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14 かわいそうなままでいて
しおりを挟む俺の世界は、五歩で端までいける狭い部屋と一本の木が見える小さい窓。
それだけだった。
「いい? ヴォルフ。この部屋から出てはダメよ?」
物心ついたときには、暗く寒い部屋に一人でいた。
数日おきに来るナディアという少女は、簡素な食事と一緒にいつも俺に先の言葉を置いていった。
ナディアは俺に常々こう言った。
「あなたは周囲をすべて真っ暗闇にしてしまう呪われたお人形なの。その証拠にほら、ナディアの髪も瞳も黒いでしょう?」
そう言うと俺に鏡を見せ、そしてズルズルと長い自分の黒髪を俺に見せた。
確かに俺達二人とも真っ黒だ。
「この部屋の外にね、人がたくさんいるんだけどだーれも黒くないの。でも、ナディアだけはあなたのせいで黒いの。髪と瞳だけじゃないのよ。ほら見て?」
そう言ってナディアが袖を捲ると、いたるところの皮膚が青黒くなっていた。
それは痛みを伴わないと体に現れないものだ。以前、ナディアが急にその辺にあるもので俺を殴ったとき、それが俺の腕にも現れたから知っている。
なんだ。あれは俺の呪いのせいだったのか。
消えてしまったのは、その呪いがナディアに伝染ってしまったからなのだろう。
「ね? あなたに呪われたから、ナディアは痛い思いをしたの。これはあなたのせいなのよ? だけどナディアはあなたのことを責めたりしないわ。だってあなたはナディアのお人形さんなんだもの」
ナディアの腕にはいつも人形があった。それは手足と頭に糸がつけられていて、その先には木の棒のようなものがある。それは「操り人形」で、その木の棒を使うとまるで生きているみたいに人形が動くのだと以前教えてくれた。
俺がその操り人形みたいだと、ナディアはよく笑っていた。
ナディアは時折絵本も持ってきては、それを読み聞かせてくれた。
『昔々あるところに、かわいそうな女の子がいました。
女の子は家族にいびられる毎日を送り、自分の人生には希望などない真っ暗闇なものだと思っていました。
ですが女の子のもとにある日突然、目が眩むほど綺麗な王子様がやってきました。
王子様は悪いやつを退治し、女の子に手を差し伸べ、助けてくれました。
それから二人は互いに愛し合い結婚をして、女の子はお姫様になり、幸せに暮らしました』
「この女の子がナディアなの」
ナディアは最後のページで華やかなドレスを纏った女の子の絵をいつも指差した。
そのドレスは「ピンク色」なのだと以前教えてくれた。
「だってナディアはとてもかわいそうでしょう? お母様にとってナディアはお人形なんだって。お母様の言うことをすべて聞くお人形じゃないといけないの。だからお人形らしくできないと、とても醜い顔でぶってくるのよ。ナディアはヴォルフみたいな呪いの人形ですら可愛がってあげるいい子なのにね」
おかあさま、とはなんだろう。
みにくいかお、とはなんだろう。
ナディアの言葉は難しくて、あまりついていけない。
散々愚痴を零したあとは、いつもその絵本に描かれた真っ黒に描かれた『悪いやつ』を見てから、愉しそうに俺へ指を差す。
「この真っ黒なものが、ヴォルフなのよ」
ナディアはそう言って、クスクスと笑う。
「だからきっと、ナディアを助けてくれる王子様が現れるわ。あ~あ、早く来ないかなぁ」
じゃあ俺は、いつか来るその王子様によって退治されてしまうのか。
嫌だな。怖いな。
でも、それでナディアが「かわいそうな女の子」から「お姫様」になれるのなら、俺は退治されるべきなのかもしれない。
そんなことをぼんやりと思った。
時折、ドレスでも隠せない箇所を青黒くしたナディアがやって来て、操り人形を抱きかかえながら泣きそうな顔で俺によく漏らしていた。
「ねえ、ヴォルフ。ナディアはとってもかわいそうな子だけれど、一番かわいそうにはなりたくないわ。だってそんなのとっても憐れで惨めだもの。だからそれはヴォルフの役目。惨めでかわいそうで真っ黒で呪われているヴォルフがいると安心するの」
ナディアの言葉の全てはわからないけれど、そのときの俺は『あぁ、俺はまたナディアを呪ってしまったのか』と思った。
「ヴォルフはナディア以外誰にも知られていない、世界で一番かわいそうな呪いのお人形。だから、かわいそうなままでいてね」
ナディアの真っ黒な瞳が、俺を見て安堵に濡れていた。
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