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第三十九話:元カノと友達になる
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「友……達……?」
虚をつかれたような紗香に、俺は首を振って肯定する。
「付き合うでも、もう会わないでもなく、友達?」
「言っただろ、もっと紗香のこと知りたいって。それに……わざわざ呼び出してまで絶交宣言なんかしねえよ」
俺は苦笑した。
「どういうこと?」
「紗香のことは好きだ。それは付き合ってた頃も、今も変わらない」
「だったら――」
紗香が何かを言おうと、口を開いた。
けれど、その言葉が紡がれる前に、俺が先に話す。
「けど、他にも気になる子――いや、好きな子がいるんだ。だから『また付き合ってくれ』とは言えない」
紗香が苦々しく表情を歪めた。
「それって……別れたっていう彼女のこと?」
「そうだ」
きっぱりと言う。
「そのこと、その彼女は……」
「知ってるよ。別れるときに言った。前に付き合ってた子がいるってことも。その子のことも好きだってことも」
先日、藍那に告白されたとき、俺はその申し出を断った。
俺のことを好きだと言ってくれた子の断わり文句に、また希望を持たせるようなことを言ってしまった。
残酷なことかもしれない。
本当はきっぱりと『好きじゃない』とでも言って、突き放すべきだったのかもしれない。
だけどその選択肢を、俺は取らなかった。
もう間違えたくなかった。
嘘をつきたくなかった。
そのせいで、俺たちはみんな間違え続けたのだから。
世間一般から見て、この選択が正しいとは思わない。
けれど、これが俺に出せる唯一の答えだった。
どちらと付き合う選択をしても、心のどこかにしこりを残したままずっと過ごすことになる。
仮に紗香を心の奥底に押し込め、藍那と正式に付き合ったとしても、きっと隠し通せはしない。
きっとどこかできっとぼろが出るだろう。
それならばいっそ正直に話して、お互いの関係をイーブンにしたほうがマシだと思ったのだ。
俺たち三人は『今の』互いの気持ちを知っているという、ただそれだけの関係だ。
ありがたいことに紗香と藍那は俺に好意を持ってくれているようだが、これがずっと続く保証はどこにもない。
紗香にしても、藍那にしても、周りにいつまでも放っておかれるような人間ではない。
これから何度もアプローチされるだろうし、その中にはもちろん俺よりも優れたやつはたくさんいるだろう。
気が付いたら二人とも別の誰かと付き合っていました、なんてことが起こる可能性は決して低くないのだ。
それでも、そうしたかった。
「つまりさ、結局、今までと変わらないってことだよね? 私はこれからも、智樹と一緒にいていいってことで、いいんだよね?」
「ああ」
「でもある日突然、智樹が他の人と付き合い始めることもある、と。まあ、その辺は普通の恋愛と一緒か。逆もまた然り、だしね。つまり――」
紗香は悪戯っぽく笑った。
「私が他の人と付き合ってもいいんだ?」
「そうなったら、まあ仕方ねえな」
「ふうん……? じゃあもし好きな人が出来たら相談してもいいんだよね? だって、私と智樹は『友達』なんだから」
「い、いいぞ。冷静に答えられるかは自信ないけど……」
見栄を張ろうとしたけれど、たぶん上手くいかなかった。
頬のあたりがぴくぴくと引き攣っているような気がする。
なぜなら、その反応を見た紗香が、可笑しそうに笑ったのだから。
ここしばらく見ていなかった、綺麗な笑顔だった。
「あははっ! 智樹の顔おっかし!」
けたけたとひとしきり笑った後、憑き物が落ちたかのような柔らかい表情で俺の方へと手を伸ばした。
「わかったよ。ちょっと思うところがないわけでもないけど、飲んであげる。これから私と智樹は、嘘偽りない友達だね。――今後ともよろしく」
「うん。よろしく」
俺はその手をとり、握手を交わした。
ぎゅっと力を篭め……やがてどちらともなく手を放した。
「さ、帰ろ帰ろ。こんな校舎の端にいてもしょうがないし。ご飯食べに行こうよ。ファミレスとかでいいし」
「だな。行くか」
「今日は智樹のせいで遅くなったんだから奢りね。今マンゴーフェアやってるから、パフェ付きで」
「ぐ……。まあ……わかった」
「まあまあそんな顔しないで。今度は私が奢るからさ。そうだなぁ……秋になったらマロンフェアやると思うから、マロンソフト奢ってあげる」
「……それ明らかに値段釣り合ってないだろ。パフェって二倍くらいしないか?」
「えー、そう? ――ほら、さっさと行くよ。急がないと混んじゃう」
「待てって。俺の車止めてある場所知らないだろ」
「どうせいつものとこでしょー?」
さっさと歩き出してしまった紗香の背中にもう一度、「待てって」と声をかけ、俺も歩き出す。
あの日別れてからずっとあったもやもやが、どこか霧散していくのがわかった。
紗香も同じように思ってくれているだろうか。
藍那もどう思っているだろうか。
まあ……もしも何かあれば、納得いくまで話せばいい。
ゆっくり解決していこう。
そのために今の形を選んだのだから。
虚をつかれたような紗香に、俺は首を振って肯定する。
「付き合うでも、もう会わないでもなく、友達?」
「言っただろ、もっと紗香のこと知りたいって。それに……わざわざ呼び出してまで絶交宣言なんかしねえよ」
俺は苦笑した。
「どういうこと?」
「紗香のことは好きだ。それは付き合ってた頃も、今も変わらない」
「だったら――」
紗香が何かを言おうと、口を開いた。
けれど、その言葉が紡がれる前に、俺が先に話す。
「けど、他にも気になる子――いや、好きな子がいるんだ。だから『また付き合ってくれ』とは言えない」
紗香が苦々しく表情を歪めた。
「それって……別れたっていう彼女のこと?」
「そうだ」
きっぱりと言う。
「そのこと、その彼女は……」
「知ってるよ。別れるときに言った。前に付き合ってた子がいるってことも。その子のことも好きだってことも」
先日、藍那に告白されたとき、俺はその申し出を断った。
俺のことを好きだと言ってくれた子の断わり文句に、また希望を持たせるようなことを言ってしまった。
残酷なことかもしれない。
本当はきっぱりと『好きじゃない』とでも言って、突き放すべきだったのかもしれない。
だけどその選択肢を、俺は取らなかった。
もう間違えたくなかった。
嘘をつきたくなかった。
そのせいで、俺たちはみんな間違え続けたのだから。
世間一般から見て、この選択が正しいとは思わない。
けれど、これが俺に出せる唯一の答えだった。
どちらと付き合う選択をしても、心のどこかにしこりを残したままずっと過ごすことになる。
仮に紗香を心の奥底に押し込め、藍那と正式に付き合ったとしても、きっと隠し通せはしない。
きっとどこかできっとぼろが出るだろう。
それならばいっそ正直に話して、お互いの関係をイーブンにしたほうがマシだと思ったのだ。
俺たち三人は『今の』互いの気持ちを知っているという、ただそれだけの関係だ。
ありがたいことに紗香と藍那は俺に好意を持ってくれているようだが、これがずっと続く保証はどこにもない。
紗香にしても、藍那にしても、周りにいつまでも放っておかれるような人間ではない。
これから何度もアプローチされるだろうし、その中にはもちろん俺よりも優れたやつはたくさんいるだろう。
気が付いたら二人とも別の誰かと付き合っていました、なんてことが起こる可能性は決して低くないのだ。
それでも、そうしたかった。
「つまりさ、結局、今までと変わらないってことだよね? 私はこれからも、智樹と一緒にいていいってことで、いいんだよね?」
「ああ」
「でもある日突然、智樹が他の人と付き合い始めることもある、と。まあ、その辺は普通の恋愛と一緒か。逆もまた然り、だしね。つまり――」
紗香は悪戯っぽく笑った。
「私が他の人と付き合ってもいいんだ?」
「そうなったら、まあ仕方ねえな」
「ふうん……? じゃあもし好きな人が出来たら相談してもいいんだよね? だって、私と智樹は『友達』なんだから」
「い、いいぞ。冷静に答えられるかは自信ないけど……」
見栄を張ろうとしたけれど、たぶん上手くいかなかった。
頬のあたりがぴくぴくと引き攣っているような気がする。
なぜなら、その反応を見た紗香が、可笑しそうに笑ったのだから。
ここしばらく見ていなかった、綺麗な笑顔だった。
「あははっ! 智樹の顔おっかし!」
けたけたとひとしきり笑った後、憑き物が落ちたかのような柔らかい表情で俺の方へと手を伸ばした。
「わかったよ。ちょっと思うところがないわけでもないけど、飲んであげる。これから私と智樹は、嘘偽りない友達だね。――今後ともよろしく」
「うん。よろしく」
俺はその手をとり、握手を交わした。
ぎゅっと力を篭め……やがてどちらともなく手を放した。
「さ、帰ろ帰ろ。こんな校舎の端にいてもしょうがないし。ご飯食べに行こうよ。ファミレスとかでいいし」
「だな。行くか」
「今日は智樹のせいで遅くなったんだから奢りね。今マンゴーフェアやってるから、パフェ付きで」
「ぐ……。まあ……わかった」
「まあまあそんな顔しないで。今度は私が奢るからさ。そうだなぁ……秋になったらマロンフェアやると思うから、マロンソフト奢ってあげる」
「……それ明らかに値段釣り合ってないだろ。パフェって二倍くらいしないか?」
「えー、そう? ――ほら、さっさと行くよ。急がないと混んじゃう」
「待てって。俺の車止めてある場所知らないだろ」
「どうせいつものとこでしょー?」
さっさと歩き出してしまった紗香の背中にもう一度、「待てって」と声をかけ、俺も歩き出す。
あの日別れてからずっとあったもやもやが、どこか霧散していくのがわかった。
紗香も同じように思ってくれているだろうか。
藍那もどう思っているだろうか。
まあ……もしも何かあれば、納得いくまで話せばいい。
ゆっくり解決していこう。
そのために今の形を選んだのだから。
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