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15 姫様
しおりを挟む王城で過ごす日々は目まぐるしかった。
知能が実年齢に伴わないためすぐさま教育が始まり、そこで黒は呪いなんかではなくただの遺伝というもので、しかも当たり前のように自分以外にも黒髪黒目がいることを知った。
ユリアーネと名乗っていたあの少女は、とても偉い人の娘で、本来であれば俺のような者は話すことすらできないような人だった。だがその少女本人が、俺への教育を願い出て王城に住まわせることを許可してくれた。
お姫様なのに、王子様みたいだと思った。
姫様は俺のことを助け、たくさんのことを学ばせてくれて、俺にたくさん会いに来てくれて、一緒に遊んでくれて、幸せにしてくれた。
ずっとこのまま、姫様の傍にいて幸せでい続けたい。
そう思っていたある日、王配殿下に呼び出された。
「ユリアーネから離れてくれ」
普段姫様の前で見せていた温厚で気弱そうな姿は一切無く、こちらを凍てつかせるような冷然としたものだった。
それは威厳というものでもなく、ただ命を握られている仔犬にでもなったように思わせるものだった。
「なん……」
「何故かは、ユリアーネがこの国の王女だからだ」
その一言ですべて理解できるほど、俺はまだ賢くなかった。
「君がユリアーネの周りをウロチョロするのは困る。あの子には将来然るべき相手と結婚する義務があるのだから」
そこまで言われてようやく理解した。要は俺は邪魔なのだ。
姫様の将来はこの国の将来。そこに俺は邪魔なのだとハッキリ言われている。
身分相応を考えろと、この御人は言っているのだ。
でも俺は、もう姫様がいない場所で生きられない。
「姫様がいないと……俺はもう動けないんです」
だって、俺は姫様の操り人形だから。
俺の糸は、姫様の手の中にある。
俺の四肢も、指先も、頭も、胸の奥にある大事なところも、その全部が繋がる糸は姫様が握っている。
俺は、これ以外の幸せを知らない。
俺にとって、これ以外の幸せはない。
姫様を見る、姫様が笑う、姫様がいる。
――――俺にとって、それが『幸せに暮らす』ことなのだ。
「そんなにユリアーネと一緒にいたいか?」
王配殿下の目は先程のような冷たさはないが、代わりにこちらが怖気るほど妖しいものとへなっていた。
それでも必死に気圧されず、王配殿下を見つめた。
「はい」
「ならばユリアーネの側近となりなさい。……そうだな、あのクラムロス家の血を継いでいるのなら、体は頑丈だろうし護衛がいいだろう」
「ごえい……」
「ユリアーネを守る者のことだ」
姫様と遊ぶとき、傍らにいた剣を携えた人達が常にいた。護衛とはあれのことか。
「それになれば、常に姫様のお傍にいられるんですか?」
「むしろ常にいてもらわねば困る。……ユリアーネは常に命を狙われるような立場だからな」
「姫様の、命が……?」
「あぁ。それに人間というのはいつ裏切るかわからないものだからな。適当なものを傍に置いてしまえばユリアーネは容易に殺されてしまう」
「そんなのダメだっ……!」
思わず声を荒げた俺を見て、王配殿下は満足そうに笑んだ。
「そうだろう。だが君のようなユリアーネへの忠誠が厚い者ならば、私も安心できる。どうかな?」
「なります。姫様を守れる人間に、絶対になります」
「ユリアーネを守るため、私の命令にも従ってもらうがいいかな?」
「それで姫様を守れるのなら」
今思えば、俺を城で引き取った時点で王配殿下はこうなる未来を描いていたのだろう。劣悪な環境にいた俺を姫様が救い出し、俺は姫様に妄信する。忠実な仔犬を忠実な番犬となるよう育てたのだ。
姫様にはもちろん、王配殿下にも忠実な番犬を。
姫様の傍にいるために姫様の傍を離れると決め、王宮を出る際姫様に握手をねだると、涙を浮かべながら姫様は躊躇なく俺の手を握ってくれた。
――――黒くなんかならない。
姫様の白く滑らかな手を見て、すでにわかっていたことを改めて思った。
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