燈火が消える前に

蒼良

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4,継母

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「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」

継母って怖い

そんなイメージがおとぎ話にはある。

子供をいじめて死に至らしめる母親や虐待をする母親。そんな怖いニュースが世間を騒がせる。そして、世間はそんな子供を哀れに見、同情する。もし私だったらそんなことさせないのにと。

その反面、子供を授かれない、養子も取れない夫婦たちはこう思う。どうして彼女たちは親になれて自分たちは親になれないのかと。

だから、と彼女は思う。自分を捨てた母親の代わりになる母親なんてもういらないと。



「ねえ、香奈ちゃん、どのプリ機にする―?」

「えー?どれでもいいよ」

騒がしいゲームセンターの中で女の子たちは箱に群がって、きゃあきゃあと騒がしく出たり入ったりする。そのスカートは短くて動くたびにパンティがひょっこりと顔を出しそうであった。

中には、ちらほらと男の子も混じっていて、女の子と手を握り合っていた。「このリア充め」と彼女は思いながらも、友人が選んだ一つのボックスに入った。

プリをとるのは高校生にとっては日常茶飯事。遊ぶと言ったらまずゲーセンに足を踏み入れる。彼女もその一人だ。

彼女はプリ機の指示に従いながらもポーズを取って、お得意の営業スマイルを浮かべた。


彼女の通っている高校は有名な進学校であった。この県に住む人は誰もがそこの高校の名前を出すと「頭がいいんだね」と言う。その言葉に得意になって、受かった当時は天狗になっていた。高校に入る前の中学でもテストでは常に3位以内には入っていたのだから、彼女は自分は頭がいいものなのだと勝手に思っていた。

しかし、高校に入って彼女は現実を突きつけられた。はじめに行われたテストで、彼女は初めて半分よりも下の成績をとったのである。彼女はその成績を見て、床にたたきつけられた心地がした。

その上、彼女は学内において一位の生徒と言われた花井と出くわして、また打撃を食らったのである。その彼女はかわいくて美しかった。そして、スポーツも万能でテニスで県大会一位の成績まで持っていた。

これぞ完璧な女だったのである。

それからというもの彼女は、自分を恥じるようになった。
決して頭がいいわけでもなく、才能があるわけでもなく、彼女は凡人だったのだと。そんな彼女が努力したところで超人には勝てないのだと。


そして、今に至るのである。中学時代に絡んでいた学年一馬鹿と言われた女の子と一般的な女子高校生のように遊んでいる。頭のいい女の子はプリを撮りまくるなんてしないし、LINEのトプ画をプリの盛れ盛れの写真にもしない。それをわかっていながらも、彼女はそんな優等生なイメージを壊すかのようにすべて実行した。自棄になっていた。その言葉の方がしっくりくるかもしれない。

彼女はこうして、勉強もせず優等生からお馬鹿へと降格していった。




そんなある日のことである。彼女は高校の部活が終わって帰宅の帰路につこうとしていた。午後7時をまわったせいで辺りはすっかり日が暮れていた。彼女は下駄箱で靴を履き替え、カバンを背負った。

「掛井さん」

彼女は振り返った。そこには黒髪ロングをなびかせた同じクラスの花井が立っていた。

「花井さん、どうかしたの?」

「靴が見当たらなくて」

泣きそうな目で見つめてくる花井を見て彼女はあわてたようにティッシュを差し出した。

「泣かないで。靴がないってどういうこと?」

「さっき、忘れ物をしてあわててそこの下駄箱の前で脱いで、それですぐ戻るしいいかと思ってそのまま急いで教室に向かって、帰ってきたら無くなっていたの」

「ってことは、誰かが履き間違えて帰っちゃったのかな?」

彼女は首をかしげながらもそう言った。靴を履き間違えるなんてことあるだろうか。何千種類と靴もあるのに?そして、いじめという言葉が彼女の脳裏をよぎった。しかし、頭のいい高校でいじめをする輩は見たことがないし、もし嫌っていたとしたら完璧にばれないような手段をとるだろう。それこそ上手く関わらないようにするとか、上辺だけの関係を持って上手く振る舞うとか。

「とりあえず、先生とかには言った?」

花井は首を振った。

「言わないの?もう遅いし、早く帰らないと駄目だからとりあえず今日は先生に報告だけして外履き履いて帰ったら?」

彼女の言葉に花井は躊躇っていたが、意を決したように頷いた。

「そうだね。ありがとう。掛井さん」

花井さんはそういうと、髪をなびかせて職員室へと向かっていった。彼女は、そんな花井を見てため息をついた。息が詰まりそうであった。彼女自身、花井のことは嫌いではないが、やはり苦手意識があったからだ。なんでもこなす花井を見ていると嫉妬や妬みがわいてくる。しかし、そんな感情を持っていてもいじめや無視といった虫けらがすることだけはしたくなかった。

彼女はため息をつくと、やっとのことで帰路についた。




次の日、彼女が学校へ登校してくると、花井の周りに女の子たちが群がっていた。それは、いつも通りの光景であったが、彼女からみると違和感があった。昨日の彼女は泣きそうな目をして誰かにすがりたいような目をしていた。しかし、今日はそれが微塵も感じられなかったためだ。まるで昨日のことなんてなかったかのように、花井は和気あいあいとした輪の中にいた。彼女はそんな輩を目の端に置きながら、鞄の中身を片付けた。

「美香、おはよう」

友達が通りざまにばしっと彼女の肩を叩いて通り過ぎて言った。彼女はそんな元気な友人に「やめてよー」と冗談交じりにでかい声で言いながらけらけらと笑った。

何一つ代わり映えしない日常だった。でも、何かが違った。彼女は何かにまとわりつかれたようなそんな感覚を覚えた。気持ち悪くて手で払うも、その感覚は消えなかった。

その違和感の理由がわかったのは、下校時間であった。彼女が昨日のように下駄箱で靴を履き替えていると、昨日と同じように髪をなびかせて、花井がやってきた。そして彼女を見つけるとにっこりと笑った。

「掛井さん、昨日はありがとう。おかげで靴見つかったんだ」

「へえ、そっか、よかったね」

彼女は愛想笑いをしてそう答えた。

「掛井さんさ、この後、ちょっと寄り道できないかな?」

彼女は怪訝な顔をして花井を見た。花井は相変わらず美しいほほえみで彼女を見ていた。

「なんか、付き合ってほしいところでもあるの?」

「うん、まあ。なんというか、もうちょっとお話したいなと思って」

彼女はさっとスマートフォンをとりだして、電源を点けた。そこには“19時21分”と刻まれていた。

「私の家、門限厳しくてさ。20時までには帰らなきゃいけないんだけど…」

「じゃあ、一緒に帰ろう?」

「え、家って一緒な方向だっけ?」

彼女は混乱して花井を見た。彼女は花井と一緒に帰ったことは勿論なかったし、帰り道に花井を見かけたこともなかったからだ。

「うん、そうだよ」

彼女は帰り道が一緒な方向なら、花井のことが苦手であっても一緒に帰るのは仕方がないと思って頷いた。

「いいよ」

その言葉に花井はにこりと笑った。白い歯が暗い中で光って不気味だった。


彼女たちは夜道を歩きながら、他愛もない話をした。それは、学校の授業に始まり、先生たちの変な趣味や話し方、部活の顧問の禿具合といった、取るに足らない内容だった。彼女は割とそんな花井との会話を楽しんでいた。花井の話し方は嫌味がなかったし、サラリとしていて聞き心地が良かった。

こうして、彼女の方が先に家についた。

「ここが、私の家」

彼女は自分の家を手で指して言った。家は人の気配もなく静まりかえっていた。父親はまだ帰っていないらしかった。

「うん、知ってる」

「え?」

彼女は花井のその言葉に思わずつぶやいた。

「なんで知ってるの?」

「だって、話で聞いていたから」

「話って、だれから?」

「お母さんから」

彼女は、時が止まったような気がした。“お母さん”という言葉の響きがやけに頭の中で反響した。

「言ってもいいかわからなかったんだけどね。お母さんには他に子供がいて、義理のお姉ちゃんだよって言われていたの。その人が同じ高校で、同じクラスにいるとは思わなかったけど、私はうれ…」

「最悪」

彼女はそうつぶやいた。嫌悪感に押しつぶされそうになりながらもきっと花井を睨みつけた。こんな何もかも完璧な人には、何もかも完璧な環境があって生活があって、そして家族がいて。

それに比べて彼女は―――。



その時、彼女は今日一日中覚えていた違和感の理由を悟ったのである。

花井の目から放たれる彼女に対する好奇の色が原因だと―――。








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