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21_きせき
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リスペディアは、「中央都市では周知の事実だけど」と言って話し始めた。
「中央都市には教会がある。テドも知ってるでしょ?」
「うん、知ってるよ。死んじゃった人を生き返らせてくれるところだよね」
「えっ、そんなことができるんですか?」
サシャは思わず横から口を挟む。
(人間って、そんなこともするのか……)
「……なんでそんな、偏った情報知ってんのよ?」
リスペディアは誰に言うでもなく小さな声で呟き、それから曖昧に頷いた。
「さすがにそういうことは滅多にしないわ。一部の王族とか、貴族だけよ」
「あれっ、そうなんだ」
とテドは言う。
「一般的には、教会は『奇跡』を所持し、管理する。教会には何人もの『奇跡』の使い手がいる。テドの言う通り、死人を生き返らせたり、天候を操ったり、超人的な身体能力を持ってたり。それは魔法の一種だったり、亜人の能力だったり、または、私のような『呪い』持ちだったりする」
「へー、そうなんだ。あんまり知らなかったなぁ」
「……教会は、普通に生活する分には、そんなに関わりを持たない場所よ。儀式とか、要人の葬式を執り行うくらいかしら」
本当に何も知らなさそうな風にテドは言うが、リスペディアはやや口ごもりテドを見る。疑っているのかもしれない。
サシャは、人間は亜人よりも懐疑的だと知っている。
「『奇跡』の存在は重要よ。この国の……ほとんどの人はそう思ってる。特に教会の人は猶更ね。でもそんな『奇跡』の持ち主、そんなにたくさんいないでしょ。教会はいつも『奇跡』の使い手を探してるの。……私のような」
リスペディアの表情は暗い。
サシャはもちろん、教会には縁がなかったが、奇跡の使い手については少しは知っている。
その呼び名は様々で、『聖女』、『勇者』、『天使』、その他にも『妖精』、『英雄』、など様々だ。
名前や姿が有名な者もいれば、秘密にされている者もいる。
その点でいうならば、リスペディアは前者だった。
亜人のサシャにはリスペディアの名前は分からないが、顔は知っている。
人間なら名前も認識できるのだろう。
その後に彼女自身が説明したその能力も概ね、サシャが知っているものと同じだった。
「私の『レベルドレイン』の呪いは、『触れた生物に一時的にレベルを吸われる』っていうもの。生物っていうのは魔物や人よ。私からすれば自分の弱体化と同時に相手を強化してしまう最悪の呪いだけど、傍からしてみれば違うでしょ? 一時的とはいえ、触れた相手のレベルを底上げできる。レベルが上がれば、ステータスが上がる。
「単純に戦闘能力が全体的に上がるし、何より、魔法やポーションでは手の施しようのない人のレベルを上げることで、半ば強制的に体力を回復できる。だから私は、『聖女』と呼ばれていたわ」
と、リスペディアは俯いて呟くように言った。
「それで、僕のことを助けてくれたんだね。でも、そんな風に人の役に立つ力があるっていいなぁ。羨ましいよ」
とテドはそれとなく言った。
「……そうね」
リスペディアは少し悲しそうに言う。
「テド、リディアの力は、良からぬ者が狙っているんだぞ。昔からそうだ、それなのに教会は……!」
「いいのよ、シエル。仕方ないことでしょ?」
(シエルは、聖女様がこうやって狙われてることを知ってて随行してたのか……危険があるかもしれないってのに、大した忠誠心だな)
サシャはシエルの方をチラッと見る。
相変わらず、寒そうな服装だ。見た目には短毛だが、下半身の毛に意外と保温性能があるのだろうか。
「きょーかいってところ、僕は良く知らないけど、悪いところなの? それなら、リスペディアにいっぱいレベルをもらって、教会を全部やっつけようよ! 僕、リリーと一緒に頑張るよ?」
まださっきの返り血も拭いきれていない状態でテドが言う。
口調は冗談めいているものの、恐ろしく凄みがあった。
「やっつけなくてもいいわよ。私も最悪な場所だと思ってたけど、少なくともアンタの兄さんのところよりはマシみたいだから。『呪い』を解けば、私はもう『奇跡』を使えない。そうすれば、教会と縁が切れるわ」
「そっか! それじゃあ、ぜっったい、精霊さんに頼まなきゃいけないね!」
「そうよ。だから私は行くのよ、雪山にね」
「……え? 雪山?」
とサシャは再び口を挟む。
雪山なんて初耳だ。自殺志願者でも、あの場所には登らない。
「……説明してないの? っていうか、本当になんでこの子、連れて来たの? レベルは大丈夫なんでしょうね?」
「サシャ、レベルいくつ?」
「俺は……22……くらいですけど」
「……狂気の里の周辺の適正レベルは100を超えるのよ、テド。悪いけど彼は連れて行けないわ」
リスペディアは、哀れなものを見るような目でサシャを見る。
(推奨レベルって、ソロパーティの推奨じゃない。4から6人の平均レベルの話だ。今回登ろうとしてるのは……見る限り、ご主人様と、聖女様と、シエルと、あと先輩ペットと、俺……ご主人様は相当の実力者っぽいけど、シエルのレベルは78。聖女様のレベルって……?)
「えぇぇ! そんなぁ! リリーみたいなもんじゃん、連れて行こうよ! こんなに可愛いのに!」
「リリーとは違うでしょ」
「だ、だって見てよこの尻尾! こんなにふわふわなんだよ!? 雪山なんて寒いところ、毛布がなきゃ死んじゃうよ!」
(俺は毛布要因だったのか?)
「テド……亜人の尻尾はそんなに温かくないわよ。見た目は温かそうだけど、体温は人間とほとんど変わらないんだから」
「それでも! それでも連れて行こうよ! リリーはこう見えて、変温動物なんだよ! 寒いところだと氷のように冷たくなるんだよ!?」
「何の関係があるの?」
「僕の気持ちを考えてよ! 見た目だけでもほっこりしたいじゃん!」
「どこからどう見ても、サシャの見た目はほっこりというよりげっそりよ」
何故かテドは訳の分からないことを主張しながら食い下がり、必死でリスペディアを説得する。
それをリスペディアは冷たくあしらう。
「仲良しだなぁ」
「……」
もしかして、こういうことはよくあることなのだろうか。
テドと出会ってからまだ日が浅いサシャには、よく分からなかった。
(……というか、なんでそんなに俺のことを気に入ってるんだ、この人?)
「あのー、ご主人様。俺は同行したくないんですけど。俺、レベルも低いですし、何か役に立つ技能があるわけでもないし」
「大丈夫だよ、サシャ。僕、サシャのこと大好きだから」
「あ、もしかして俺の声って聞こえてないですか? リリーさんだけじゃなくて、ペット全般の声が聞こえないんですか?」
テドは聞こえないフリなのか、それとも本当に聞こえていないのか、完全にサシャの言うことを無視してリスペディアを拝んでいる。
「ねえお願い! 僕がちゃんと守るから! 面倒見るから!」
「……それ、私のレベルをあてにしてるでしょ」
「もちろん!」
テドは自慢げに胸を張った。
リスペディアは苦笑いして、「分かったわよ」と首を振る。
「全く、仕方ないわね……」
しかしその表情は、どこか楽しそうにも見える。
(俺のこと、いざとなったら捨てるつもりだな……)
サシャは静かに覚悟を決めた。
一度片足を消し飛ばされたせいか、その覚悟は簡単に終わった。
「……サシャ、ね」
リスペディアはサシャの方を見て、それからその足を見た。
「あ、えっと。よろしく、お願いします」
サシャはリスペディアに向かって頭を下げる。
ついさっきまで誘拐しようとしていたし、殺されかけたが。
(これこそ「昨日の敵は今日の友」だな……あんまり友ではなさそうだけど)
リスペディアはふと周囲を見渡し、近くに生えていた木に手を当てた。
「アイカミャンド・ザ・スピリト・ァヴザミラ。イトランズ・ヴェーティクリ・アウトァヴマイパーム・トランスフォーム」
木はバキバキと大きな音を立てながら変形し、小さくなっていく。
「どうぞ」
「……えっ?」
「杖と義足よ。これで歩けるでしょ」
「あ……ありがとう、ございます」
サシャは木でできたそれらを受け取った。
聖女様は相当な魔法の使い手らしい。
「慣れるまで時間がかかるだろうけど。どうせどっちにしろ、すぐには出発できないの。天気が悪いから」
「まだ悪いの?」
「あと少しなの。4日……いえ、2日でいいわ。2日後には出発できると思う。後でもっとしっかり調べてみるわ。この近くにも川があるの。滝より上流で雪山に近いから、もっと正確な状況を知れると思う。雪山は、追っ手も来ないし、雪原に入れば安全よ」
「どういうこと? 僕ら以外は入れないってこと?」
「そうね、そう考えてもらっていいわ。完全に入られないわけではないけど、入られたとしても向こうが勝手に自滅するくらいには、危険な場所よ」
「よく分からないけど、リスペディアがそう言うならそういうことなんだね。逆に言うなら、あと2日は警戒してないと、襲われるってことだ」
「……そうなるわね」
テドは「ふーん」と呟いて、無造作に歩き出した。
どこに行くかと思ったら、てくてく歩いて行って、さっき殺した男の顔を見ている。
「……」
「どうかしたの?」
「……んー……何でもない」
テドは頭にリリーを乗せ、男の死体を見下ろしている。
目深に帽子を被った男は、ピクリとも動かず地面に座るようにして倒れている。
テドは何か考えているのだろうか。リスペディアには背を向けていて、その表情は分からなかった。
「リディア、拠点はどうする? 滝に戻るか?」
「……いいえ、やめておきましょう。魔物相手には強いけど、奴ら煙を焚いてくるわ。あの洞窟は有名だから、冒険者なら全ての出入り口を把握してるのよ」
「ならどうする?」
「このキャンプ地を利用させてもらうわ。囲まれても、シエルの足なら森を走って抜けられる。本当に最悪の状況になったら、雪山に逃げるわ」
リスペディアが言うと、テドが振り返り、「えぇ」と大袈裟に驚いて走って戻って来た。
「三人を乗せて走るの? シエル、大丈夫?」
「ワタシはリディアのことは乗せないぞ。リディアは飛べるからな」
「えっ、飛べる? どういうこと?」
「そのままの意味よ。アンタ見たことあるでしょ」
「あっ、そうだった。砂漠で飛んでたよねー」
(飛ぶ? 砂漠で飛ぶってどういうこと?)
「ここは悪くない場所よ。多人数向きだけど、長居するわけでもないしね。どこにいたって囲まれたら終わりだし、ここは遺跡の跡地だから、遮蔽も多くて守る方が有利だと思うわ」
「確かに、この辺の遺跡って、なんか建物も大きいししっかりしてるよね」
「ずっと昔の話だけど、元々ギルドが管轄してたらしいのよ。気候変動で雪山が拡大する前は、ここの周辺を拠点に活動してた人もいたらしいわ」
「リスペディアって、やっぱりそういうのに詳しいんだね」
「考古学専攻だって言わなかった? 伝説とか歴史には詳しいつもりよ。やっぱりテドもやってみれば?」
「あはは、やっぱり勉強は嫌だなぁ」
(確かに、勉強とは縁遠いだろうな)
失礼なことを考えつつ、サシャはリスペディアが指さした近くの建物に目をやった。
「あの廃墟にしましょ。この辺りだと、一番頑丈そうだし。私が生物検知の結界を張るから、索敵の心配はないわ。彼らが近づいてきたら、素早く非難すればいい」
「そんなことしなくても、皆殺しにすればいいよ。リスペディアがいれば、僕もレベルが上げられるでしょ!」
テドはニコニコして、ガッツポーズする。
やる気満々だ。
「……そうね。テド。でもできるだけ人間は殺さない方がいいと思うの。避けられる戦いは避けましょ」
リスペディアは、子供に言い聞かせるように、静かに、しかしはっきりと言った。
テドはあっさりと、「そうだねー」と頷いた。
「中央都市には教会がある。テドも知ってるでしょ?」
「うん、知ってるよ。死んじゃった人を生き返らせてくれるところだよね」
「えっ、そんなことができるんですか?」
サシャは思わず横から口を挟む。
(人間って、そんなこともするのか……)
「……なんでそんな、偏った情報知ってんのよ?」
リスペディアは誰に言うでもなく小さな声で呟き、それから曖昧に頷いた。
「さすがにそういうことは滅多にしないわ。一部の王族とか、貴族だけよ」
「あれっ、そうなんだ」
とテドは言う。
「一般的には、教会は『奇跡』を所持し、管理する。教会には何人もの『奇跡』の使い手がいる。テドの言う通り、死人を生き返らせたり、天候を操ったり、超人的な身体能力を持ってたり。それは魔法の一種だったり、亜人の能力だったり、または、私のような『呪い』持ちだったりする」
「へー、そうなんだ。あんまり知らなかったなぁ」
「……教会は、普通に生活する分には、そんなに関わりを持たない場所よ。儀式とか、要人の葬式を執り行うくらいかしら」
本当に何も知らなさそうな風にテドは言うが、リスペディアはやや口ごもりテドを見る。疑っているのかもしれない。
サシャは、人間は亜人よりも懐疑的だと知っている。
「『奇跡』の存在は重要よ。この国の……ほとんどの人はそう思ってる。特に教会の人は猶更ね。でもそんな『奇跡』の持ち主、そんなにたくさんいないでしょ。教会はいつも『奇跡』の使い手を探してるの。……私のような」
リスペディアの表情は暗い。
サシャはもちろん、教会には縁がなかったが、奇跡の使い手については少しは知っている。
その呼び名は様々で、『聖女』、『勇者』、『天使』、その他にも『妖精』、『英雄』、など様々だ。
名前や姿が有名な者もいれば、秘密にされている者もいる。
その点でいうならば、リスペディアは前者だった。
亜人のサシャにはリスペディアの名前は分からないが、顔は知っている。
人間なら名前も認識できるのだろう。
その後に彼女自身が説明したその能力も概ね、サシャが知っているものと同じだった。
「私の『レベルドレイン』の呪いは、『触れた生物に一時的にレベルを吸われる』っていうもの。生物っていうのは魔物や人よ。私からすれば自分の弱体化と同時に相手を強化してしまう最悪の呪いだけど、傍からしてみれば違うでしょ? 一時的とはいえ、触れた相手のレベルを底上げできる。レベルが上がれば、ステータスが上がる。
「単純に戦闘能力が全体的に上がるし、何より、魔法やポーションでは手の施しようのない人のレベルを上げることで、半ば強制的に体力を回復できる。だから私は、『聖女』と呼ばれていたわ」
と、リスペディアは俯いて呟くように言った。
「それで、僕のことを助けてくれたんだね。でも、そんな風に人の役に立つ力があるっていいなぁ。羨ましいよ」
とテドはそれとなく言った。
「……そうね」
リスペディアは少し悲しそうに言う。
「テド、リディアの力は、良からぬ者が狙っているんだぞ。昔からそうだ、それなのに教会は……!」
「いいのよ、シエル。仕方ないことでしょ?」
(シエルは、聖女様がこうやって狙われてることを知ってて随行してたのか……危険があるかもしれないってのに、大した忠誠心だな)
サシャはシエルの方をチラッと見る。
相変わらず、寒そうな服装だ。見た目には短毛だが、下半身の毛に意外と保温性能があるのだろうか。
「きょーかいってところ、僕は良く知らないけど、悪いところなの? それなら、リスペディアにいっぱいレベルをもらって、教会を全部やっつけようよ! 僕、リリーと一緒に頑張るよ?」
まださっきの返り血も拭いきれていない状態でテドが言う。
口調は冗談めいているものの、恐ろしく凄みがあった。
「やっつけなくてもいいわよ。私も最悪な場所だと思ってたけど、少なくともアンタの兄さんのところよりはマシみたいだから。『呪い』を解けば、私はもう『奇跡』を使えない。そうすれば、教会と縁が切れるわ」
「そっか! それじゃあ、ぜっったい、精霊さんに頼まなきゃいけないね!」
「そうよ。だから私は行くのよ、雪山にね」
「……え? 雪山?」
とサシャは再び口を挟む。
雪山なんて初耳だ。自殺志願者でも、あの場所には登らない。
「……説明してないの? っていうか、本当になんでこの子、連れて来たの? レベルは大丈夫なんでしょうね?」
「サシャ、レベルいくつ?」
「俺は……22……くらいですけど」
「……狂気の里の周辺の適正レベルは100を超えるのよ、テド。悪いけど彼は連れて行けないわ」
リスペディアは、哀れなものを見るような目でサシャを見る。
(推奨レベルって、ソロパーティの推奨じゃない。4から6人の平均レベルの話だ。今回登ろうとしてるのは……見る限り、ご主人様と、聖女様と、シエルと、あと先輩ペットと、俺……ご主人様は相当の実力者っぽいけど、シエルのレベルは78。聖女様のレベルって……?)
「えぇぇ! そんなぁ! リリーみたいなもんじゃん、連れて行こうよ! こんなに可愛いのに!」
「リリーとは違うでしょ」
「だ、だって見てよこの尻尾! こんなにふわふわなんだよ!? 雪山なんて寒いところ、毛布がなきゃ死んじゃうよ!」
(俺は毛布要因だったのか?)
「テド……亜人の尻尾はそんなに温かくないわよ。見た目は温かそうだけど、体温は人間とほとんど変わらないんだから」
「それでも! それでも連れて行こうよ! リリーはこう見えて、変温動物なんだよ! 寒いところだと氷のように冷たくなるんだよ!?」
「何の関係があるの?」
「僕の気持ちを考えてよ! 見た目だけでもほっこりしたいじゃん!」
「どこからどう見ても、サシャの見た目はほっこりというよりげっそりよ」
何故かテドは訳の分からないことを主張しながら食い下がり、必死でリスペディアを説得する。
それをリスペディアは冷たくあしらう。
「仲良しだなぁ」
「……」
もしかして、こういうことはよくあることなのだろうか。
テドと出会ってからまだ日が浅いサシャには、よく分からなかった。
(……というか、なんでそんなに俺のことを気に入ってるんだ、この人?)
「あのー、ご主人様。俺は同行したくないんですけど。俺、レベルも低いですし、何か役に立つ技能があるわけでもないし」
「大丈夫だよ、サシャ。僕、サシャのこと大好きだから」
「あ、もしかして俺の声って聞こえてないですか? リリーさんだけじゃなくて、ペット全般の声が聞こえないんですか?」
テドは聞こえないフリなのか、それとも本当に聞こえていないのか、完全にサシャの言うことを無視してリスペディアを拝んでいる。
「ねえお願い! 僕がちゃんと守るから! 面倒見るから!」
「……それ、私のレベルをあてにしてるでしょ」
「もちろん!」
テドは自慢げに胸を張った。
リスペディアは苦笑いして、「分かったわよ」と首を振る。
「全く、仕方ないわね……」
しかしその表情は、どこか楽しそうにも見える。
(俺のこと、いざとなったら捨てるつもりだな……)
サシャは静かに覚悟を決めた。
一度片足を消し飛ばされたせいか、その覚悟は簡単に終わった。
「……サシャ、ね」
リスペディアはサシャの方を見て、それからその足を見た。
「あ、えっと。よろしく、お願いします」
サシャはリスペディアに向かって頭を下げる。
ついさっきまで誘拐しようとしていたし、殺されかけたが。
(これこそ「昨日の敵は今日の友」だな……あんまり友ではなさそうだけど)
リスペディアはふと周囲を見渡し、近くに生えていた木に手を当てた。
「アイカミャンド・ザ・スピリト・ァヴザミラ。イトランズ・ヴェーティクリ・アウトァヴマイパーム・トランスフォーム」
木はバキバキと大きな音を立てながら変形し、小さくなっていく。
「どうぞ」
「……えっ?」
「杖と義足よ。これで歩けるでしょ」
「あ……ありがとう、ございます」
サシャは木でできたそれらを受け取った。
聖女様は相当な魔法の使い手らしい。
「慣れるまで時間がかかるだろうけど。どうせどっちにしろ、すぐには出発できないの。天気が悪いから」
「まだ悪いの?」
「あと少しなの。4日……いえ、2日でいいわ。2日後には出発できると思う。後でもっとしっかり調べてみるわ。この近くにも川があるの。滝より上流で雪山に近いから、もっと正確な状況を知れると思う。雪山は、追っ手も来ないし、雪原に入れば安全よ」
「どういうこと? 僕ら以外は入れないってこと?」
「そうね、そう考えてもらっていいわ。完全に入られないわけではないけど、入られたとしても向こうが勝手に自滅するくらいには、危険な場所よ」
「よく分からないけど、リスペディアがそう言うならそういうことなんだね。逆に言うなら、あと2日は警戒してないと、襲われるってことだ」
「……そうなるわね」
テドは「ふーん」と呟いて、無造作に歩き出した。
どこに行くかと思ったら、てくてく歩いて行って、さっき殺した男の顔を見ている。
「……」
「どうかしたの?」
「……んー……何でもない」
テドは頭にリリーを乗せ、男の死体を見下ろしている。
目深に帽子を被った男は、ピクリとも動かず地面に座るようにして倒れている。
テドは何か考えているのだろうか。リスペディアには背を向けていて、その表情は分からなかった。
「リディア、拠点はどうする? 滝に戻るか?」
「……いいえ、やめておきましょう。魔物相手には強いけど、奴ら煙を焚いてくるわ。あの洞窟は有名だから、冒険者なら全ての出入り口を把握してるのよ」
「ならどうする?」
「このキャンプ地を利用させてもらうわ。囲まれても、シエルの足なら森を走って抜けられる。本当に最悪の状況になったら、雪山に逃げるわ」
リスペディアが言うと、テドが振り返り、「えぇ」と大袈裟に驚いて走って戻って来た。
「三人を乗せて走るの? シエル、大丈夫?」
「ワタシはリディアのことは乗せないぞ。リディアは飛べるからな」
「えっ、飛べる? どういうこと?」
「そのままの意味よ。アンタ見たことあるでしょ」
「あっ、そうだった。砂漠で飛んでたよねー」
(飛ぶ? 砂漠で飛ぶってどういうこと?)
「ここは悪くない場所よ。多人数向きだけど、長居するわけでもないしね。どこにいたって囲まれたら終わりだし、ここは遺跡の跡地だから、遮蔽も多くて守る方が有利だと思うわ」
「確かに、この辺の遺跡って、なんか建物も大きいししっかりしてるよね」
「ずっと昔の話だけど、元々ギルドが管轄してたらしいのよ。気候変動で雪山が拡大する前は、ここの周辺を拠点に活動してた人もいたらしいわ」
「リスペディアって、やっぱりそういうのに詳しいんだね」
「考古学専攻だって言わなかった? 伝説とか歴史には詳しいつもりよ。やっぱりテドもやってみれば?」
「あはは、やっぱり勉強は嫌だなぁ」
(確かに、勉強とは縁遠いだろうな)
失礼なことを考えつつ、サシャはリスペディアが指さした近くの建物に目をやった。
「あの廃墟にしましょ。この辺りだと、一番頑丈そうだし。私が生物検知の結界を張るから、索敵の心配はないわ。彼らが近づいてきたら、素早く非難すればいい」
「そんなことしなくても、皆殺しにすればいいよ。リスペディアがいれば、僕もレベルが上げられるでしょ!」
テドはニコニコして、ガッツポーズする。
やる気満々だ。
「……そうね。テド。でもできるだけ人間は殺さない方がいいと思うの。避けられる戦いは避けましょ」
リスペディアは、子供に言い聞かせるように、静かに、しかしはっきりと言った。
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