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14.狐の治める街(3)
大和の少し後ろを歩いていると、懐かしい香りが鼻をくすぐってきた。こちらの世界で嗅ぐことはないと思っていた香りが気になり、弥生はあたりを見回す。
「弥彦、これから行く仕立て屋は、既に出来上がった着物も置いているから、採寸後に2,3着好きなのを選んで、着替えてから帰れ。いいな」
弥生は香りの正体が、本当に自分が思っていたものなのかという疑問に囚われ、話しかけられていることに気が付けなかった。大和に許しをもらって、久々に食すのもいいのではと考えてしまっていた。けれど、撫子が待っている。あまり時間をかけてはいられない。
そんな返事をしない弥生に、大和は苛立つような声を出した。
「おい、弥彦! 聞いているのか!」
「あ、ああごめん」
弥生が慌てて答えると、大和の眉間に皺が寄った。声から主人を放って周りに気を取られていた事に怒っているのかと思ったが、どうも今の表情は怒っているというより、訝し気といった表情に近い。
「そんなに夢中で見回すほど、気になるのか? この町が」
「そうだね。多種多様な妖怪がたくさんいるっていうのも珍しいけど、和の国の料理じゃない、中華や西洋の食の香りが漂ってるのってかなり珍しいよね。人間界で食の修行した妖怪を、進んで招き入れているのかな?」
妖怪界は人間の恐れや恨み、畏怖や呪いの念から誕生した、人間の住む世界の裏側の世界と云われている。故に妖怪たちは、自分たちが暮らす世界を妖怪界と称するのに対し、表側の世界を人間界と呼んでいる。
妖怪界というのは、人間界に文化の違う地域があるように、それらの地域の対となる、いくつかの世界に分れているそうだ。もしかしたら別の世界は妖怪界などとは呼ばれていないかもしれない。そして創造された当初の対の地域の文化の影響を色濃く受けている。
弥生達のいるこの妖怪界は、人間界の和の国の対になる世界で、和の国の昔ながらの衣食住を主とした暮らしぶりをしている。
しかし時の流れとともに、景色は変わっていくものだ。和の国も他の国の影響を受け発展し、がらりと景色を変えた。けれど妖怪界はその時代の流れに逆らうがごとく、過去の和の国の姿を保ち続けていた。
人間界が変化しているのに、対といわれる妖怪界が変わらないのはなぜか。それは、多くの妖怪が人間界にさほど関心がなく、変わる事を敬遠する傾向にあるからだ。
習性上、人間にちょっかいをかけるために人間界へ出向く者や、人間に呼ばれ不本意に出向く者が稀にいるけれど、どの妖怪も今の和の国の姿を見ても「昔と変わった」とか、「全くの異世界だった」という感想を冷静に述べるくらいで、積極的に人間界に関わろうとする者はほとんどいなかった。故に昔の和の国になかった料理というのは珍しい。というよりも妖怪界では得体のしれないものなのだ。
にもかかわらず、弥生が香りの正体と、大和が推し進めている事を言い当てたからか、大和は少し意外そうな顔をした。
「よくわかったな。和の食事ではないのに」
「まあ、伊達に長く人間界で生活してないからね」
弥生は人間界で生まれ、今まで人間に紛れてのらりくらりと暮らしてきた。別に人間のやる事に関心があるわけではないのだが、ただそれが人間の夫を亡くした弥生にとって、自分への慰めだったからそうしてきた。おかげでそこらの妖怪よりは人間の文化に詳しい自信はある。
それに、いくら妖怪が今の人間たちの暮らしに関心を向けないといっても、全員が全員そうというわけではない。弥生のように人間界で長い時間を過ごした者も、少数派とはいえ、いるにはいるだろう。
「むこうでしか嗅いだことのない香りのする食事処がこんなにもあるんだから、そういう事なんじゃないかなって。人間界と妖怪界を行き来していれば、和の国の人間が他の国から取り入れた食文化に興味を持って、作ってみたいと思う者が少なからず出るのも当たり前。けど、保守的な考えが濃いこっちでは、新たな文化は敬遠されがちだ。折角得た技術を披露したくとも、行動に移せる者はそうそういない。店を開くには金がかかるし、下手をすれば変わり者の烙印を押されるから。大和様はそんな彼らに場所と機会を提供してあげたってところじゃないかな? うまくいけばいい噂になって、領土の活性化にもつながるだろうしね」
土地の長である大和が先導するのならと、意を決して自身の願望を叶えようと動く者は少なからず出てくる。そうなれば、はじめこそ敬遠されるだろうが、軌道に乗れば良い方へと転がると大和は踏んだはずだ。
すべての妖怪が保守的というわけでもない。変わったものを好む者たちが良い噂を広めてくれさえすれば、興味を持った妖怪が集まり、金も動く。結果栄えた町が出来上がる。和の国も、そうして今の栄えた姿へと、姿を変えていったのだ。
「弥彦、これから行く仕立て屋は、既に出来上がった着物も置いているから、採寸後に2,3着好きなのを選んで、着替えてから帰れ。いいな」
弥生は香りの正体が、本当に自分が思っていたものなのかという疑問に囚われ、話しかけられていることに気が付けなかった。大和に許しをもらって、久々に食すのもいいのではと考えてしまっていた。けれど、撫子が待っている。あまり時間をかけてはいられない。
そんな返事をしない弥生に、大和は苛立つような声を出した。
「おい、弥彦! 聞いているのか!」
「あ、ああごめん」
弥生が慌てて答えると、大和の眉間に皺が寄った。声から主人を放って周りに気を取られていた事に怒っているのかと思ったが、どうも今の表情は怒っているというより、訝し気といった表情に近い。
「そんなに夢中で見回すほど、気になるのか? この町が」
「そうだね。多種多様な妖怪がたくさんいるっていうのも珍しいけど、和の国の料理じゃない、中華や西洋の食の香りが漂ってるのってかなり珍しいよね。人間界で食の修行した妖怪を、進んで招き入れているのかな?」
妖怪界は人間の恐れや恨み、畏怖や呪いの念から誕生した、人間の住む世界の裏側の世界と云われている。故に妖怪たちは、自分たちが暮らす世界を妖怪界と称するのに対し、表側の世界を人間界と呼んでいる。
妖怪界というのは、人間界に文化の違う地域があるように、それらの地域の対となる、いくつかの世界に分れているそうだ。もしかしたら別の世界は妖怪界などとは呼ばれていないかもしれない。そして創造された当初の対の地域の文化の影響を色濃く受けている。
弥生達のいるこの妖怪界は、人間界の和の国の対になる世界で、和の国の昔ながらの衣食住を主とした暮らしぶりをしている。
しかし時の流れとともに、景色は変わっていくものだ。和の国も他の国の影響を受け発展し、がらりと景色を変えた。けれど妖怪界はその時代の流れに逆らうがごとく、過去の和の国の姿を保ち続けていた。
人間界が変化しているのに、対といわれる妖怪界が変わらないのはなぜか。それは、多くの妖怪が人間界にさほど関心がなく、変わる事を敬遠する傾向にあるからだ。
習性上、人間にちょっかいをかけるために人間界へ出向く者や、人間に呼ばれ不本意に出向く者が稀にいるけれど、どの妖怪も今の和の国の姿を見ても「昔と変わった」とか、「全くの異世界だった」という感想を冷静に述べるくらいで、積極的に人間界に関わろうとする者はほとんどいなかった。故に昔の和の国になかった料理というのは珍しい。というよりも妖怪界では得体のしれないものなのだ。
にもかかわらず、弥生が香りの正体と、大和が推し進めている事を言い当てたからか、大和は少し意外そうな顔をした。
「よくわかったな。和の食事ではないのに」
「まあ、伊達に長く人間界で生活してないからね」
弥生は人間界で生まれ、今まで人間に紛れてのらりくらりと暮らしてきた。別に人間のやる事に関心があるわけではないのだが、ただそれが人間の夫を亡くした弥生にとって、自分への慰めだったからそうしてきた。おかげでそこらの妖怪よりは人間の文化に詳しい自信はある。
それに、いくら妖怪が今の人間たちの暮らしに関心を向けないといっても、全員が全員そうというわけではない。弥生のように人間界で長い時間を過ごした者も、少数派とはいえ、いるにはいるだろう。
「むこうでしか嗅いだことのない香りのする食事処がこんなにもあるんだから、そういう事なんじゃないかなって。人間界と妖怪界を行き来していれば、和の国の人間が他の国から取り入れた食文化に興味を持って、作ってみたいと思う者が少なからず出るのも当たり前。けど、保守的な考えが濃いこっちでは、新たな文化は敬遠されがちだ。折角得た技術を披露したくとも、行動に移せる者はそうそういない。店を開くには金がかかるし、下手をすれば変わり者の烙印を押されるから。大和様はそんな彼らに場所と機会を提供してあげたってところじゃないかな? うまくいけばいい噂になって、領土の活性化にもつながるだろうしね」
土地の長である大和が先導するのならと、意を決して自身の願望を叶えようと動く者は少なからず出てくる。そうなれば、はじめこそ敬遠されるだろうが、軌道に乗れば良い方へと転がると大和は踏んだはずだ。
すべての妖怪が保守的というわけでもない。変わったものを好む者たちが良い噂を広めてくれさえすれば、興味を持った妖怪が集まり、金も動く。結果栄えた町が出来上がる。和の国も、そうして今の栄えた姿へと、姿を変えていったのだ。
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