
滑らかで、とても手に馴染むわ。
「ねえ、この短剣を私にちょうだいな。気に入っちゃったのよ」
女はどうしていいのか、分からないという顔。
うふん、ゾクゾクしちゃう。
まるで返してくれと言うように、女は私の方へ両手を差し出してきたわ。
「いやよ。だって返したら、この短剣で王子様を殺すつもりなのでしょう? それは困るのよ。だって私、王子様と結婚するんですもの」
そう言ってクルリと回ると、差し出された女の両手を切り裂いてやったわ。

こう言う時、声の出ない相手って楽ね。
無様な叫び声とか聞かなくても済むし。
余計な邪魔が入る心配もないじゃない?
真っ赤な血が溢れる両手を抱えて、女は信じられないという目をして、私を見ていたわ。
ああ、おかしい!
ここまでついて来て、無事に戻れると思っていたのね。
何て、おつむが軽いのかしら?

「貴女、目障りなのよ。貴女がいる限り、王子様は私の事を見もしないでしょうね。それが許せないの。人間でもないくせに、王子様と結婚するですって? 笑わせないでよ。私はね、王子様の命の恩人なのよ。私が嵐の海から、王子様を助けたの。だから王子様は──いいえ、王様も王妃様も、私を蔑ろにする事は出来ないの」
くすくすと笑いながら、私は踊るように短剣を振るい続けたの。
この、ピタリと手に吸い付く感触。
いいわ、何て使いやすい短剣なの。
私の言葉を聞きながら、女は何度も首を振ったわ。
まるで『それは違う』とでも言いたそうにね。


【お楽しみ】

「なぁに? 違うとでも言いたいの? 海で王子様を助けたのが、私ではないとでも言うのかしら?」
クルリ  ざしゅっ……
ステップを踏みながら、女の腕を切りつけてやる。
薄い夜着が裂けて、その下の白い肌から血が飛び散る。
「そうよ。あの夜、嵐の海で王子様を助けたなんて、嘘。きっと貴女が助けてあげたんでしょうね、『人魚姫』。でも、口がきけない貴女がどうやって、私の嘘を証明するの?」
クルリ  ざしゅっ……
タン タタン  ばしゅっ……
あちこちを切り裂かれて、女の声の出ない口は、叫びの形に固まったまま。
ぜいぜいと聞き苦しい音を立てていたわ。

「どうせ貴女、朝日が昇ったら海の泡になって消えてしまうんでしょ? でもね、そんなに簡単に死なれては、私の気が収まらないのよ」
鮮血に塗れたダンスを踊る私。
気分が高揚して、楽しくて、愉しくて堪らないわ。
そうよ、この私のプライドをズタズタにしてくれたんですもの。
あんたも同じように、ズタズタにしてあげるわ。
「私の王子様を抱きしめた、その腕を」
私が短剣を一振りすると、女の腕が肘から下ですっぱりと切り落とされた。
ステキ! 何て切れ味なの!
「私の王子様と踊った、その脚を」
女の膝のあたりを、私は力一杯蹴り付けてやったわ。
ぐぢゃっという感触というか、音というか。
多分、膝の関節か何かが壊れたんじゃないかしら?
バランスを崩して倒れた女は、肘だけになった腕と、無事な方の足を動かして、必死に逃げようとしているの。
その姿の何と無様な事!
みっともないったら、ありゃしないわ!
もっともっと、その情けない姿を見せてちょうだい!
逃げられないように、無事な方の足は腱を切ってあげたわ。
念のために、膝の裏を思いっきり踏みつけておくのも、忘れなかったわよ。
両脚の骨だか関節だかが壊れてしまって、左右変な方向へ曲がってしまった姿は、立っている時よりも数倍親しみの湧くものだった。

「貴女の、そのみっともない姿。私、大好きよ」
優しく声をかけてあげたのに、女は恐怖に満ちた目で私を見返してきたの。
一杯苦痛の涙をためてね。
「王子様を見つめるその目は、もう必要ないわね」
女の背中に馬乗りになると、長い髪を掴んで頭をあげさせたわ。
「貴女が王子様を見つめるたびに、私の王子様が汚れるのよ!」
短剣を逆手に持ち替えると、女の顔にあてて一気に引き切ったの。
美しかった女の顔に、もう一つ口が開いたみたいな感じよ。
耳と耳との間にね。
耳? そう言えば、もうこんなモノ要らないわよね?
髪から手を離すと、左耳の付け根の部分に刃で切り込みを入れると、力任せに引っ張っていった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……!!」
あらヤダ。口がきけないはずなのに、痛みのせいかしら?
どうしましょう?

もっとゆっくり楽しみたいのだけれど、空も白みかけてきている事だし、そろそろ潮時かしら?
「残念ね、もっともっと貴女と遊びたかったのに。でも、時間だから仕方がないわ」
私はもう一度女の髪を掴むと、頭を反らせて喉を露わにした。
白い白い、滑らかな肌。
女の私が嫉妬する程に美しい肌。
その肌にあてた短剣の刃を、私は躊躇いもなく引いたの。
真っ赤な、この世で最もキレイだと感じる真っ赤な血が噴き出る。

ああ、すごくキレイ!
人間ではなくとも、流れる血は赤いのね。
初めて知ったわ。
ヒクヒクと痙攣を繰り返す女の体を、爪先で蹴って引っくり返すと、私は女の胴着を短剣で切り裂いた。
ドレスで隠されていた双丘が現れる。
左胸に短剣を刺すと、刃は易々と肌を開いていく。
これだけ血を浴びた後なのに、ぬめる事もなく脂で鈍くなる事もないなんて、さすがは海の魔女の造った短剣ね。
これからも使わせてもらう事にしましょう。

肋骨に守られた心臓。
へえ、やっぱり人魚にも心臓があるのね。
新しい発見が一杯だわ。
でも、この短剣。骨は切れるのかしら?
試しに肋骨の一本に刃を当てると、少し力は必要なものの、切れない訳ではない事が分かったわ。
邪魔な骨を全て切り離すと、今はもう動きを止めている心臓を、胸の穴から抜き取ったの。
この「人魚姫」と呼ばれる女が、王子様の前から消えた事を分かってもらわなくちゃいけないでしょう?
だから、その証拠の品として王子様に見てもらわなくちゃ。
でも心臓だけじゃ、誰のものか分からないかしら?
私は女の髪を一掴み握ると、力任せに引っ張った。
なのに、髪を引っ張ると女の頭もついてくるから、足で押さえてやったわ。
ぶちぶちっ!
びちっ、びちっ!


【本当のこと】

動かなくなった女の体を、バルコニーから海へ放り込むと、ちょうど水平線から太陽が顔を出したの。
持ち上げやすいように、手足を切り離しておいて良かったわ。
じゃあね、「人魚姫」。
海の泡になって、私の前から永遠に消えてちょうだい。
私はウキウキと鼻歌まじりに王子様の部屋へ向かったの。

ノックもなしに王子様の部屋に入ると、何も知らない王子様はまだベッドの中で、すやすやと眠っていたわ。
可愛らしい寝顔だこと。
自分が愛した女がどうなったかも知らずに、どんな夢を見ているのかしら?
私は王子様のベッドに腰掛けると、女の血に濡れた手で彼の頬を撫でたの。
優しく、優しくね。
夢見心地の王子様が薄く目を開けて、自分の顔に指で触れるのを、微笑みながら私はじっと見ていたわ。
どんな顔を見せてくれるのかしら?
王子様は肌の違和感に気が付いたんじゃなぁい?
まだ半分眠った状態のまま、自分の顔に指を這わせて、その指を目の前に。
そして自分の指が赤く染まっているのに気付いて、深い緑色の瞳を見開いた。
うふふ、この表情、好きよ。

「これは? この血は何なのです、王女よ!?」
ベッドの布団を跳ね除け、王子様は飛び起きた。
そんな王子様の目の前に、鮮血に塗れた心臓を差し出して見せたの。
「おはようございます、王子様。今朝はステキなお報せをお持ちしましたのよ」
こぼれんばかりに目を見開いて、王子様は私の手の上の心臓を見つめていたわ。
「こ、この心臓は一体?」
声を震わせながら、それでも心臓から目を離せずにいる王子様に、私はゆっくりと説明してあげたの。
「王子様が姫と呼んでいたあの女は、本当は人魚でしたのよ。私、聞いてしまいましたの。あの女の姉妹である人魚達が、海の魔女に造らせた短剣を渡し、王子様と結ばれなければ海の泡になって消えてしまうと。それを逃れるためには、短剣で王子様の心臓を刺し、その血を足にかけなければいけないんですって。ですから私が、王子様のお命をお守りしたのですわ」
私の話を聞いていた王子様の目に、みるみる涙が溢れてきたの。
「それで──それで姫は、どうしたのだ?」
どうしたのだ、何て、おかしな質問をされるのね、王子様。
心臓がここにあるんですもの。
言わなくても、分かりそうなもんじゃない?

「私が始末しておきましたわ。こんな事で、王子様のお手をわずらわせる訳には、参りませんもの」
そう言って、もう一方の手に持っていた、あの女の髪を見せて差し上げたわ。
皮膚片のついたままの血に染まった金色の髪の束。
王子様はブルブルと震える手で髪の束を受け取ると、握り締めて泣き始めたの。
あら、命を助けてくれた私に対する涙なのかしら。

「姫の、姫の亡骸なきがらはいかがされたのか、王女よ?」
なぁに、まだそんなに、あの女の事が気になる訳?
私はちょっと気分を害して、それでも我慢して答えたわ。
だって愛しい王子様の質問ですものね。
「海へ捨てましたわ。今頃は、泡となって漂っている事でしょう。王子様のお命を狙う不届き者を、ちゃんと罰した証に心臓と髪をお持ちしたのですわ」
王子様はそれを聞き終わると、食い縛った歯の隙間から押し出すように嗚咽を漏らし始めたの。
「さあ、もう安心ですわ。貴方様と私の結婚式は、つつがなく執り行われますわね」
嬉しくてそう告げた私に、王子様は涙に濡れた顔をあげた。
肖像画で見たよりも、実際に会った時よりも、今見ているお顔の方が、何倍もステキ。
ぞくぞくしちゃうわ。

「貴女は、何という事をしてくれたのだ! 私が愛しく大事に思っていた姫を、貴女は!」
王子様の深緑の瞳にあるのは、私に対する憎悪?
どうして?
どうして、そんな目で私を見るの?
私は王子様の命を助けたのよ?
「何をおっしゃっているのか、良く分かりませんわ」
私が両手を広げて王子様に近付こうとすると、王子様はベッドから飛び降りて、私から離れようとしたのよ。
信じられる?
「私は王子様を殺そうとしていたあの女から、貴方様のお命をお守りしたんですのよ?」
なのに、どうしてそんな目で私を見るの?
「姫になら、私は殺されても良かったのだ。愛する姫と添えぬなら、いっそ、あの人の手にかかって死にたかった。共に死ねば、あの世で姫と添えたかも知れぬものを。なのに、なぜ、姫を殺したのです、王女よ!?」

ああ、何だか、どうでも良くなって来たわ。


【私のこと】

「簡単な事でしょう? 邪魔だからですわ。私と王子様の婚姻の邪魔だからですわ。そんな事も、お分かりにならないんですの? 王子様、貴方様は私と結婚なさるのでしょう? なのに、あんな女に心をお寄せになるから、こんな事になるのです」
物分りの悪い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、はっきりと言ってやったわ。
「私は王子様と結婚するために、この国へやって参りました。貴方様は、私のものですわ。他の誰にも渡しはしませんわ。私は自分が欲しいもののためなら、手段を選びませんの」
そんな簡単な事も、お分かりにならないなんて、ガッカリですわ。
「ただ、ただそれだけのために、貴女は姫を殺されたと言うのかっ!」
「それだけ? 一番大事な事だと存じますが? お忘れかもしれませんが、王子様にこの婚姻を断る権利は、ございませんのよ。そんな事をすれば、私の父が大軍をもって攻めて参りましょうから。このような小国、一夜にして滅ぼされてしまうでしょう」
王子様は唇を噛んで、俯いてしまわれたわ。

あら、いやだ。
苛め過ぎてしまったかしら?
「まあ、よろしいじゃありませんか。結婚して一緒に暮らすようになれば、あんな女の事なんて忘れてしまいますわ。共に国を治めていく運命なんですもの。時間はかかるかも知れませんが、王子様も私を愛して下さるようになりますわ」
そうよ、時間はたっぷりあるんですもの。
王子様だって、私の魅力に気付くでしょう。

「あり得ない……」
何ですって?
王子様、今、何とおっしゃったの?
「良く聞こえなかったのですけれど、今、何と?」
「あり得ないと、申し上げた」
王子様はすっくと立ち上がって、怒りに満ちた目で私を睨みながら言ったのよ。
「この先、どれだけ時間が経ったとしても、私が王女を愛する事など、あり得ない。王女よ、貴女は今、私の心をも殺したのだ」

ああ、もう!
本当に、面倒臭くなってきたわ。

「そうですの。私を愛しては下さらないのですね。あくまでも、あの女を愛するとおっしゃるのですね。人ではない、人魚である、あの女を。そこまで、私を拒まれると」
「王女よ、貴女は確かに姿形は美しかろう。しかし、その内側にあるものは、見るも無残に腐ったものだ。おぞましく、醜く、歪んだものだ。そのような貴女を愛する者など、この世には一人もおりますまい」
「あはははは──! ああ、もうどうでもいいわ! せっかく、この私が愛してあげようと言っているのに、どうして、こうも分からずやなのかしら?」

私はドレスの裾に隠していた短剣を取り出して、そのすべらかな刃を見つめた。
あれだけ、女の体を刻んだ後だと言うのに、刃こぼれ一つ、血曇り一つないなんて、大したものだわ。
「そんなに、あの女の許へ行きたいのでしたら、私が送って差し上げますわ。あの世へでもどこへでも、好きな所へ行って、二人仲良くすればよろしいでしょう」
言葉が終わらないうちに間合いを詰めると、私は短剣の刃を柄まで王子様の胸に埋め込んだの。
王子様は叫びもあげず、自分の胸から生えた短剣の柄と、それを握る私を見て、何か言いたそうに口をパクパクさせた後、崩れ落ちるように倒れていったわ。

「お馬鹿な王子様。私の事を見ていれば、こんなことにならずに済んだのに」
倒れた王子様の体をしげしげと眺めて、私はつぶやいたわ。
「そうねぇ。いつもなら瞳と舌だけを持ち帰るんだけど……。王子様の事は気に入ったから、首ごと持って行きましょう。それがいいわ」
短剣を引き抜くと、王子様の胸から鮮血が飛び散ったの。
まだ温かい、王子様の血がね。
私は頬にかかったその血を指で拭うと、うっとりと舌で舐め取った。

「愛しい、愛しい、王子様。一緒に私の城へ帰りましょう」
私は王子様の首を切り落とすと、自分の部屋に置いてあった宝石箱の中から、ちょうどいい大きさの物を選び出したの。
その中へ魔女の短剣と王子様の首を一緒に収めると、まだ惰眠を貪っている侍女達を叩き起こして、馬車の用意をさせたわ。


【帰郷】
最低限の荷物だけをまとめると、王子様の首の入った宝石箱を抱えて馬車に乗り込んだの。
置いてきたドレスとかお化粧用具は惜しい気がしたけど、まあいいわ。
また、お父上に買ってもらえばいいんですもの。

城の門をくぐると、お父上が呆れた顔で足早にやって来たわ。
「またか? またなのか?」
両手を広げ、天を見上げる大仰おおぎょうな姿で近寄ってくるお父上に、私はアゴをツンと反らして言ってさし上げたわ。
「あら、私が悪いんじゃなくてよ。相手が私を選ばなかっただけの話ですわ」
「これから、どうするつもりなんだ? 相手の国の王子を殺しておいて、放っておく訳にはいくまい」
「そんな事、いつものように攻め滅ぼせばよろしいんじゃありませんの? 領地も増えるし、王子様が死んだ事も有耶無耶になりますわよ」
それよりも、乾いた血のこびりついたドレスを、早く着替えたいんですけど。
流れる血は心地いいけれど、乾いたモノは最悪だわね。
お父上はため息をつくと、ガウンの裾をひるがえして奥へと戻って行った。

荷物を部屋へ運ぶように侍女に言いつけると、宝石箱を持ってお風呂へ向かったの。
バスタブに張られたお湯にバラの花びらを散らせると、足の先からゆっくりと浸かっていく。
あのドレスは、もうダメね。
気に入っていたけど、仕方がないわ。
血のシミは落ちないもの。
バラの香りのするお湯に全身を沈めると、ふうぅっと息をついて満足げに微笑む。
宝石箱の鍵を外すと、中から王子様の首を取り出して、血で汚れたお顔や髪を優しく洗ってあげたのよ。
バスタブの中のお湯は、透明から血の混じった淡いピンクへ変わっていったわ。

王子様、私の愛しい、王子様。
汚れを落とし、キレイになった王子様の深緑の瞳は、何も映してはいない。
──いいえ、王子様の瞳を見る、私の姿が映っているわ。
これからも、私以外を映す事はないのね。
色を失ってしまった形のいい唇に、ゆっくりとキスをする。
何もしゃべらない、何も見ない、私だけの王子様。
生きている時よりも、何倍もいいわ。
この王子様の首は、魔法使いに特別に造らせた、あのクリスタルの壷に入れて飾りましょう。
他の眼球や舌を入れて並べた壷の棚ではなく、首を並べたあの棚がいいわね。
それにしても、どうして私が好きになる王子様は、誰も彼も他の女に心を移すのかしら?

私を捨てて、茨の森に囲まれたお城の姫君を助けに行くのだと言い張った、血気盛んな王子様がいたわね。
ムカついたから、茨のムチで散々打ち据えた後、両目をくり抜いて茨の森に捨てて来てやったわ。
生い茂る、人の腕ほどもある茨の蔓に引っかかった彼の骸を、物欲しそうに烏達が見下ろしていたから、とっくに骨だけになっているかもね。
白い骨に絡みつく茨の蔓、そして対照的な赤い薔薇。
とても綺麗でしょうね。

どうしてもと請われて出向いた先の王子様は、事もあろうに、硝子の棺に納められた女の死体に心奪われていたのよ。
それこそ、あり得ないって感じだわ。
生きている女よりも、死んだ女の方がいいって、どういう事?
しかも、そんな王子様を私にあてがおうとするなんて無礼にも程があるわ。

硝子の靴の片方を持って、オロオロしている愚か者もいたわね。
両方とも、眼球と舌だけになって私の棚に並んでいるわ。

「私って、男運がないのかしら?」

ねぇ、王子様?
私がこんなに愛してあげていると言うのに、どうして皆、私を選ばないの?
私の何がいけないというのかしら?
まったく、理解できないわ。

もう一度、王子様の首にキスをすると、私はお湯から出てガウンをまとった。
どうせすぐに、お父上が別の縁談を用意するでしょう。
結局のところ、私がこうやって王子様達を殺して帰って来るたびに、お父上の領土が広がるのよ。
一番得をしているのは、本当のところ、お父上かも知れないわよ?

まあ、そんな事、どうだっていいわ。
今しばらくの間は、二人っきりで愛を楽しみましょう。
ね、王子様?


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