狐に娶られる猫~昔の夫を忘れられない猫は大妖狐に魅入られる~

村雨 妖

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11.狐の婚姻の裏話(4)

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「あのさ、そういう事情があるなら、まずは相談してくれないかな。正直面倒事にはかかわりたくはないけど、やらかした事の償いはするつもりだったし、協力したよ、僕」

 弥生はげんなりしながら告げる。
 大和達には迷惑をかけている身だ。隷属などなくとも、協力が必要だというなら悪事だと判断しない限りは手はかすし、途中で裏切ったりするほど非情でもない。
 そう思っていると大和が何か言いにくそうな顔をし、目を閉じた。

「たしかにお前が有能な妖怪材だと気付いて、取り込みたいと思いはした。が……なにせ会った直後のお前は胡散臭すぎた。信用を置けそうになかった故、裏切れないように隷属してしまおうと思ってな」
「えっ? 胡散臭いって、ひどくない⁉」
「当然だろう。見ず知らずの撫子の事をあれ程気に掛ける素振り。裏のあるやつだと思うに決まっている。実際、何もかもが偽りの姿だったしな」
「偽りって。僕はただ、彼といたかったから……ただ旦那様なら、困った女の子を放ってはおかないと思って……でも、アタシだって……」

 弥生は自身の全てを否定された感覚に、段々と俯いていった。
 たしかに姿どころか、性格までも昔の夫を装ってる。だからといって、何もかもを偽っているわけではない。夫がするだろうと思った事でも自身が嫌だと思った事はしない。したいと思ったからしているのだから。
 俯いた弥生をじっと見ていた大和が口を開く。

「まあだが、今は信用してもいいのではないかと思い始めてはいる。お前自身も性根の曲がった事をするようなやつではないのだろう。契りを使っての無理強いをするつもりはない」

 突然の肯定の言葉に、弥生はぱっと顔を上げる。
 この男の口から出た言葉の中ではずいぶんと好印象を持たれていると思える言葉だ。表情だってどことなく柔らかい。悪意はなかったとはいえ、婚礼の儀をかき乱した相手を前にしているというのに。
 大和がこんな器の大きな男だからこそ、周りは大きな信頼を彼に置いているのだろう。

「あの、それなら隷属の契り解消してくれないかな? 絶対逃げたりしない。約束する」

 弥生は真剣に願い出た。
 彼は狐の長。8尾というだけで地位も名誉も持たない弥生は、自身が対等になれる存在ではない事は百も承知だ。けれど対等にはなれなくとも、こんな術で縛る縛られるような関係ではなく、自分の意志で仕え、彼からの信頼を勝ち取ってみたい。契りで縛られた弥生ですら不思議とそんな気分にさせられていた。きっとそう思わせることが大和という妖怪の性質なのだろう。
 弥生の願いを聞いた大和は目を丸くして驚いていた。そしてしばらく思案した後、答えを告げる。

「……駄目だ」
「なっなんでさ。強制させる事はしないって言うなら、必要ないじゃないか!」
「駄目なものは駄目だ。信用できるかもしれないと思っているだけで、信用したわけではない」
「え、えぇ……そんな」

 弥生は再び項垂れる。
 けれど出会ってまだ2日。まだ信頼を得られる機会はいくらでもあるはずだ。弥生はぐっと手を握りしめた。
 大和が荒々しく立ち上がる。何故か苛立っている様子に、弥生も昭人も驚いた。

「話すべきことは話した。行くぞ、弥彦」
「行くって?」
「管桜の屋敷だ。お前と撫子の婚約の話をつけに行く」
「まさか僕も管桜の当主と会うのかい」
「当然だ。今のお前は金も地位も名誉もない。俺が推すとはいえ、せめてどのような者か見せなければ納得しないだろう。準備出来次第発つ。故にすぐに男に戻れ。それとその恰好で連れて行くわけにはいかないから、お前には俺の着物を貸してやる。すぐに着替えてこい。昭人は早馬を飛ばせ」

 昭人が「はい」と戸惑い気味に返事をすると大和は部屋を出る。そして丁度近くにいたらしい女中を捕まえ、弥生の部屋に着物を持っていくように命じたようだ。

「嘘だろう。何の心の準備もしてないんだけど」
「どちらにせよ撫子様を娶るなら通る道だ。側近になるのならこれくらいの事、すぐに覚悟を決めろ」
「そんなこと言われたって……」

 隣に立つ昭人を見ると先ほどまで向けられていた敵意はなく、悲し気な表情に変わっていた。やはり自分よりこの男と添い遂げた方が撫子も幸せになれるのではと思ってしまう。

「ねえ、昭人」
「なんだ」
「撫子さんとの婚約、代わらない?」
「……寝言は寝て言え」

 手刀で頭の頂を叩かれた。けれど痛くはない。事情を知り、多少なりとも側近仲間として認められたのかもしれない。不本意ながら撫子の婚約者としても。
 昭人もそのまま部屋を出て行った。大和の指示通り、書状を書きに行ったのだろう。弥生を管桜に紹介するための下準備の手紙を。

「候補とはいえ婚約か……やっぱり気が重いなぁ」

 弥生は瞬時に男に戻ると、どうしたものかと後ろ頭を掻きながらとぼとぼと部屋を後にした。
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