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11.狐の婚姻の裏話(2)
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「容姿云々は置いておいても、有能な世継ぎが欲しいなら、一番手っ取り早いからね、僕みたいな存在は」
獣妖怪は、両親それぞれの尾が多いほど優秀な子が生まれやすい。故に家門を構える当主たちは皆尾の多い女性を嫁に迎えようと情報を張り巡らせている。現状で最も多い尾の数の女性は4尾。8尾の女など争いの種にしかならない。
弥生もこの事は知っている。どこかの嫁の座に落ち着けば優雅な生活が待っているのだろう。だとしても、火種になどなりたくはないし、なにより姿だけになってしまった夫との生活を手放したくはなかった。
「まあ、そういうことだ。撫子が俺のところに嫁ぎたくないというのなら、好いたこいつを引き込んだ上で預けるほかないだろう。身分さえ与えれば、管桜の当主も納得するはずだ」
大和の仕方なしの決定の言葉に、昭人も納得はしていないようだが頷いた。
「そう、ですね。白紙になったからと言って、ろくでもない鼠に嫁がせるような事になってはなりませんし」
「え? ちょっと待ってよ。なんでそこで鼠が出てくるんだい?」
話の文脈が理解できずに弥生が首を傾げていると、大和は難しい表情で考え込んだ。疑問の答えを告げるかどうか思案しているのだろう。
「……そうだな。お前も当事者になる。話しておいた方がいいだろう。実は、俺が管桜に婚約話を持ち掛ける前、撫子には鼠のある家門の当主との婚約が進んでいたんだ」
「えっ。大和様は横槍を入れたのかい?」
「そいつがまともな男なら俺も口出しすることはなかった。それに俺も見合いだのなんだのが煩わしくなっていてだな。撫子なら俺の性格を知っているし、兄として慕ってくれてはいても男として好いているわけではない。俺としてもそれは都合が良いので、嫁に貰えないかと管桜の当主に相談しに行ったのだが……」
大和が言いにくそうに口ごもる。思い返せば撫子は自身が大和の事を恋い慕う相手ではないから選ばれたという事を知っていた。つまりはそういう事だろう。
「で、そこを撫子さんに聞かれてしまったってわけだね」
「ああ、そうだ」
「はぁ……大和様も撫子さんの夢を知っていたんだろう? 恋に夢見る乙女の気持ちを蔑ろにするなんて、ひどい男だよね、君」
事情有りきなのをわかりながらも呆れたように言うと、大和はなんともばつの悪そうな顔になる。
「だがお前も知っているだろう。鼠の家門はどこも地位・権威に貪欲だ。より妖力を持った跡取りを産ませるため、妖力を持った嫁を集めている。お前が気づいているかはわからないが、撫子は4尾。女の中では、かなり妖力を持っている方だ。あのまま嫁がせていれば、撫子は子を産ませるための道具に成り果てていただろう」
「そんなのが相手なら、ただ断ればいいだけの話だったんじゃないのかな?」
「そうできなかったんだ」
「……何故だい?」
「少し前に管桜が治める町に鬼の野党が入り込んでな。本来なら領内の問題は当主が収めなければならないのだが、丁度その時当主は不在。次期当主である撫子の兄がその任に当たったのだが、力及ばず甚大な被害を出してしまった。死者も多く管桜への信頼は落ち、町を復興させるために莫大な金も必要になった。俺も助けてやりたかったが、種の長という立場上、理由もなく1つの家門に肩入れすることができない。それを嗅ぎつけた鼠が撫子を嫁に差し出せばいくらでも援助してやると持ち出し、金に困っていた当主は町のため泣く泣く差し出す事にしたんだ。それを聞きつけた俺が慌てて横槍を入れる形で娶った、というのがこの婚約のあらましだ」
撫子の婚約の背景から、思っていた以上の重たい事情が飛び出してきて、弥生もすぐには言葉を返せなかった。
都合がいいとは言っていたが、大和としても互いに不本意な婚姻など、本当は結びたくはなかっただろう。下手をすれば撫子からの信頼を失っていた可能性だってあり得る。それでも撫子を不幸になるとわかっている未来から救い出したかった。なんとも優しい兄だ。
そう思うと、少しだけ弥生の表情は柔らかくなる。
「なるほどね、鼠の力を借りるより、同族の長との繋がりを持った方が地位を落とさずに済む。むしろ利点しかない」
「そういうことだ。俺としても今の家門の力関係を上下させたくはなくてな。お前にも後々学ばせることになると思うが、狐の間で少しごたごたが起きているんだ」
「ふーん。そうなんだ」
立場のある者として、それは仕方のない事なのだろうとは思う。そうは言っても、恋い慕う相手との婚姻を夢見る撫子が置かれていた立場だと思うと心苦しくなる話だ。
仲の良い兄のような存在の大和からでさえ逃げ出してしまうような子なのだ。愛の欠片を持たない、それどころか女性を跡継ぎを産ませるための道具としか考えていないような鼠の元へと嫁がされていたらと考えると、同じ女としてもぞっとする。
獣妖怪は、両親それぞれの尾が多いほど優秀な子が生まれやすい。故に家門を構える当主たちは皆尾の多い女性を嫁に迎えようと情報を張り巡らせている。現状で最も多い尾の数の女性は4尾。8尾の女など争いの種にしかならない。
弥生もこの事は知っている。どこかの嫁の座に落ち着けば優雅な生活が待っているのだろう。だとしても、火種になどなりたくはないし、なにより姿だけになってしまった夫との生活を手放したくはなかった。
「まあ、そういうことだ。撫子が俺のところに嫁ぎたくないというのなら、好いたこいつを引き込んだ上で預けるほかないだろう。身分さえ与えれば、管桜の当主も納得するはずだ」
大和の仕方なしの決定の言葉に、昭人も納得はしていないようだが頷いた。
「そう、ですね。白紙になったからと言って、ろくでもない鼠に嫁がせるような事になってはなりませんし」
「え? ちょっと待ってよ。なんでそこで鼠が出てくるんだい?」
話の文脈が理解できずに弥生が首を傾げていると、大和は難しい表情で考え込んだ。疑問の答えを告げるかどうか思案しているのだろう。
「……そうだな。お前も当事者になる。話しておいた方がいいだろう。実は、俺が管桜に婚約話を持ち掛ける前、撫子には鼠のある家門の当主との婚約が進んでいたんだ」
「えっ。大和様は横槍を入れたのかい?」
「そいつがまともな男なら俺も口出しすることはなかった。それに俺も見合いだのなんだのが煩わしくなっていてだな。撫子なら俺の性格を知っているし、兄として慕ってくれてはいても男として好いているわけではない。俺としてもそれは都合が良いので、嫁に貰えないかと管桜の当主に相談しに行ったのだが……」
大和が言いにくそうに口ごもる。思い返せば撫子は自身が大和の事を恋い慕う相手ではないから選ばれたという事を知っていた。つまりはそういう事だろう。
「で、そこを撫子さんに聞かれてしまったってわけだね」
「ああ、そうだ」
「はぁ……大和様も撫子さんの夢を知っていたんだろう? 恋に夢見る乙女の気持ちを蔑ろにするなんて、ひどい男だよね、君」
事情有りきなのをわかりながらも呆れたように言うと、大和はなんともばつの悪そうな顔になる。
「だがお前も知っているだろう。鼠の家門はどこも地位・権威に貪欲だ。より妖力を持った跡取りを産ませるため、妖力を持った嫁を集めている。お前が気づいているかはわからないが、撫子は4尾。女の中では、かなり妖力を持っている方だ。あのまま嫁がせていれば、撫子は子を産ませるための道具に成り果てていただろう」
「そんなのが相手なら、ただ断ればいいだけの話だったんじゃないのかな?」
「そうできなかったんだ」
「……何故だい?」
「少し前に管桜が治める町に鬼の野党が入り込んでな。本来なら領内の問題は当主が収めなければならないのだが、丁度その時当主は不在。次期当主である撫子の兄がその任に当たったのだが、力及ばず甚大な被害を出してしまった。死者も多く管桜への信頼は落ち、町を復興させるために莫大な金も必要になった。俺も助けてやりたかったが、種の長という立場上、理由もなく1つの家門に肩入れすることができない。それを嗅ぎつけた鼠が撫子を嫁に差し出せばいくらでも援助してやると持ち出し、金に困っていた当主は町のため泣く泣く差し出す事にしたんだ。それを聞きつけた俺が慌てて横槍を入れる形で娶った、というのがこの婚約のあらましだ」
撫子の婚約の背景から、思っていた以上の重たい事情が飛び出してきて、弥生もすぐには言葉を返せなかった。
都合がいいとは言っていたが、大和としても互いに不本意な婚姻など、本当は結びたくはなかっただろう。下手をすれば撫子からの信頼を失っていた可能性だってあり得る。それでも撫子を不幸になるとわかっている未来から救い出したかった。なんとも優しい兄だ。
そう思うと、少しだけ弥生の表情は柔らかくなる。
「なるほどね、鼠の力を借りるより、同族の長との繋がりを持った方が地位を落とさずに済む。むしろ利点しかない」
「そういうことだ。俺としても今の家門の力関係を上下させたくはなくてな。お前にも後々学ばせることになると思うが、狐の間で少しごたごたが起きているんだ」
「ふーん。そうなんだ」
立場のある者として、それは仕方のない事なのだろうとは思う。そうは言っても、恋い慕う相手との婚姻を夢見る撫子が置かれていた立場だと思うと心苦しくなる話だ。
仲の良い兄のような存在の大和からでさえ逃げ出してしまうような子なのだ。愛の欠片を持たない、それどころか女性を跡継ぎを産ませるための道具としか考えていないような鼠の元へと嫁がされていたらと考えると、同じ女としてもぞっとする。
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