第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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03 吸血ヒステリー

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「うっ、ぐ……」

 普通に八重歯二本は痛い。

 的確に頸動脈を抉られた。噴水のように出血し、急激な血圧低下に耐えられずに意識が途切れそうになるが、唇を噛み痛みで覚醒させる。

 427は夢中だ。しゃぶりつくようにして血を啜っている。力が戻ってきているのを、他人の俺ですら肌で感じる。


「いい子だな……」

 427は離れない。

 俺もなんとか意識を繋ぐが、正直ギリギリだ。指先に力が入らない。体温が低下している。寒い。


「……はぁ、ハァ、っ、ぐ、427……悪いが、終わりだ……」
「……」

 俺は、427の首筋に指を這わせ、強く圧迫した。
 吸血に夢中になっていた427はそれに気づくことなく、数秒後、突然倒れた。気絶したのだろう。

 一方俺の方は激しい出血が続いていたが、傷口を圧迫し、しばらく意識を集中させるとすぐに傷口が塞がった。


「はぁ……」

 血が足りない、クラクラする。まだ自分の致死量が分かっていない。まぁ、最初だからサービスしてやったと思おう。って奴だ。
 座っていられず横になる。血だまりが見える。


「特殊勤務手当、出るんだろうな……」

 なんてことを愚痴ってみる。
 まあ間違いなく出るだろう。多分少なくない額が。
 恐らく、二、三人の人生を狂わせるほどの金が。


「……ん……っ」

 427が目覚めた。

 思ったより起きるのが早い。
 横になっているところを見られるわけにはいかないので、なんとか体を起こした。

 ここで襲われたら、さすがに万事休すかもしれない。
 何がとは言わないが。


「……」

 427はきょろきょろと辺りを見回して、それから血だまりと、座っている俺と、多分俺の首を見て、鏡越しに自分の顔を見た。


「あっ……」

 血の気が引いた。と、表現するのが一番正しいだろう。
 427は一気に青ざめ、俺に駆け寄って来た。


「か、かんしゅさま、看守様! あっ、あぁ、看守様、嫌、ぁあ、あ、死なないで、やだやだ、死なないでください!」

 427は震えながら泣いていた。

 ボロボロととめどなく溢れる涙が汚らしい。そんな涙を、こすりつけるようにして縋ってくる。


「おい……死ぬわけないだろ……」

 俺は427の頭に手を回し、撫でてやった。ひどい震えだ。まるで凍えた鼠みたいに。


「だって、血、血がいっぱい出て、血がっ」
「冷静になれ。もう止まってる」

 俺は首を見せる。
 427は目を見開く。当然の反応といえば、当然の反応だ。


「特殊な体質なんだ、死なないから安心しろ」

「ごめんなさいっ、ごめんなさい、ごめんなさい、僕のせいで、僕、僕のせいでごめんなさい、僕のせいで、僕が悪いんだ、僕が、僕が生まれて来なければ、みんな僕のせい、僕が、僕が僕が」

「大丈夫だって言ってるだろ。騒ぐな、気持ち悪い」

 どうにも、こいつにはメンヘラの気がある。
 メンヘラ女には、昔酷い目に遭わされた。もう一度付き合うのはごめんだ。


「うぅ、うっ、うぅ、うぅぅ……」
「……」

 だがしかし、これは仕事だ。

 大泣きする427をよしよしとなだめてやっていると、こちらの体調も戻って来た。

 その間に、427の火傷はほぼ完治していた。


「お腹、膨らんだか?」
「うっ、うぅ、うぅぅ……」

「おいいつまで泣いてるつもりだ427。いい加減にしろ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 幼い子供のように泣きじゃくる427を、俺はなおも慰め続ける。

「吸血したくなかったのか?」
「ごめんなさい」

「お前が生存するためにはこれしか方法がない」
「そんなこと! そんなこと、ない……!」

「あるだろ。吸血はお前にとって食事だ」

「そんなことありません! お腹空いたのは、我慢すればいいんです! どうして枷を外したの、幼体のヴァンピールは銀の枷を外せないのに、空腹のまま放置しておけばいいのに!」

「空腹だから食事するんじゃない。お前の命を維持するために食事が必要だから、空腹を感じる」


 俺の主な仕事はこのエサやりになるというのに、俺は毎回毎回、こんなケアをしないといけないのだろうか。
 せめてもう少し俺のタイプだったら、気持ちも乗ったかもしれないが、こんなヒョロヒョロの色白なんて耐えられない。

 いやよく考えたら、吸血鬼だし色白なのは当然なのか?
 ヴァンピールの生態はまだよくわかっていない。


「僕はただ、もう誰も傷つけたくないだけです。それの何がいけないんですか?」

「人間だって、生物を殺してそれを食って生きてる。俺もそうだ。何かが生きるには犠牲が付き物だ。お前もそれと同じだろ」

「それでも人間様は、大切な人を殺して食べたりしません」

「人間様はな、生きるためでもないのに、大切なものをぶっ壊す生き物なんだよ。お前の方がずーっとマシだ」

 俺は427に詰め寄り、その額に、人差し指を突き付けて屈み、視線を合わせた。
 光のない暗い色の瞳は、少し輝いて見える。

「それに何より、お前は、俺を、殺して、ない」
「……」

 427は、俺から目を逸らして唇を噛んだ。


「……それでも僕は、看守様のようにお美しい方を傷つけたくありません」
「媚を売ってるつもりか?」
「僕が人間だったら、看守様のような人と結婚したかった」
「男だ。俺は」
「えっ」

 素で驚きやがったこのガキ。
 ぶっ殺してやろうか。

「そ、そうだったんですか。看守様は、その、お美しいから、女性の方だと思いました」

「お前の眼球は飾りか? 俺は学生に間違われたことはあっても、女に間違えられたことはない。少なくとも、制服を着てる間は」

 舌打ちして軽く蹴っ飛ばすと、427はびっくりしてトコトコ逃げ出す。
 随分と元気になったようだ。

「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい!」
「じゃあ427、俺の目の色は?」
「青色です」
「髪の色と長さは?」
「白色で、短いです!」

「じゃあ白髪で短髪で、目が青ければ俺だ。俺は女でもないし、学生でもない。他の看守がお前に何か命じたら、担当看守だけに従うように言われてると言って断われ」
「はい」

 427は、従順に頷く。


「お前は良い子だな」

 それは間違いなく本心だった。


 この子は良い子だ。

 他人を傷つけることを嫌い、人に虐げられることを厭わず、人間を尊敬して従っている。
 子供にはいい思い出のない俺でも、この子がいい子だということは分かる。


「ありがとうございます」

 427は、嬉しそうに笑った。


「今日は、お前の健康診断をするように言われてる。俺の仕事はなるべく低ストレスでお前を生かすことだ。自由発言は引き続き許可する、何かあれば言え」

「はい、言いたいです」
「なんだ」

「看守様は、427番を拷問しないのは何故ですか?」

「お前、俺の話を聞いてたか? 低ストレスで生かすって言ってるだろ」

「でも、427番は一番厳しくて恐ろしい看守様をお願いしますと申し上げました」

「そんなお願いが通るわけないだろ。俺が割り当てられたのは俺の体質からだ。俺は厳しくも恐ろしくもない」

「で、でも看守様は夜な夜な囚人をいたぶって高笑いしていると専らの噂です」

「……」

 酷い噂が流れているようだ。
 全く事実無根でもないので否定もしにくい。いや、高笑いはしてないけど。


「……427番、お前はマゾなのか?」
「マゾとはなんでしょうか、看守様」

「マゾヒスト、被虐嗜好者、痛いことが好きってことだよ」
「427は、罰を受けたいと思います。427はまぞひすとだと思います」

「そうらしいな。よく分かった」
「ありがとうございます」

 427は、意味が分かっているのかいないのか、よくわからない顔でニコッと笑った。
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