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新しい事業
しおりを挟むミルカが言った。
ほとんど叫んでいた。
「クサリさん、まさかこれっきりってことはありませんよね!?」
あまりに足りないものの多すぎる言葉であるわけだが。
それでも、何を訴えたいのかは分かる。
なにしろ、彼女の背後からはメイドさん。いや『雨降らす乙女達』のメンバーたちが、そわそわとした様子でこっちを見てる。あからさまに腰が引けてはいるが、彼女たちは彼女たちで、やはり何かを訴えようとしているのだった。
それに応えて、俺は言った。
ミルカでもなく、メイドさんたちでもなく、シンダリに。
「聞かせてもらえるかな――さっき言ってた『ひとつ考えてる事業』っていう奴について」
俺の考え通りなら、これでミルカたちの訴えは満たせるはずだった。
その通りだった。
シンダリが言った。
「今夜の舞台ですが、これで終わらせるのは余りに惜しい……その点については、同意を頂けることと思います。私の考える『事業』とは、いかにそれを実現させるかです。現在、この街には劇場が3つある。その1つに、私は伝手を持っています。週に一度、ここで『雨降らす乙女達』の公演を行えるよう段取りを付けます――もちろん!」
人差し指を立て、みんなを見回して、シンダリは続けた。
「もちろん、これでは事業と呼べない。大きな会場で、自分の息のかかった人間に公演をうたせる。それで、ある程度の儲けを出すことは可能でしょう。しかし、それでは事業と呼べない。あまりに広がりが無い。言い方を変えると、それで儲けられる人間の数なんて、たかがしれてる。単なる、足し算の商売に過ぎません。私が手がけるなら掛け算だ。そしてそれこそが、私の考える事業なのですよ」
ミルカを見て、にっこりとシンダリは微笑む。
「今夜の舞台を観て気付いたことですが、観客の中には、女性も多かった。若い娘が歌い踊るのを観て、同じ女性が声を上げ跳ね踊っていた――意外なことです。私たち男性の感性からしてみれば、全く理解しがたい程、意外なことです」
まったくだ、と苦笑するルゴシに、再びシンダリが微笑む。
「しかし、理解し難いとは言っても、あくまで感性においての話に過ぎません。考えてみれば、それなりに納得のいく考えを導き出すことが出来ました。私たち男が若い女性を見る際、もっとはっきりと言えば、女性に金を使おうとする際、判断の基準とするのは、抱きたいと思うかどうかです。もちろん、今夜の観客の男性たちもそうだったでしょう。では、同じく舞台の『雨降らす乙女達』に熱い視線を送る、女性たちはどうだったのか――これは『なりたいかどうか』だったのではないでしょうか」
へえ――イゼルダが声を上げたが、今度は微笑まず、シンダリはそちらを見ようともしなかった。
「舞台で歌舞し、観客の熱狂を浴びる――『もし自分があそこにいたら?』。そんな想いが、観客の女性たちにはあったに違いありません。そしてそんな想いを抱かし得たのは、『雨降らす乙女達』――彼女たちが、歌姫でもなければ娼婦でもなく、貴族の奥方でもなければ商人の妾でもない、女性を職業とはしていない、ただの娘たちに過ぎなかったからなのでしょう。だからこそ、彼女たちは『雨降らす乙女達』に己を重ねることが出来たのです。そして同じことが、今夜はいなかった種類の女性たちに対しても起こるのは間違いありません」
今夜いなかった種類の女性たち――「少女たち」
「その通りです、クサリさん。この事業の対象とするのは、少女たちです。『雨降らす乙女達』の名前が刺繍されたハンカチやスカーフ。舞台衣装と同じ型紙のドレスも、立派な商品になるでしょうな。そして『対象は少女たち』と言いましたが、実はこれは正しくない。正確には『少女的な趣向の持ち主』と呼ぶべきでしょう。益体もないチマチマした小物や、ゴテゴテした過剰な装飾のドレスに胸を踊らせる。そんな感性を持っているのは、ミルカ様――あなたのような少女だけでは無いのですよ。では、誰が? それは、金にも女性にもほどほどに不自由していない、私のような中年男に他なりません。男として、自らの手の届かぬ栄達に憧れ、手を伸ばし、そして自分なりの答えを得た、我々中年男が、人生の折り返し地点を過ぎ、その先に死も見据え始めたところで見つける、新たな、いわば究極の『手の届かぬ栄達』。それこそが、少女なのです。中年男は、みな少女になりたがっているのですよ!」
一気に言い切られて、俺は言葉を失った。あえて表現するなら、それは敗北感に近かった。ドルオタのキモい中年男であった前世の俺について、この上なく正確に、その性根を言い当てられてしまったような、そんな気持ちにさせられてしまっていた。
しかし――
「私の提案も、ほとんど同じです。違うとしたら、劇場に出演するのでなく、自前の劇場を持って毎日公演したらという――」
「ほお。それでしたら、商品を置く売店も常設できますし、自前の劇場であれば『大量の商品を購入した客だけが観ることの出来る特別な公演』等を開くのも容易になりますし、それに――」
――お互いのプランを話して顔をほころばせあうミルカとシンダリを見てたら、だんだん、冷えてくのが感じられた。頭の奥のほうが、すっと熱が引いたように、冷たくなっていた。
気付くと、俺は言ってた。
「常設の劇場と、関連商品の販売――まだまだ、入り口に過ぎませんね。食堂も併設するべきでしょう。給仕は『雨降らす乙女達』と同じ格好をした女性たちが行い、夜には、もちろん酒場になる」
イゼルダとルゴシも、俺の声音から何かを感じたらしい――彼らもまた、冷たくなっていくのが、気配で分かった。
「公演は、毎日。昼と夜の二回行います。夜が一軍で昼が二軍。客の人気次第で昼から夜に上がるメンバーもいれば、夜から昼へと落ちるメンバーもいる。そうやってメンバーの間に競争関係を作るわけです。そして競争は、昼と夜だけじゃない。曜日ごとでも行います。全体を3グループに分けて、月曜から土曜の間で持ち回りで公演。その週で最も収益の高かったグループが、日曜日に公演する権利を得る。ああ、疑問に思われるでしょうが、分かってますよ? これだと、メンバーの数がとんでもないことになる。私が想定してるのは50人弱といったところですが、もちろん、これでは食っていけない。我々ではなく、彼女たちが。競争によりメンバーのレベルが上がり、劇場が得る収益は高くなるでしょうが、メンバー一人一人に渡される給金は、人数が多い分、少なくなる。でも、いいんです。給金なんて、雀の涙ほどで構わない。何故なら、メンバーになりたがる女性なんて、いくらでもいるからです。というよりは、メンバーにさせたがる金持ちたちがですが。『雨降らす乙女達』のメンバーと言ったら、ちょっとした有名人です。メンバーと知り合いというだけで、鼻が高いでしょう。ましてやそれが、自分の家のメイドであったり、労働奴隷であったり、妾であったりしたら? 給金なんていらないから、この娘をメンバーにしてやって欲しい。そんな申し出が、殺到するでしょうね――となれば、給金を払うどころか、こちらが預かり賃を貰う立場になるまでは、すぐでしょう。そうだ、忘れてた。競争といえば、投票です。どのメンバーが好きか、定期的に客に投票させるんですよ。投票で上位に入ったメンバーは、次の投票まで、公演で目立つ位置に立たせて貰える。投票券は銅貨5枚程度で販売され、一人で何枚買っても構わない。最初は年1回のお祭りとして始めて――でもすぐに、もっと頻度を増やせと要望が出るでしょうね。そうしたら、半年に一度くらいに増やしてもいいし、適当な理由をつけて、突発的にやってもいい――お分かりでしょうが、これは、歌や踊りを売ってるんじゃない。それらを含めた商売の仕組み自体に価値がある事業なんです。最終的には、他国へこの事業の雛形を販売することになるでしょう。その時は、こっちでそこそこ人気のあるメンバーを、オマケに付けてやってもいいかな――」
言葉を区切って見ると、既に全員が冷えていた。俺が話したのは、俺が見た景色。俺、いや俺たちドルオタが自分の半分もいかないような年齢の少女たちに浮かれ、憧れ、その果てに辿り着いた景色だった。俺は言った。
「――これが、我々の作ろうとしている地獄です」
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