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家族
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しばらく泣いた後、落ち着いてきたユキ姉は何の前置きもなく突然聞いてきた。
「ナツキ、あんたってこのヒトと籍入れたんだよね? 結婚式はもう挙げちゃったわけ?」
ユキ姉の表情は真剣そのものだった。
(今まで泣きまくってたのに切り替えの早いことで。我が姉ながら感心するよ)
私は問いに対して首を横に振って答えた。
「ううん。してないよ」
「じゃあ、いつするの? どこでするの?」
ユキ姉は私の両肩を掴んで、前のめりになって問いかけてくる。食いつき方が怖いくらいだ。
もしかして、私とフォスさんの結婚式に出席したいという事なのだろうか。
「き、決めてない。そもそも、まだそんな話したことないよ」
怒涛の出来事を超えてそのまま落ち着いてしまったせいか、結婚式のことなど忘れてしまっていた。
私の答えにユキ姉は信じられない物でも見たかのような顔をして声を張り上げた。
「はあ⁉ あんたバカじゃないの⁉ 結婚式って人生の一大イベントじゃない、バカ‼ それをあんたは……ほんとバカじゃないの⁉」
言われ慣れてはいるけど、たかだかそんなことで間を空けずに何度もバカと言われるのは納得いかない。
私も負けじと声を出した。
「も――‼ そんなにバカバカ言わないでよ‼ そもそも式挙げるかどうかなんてユキ姉には関係ないじゃん‼」
「はっ、これだからおしゃれも知らないおこちゃまは。人生で一度くらいきれいなドレスを着てみたいとも思わないなんて」
「なによ、それぐらい知ってるし! それとドレスは関係ないもん‼」
頬を膨らませて睨み合っていると、フォスさんに「落ち着け」と肩を叩かれた。
それで人前でろくでもない喧嘩を披露してしまったことに気がつき、気まずくなってお互いに目を逸らした。
場が落ち着くと、お母さんがユキ姉に向かって言った。
「ユキ。ナツキのドレス姿を楽しみにしてるからって言いすぎよ」
「ちょっとお母さん!」
ユキ姉の制止をよそに、お母さんは続けた。
「こうやって悪態ついてるけど、ナツキのことをとっても心配してたし、これじゃあナツキのドレス姿見られない―って、時々1人で嘆いてたんだから。この前、父親かってつっこんじゃったわよ」
お母さんから教えられた思いもよらない事実に、逸らしていた視線をユキ姉に戻した。
「そうなの?」
ユキ姉は本心をバラされたことでいたたまれなくなったらしく、「ふん」とそっぽを向いてしまった。
本当のことらしい。
(まさかユキ姉がシスコンだったなんて……そんなに楽しみにしてるっていうなら、しないわけにはいかないよなぁ)
とはいっても、私が式のお金を出せるわけじゃないから判断はフォスさんに委ねるしかない。
「ねえ、フォスさんどうするの?」
「どうするもなにも、元々するつもりでいたんだが。ただご家族に挨拶してから話を進めるでも問題ないかと思って言ってなかっただけだ」
その答えを聞いたユキ姉は、恐る恐る問いかけた。
「えーっと、私達を驚かせようと思って式の事を隠してたとかでも?」
「ないな。ただ単に後回しにしていただけだ」
「……」
ユキ姉の目が点になっている。よくわからないけれど、ユキ姉にとってはよほど衝撃的だったらしい。頭も抱えている。
そしてユキ姉は私に向かって手招きをしてきた。「なに?」と近づくと内緒話でもするかのように顔を寄せてきた。
「あんたにお似合いの相手だわ」
「え⁉ なんで⁉」
そう言われて言葉自体に悪い気はしなかったけど、言われ方になんとなくムッとした。
「正直言ってあんたと思考回路あんまり変わんない。なんというか、あのヒトも頭の中お花畑でしょ?」
「まあ、そんな気はするけど……ユキ姉、もしかして私のこともけなしてない?」
「ううん。けなしてない。あんたはそのままでいいからね」
「えー……」
ユキ姉の言葉に納得いかず顔をしかめていると、フォスさんに頭を撫でられた。たぶん話が聞こえてたのだろう。それに、私がモヤモヤしているのも察しているんだと思う。
フォスさんの顔を見ると、「気にするな」と言いたげな顔だった。
「そういうわけで、式についてはまた後日、手紙を送らせていただこうと思います。こちらの仕事の関係上、国からはなかなか出られないので、場所はグランソムニールで行うことになると思いますが」
「グランソムニール?」
聞き覚えのない地名に私は首を傾げた。
するとユキ姉が呆れた声が聞こえてきた。
「あんたね。今住んでるとこの地名ぐらい覚えなさいよ」
「え? あそこそんな名前だったの?」
「……」
覚えるどころかそもそも知ろうとする気もなかったことがバレ、またユキ姉にあきれられてしまったのだろうか。項垂れられただけで何も言ってこなかった。
(もしかして、ユキ姉にフォスさんと思考回路が変わらないって言われたのはこういうところだったりするのかな?)
私は苦笑した。
自分の家族とフォスさんとの今後についての話をしていると、ふとあることに気がついてしまった。
「そういえば、フォスさんの家族は? 私と籍入れること、なんて言ってるんですか? それに私もフォスさんのお父さんとお母さんにご挨拶しないといけないんじゃあ……」
フォスさんは困った顔をした。
聞いてはいけないことだったのだろうかと、心臓が嫌な鼓動を打った。
「俺の両親はすでに他界している」
「え?」
「今でこそグランソムニールにいるが、生まれはもっと治安の悪い国でな。両親は国同士の諍いに巻き込まれて命を落とした。俺は逃げ延びて今の地で孤児として拾われたんだ」
「え、あの、ごめんなさい」
フォスさんの表情といい、こういう話は触れられたくない話なんじゃないかと思って咄嗟に謝った。
するとフォスさんがまた頭を撫でてきた。
「な、なんですか?」
「謝ることはない。今はナツキがいるから1人ではないしな。話題に上がることもなかったし、そういう顔をさせたくはなかったから黙っていただけさっ……と」
フォスさんは私の腰を掴むと、親が子供に高い高いするかの如く抱え上げてきた。
「ちょ、お母さん達の前でこんな!」
「元気は出たか?」
「こ、子供扱いしないで下さい!」
「子供じゃなくて、嫁扱いなんだがな」
「もう!」
私を見上げるフォスさんの顔が幸せそうで、それ以上は何も言えなかった。
お母さんとユキ姉もびっくりしていたけれど、「ふふっ」言う声が聞こえてきた。2人に、私とフォスさんの仲は悪くないってことが伝わったのかもしれない。
だから私もいつの間にか、この状況を一緒になって笑っていた。
フォスさんは私の笑顔に満足したのか、ゆっくりと床に下ろしてくれた。
「さぁて、俺の親の話はもう終わりだ。もっとお互いについて話をしよう。お母上とナツキの姉君に俺のことを知ってもらわねばならんのでな」
「じゃあ、私から質問していいですか? えっと、フォスさんでしたよね?」
「ああ」
「じゃあ、フォスさんって………」
そこからは雑談とお互いへの質問タイム。
種族の違いやこんなことになった経緯はいったん置いておいて、それなりに楽しい時間を過ごせたと思う。
(こんな雰囲気も悪くないかな)
そんな時間はあっという間に過ぎていった。
外が暗くなって、夕飯を済ませ、お風呂に入った後も4人でテレビを見ながら雑談を続けていた。
お母さんもユキ姉もフォスさんと直接話をして、言うほど悪い人ではないという事はなんとなくわかってくれたみたいだ。
ただ、フォスさんが席を外した時にちらっと話に出たのだけど、「フォスさんって変なヒト」というのは共通の認識だった。
夜が更けてくると、それぞれの寝室へと別れることになった。
「ナツキは私と寝るんです!」
「いーや、ナツキは俺の嫁だ。俺の傍で寝るのが妥当だ」
「フォスさんはこれからだって一緒に寝るんでしょ? 譲ってくれてもいいじゃないですか!」
「そんなことは関係ない。1日だろうと譲る気は無い」
「そんなケチだとナツキに嫌われますよ」
「そんなことで嫌われるものか」
という、私が誰と寝るか問題が浮上してきた。まあそこはフォスさんが譲るはずもない。
ユキ姉の部屋で寝ると言っても最終的には乱入してきそうなので、私はユキ姉にそのことをこっそりと伝えることにした。
「は? 普通そこまでする?」
「それがフォスさんだから。他にも絶対に何かやらかしてくると思うよ」
「ぐうっ……安眠を妨害されるのは……明日も学校だし…………わかったわよ、諦めるわよ……はぁ……」
諦めはしたけれど納得はしていなかったユキ姉は、フォスさんに向かってべェっと舌を出して悪態をついていた。けれどフォスさんは何とも思わないだろう。
部屋に入ると私とフォスさんは1人用のベッドに、落ちないように2人しっかりとくっついて潜りこんだ。
しばらくして、寝たかのように黙っていたフォスさんが口を開いた。
「ナツキ、まだ起きているか?」
「起きてますよ。なんですか?」
「君の家族は優しいな」
「そうですね。お母さんはたまには怒るけど普通に優しいし、ユキ姉はなんだかんだ言ってきますけど、大好きです。というか、もうフォスさんにとっても他人事ではないんですけど。私と結婚してるんだったら、フォスさんにとっても家族ですよ。恨まれてはいますけどね」
「それもそうだな。明日からお義母さんと呼ばせてもらおうか」
表情は見えないけれど嬉しそうなのは声で分かった。
親のいないフォスさんにとって、“おかあさん“と呼べる存在ができたことは嬉しいらしい。
「姉は何歳なんだ?」
「19歳です」
「ふむ、俺より年下か。年下を姉さんと呼ぶのは、ちと複雑な気分だな」
今度は悩ましそうな声だ。
ちょっとしたことでコロコロ変わる声音が少し面白かった。
「ふふっ。ユキでいいと思いますよ。ユキ姉も年上から姉さんなんて呼ばれたくはないと思いますから。私はおばさんじゃなぁい! とか言いだして」
「そうか。なら彼女のことはユキと呼ぶことにしよう」
「はい、そうしてあげてください」
フォスさんの手がゆっくり腰に伸びて来て、そっと抱きしめられた。
「フォスさん?」
「あの日出会ったのがナツキでよかった」
「私も。攫われたというのは未だに解せないんですけど、それでも見つけてくれたのがフォスさんでよかったと思ってます」
私もフォスさんの背中に手を回し抱きしめ返した。
「明日、ここに残りたいなんて言ってくれるなよ?」
「フォスさんこそ、私を捨てて魔族の女のヒトのところへ行ったりしないでくださいよ」
「するわけないさ。俺が愛しているのはナツキだけだからな」
「私も。私もフォスさんのこと愛してます」
私たちはお互いに抱きしめあったまま眠りに落ちていった。
翌日、朝はユキ姉を学校へ送り出し、家事を手伝って過ごした。
お昼には家を出なければ、向こうに着くのが遅くなってしまう。
別れの時間まではあっという間だった。
「もう行っちゃうのね」
「うん。明日はフォスさんお仕事だから」
「ちゃんと食べるのよ。寝るときはちゃんと布団をかけて」
お母さんは別れの定番のようなことを次々と口に出してくる。
(心配なのはわかるけど、いつまで続くんだろう……)
「あーもう、わかってるから大丈夫だって」
「わかってないから言ってるんじゃない。いっつもいっつもあんたは……ほんとに……」
「ええ……」
否定したくとも、思い当たる節がいくらかあるせいで否定できない。
お母さんは一旦口を閉じたけれど、また口を開いて寂しそうに言った。
「……また帰ってきなさいよ」
「うん。1人だと関所を通るのが大変らしいから、またフォスさんと一緒に帰れるときになっちゃうけど。ちゃんと帰ってくる」
「それなら多少は安心ね」
「多少とは……」
(フォスさんの方が多少マシなレベルという事?)
お母さんはフォスさんの方を見て深々と頭を下げた。
「……娘をよろしくお願いします」
「ああ、わかっている。ナツキを向こうに縛り付けているのが俺であるいじょう、不自由な暮らしはさせぬと約束する」
お母さんの頭が上がると、今度はフォスさんが軽く会釈をした。
「ではナツキ、帰るぞ」
「うん。じゃあ、お母さん。また帰ってくるから」
「ええ。待ってるわ」
私たちが歩き出そうとしたところで、お母さんは何かを思い出したようだ。
「あっ、そうだ。今度はちゃんと手紙に書いてから帰ってきなさいよ? 夕飯、頑張って作って待ってるから!」
たしかに今回みたいに突然帰ったら、食材が足りないってことになるかもしれない。
私は頷いた。
「うん、わかった。楽しみにしてる。それじゃあ、今度こそまたね」
「ええ」
私は手を振りながらフォスさんの横を歩いていく。人とぶつかりそうになると、フォスさんが腕を引いて避けさせてくれた。
「危ないから前を見ろ」
「うん」
もう一度だけ、お母さんに手を振ってからしっかりと前を向き、私とフォスさんは2人で暮らす家へと帰った。
「ナツキ、あんたってこのヒトと籍入れたんだよね? 結婚式はもう挙げちゃったわけ?」
ユキ姉の表情は真剣そのものだった。
(今まで泣きまくってたのに切り替えの早いことで。我が姉ながら感心するよ)
私は問いに対して首を横に振って答えた。
「ううん。してないよ」
「じゃあ、いつするの? どこでするの?」
ユキ姉は私の両肩を掴んで、前のめりになって問いかけてくる。食いつき方が怖いくらいだ。
もしかして、私とフォスさんの結婚式に出席したいという事なのだろうか。
「き、決めてない。そもそも、まだそんな話したことないよ」
怒涛の出来事を超えてそのまま落ち着いてしまったせいか、結婚式のことなど忘れてしまっていた。
私の答えにユキ姉は信じられない物でも見たかのような顔をして声を張り上げた。
「はあ⁉ あんたバカじゃないの⁉ 結婚式って人生の一大イベントじゃない、バカ‼ それをあんたは……ほんとバカじゃないの⁉」
言われ慣れてはいるけど、たかだかそんなことで間を空けずに何度もバカと言われるのは納得いかない。
私も負けじと声を出した。
「も――‼ そんなにバカバカ言わないでよ‼ そもそも式挙げるかどうかなんてユキ姉には関係ないじゃん‼」
「はっ、これだからおしゃれも知らないおこちゃまは。人生で一度くらいきれいなドレスを着てみたいとも思わないなんて」
「なによ、それぐらい知ってるし! それとドレスは関係ないもん‼」
頬を膨らませて睨み合っていると、フォスさんに「落ち着け」と肩を叩かれた。
それで人前でろくでもない喧嘩を披露してしまったことに気がつき、気まずくなってお互いに目を逸らした。
場が落ち着くと、お母さんがユキ姉に向かって言った。
「ユキ。ナツキのドレス姿を楽しみにしてるからって言いすぎよ」
「ちょっとお母さん!」
ユキ姉の制止をよそに、お母さんは続けた。
「こうやって悪態ついてるけど、ナツキのことをとっても心配してたし、これじゃあナツキのドレス姿見られない―って、時々1人で嘆いてたんだから。この前、父親かってつっこんじゃったわよ」
お母さんから教えられた思いもよらない事実に、逸らしていた視線をユキ姉に戻した。
「そうなの?」
ユキ姉は本心をバラされたことでいたたまれなくなったらしく、「ふん」とそっぽを向いてしまった。
本当のことらしい。
(まさかユキ姉がシスコンだったなんて……そんなに楽しみにしてるっていうなら、しないわけにはいかないよなぁ)
とはいっても、私が式のお金を出せるわけじゃないから判断はフォスさんに委ねるしかない。
「ねえ、フォスさんどうするの?」
「どうするもなにも、元々するつもりでいたんだが。ただご家族に挨拶してから話を進めるでも問題ないかと思って言ってなかっただけだ」
その答えを聞いたユキ姉は、恐る恐る問いかけた。
「えーっと、私達を驚かせようと思って式の事を隠してたとかでも?」
「ないな。ただ単に後回しにしていただけだ」
「……」
ユキ姉の目が点になっている。よくわからないけれど、ユキ姉にとってはよほど衝撃的だったらしい。頭も抱えている。
そしてユキ姉は私に向かって手招きをしてきた。「なに?」と近づくと内緒話でもするかのように顔を寄せてきた。
「あんたにお似合いの相手だわ」
「え⁉ なんで⁉」
そう言われて言葉自体に悪い気はしなかったけど、言われ方になんとなくムッとした。
「正直言ってあんたと思考回路あんまり変わんない。なんというか、あのヒトも頭の中お花畑でしょ?」
「まあ、そんな気はするけど……ユキ姉、もしかして私のこともけなしてない?」
「ううん。けなしてない。あんたはそのままでいいからね」
「えー……」
ユキ姉の言葉に納得いかず顔をしかめていると、フォスさんに頭を撫でられた。たぶん話が聞こえてたのだろう。それに、私がモヤモヤしているのも察しているんだと思う。
フォスさんの顔を見ると、「気にするな」と言いたげな顔だった。
「そういうわけで、式についてはまた後日、手紙を送らせていただこうと思います。こちらの仕事の関係上、国からはなかなか出られないので、場所はグランソムニールで行うことになると思いますが」
「グランソムニール?」
聞き覚えのない地名に私は首を傾げた。
するとユキ姉が呆れた声が聞こえてきた。
「あんたね。今住んでるとこの地名ぐらい覚えなさいよ」
「え? あそこそんな名前だったの?」
「……」
覚えるどころかそもそも知ろうとする気もなかったことがバレ、またユキ姉にあきれられてしまったのだろうか。項垂れられただけで何も言ってこなかった。
(もしかして、ユキ姉にフォスさんと思考回路が変わらないって言われたのはこういうところだったりするのかな?)
私は苦笑した。
自分の家族とフォスさんとの今後についての話をしていると、ふとあることに気がついてしまった。
「そういえば、フォスさんの家族は? 私と籍入れること、なんて言ってるんですか? それに私もフォスさんのお父さんとお母さんにご挨拶しないといけないんじゃあ……」
フォスさんは困った顔をした。
聞いてはいけないことだったのだろうかと、心臓が嫌な鼓動を打った。
「俺の両親はすでに他界している」
「え?」
「今でこそグランソムニールにいるが、生まれはもっと治安の悪い国でな。両親は国同士の諍いに巻き込まれて命を落とした。俺は逃げ延びて今の地で孤児として拾われたんだ」
「え、あの、ごめんなさい」
フォスさんの表情といい、こういう話は触れられたくない話なんじゃないかと思って咄嗟に謝った。
するとフォスさんがまた頭を撫でてきた。
「な、なんですか?」
「謝ることはない。今はナツキがいるから1人ではないしな。話題に上がることもなかったし、そういう顔をさせたくはなかったから黙っていただけさっ……と」
フォスさんは私の腰を掴むと、親が子供に高い高いするかの如く抱え上げてきた。
「ちょ、お母さん達の前でこんな!」
「元気は出たか?」
「こ、子供扱いしないで下さい!」
「子供じゃなくて、嫁扱いなんだがな」
「もう!」
私を見上げるフォスさんの顔が幸せそうで、それ以上は何も言えなかった。
お母さんとユキ姉もびっくりしていたけれど、「ふふっ」言う声が聞こえてきた。2人に、私とフォスさんの仲は悪くないってことが伝わったのかもしれない。
だから私もいつの間にか、この状況を一緒になって笑っていた。
フォスさんは私の笑顔に満足したのか、ゆっくりと床に下ろしてくれた。
「さぁて、俺の親の話はもう終わりだ。もっとお互いについて話をしよう。お母上とナツキの姉君に俺のことを知ってもらわねばならんのでな」
「じゃあ、私から質問していいですか? えっと、フォスさんでしたよね?」
「ああ」
「じゃあ、フォスさんって………」
そこからは雑談とお互いへの質問タイム。
種族の違いやこんなことになった経緯はいったん置いておいて、それなりに楽しい時間を過ごせたと思う。
(こんな雰囲気も悪くないかな)
そんな時間はあっという間に過ぎていった。
外が暗くなって、夕飯を済ませ、お風呂に入った後も4人でテレビを見ながら雑談を続けていた。
お母さんもユキ姉もフォスさんと直接話をして、言うほど悪い人ではないという事はなんとなくわかってくれたみたいだ。
ただ、フォスさんが席を外した時にちらっと話に出たのだけど、「フォスさんって変なヒト」というのは共通の認識だった。
夜が更けてくると、それぞれの寝室へと別れることになった。
「ナツキは私と寝るんです!」
「いーや、ナツキは俺の嫁だ。俺の傍で寝るのが妥当だ」
「フォスさんはこれからだって一緒に寝るんでしょ? 譲ってくれてもいいじゃないですか!」
「そんなことは関係ない。1日だろうと譲る気は無い」
「そんなケチだとナツキに嫌われますよ」
「そんなことで嫌われるものか」
という、私が誰と寝るか問題が浮上してきた。まあそこはフォスさんが譲るはずもない。
ユキ姉の部屋で寝ると言っても最終的には乱入してきそうなので、私はユキ姉にそのことをこっそりと伝えることにした。
「は? 普通そこまでする?」
「それがフォスさんだから。他にも絶対に何かやらかしてくると思うよ」
「ぐうっ……安眠を妨害されるのは……明日も学校だし…………わかったわよ、諦めるわよ……はぁ……」
諦めはしたけれど納得はしていなかったユキ姉は、フォスさんに向かってべェっと舌を出して悪態をついていた。けれどフォスさんは何とも思わないだろう。
部屋に入ると私とフォスさんは1人用のベッドに、落ちないように2人しっかりとくっついて潜りこんだ。
しばらくして、寝たかのように黙っていたフォスさんが口を開いた。
「ナツキ、まだ起きているか?」
「起きてますよ。なんですか?」
「君の家族は優しいな」
「そうですね。お母さんはたまには怒るけど普通に優しいし、ユキ姉はなんだかんだ言ってきますけど、大好きです。というか、もうフォスさんにとっても他人事ではないんですけど。私と結婚してるんだったら、フォスさんにとっても家族ですよ。恨まれてはいますけどね」
「それもそうだな。明日からお義母さんと呼ばせてもらおうか」
表情は見えないけれど嬉しそうなのは声で分かった。
親のいないフォスさんにとって、“おかあさん“と呼べる存在ができたことは嬉しいらしい。
「姉は何歳なんだ?」
「19歳です」
「ふむ、俺より年下か。年下を姉さんと呼ぶのは、ちと複雑な気分だな」
今度は悩ましそうな声だ。
ちょっとしたことでコロコロ変わる声音が少し面白かった。
「ふふっ。ユキでいいと思いますよ。ユキ姉も年上から姉さんなんて呼ばれたくはないと思いますから。私はおばさんじゃなぁい! とか言いだして」
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フォスさんの手がゆっくり腰に伸びて来て、そっと抱きしめられた。
「フォスさん?」
「あの日出会ったのがナツキでよかった」
「私も。攫われたというのは未だに解せないんですけど、それでも見つけてくれたのがフォスさんでよかったと思ってます」
私もフォスさんの背中に手を回し抱きしめ返した。
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「フォスさんこそ、私を捨てて魔族の女のヒトのところへ行ったりしないでくださいよ」
「するわけないさ。俺が愛しているのはナツキだけだからな」
「私も。私もフォスさんのこと愛してます」
私たちはお互いに抱きしめあったまま眠りに落ちていった。
翌日、朝はユキ姉を学校へ送り出し、家事を手伝って過ごした。
お昼には家を出なければ、向こうに着くのが遅くなってしまう。
別れの時間まではあっという間だった。
「もう行っちゃうのね」
「うん。明日はフォスさんお仕事だから」
「ちゃんと食べるのよ。寝るときはちゃんと布団をかけて」
お母さんは別れの定番のようなことを次々と口に出してくる。
(心配なのはわかるけど、いつまで続くんだろう……)
「あーもう、わかってるから大丈夫だって」
「わかってないから言ってるんじゃない。いっつもいっつもあんたは……ほんとに……」
「ええ……」
否定したくとも、思い当たる節がいくらかあるせいで否定できない。
お母さんは一旦口を閉じたけれど、また口を開いて寂しそうに言った。
「……また帰ってきなさいよ」
「うん。1人だと関所を通るのが大変らしいから、またフォスさんと一緒に帰れるときになっちゃうけど。ちゃんと帰ってくる」
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「多少とは……」
(フォスさんの方が多少マシなレベルという事?)
お母さんはフォスさんの方を見て深々と頭を下げた。
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お母さんの頭が上がると、今度はフォスさんが軽く会釈をした。
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「ええ。待ってるわ」
私たちが歩き出そうとしたところで、お母さんは何かを思い出したようだ。
「あっ、そうだ。今度はちゃんと手紙に書いてから帰ってきなさいよ? 夕飯、頑張って作って待ってるから!」
たしかに今回みたいに突然帰ったら、食材が足りないってことになるかもしれない。
私は頷いた。
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「ええ」
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なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
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