記憶を失い孤島に漂流した僕は、とある狩人に救われました。――神域結界のはぐれ者

白夢

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#4 家族

30 誰だって

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「なあ、レビィってアインさんと付き合ってんだろ?」

「どうしたブロウ。挨拶もそこそこに、お前は頭がおかしいんだな」
「ご挨拶がすぎない?」

 アインが検査で会えないので病室で暇を潰していると、監視を言いつけられたブロウがそう言ってやって来た。


「アインさんが言うこと聞いてりゃ誰だってそう思うよ」
「お前の話はつまらんな。吐きそうだ」

「なんでレビィって俺にだけそんな厳しいの? 泣くよ?」
「お前などどうにでもなればいい」
「俺、レビィのそういう鬼畜なところ嫌いじゃないよ。うん」

 ブロウに好かれても何も嬉しくない。

 いや、悪い気はしないが嬉しくない。
 むしろ動機が気持ち悪いから少し悪い気がするかもしれない。


「私のことは放っておけ。お前は恋人とイチャイチャしていろ」

「そんなことできねーよ。レビィ、俺さ、これでもジャックさんから言われてんだよ。レビィから目を離すなって」
「左目を捥げ。携帯してやる」

「なんでそんな酷いこと言うの?」
「……」
「やめて! 無言で顎クイしないで、うわぁすっごいイケメン惚れそう」
「……」
「ごめん! ごめんなさい! 俺が全部悪かったから許して!」
「……」
「お願い、そのゴミを見るような目をやめて! 表情が氷点下なんだよ! 怖いって!」


「お前、私のことが好きなのか」

「なになに急に、怖いんだけど……いや、好きだよ? 好きだけど眼球捧げるほど好きじゃないっていうか、うんマジでごめんホント顔だけは勘弁してください俺この顔気に入ってるんでいででででで!」

 とりあえず頬肉を掴んで引き延ばすと、気に入っているらしい顔への攻撃に、ブロウは悲鳴を上げた。

 まあ、確かにコレの顔はいい。
 コレで顔すら駄目だったらもう本当に残念だったので、せめてもの救いということだろう。


「良かったな、美少年に育って」

「えっ、う、嬉しいけど、俺ほら、もう心に決めた人がいるからぁあっふぉう、ふぉあ、ふぉあああ!」

「いい乳歯だ。記念に抜歯させろ」

「あえああああ! おえいういあらい! おおおろらのはらからぁ!」

「痛みと恐怖に歪んでいてとてもいい表情だ。それでこそお前だな」
「いやああああああ!」

「お前の悲鳴を聞くと心が安らぐ」
「それは良かった、じゃあ俺悲鳴出すよ。悲鳴出すから、自分でできるから!」

 健康な成人男子の歯を抜くのはかなり骨が折れるので諦めるとして、私はブロウを開放してやった。

 ブロウは涙目になって頬を押さえている。


「お前は昔から可愛らしい子供だったな」
「ねえレビィ。俺、たまにレビィが怖くなるよ。レビィのその、俺を痛めつけることが日常の延長線と化してるレビィのその思考回路が怖くて仕方がないよ」

「お前、仕事は順調か?」
「ねえ俺の声聞こえてる? 俺、もしかして知らない間に死んでたりする?」

「お前の成績はそんなに悪くない。落ち込むな」
「レビィ……俺の話聞いて?」


「お前は、その時計は恋人が買ったと言っていたな。実験体5924は就職したのか」

「ああ、うん。もういいよ。そうだよ。研究所で、研究員として働いてる。すっげー優秀なんだぜ、部下もいるんだ」
「そうか」

 5924はそもそもが人事部の管理職に就かせるために開発していたので、部下を持ち、それを使うのは上手いはずだ。
 奇しくもブロウの苦手な面をカバーしている。

 なるべくしてなったということかもしれない、お互いを支え合う恋人に。


「お前は、実験体5924の開発について知っているのか?」

 私はふと疑問に思って、ブロウに尋ねてみた。

 こいつは恋人が大好きなくせに恋人について知りたがらないという気持ち悪い特性を持っているが、さすがにブロウは頷いた。


「ああ、うん。ブライドが教えてくれた」

 さすが、恋人に対してもホウレンソウをしっかり行っている。

 やはり失敗作とはいえ、スペックは高いようだ。

 この様子だと、成功例たちは上手くやっているに違いない。
 私は少し安堵した。


「……レビィって、随分前から、準備してたのか?」

「人造人間の開発など、一朝一夕でできると思うか。長い時間をかけるのは当然だろう。ルシファーでもあるまいし」

「ルシーだって、さすがに一朝一夕ではできないと思うけどさ。……レビィ、ずっと死ぬって決めてたの?」
「そうだな」
「いつから?」


 そういえば、いつからだっただろうか。
 私が死を決めたのは。
 
 ルシファーの役に立ちたくて、それは今の私の能力では到底満足にできないと知って、それならせめて邪魔にならないように、最大限に役に立てるように、死を決めた。


「……忘れたな、随分前だ」

 そう、それは随分前だ。ずっとずっと前の話。

 現実的なプランを考え始めたのはブロウが成人してからだが、その考えというか、願望自体はもう随分長い間抱えていた。


 ブロウが就職する前、なんなら彼と出会う前。

 研究所を設立する前、設立するために資金を貯めようと軍に入る前、ルシファーの役に立ちたいと願い続けていたあの頃。


「随分前って、どれくらい?」
「少なくとも、ルシファーがお前を拾う前だ。私が研究所を設立するよりもな」

「……そんな前から死にたかったの? ずっと?」

「死にたいと思っていたわけではない。ただいずれそうすべきだとは思っていただけだ。当時は死んだとしても特にルシファーにメリットもなかったからな。それにまだ、私の体も若く健康で、いくらでも無茶ができた。もう衰えてきてしまったが」

「どこが衰えてるんだよ……レビィはめちゃくちゃ頑丈だし、優秀だろ。軍基地の鉄柵を道具もなしに蹴り破れる人なんてそんなにいないし、取り押さえられたところからジャンプ脱出する人もいないよ。しかも手負いで。みんなそう思ってるよ。軍人さんめっちゃ泣いてたよ。可哀想に。どんな催涙弾使ったんだよ。何よりプライドがズタズタだったよ。効果が切れた後もしばらく泣いてたよ。すっごい傷ついてたよ」

「これでも全盛期は、前線で一週間寝ずの番をしていることもざらだったんだ。デスクに座って三日も持たないとは情けない」

「どうして一週間も寝ずの番させられてるんだよ。寝ろよ普通に。ブライドも大概そうだけど、なんでそんな完璧主義なの?」

「完璧主義ではないつもりだが」
「いや、どこがだよ……」

「私がもし完璧主義だったら、ずいぶん昔にお前を殺している」
「ショック過ぎて言葉も出ないんだけど」
「それだけ出ていれば十分だ」
「違うんだよ、そうじゃないんだ……」

 ふらふらと、頭を抱えるブロウ。
 やはりこの男は眩しいほどに美しい。

 ルシファーの次に。


「……アインはまだ戻らないのか」
「ああ、まあ、色々あるんじゃねーかな。そんな好きなら付き合えばいいのに……」
「何故お前はそんなに私とアインを恋仲にしたいんだ」

「したいっつーか、そうすればいいのになって。だってレビィ、アインさんが誰か他の男と付き合ったりしたら嫌だろ?」
「アインはそんなことはしない」

「すげえ自信じゃん……羨ましいくらいラブラブじゃん……もう付き合えよ、付き合った方が色々上手く行くよ」
「お前は上手くいかないのにか」

「上手くいっただろ! めちゃくちゃ可愛い彼女を手に入れただろ!」

「実験体5924をそれほど魅力的な外見にしたつもりはなかったが」
「性格だよ! 性格が可愛いんだよ! もちろん見た目も可愛いけどさ! それ以上に性格が天使過ぎるんだよ!」

「へぇ、そうか。良かったな」
「興味持って? お願いだから興味持って?」


 ドアの外から足音がして、私はそちらを振り向いた。
 扉が開いて、やはり入って来たのはアインだった。

「ああ、レビィ。来てたんだ」


 顔色もよく、私は安堵する。
 さすがに少し疲れているようだったが、疲労困憊しているわけではないらしい。

「体調はどうだ」
「さあね、知らない。時間がかかるんじゃない? まあ、平気だと思うけどね。ああ、ブロウ。アンタもいたんだ」

「レビィがアインさんに会うまで帰らないって言うから、俺ずっとここに缶詰なんですよ」

「はいはい、ご苦労様。アタシが交代してあげる」
「よろしくお願いします!」
「はいはい」

 ヒラヒラとアインは手を上げてブロウを追い出す。


「アンタ、本当にアタシのことが好きなんだね」
「心配なんだ」
「何、アタシがどこかに行くと思ってるの?」

 ふふ、とアインは口を歪ませ不敵に笑った。
 彼女の笑顔には、変な強者感がある。


「心配しなくても、アタシは煙じゃないんだからどこにも行かない」
「……私の監視はいつ解けるか知っているか」
「アンタの兄さんが決めることなんじゃないの?」
「ジャックはよく、お前と話しているだろう」
「アンタとは話さないの?」

 アインに尋ねられて、私は頷く。
 近頃のジャックは、それほど私と会話しようとしない。

 したとしても、当たり障りのないことばかりだ。
 今日の天気とか、体調とか。それほど私に興味がないのだろう。


「そうじゃないと思うけどね」

 とアインは言う。


「ジャックは、アンタがどこかに行っちゃうと思ってるんじゃない? アンタが、アタシから離れたがらないのと同じだよ」

「ジャックは私に張り付いているか?」
「アンタに監視をつけてるでしょ。それはアンタが何かやらかさないか心配なんじゃなくて、アンタがどこかに行っちゃうんじゃないかと恐れてるの」

「だったら、私にそう言えばいい」
「ジャックは、自分が何か言うのはアンタにとって悪影響だと思ってるんじゃない」
「何故だ? 私がジャックに何か言われて、体調を崩すと?」
「アンタはジャックの意図が汲み取れないんでしょ。何を言ってるか分かっても、何を伝えたいかは理解できない。表情が読めないんだって聞いた」

「……ジャックに対してだけではない。お前と、ルシファー以外皆そうだ。ルシファーですら、お前ほど鮮明には分からん」


 でも、私以外の人は全ての人において私がアインを理解できるくらいに、理解できるのだろう。

 ずっと表情を読むということが何を意味しているか分からなかったが、それを理解できた今なら分かる、私はやはり劣っていると。

「しかもアンタは、自己愛も希薄。だから悪い方向に勘違いしやすい。アンタの兄さんや、家族や、その他の人の発言の意図に気づけない。ジャックが心からアンタに大切だって言ったとしても、アンタはその真剣さを感じることができないでしょ」

「そうだな」
「だから何も言わない。何を言っても伝わらないし、それどころか誤解させるから」
「……そうか」
「そんな顔しなくてもいいでしょ。ジャックはアンタを傷つけたくないだけだよ」
「……分からんな」
「そうかもね」

 アインはそう言って、「別にいいんじゃない」と言った。


「誰だってそうだよ。自分の兄貴の考えてることなんて、分からないもんじゃない?」

 そう言われてみれば、そうかもしれない。
 そう思わせてくれるのが、アインのすごいところだ。
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