狐に娶られる猫~昔の夫を忘れられない猫は大妖狐に魅入られる~

村雨 妖

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11.狐の婚姻の裏話(3)

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「ところでさっきの鼠族との婚姻が進んでたって話、撫子さんは知っているのかい?」
「いいや。管桜領内の問題で家が金策に困っている事は知っているだろうが、鼠との婚姻話は固まる前に俺が割り込んだから、知らないはずだ」
「なるほど。そっかそっか。なら、余計な話は黙っておいた方が良さそうだね。過ぎた話とはいえ、親に鼠の元へ売られそうになっていた上に、お兄様と婚姻は嫌だと逃げ出したものの、実はその婚姻が自分を守るためにお兄様が奔走してくれた結果だった、なんて知ったらあの子、傷つきそうだし」
「ああ。すまないがそうしてくれ」
「うん」

 弥生は切なげに微笑んだ。
 大和は頭を下げはしなかった。それでも、自分が守る御家のためにならなくとも、撫子の未来のために最善を尽くそうとする姿勢に、弥生は心打たれた。そしてその大和の姿が、弥生には昔の夫の姿と重なり、懐かしく、少し羨ましくも思えた。大和のような甲斐性はなくとも、自分のためだけに一生懸命になってくれるのが嬉しくて、愛おしかった。
 そんな感傷に浸っていると、ふともう1人の撫子思いの妖怪の存在を思い出す。互いに思いあえる夫婦という形を撫子が求めるのなら、大和よりも彼の方が適任だったのではないだろうか。

「あのさ、撫子さんの嫁ぎ先って、大和様じゃなくてもそこの眼鏡が名乗りを上げれば何の問題もなかったんじゃないかな? 彼、金も肩書もあるだろうに」
「誰が眼鏡だ‼ というかなぜ俺が撫子様と結婚するという話になる‼」

 動揺でもしたのか、昭人の今日一番の大声が出た。果たしてどこまでこの声が届いただろう。
 うるさいなと大袈裟に耳に手を当てながら、弥生は昭人に問いかける。

「じゃあ昭人。君は撫子さんの事が好きなんだろう? 根性見せて撫子さんに気持ちを伝えればこんな騒動は起きなかったし、僕が隷属させられることにもならなかった。撫子さんだって、昭人の本気が伝われば、絆されてくれたんじゃない?」
「なっ、でっ出来るわけないだろう、そんな事!」

 昭人は顔を真っ赤にして全力で拒否した。
 好きかという問いに否定していない事からして、撫子に思いを寄せているのは間違いなさそうだ。そうなると昭人の思いに気がついているはずの大和が、何故わざわざ自分で娶ろうとしたのか疑問が浮上してくる。彼の性格ならば昭人に打診しただろう。
 すると大和が蔑むように鼻で笑った。

「無理だ無理。昭人は俺が婚姻を結ぶまで嫁は貰わないと言い張るおくびょ……堅物だからな」
「誰が臆病者です! ただ、側近という立場上、主人より先に所帯を持つなどありえないという話なだけでしょう!」
孝臣たかおみは嫁を貰っただろう」
「あいつは忠義がなさすぎるんです!」

 言いながら、昭人は抗議するように畳に両手を叩きつける。彼にとってその孝臣という妖怪が結婚してしまったのがどうにも納得いかないらしい。
 弥生も、その孝臣という者がどういう立場にいるのかは、今の話の流れで理解できた。そうなると孝臣もこの場に呼ばれていてもおかしくはないはずだ。それなのにいないとなると、今度は逆に何故この場にいないのかという疑問が生じてくる。弥生はすかさず尋ねてみる事にした。

「ねえ、孝臣って?」
「俺のもう1人の側近で、武に長けた奴だ。最近嫁が身籠ったのだが、体調を崩してな。心配のし過ぎで気もそぞろになって役に立たないからから、しばらくの暇を出した」
「……もしかして、それも僕を隷属させた理由?」
「ああそうだ」

 弥生はがっくりと項垂れた。隷属の契りの話を持ち出された時は、使い潰される事を覚悟したが、やはりそうではなかったようだ。
 これまでの話を総合して考えると、狐族は何らかの問題を抱えていて、長である大和はそれに対応しないとならないが、有能な手足の一角である孝臣が一時的に抜けることになってしまった。しかし問題の早期解決のため彼の復帰を待つことはできず、その穴埋めが必要。そこに丁度いい妖怪材として弥生が現れたため目を付けた。そして確実に弥生を取り込むため、自身が勝てると確信した上で、弥生に手合わせで自分に勝つことができれば見逃してやると餌をぶら下げ誘惑し、そして敗北時の条件として隷属をねじ込んだ。そんなところだろう。
 そんな事なら、もっと早い段階で明かしてほしかった。
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