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かわいそうなままでいて
しおりを挟む以前読み聞かせてくれた絵本にナディアは興味を失くしたようで、その絵本はずっと俺の部屋にあった。
ナディアが来ない日は時間が経つのがとても遅い。だから読み聞かせてくれた言葉を思い出しながら文字を読んで、描かれている華やかな絵を日がな見つめ続けた。
外の世界はこの絵のように綺麗なんだろうか。
だとしたら呪われた俺が行けば、すべてが真っ黒になってしまうのだろう。
俺の呪いのせいで、一日の半分は外も真っ黒になってしまうけれど、きっと俺が呪いを抑えることができるようになれば、外に呪いを出さずずっと外を明るくできるはず。
黒を全部この部屋の中に閉じ込めればいい。
俺がここにいれば、世界のすべてを黒くさせず、呪われない。
でもナディアは、自分が真っ黒になっても俺に優しくしてくれて、俺をここに閉じ込めてくれる。
ずっとここにいれば、ナディア以外誰も黒くしない。
ずっとここで、ナディアの操り人形でいればいい。
そう思っていた。
「大丈夫?」
聞いたことのない柔らかくも強い声を向けられ、反射的に後退った。
ある日突然多くの人間がこの部屋に来て、何やらいろいろ言っている。そのことに恐怖しているとき、その声は聞こえた。
先程窓の向こうでナディアの隣にいた子だ。
あの絵本に出てくるお姫様が来ていたドレスと同じ「ピンク色」の髪を持つ、瞳は呪われていないときの空のような色だ。
この子はまだ呪われていない。
でもこれ以上俺に近づいたら呪われて、その綺麗な色が黒くなってしまうかもしれない。
「やだ! さわる、だめ!」
「わかったわ。触らないから近くに行ってもいい?」
少女の後ろにいる大きな人間が「でんか!」と叫んでいた。
自分とナディア以外の人間を近くで見たことはなく、その大きな声に驚き体が震えた。
それに気づいた様子の女の子が、優しい淑やかな声で語り掛けてきた。
「私はユリアーネ。この国の姫よ」
「ひめ……おひめさま……?」
黒に慣れきった俺の目には、女の子は内から輝いて見えた。
だがこの子はあの絵本に出てきた悪いやつのように、俺を消しにきたのだろうか。でも、それなら退治するはずの王子様はどこにいるのだろう。
どうして俺を倒しに来たのに、そんなに優しい笑みを向けてくれるのだろう。
ナディアのような背筋がゾッとするような顔とは違う、泣きたくなるほど優しい笑みを。
「おれ、を、たいじ、する?」
俺の問いかけに、少女は驚き大きな丸い目をさらに見開いた後、力強く首を振った。
「そんなことしないわ。あなたをここから出したいと思って、ここへ来たの」
「おれ、さわる、だめ……呪い、ある」
すると少女は差し出し続けていた手をそっと下ろし、眉を下げながら無理矢理笑みを作って俺を見た。
「そう……。私が呪われないよう気遣ってくれていたんだ。優しいのね」
少女の声が一瞬震えたように聞こえたような気がした。
未だ戸惑う俺をよそに、自身のピンク色の髪を結んでいたリボンを解き、片側だけを掴んだ状態で俺に拳をつきだした。
「端、持って?」
「え?」
「ここ、持って? それならあなたに触れないでしょう?」
垂れ下がったリボンの端を指差した。
「触られるのが怖いのなら、今はこのリボンを持ってくれればいいわ。一緒にお城に行きましょう」
「……おれ、たいじ、する?」
「しないってば。あなたの呪いを解いてあげるのよ」
最後は折れるような形で、差し出されたリボンを握った。それを確認した少女が立ち上がると、自ずと俺も立ち上がった。
「行こ!」
リボンによって俺と少女が繋がり、少女が歩き出し、つられて俺も歩く。
――――操り人形みたい。
糸で吊られた、糸で繋がっている、操り人形。
でもこの子に操られるのは嫌じゃないと、そう思った。
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