役立たずの雑用係は、用済みの実験体に恋をする。――神域結界の余り者

白夢

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#1 実験体

11 いつも焦ってしまう

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 俺は、やろうと思えば簡単に契約を交わせることを知っていた。
 それでも別に、彼女を手の平で転がしているつもりはない。
 俺は本当に彼女を納得させたかったし、してくれないので悲しかった。

 ただチラッと、頭の中にレビィに渡された大量の仕事リストがよぎった。
 アレはもしかして、さっさと懐柔しないとお前を忙殺するぞという脅しだったのかもしれない。

 レビィがこの部屋にブライドがいることを把握していないわけがないのに、職員がブライドの存在を把握していないことが不気味だ。

 俺がグズグズすることを、レビィだったら見抜くと思う。
 それなのに敢えてそれを許さないのなら、それは故意なんだと思う。

 このままだとブライドは殺される。

 ……全部俺の妄想かもしれないが。

「なあ、ブライド」
「そのふざけた名前も気に入らないんですが」
「ブライドお願い、聞いて」

 俺は声を落として、彼女にまっすぐ視線を合わせた。
 もうすぐこの部屋のある棟は施錠される。門限は守らないと怒られる。

「俺はどんな手段を使ってでもお前と一緒に居たいと思ってる」
「だから、私は……」
「ごめんブライド。俺だって本当は、お前と仲良くなりたかったんだけど……お前を殺されるのが怖いんだよ、だからそうもいかない」
「何を言っているんですか?」
「本当にごめんなブライド。騙すつもりはなかったんだよ、本当に……」

 我ながら言い訳じみてると思いながら、俺は瓶の蓋を歯で噛み千切った。

「うっ……何ですかこの匂い……」

 ブライドは、呻きながら鼻を覆う。俺は何の香りも感じない。

「何の香りだと思う?」
「知りませんよ、なんですかこれは? 酷く……甘ったるい香りがします」

 まるでココアと同じじゃないかと、そう思うと少しおかしい。
 どうやら対象者は彼女で間違いないらしいと確認できた。

「嫌いか?」
「嫌いです。なんなんですか? 毒ですか?」
「……毒みたいなものだよ」

 小さく笑って、俺はその瓶の中身を口に含んだ。
 そして舌に触れた瞬間に気化した液体を、空気と共に余すことなく肺に吸い込む。

「何をしてるんですか?」

 毒と言ったのにそれを飲んだからか、彼女は不審がっているようだった。

「何かの薬ですか?」
「薬……そうだな。薬だよ。匂いはまだするか?」
「いいえ、消えましたよ。貴方が飲んだんでしょう?」
「そっか、それならいいんだ」

 体調に変化は見られなかった。
 稀に体質によっては合わないことがあるそうだが、俺はそうでもなかったらしい。

「それじゃあブライド、一緒に帰ろうか」
「だから、嫌だとあれほど……うっ、何ですか、この音……」

 彼女は耳を覆い、うめき声を漏らす。
 相当嫌な音らしい。俺には経験がないので分からない。

「何しても無駄らしい。とりあえず従っといてくれ」
「え? まさか、契約したんですか?」
「そうだよ」

 俺は、もはや骸と化した檻の扉を開いた。

「私を弄んでいたんですか!?」

 案の定彼女は俺を糾弾し、開いた檻から細い腕を伸ばして俺に掴みかかった。

「違う、本当はこんなことしたくなかったんだよ、俺だって……でも……」
「最低です! 絶対従いません、絶対に!」
「……うん、そうだよな。ごめんな」

「謝って済む問題ですか? 違いますよね、貴方は……貴方がこんな人間だとは思いませんでした! 貴方は私を、人だと思っていると、私は……!」

 歯を食いしばって叫ぶ彼女に、俺は細心の注意を払いながらそれを肯定する。

「……殴ってもいい、気が済むまで罵倒してくれ」
「私をどこまで馬鹿にすれば気が済むんですか、貴方は! うっ、あああ、卑怯すぎます、私は……私は絶対に嫌です、絶対に嫌です!」
「ごめんな、本当にごめん。従えとは言わない」

 彼女は俺を突き飛ばし、怒りのままに激しく俺を殴った。
 衝撃で血の味がしたが、それでもむしろ、彼女の細い指先が心配でその拳を目で追う。

 俺は壁しか殴ったことがないけども、拳の痛みは知っている。

「私は、私は、どうして、どうしてですか? 貴方も私たちを裏切るんですね、ほら、そうでしょう、そうなんでしょう? 私たちはただの道具なんでしょう、知ってるんです、全部分かっているんですよ! 取り繕ったって無駄です、私は……!」
「……ごめん」

 もしかしたら、俺は裏切ってしまったんだろうか。

 彼女の確固たる信念の一つとして俺には絶対靡かないというのがあるんだとばかり思って、それは恐らく時間が解決してくれるものじゃないし、それを待っていて手遅れになったらと思って強硬手段に出たんだけど。

 もしかして、少しは俺を信じてくれていたんだろうか。もう少し話せば、分かり合えただろうか?
 俺が彼女を信じきれなかったんだろうか。
 俺が器用な嘘でも使えば、彼女をこんなに傷つけなくて済んだのだろうか。

「……ごめんな。いいよ、好きなだけ殴ってくれ。それでほんの少しでも気が晴れるなら、俺はそれでいいから」

 幸いにも、殴られるのは慣れている。
 男の鍛え抜かれた拳で肋骨を折られたことを思えば、彼女の細腕なんて。

「……」

 ああ、痛そうだと思った。
 可哀想に、何かなんでもいいから武器でも握らせてやりたいと思った。握った拳が傷ついてしまう。
 その傷が深くなって、俺はそれに耐えられなくて、彼女を止めた。

「ついていきます、それが貴方の望みなんでしょう?」

 初めに出会った時のような、硬く冷たい声。
 彼女は痺れた指をゆっくりと開いて、呟いた。
 拒絶された痛みに刺されたみたいになって、頭の中で声が響いた。

「先輩は、本当に残酷で身勝手なんですねぇ」
「……」
「そんなんだから嫌われるんですよ」

 抱き上げたら、彼女は動かなくなった。
 だからすぐに部屋についた。

「……私は貴女が嫌いです」

 俺が少し迷った挙句ベッドに降ろした細い体は、疲れ果てていて、ただそれだけを小さく呟いた。

「俺は好きだよ」

 そう言うことしかできず、せめて俺は彼女の痛めた手に、新品の薬を塗って、優しく包帯を巻いた。
 疲れ果てたのか、彼女は何も言わないまま、ベッドに倒れこんでしまった。

「おやすみ」

 俺はそれだけ言って、軽く口を濯いで血を吐いて、部屋の明かりを落とした。
 淡い鉄の匂いがした、俺はそのままソファで眠った。
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