狐に娶られる猫~昔の夫を忘れられない猫は大妖狐に魅入られる~

村雨 妖

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8.狐の屋敷(1)

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 四半刻ほど休息をとらせてもらえることになると、弥生は岩に腰をかけ、眠りについた。妖力の回復を早めるのには睡眠をとる事が一番だ。いつもなら警戒して眠りは浅いのだが、大和と撫子には全てをばらしてしまったせいか、不思議と深く眠る事ができた。
 時刻になると弥生の目がぱちりと開く。術を使うだけの妖力が戻っているかを確認すると、どうやら十二分に回復できているようだった。
 弥生が夫だった人間に姿を変えると、3人は大和が治める屋敷へと向かい歩き出した。




 屋敷が見えてくるや否や、弥生の顔は引きつる事になった。

「あはは……まさか、こんなところにあったなんて」

 屋敷の大きさにも驚いたけれど、なにより自分たちが先ほどまでいた場所から目と鼻の先だったことに驚いた。早々に追いつかれても何ら不思議もない距離だ。
 立派な屋敷からは何人もの妖怪の気配が感じとれる。屋敷を維持するのに必要な使用人たちの気配だろう。
 大和は門をくぐってすぐの石畳の上で足を止めた。

「ここが柳之宮の本邸だ。お前も今日からここで暮らすことになる。部屋も与える。用意が出来次第案内させるから、それまでは撫子に屋敷内を案内してもらうといい」
「わかった……いや、わかりました。ところで、僕はあなたの事を何とお呼びしたらいいのでしょう。主従ですし、ご主人様ですか?」

 これまではさして気にしていなかったけれど、ここからは主従の関係の線引きをしっかりとした方が良いだろう。大和に仕える者達のいる屋敷の中で先までの振る舞いをしては浮いてしまう。そう思った弥生はかしこまった言い方へと言い直した。
 だが大和にはお気に召さなかったようで眉間に皺が寄った。

「大和でいい。あと、かしこまった口調もやめろ」
「けど、大和様は主人です。あまり人前で砕けた言葉を使っていては」
「かまわん。これは命令だ、弥彦」

 命令と言われては逆らいようがない。下手に反抗しては自分が苦しむだけだ。
 弥生は大きく溜め息をついた。

「じゃあ、わかったよ」
「それでいい」

 弥生の諦めの言葉を聞いた大和の笑みが、これまでで一番柔らかかったように見えた。

(こんなに優しい顔もできるのか)

 その柔らかさが昔向けられていた大切な人の表情と重なり、思わず胸の鼓動が大きくなった。
 弥生はハッとした。似ても似つかないこの男に胸を高鳴らせてしまうなど、夫に対する裏切りだ。邪念を払うため弥生は大きく頭を左右に振った。
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