狐に娶られる猫~昔の夫を忘れられない猫は大妖狐に魅入られる~

村雨 妖

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7.猫の昔話(4)

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 弥彦ざまは、ヒック、ぞの方の事を、心から、ヒック、愛じて、おられだのですね」
「えーっと、そこまで泣くほどの事じゃ……」

 予定外の同情を買ってしまったものだと、弥生は苦笑いした。
 するといつの間にか弥生に視線を向けていた大和と目が合った。

「撫子は恋物語を好んで、よくこうなっている。気にするな」
「感情移入できる恋物語のような話し方はしてなかったはずなんだけどねえ」
「想像力がたくまし過ぎるんだ、撫子は。あと、お前の話を聞いて思い出したのだが、おそらく術の正体は写身うつしみという儀式に近い術だろう。長い時間と膨大な妖力を使い、対象物を己に近しい物へと変貌させ、取り込む術だ。かかる手間暇に対して利点がほぼないため、今では術の存在自体覚えている者も少ない」
「それは、危険な術だったりするのかい? 使い続けたら命の危険があるとか」
「いや。妖力の消費が膨大なだけで、弊害はなかったはずだ」
「……そうかい」

 これまで得体の知れなかった術に危険がない事を知り、安心したような、残念なような複雑な感覚に心が支配される。

(知らないままだった方が幸せだったかもしれないね)

 この術が弥生の一方的な思いから起きた術だと知らされるより、夫からの贈り物だと思ったまま、彼の迎えを今か今かと待ち続ける日々の方が良かったように感じたのだった。
 弥生が浮かない顔をしていると、それを見ていた大和が口を開いた。

「本来は知らず知らずのうちに使える術ではないんだが、おそらくそれで間違いないだろう。お前のその男への愛とやらがあった故に成せた術、といったところだな」
「そう、なのかね。それなら嬉しいよ」

 大和は励まそうとしたのか、感心しているように弥生の事を見ていた。その視線にむず痒くなり、弥生ははにかんで笑った。

「まあ、とりえずお前の事情は分かった」
「それじゃあ!」

 大和の切り出しに、弥生は顔をパッと輝かせる。

「が、俺はめいを撤回するつもりもない」
「そ、れは……あんまりじゃないかな? 僕の正体が女だと分かった今、彼女が僕との婚姻を受け入れるとは思えないよ」

 突然女の姿のまま言葉だけが男仕様に戻っても、大和も撫子も気にしている様子はない。
 命令の撤回を期待して待っていると、大和がフッと笑った。

「なら本人に聞いてみればいいだけの話だ。撫子、お前はどうしたい? こいつが女だと知って己の言を全て撤回するか?」

 大和が撫子に「どうだ?」と視線を送るが、彼女は迷いなく首を横に振った。

「いえ。私は弥彦様が本当は女性であろうとかまいません。たしかに私は弥彦様の姿に一目で恋に落ちました。けれど、今は弥彦様のお優しい妖怪柄もお慕いしている理由ですから」

 凛とした声に、嘘を並べ立てているわけではない事はわかった。
 好かれるのは悪い気はしない。けれど弥生にとってはこれが嘘だった方がありがたかった。
 大和が得意げに弥生の方に視線を戻す。

「だそうだ。撫子は好きだと思えばのめり込んでいく性格だ。この話は終わり、異論は認めん」

 何故ここまで弥生を撫子の婚約者にとこだわるのは謎だけれど、どうにも、何を言っても撤回する気はなさそうだ。従うしかなさそうだ。

「はあぁ……わかったよ。君の言う通り、彼女の婚約者候補になれば文句はないんだろう?」
「ああ、それでいい。覚悟が決まったなら、屋敷へ戻るぞ。さっそくだが、お前は俺と撫子の警護に専念しろ」

 それくらいどうという事はないと思いはしたものの、弥生は問題が1つある事を思い出した。

「えーっと、それはかまわないんだけど、少し待ってくれないかな?」
「どうした?」
「あっちの姿に戻るための妖力が少しばかり足りてなくてさ。この姿だとやたら妖怪目ひとめにつくから、少し妖力を回復させるための時間が欲しいんだ」
「どちらにしても目を引くと思うが……」

 大和の視線が胸元に向いた。

「まあ男の姿の方がマシだろう」
「わるいね、恩に着るよ」

 男でいる方が長いせいか、よほどいやらし目つきでなければ、はだけた胸元を見られても何とも思わなくなっていた。ただ、自分は良くとも妖怪の集まる、とくに身分の高い妖怪の集まる場にこの着崩れた姿をさらすのは心証が悪い。はだけた胸を隠すには男になるのが一番手っ取り早いのだ。
 というのは建前で、ただ自分が夫の気配を身近に感じていたいが故に弥生は男の姿に戻りたかったのだった。
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