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第二十五話:後輩と夜
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「智樹くん、お風呂ありがとうございましたー。それから服も」
濡れた髪をタオルで拭きながら、藍那が部屋に戻ってきた。
服は俺が貸した。
何の変哲もないジャージだが、小柄な藍那が着るとぶかぶかで、裾を何度か折り返しているのがなんというか、萌える。
「ドライヤーは洗面台の鏡のとこ開いたら入ってるから、使ってくれ」
「はーい! ありがとうございますっ」
言うと、やはり早く乾かしたかったのか、藍那はパタパタとまた洗面所の方へと駆けて戻って行った。
しばらくして、ゴォー……とドライヤーの音が聞こえだす。
と、思ったら音がすぐに止まった。
ん? 疑問に思っていると、ひょこっと藍那が顔をのぞかせた。
「そういえば智樹くん、髪乾かしてなくないですか?」
「俺はいいよ。適当に拭いとけば乾くし」
「そんなのダメですっ! 髪痛んじゃいますよ。ほら、乾かしてあげるからこっちに来てください」
えー、と不平を言いつつ、せっかくなので立ち上がる。
部屋から廊下に出たところで、待っていた藍那に手を引かれ、一緒に洗面所へと向かった。
「ほら、ここに立ってください」
言われるがままに、藍那の前に立つ。
「そのまま動かないでくださいねー……」
鏡越しに見える藍那が、手を伸ばして俺の髪を撫でながらドライヤーを当てだした。
本人は写りこんでいることに気が付いているのか気が付いていないのかわからないが、一生懸命な顔がなんとも可愛らしい。
けれど明らかに高さがあっていなくて、やりづらそうだ。
「屈もうか?」
「……大丈夫ですっ」
「腕辛くないか?」
「…………大丈夫です」
「椅子、持って来ようか? というか、部屋にドライヤー持っていこうぜ。鏡見る必要ないじゃん」
「あ」
△▼△▼△
各自準備を終え、いよいよ寝る時間だ。
別に何をするわけでもないけれど、何とも言えない緊張感が部屋に張り付いている。
「じゃあ客用布団だすな。俺はそっちで寝るから、都筑――じゃなかった、藍那はベッド使ってくれ」
「え――」
当然のことを言ったつもりだったのだが、藍那は目を見開いたまま顔を硬直させた。
どうした?
「『え』って?」
「……一緒に寝ないんですか?」
「寝ないだろ。……寝ないよな?」
「なんで私に訊くんですか。私は一緒に寝られるものだと思ってたんですけど?」
「いや、だってそれは……まずいだろ」
「なんでまずいんですか! だって私たち、付き合ってるんですよね?」
それは確かにそうだけれども。
藍那と? 一緒に? ……なんというか、それはまずいだろ。
「だってなぁ……」
「だっても何もないですよ。それとも智樹くん、もしかして恥ずかしがってます?」
からかうように言う藍那。
……煽ってんな?
こいつ、いい性格してやがる。
こうすれば俺が言うこと訊くかと思って……。
「いや? むしろ藍那の方を心配したんだけど? お前こそ、俺と二人で眠れるのかよ」
「あー! 言いましたね! 全っ然、余裕です! 元々私から言い出したことですし? 後で吠え面かかないでくださいね!」
乗せられてしまった。
まあ、言ってしまったものは仕方がない。
意識しないわけないけど、それほどそういう欲の強い方ではないから何とかなるだろ。
「智樹くん、寝ました?」
「……寝た」
「……寝てないじゃないですか。もう」
先ほどの流れのまま、俺たちは同じベッドの中に背中合わせで入っている。
シングルなので普通に狭い。
もちろんこういう経験がないわけではない……というか、何百回と経験したはずなのだが、ここ数か月はご無沙汰だったため、経験値はすっかり元に戻ってしまった。
背中同士なので柔らかさというものは大して感じない。
だが代わりに熱が伝わってくる。
それに息遣いに合わせて微妙に前後する身体の動きも。
意識しないでおこうと思えば思うほど、かえって意識してしまう。どうやらそのフェーズに入ってしまったらしい。
目を閉じればいつか眠れるだろ。
そう思い、強く目を瞑ったところで、背中に感じていた重みが消失した。
同時に布団が不自然に動き――
「お、おい……!」
藍那が俺に手を回して抱き着いてきた。
ぎゅうと力が籠められ、背中に女性特有の柔らかさを感じた。
心臓が激しさを増す。
先ほどまでドクン、ドクンとした鼓動だったのが今はバクバクと忙しなく暴れまわっている。
けれど背後から聞こえた声は、俺の心境に反してとても穏やかなものだった。
「――あったかー……い。……ねえ、先輩」
「な、何……?」
「私……今すっごい幸せです」
「――え?」
「頑張って……浪人までして……こうして先輩とまた会えて……本当に…………」
と、そこで唐突に藍那の言葉が途切れた。
「藍那……?」
耳を澄ましても聞こえてくるのは、すぅー……すぅー……という規則的で穏やかな息遣いのみだ。
「――マジかよ……」
――徹夜決定。
くっついた姿勢のまま力尽きたようにぱったりと眠ってしまった藍那を恨みつつ、仰げない天を仰いだ。
濡れた髪をタオルで拭きながら、藍那が部屋に戻ってきた。
服は俺が貸した。
何の変哲もないジャージだが、小柄な藍那が着るとぶかぶかで、裾を何度か折り返しているのがなんというか、萌える。
「ドライヤーは洗面台の鏡のとこ開いたら入ってるから、使ってくれ」
「はーい! ありがとうございますっ」
言うと、やはり早く乾かしたかったのか、藍那はパタパタとまた洗面所の方へと駆けて戻って行った。
しばらくして、ゴォー……とドライヤーの音が聞こえだす。
と、思ったら音がすぐに止まった。
ん? 疑問に思っていると、ひょこっと藍那が顔をのぞかせた。
「そういえば智樹くん、髪乾かしてなくないですか?」
「俺はいいよ。適当に拭いとけば乾くし」
「そんなのダメですっ! 髪痛んじゃいますよ。ほら、乾かしてあげるからこっちに来てください」
えー、と不平を言いつつ、せっかくなので立ち上がる。
部屋から廊下に出たところで、待っていた藍那に手を引かれ、一緒に洗面所へと向かった。
「ほら、ここに立ってください」
言われるがままに、藍那の前に立つ。
「そのまま動かないでくださいねー……」
鏡越しに見える藍那が、手を伸ばして俺の髪を撫でながらドライヤーを当てだした。
本人は写りこんでいることに気が付いているのか気が付いていないのかわからないが、一生懸命な顔がなんとも可愛らしい。
けれど明らかに高さがあっていなくて、やりづらそうだ。
「屈もうか?」
「……大丈夫ですっ」
「腕辛くないか?」
「…………大丈夫です」
「椅子、持って来ようか? というか、部屋にドライヤー持っていこうぜ。鏡見る必要ないじゃん」
「あ」
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各自準備を終え、いよいよ寝る時間だ。
別に何をするわけでもないけれど、何とも言えない緊張感が部屋に張り付いている。
「じゃあ客用布団だすな。俺はそっちで寝るから、都筑――じゃなかった、藍那はベッド使ってくれ」
「え――」
当然のことを言ったつもりだったのだが、藍那は目を見開いたまま顔を硬直させた。
どうした?
「『え』って?」
「……一緒に寝ないんですか?」
「寝ないだろ。……寝ないよな?」
「なんで私に訊くんですか。私は一緒に寝られるものだと思ってたんですけど?」
「いや、だってそれは……まずいだろ」
「なんでまずいんですか! だって私たち、付き合ってるんですよね?」
それは確かにそうだけれども。
藍那と? 一緒に? ……なんというか、それはまずいだろ。
「だってなぁ……」
「だっても何もないですよ。それとも智樹くん、もしかして恥ずかしがってます?」
からかうように言う藍那。
……煽ってんな?
こいつ、いい性格してやがる。
こうすれば俺が言うこと訊くかと思って……。
「いや? むしろ藍那の方を心配したんだけど? お前こそ、俺と二人で眠れるのかよ」
「あー! 言いましたね! 全っ然、余裕です! 元々私から言い出したことですし? 後で吠え面かかないでくださいね!」
乗せられてしまった。
まあ、言ってしまったものは仕方がない。
意識しないわけないけど、それほどそういう欲の強い方ではないから何とかなるだろ。
「智樹くん、寝ました?」
「……寝た」
「……寝てないじゃないですか。もう」
先ほどの流れのまま、俺たちは同じベッドの中に背中合わせで入っている。
シングルなので普通に狭い。
もちろんこういう経験がないわけではない……というか、何百回と経験したはずなのだが、ここ数か月はご無沙汰だったため、経験値はすっかり元に戻ってしまった。
背中同士なので柔らかさというものは大して感じない。
だが代わりに熱が伝わってくる。
それに息遣いに合わせて微妙に前後する身体の動きも。
意識しないでおこうと思えば思うほど、かえって意識してしまう。どうやらそのフェーズに入ってしまったらしい。
目を閉じればいつか眠れるだろ。
そう思い、強く目を瞑ったところで、背中に感じていた重みが消失した。
同時に布団が不自然に動き――
「お、おい……!」
藍那が俺に手を回して抱き着いてきた。
ぎゅうと力が籠められ、背中に女性特有の柔らかさを感じた。
心臓が激しさを増す。
先ほどまでドクン、ドクンとした鼓動だったのが今はバクバクと忙しなく暴れまわっている。
けれど背後から聞こえた声は、俺の心境に反してとても穏やかなものだった。
「――あったかー……い。……ねえ、先輩」
「な、何……?」
「私……今すっごい幸せです」
「――え?」
「頑張って……浪人までして……こうして先輩とまた会えて……本当に…………」
と、そこで唐突に藍那の言葉が途切れた。
「藍那……?」
耳を澄ましても聞こえてくるのは、すぅー……すぅー……という規則的で穏やかな息遣いのみだ。
「――マジかよ……」
――徹夜決定。
くっついた姿勢のまま力尽きたようにぱったりと眠ってしまった藍那を恨みつつ、仰げない天を仰いだ。
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