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1巻

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   プロローグ


 人間、誰しも一つくらいは自慢できるところがあると思う。
 例えば目が大きいとか、鼻が高いとか、肌が綺麗とか、脚が長いとか……
 いや、今挙げたものならめちゃくちゃに自慢できる。そりゃあもうおおっぴらに。
 そうでなくて、爪の形が綺麗とか、指毛が薄いとか、へそにゴマ溜まりにくいとか、なんかそんな感じの「え? それ自慢か?」みたいなものも含めたら、皆絶対一つは自慢できるところがある。


 そして私、小倉おぐらあゆみの自慢できるところは「頭の形が良い」――これだ。


 少し私の話をさせてほしい。
 日本人の平均オブ平均である私は、容姿は可もなく不可もない。細身で中背。敢えて言うならば少し胸が大きい。少しだけだが。
 高校まで共学で女子大に進み、現在は中小企業の事務をしている。ほんと平均な見た目と人生。
 唯一とも言える自分の長所を活かすべく、私は生まれてこの方ずっとショートカットでいる。
 彼氏いない歴は一年、ちなみにその人が初めての彼氏。だがその人とは清い交際で終わった。
 それはなぜか。
 ――相手の体が貧相だったから。
 これに尽きる。
 そういうことをしようとして、互いに服を脱ぎ彼の体を見た時、細身とわかってはいたけれど思っていたものよりも格段に貧相な体を目にして、私のアソコは「砂漠か!」とツッコミをいれたくなるほどカラッカラで潤みの「う」の字もなく、胸すら触らせずに強制的に未遂で終わらせた。
 少々オタク気質な私が嗜んでいた漫画や乙女ゲームでは細身の男でも脱いだらすごいって感じだったのに全然すごくなかった!
 男の人ってみんな筋骨隆々なんじゃないの!?
 なんだこのヒョロヒョロは! 胸筋も腹筋もないどころか、腹なんて内臓入ってるのか心配になるぐらい薄いじゃないか!
 あの筋肉の壁のようなシックスパックは!? 女性の倍くらいはある肩幅は!? 盛り上がった大胸筋は!? 人一人簡単に抱えられる逞しい腕は!? プリッという効果音が似合うお尻は!?
 そして理解した。
 私は筋骨隆々な男性が好きなのだと。
 そして男の人の体に夢を見ていたのだと。
 それなら、私は服を着ていてもわかるほどのガチムチマッチョな男性をゲットする!


 そう決意して早一年――


 現在、私は


 異世界の道端に倒れています……



 なんだこれ。






   第一章


 あれ? 私、今の今まで家でお酒飲んでたんだよね?
 やっと華金が来て、帰りにお惣菜と缶ビール買って、ルームウェアに着替えもせずに一人で酒盛りしてた……とこまでは覚えてる。
 なのに何故に今、真っ昼間にパンツスタイルのオフィスカジュアルの格好のまま石畳の道に倒れているのだろう。
 やばい、飲みすぎて記憶が曖昧だ……

「あの、大丈夫ですか……?」

 頭痛がひどくて起き上がれない。が、話しかけてくれた人を無視するわけにもいかない。
 こめかみを押さえながら起き上がると、目の前には昔の西洋の服装のようにウエストから広がっているワンピースを着た可愛い女の人がいた。
 可愛い子だなぁ。え、髪なっっっが!!
 鮮やかな赤い髪にも驚いたが、それよりも髪の長さに驚いた。片側に纏めて三つ編みにしているというのにへそ下まで伸びている。三つ編みにしてこの長さってどういうこと!?
 気づけば私の周りには人が集まっていた。辺りを見渡すと、その場にいた女性は誰しもが驚くほど髪が長い。

「あ、あの……?」
「あ、すみません。大丈夫です! あの、ここは一体……」
「――どいてどいて。ここに不審な奴がいるって聞いたんだが……こいつか」

 黒い軍服のような服装の男の人達がぞろぞろと連なってやってきた。どうやら警察のような感じの人達らしい。
 厚手の服の上からもわかる逞しいお体で、良い眺めでとっても眼福なのだが、それどころではない。
 不審な奴って私のことだよね?
 どうしよう! 捕まっちゃう! 逃げなきゃ! あぁぁ、でも頭いっったい! 飲みすぎた!

「変な恰好してる奴だな。女みたいに細いし。とりあえず連れて行くか」
「えっ! どこに!?」

 いやそれよりもまず女なんですけど!?
 地面に座り込んでいた私の両脇を逞しいお兄さん二人がガッチリと掴んで、無理矢理起き上がらせた。
 こんな状況なのに、その逞しい腕の筋肉に触れられたことに、私は不覚にも喜んでしまった……


「ほらっ坊主、ここに入っとけ」

 放り込まれたのは暗く狭い牢屋だった。薄くて変な染みができている毛布とバケツが置いてあるだけ。あのバケツってもしやトイレ……?

「あの、私怪しい者じゃないんです! なんでか知らないけど、いつの間にかあそこにいただけなんです!」

 予想していたが、ありきたりだけど必死な言い訳はまったく聞いてもらえず、逞しいお兄さん達はさっさとどこかに行ってしまった。近くにいるのはひょろっとした男一人。恐らく私の見張りだろう。

「そこの細いお兄さん、ここから出してもらうことってできます?」
「……」

 無視。
 まあそりゃそうか。
 あーまだ酒も残っているから頭痛い。もう酒なんか飲まないぞ! って、これすでに何度も思ったことだな…
 これって異世界転移ってことで合ってるよね? ラノベでそういった作品をいくつも読んできたから結構冷静な自分がいる。
 だけどこの状況がどうにも納得がいかない。
 異世界ライフって、チート能力を持って世界救ったり、王子だか皇太子だか貴族だかに見初められて溺愛ラブラブ生活が始まったりするんじゃないの?
 なんで二日酔いの状態で道のど真ん中で倒れて牢屋に入れられて、しかも男と間違われてるわけ?
 全然思ってた異世界ライフじゃない!
 なんにもすることがないし、二日酔いだからひとまず寝よう。
 置いてあった毛布を一瞥し、改めて使いたくないと思ったため、壁に寄りかかりながら体を丸めると、こんな環境だというのに私はすぐに眠りに落ちていった。


「――きろ。……起きろ! おい!」
「へあっ?」

 目が覚めると見張りの細いお兄さんはいなくなっていて、そのかわり、先ほど道で私を連行しろと命令していた男の人が格子の向こうで私を見下ろしていた。
 その後ろに新たに二人の男性がいる。雰囲気からして話しかけてきているお兄さんの上司のようだった。
 後ろの二人のうち、一人は青い髪に青い瞳をした綺麗な顔の人。
 男の人だということはわかるのだが、ものすごく美人だ。細身ながらも逞しさを感じるのに体の線が美しく、妙に艶やかで婀娜あだっぽい。
 そしてもう一人に視線を向けたとき、恐らく人生で一番目を大きく開いた。


 えっ! うそ、ちょっ、ちょっと待って……。あ、あの黒髪緑目の人……めっっっちゃドタイプなんですけどーー‼


 鍛えているというのがわかりすぎるぐらいの体の厚み!
 着ている厚手の軍服がはちきれんばかりの大胸筋!
 あんな破壊力しかない体なのに綺麗な肌!
 艶やかな黒髪から覗く眼光鋭めな若草色の綺麗な瞳!
 その体に見合う男らしい顔立ち!
 頑健頑強を物語る肩幅の広さ!
 上腕なんて私の太ももくらいあるのではないだろうか!
 とにかくパーフェクトボディ!
 パーフェクトフェイス!
 パーフェクトガイ!
 初めて見たときは前にいるお兄さんも逞しいと思ったけれど、爆裂イケメンお兄さんと比べたら可愛らしい体にしか見えない。
 とにもかくにも顔も体もドタイプすぎて、二日酔いが一気に吹き飛んだ。
 それまでまったく気にしていなかった居住まいを急いで正すため、寝起きでグシャグシャの髪を手ぐしで直してから立ち上がった。

「っ? 貴様の尋問をここでするから、質問には簡潔に答えろ」

 急に意気揚々と立ち上がった私を胡乱な目で見て声をかけたのは、街で会ったお兄さんだ。

「はい!」
(爆裂イケメンが私を見てる!)
「まず名前を言え」
「小倉あゆみです! 家名がオグラで名前がアユミです!」
(腕を組んでるから雄っぱいがより盛り上がってる……エロ!)
「……変わった名前だな。年齢は」
「二十四です!」
(服がぱっつんぱっつんだ! 太もももすごい! 後ろ向いてくれないかなぁ。お尻見たい!)
「幼い顔してるがとっくに成人してんのか……。貴様はどこから来たんだ」
「日本です!」
(背もすごく高いな。一九〇以上ありそう。素敵!)
「ニホン? 聞いたことないな。小国か?」
「いえ! 恐らく異世界です!」
(あの溢れ出る男の色気を浴びたら私の枯渇してる女性ホルモンめっちゃ分泌されそう~)
「異世界?」
「はい! なので私、この世界のことはなんにもわかりません! でも不思議と言葉は通じるみたいです!」
(詰め襟がピッチピチになるくらいの太い首……、かぶりつきたい! いかん、思考が痴女になっちゃってる!)

 すべての質問にやましい考えを持ちながらも元気よく答えられたが、私に質問してきたお兄さんは訝しげな表情で後ろの二人を振り返った。
 するとそれまで黙っていた爆裂イケメンお兄さんが腕を組み、無表情なまま口を開いた。

「オグラ殿」

 えぇぇぇ!? 声かっこよ! なにそれ全部かっこいい! イケメンすぎてもはや犯罪レベル!

「異世界から我が国に何用なんだ?」
「何用というか、気づいたらさっきの道に倒れてまして。どうしてこの世界に来たのかも、どうしてあそこにいたのかもわからないんです」

 (やばい。格子越しに見るあの爆裂イケメンお兄さんがかっこよすぎて直視できない。もうその大胸筋しか見れない!)

「あの、私ずっとこのまま牢屋に入れられたままなんでしょうか? 皆さんに危害を加えたりはしない……というかそんなことできるわけないので解放してくれませんか?」
(あれは軍服で合ってるのかな? いや、ラノベで見たような騎士服かな? これが衣装萌えってやつか! 新たな扉が開いたわ!)
「それはまだできない。君が他国のスパイではないということを調べないといけないのだからな」
「スパイ!? まさか! ありえません! あの、せめて場所を移してもらうことはできませんか? ここ、トイレもお風呂もなくて、嫁入り前の娘としては我慢ならないものがあるのですが……」

 そう言うと、その場にいる全員が時が止まったかのように固まった。

「え? 何? この空気……」
「……お、お前、女なのか……?」

 質問攻めしてきたお兄さんがひどく驚いた様子で言った。改めて思うが、失礼な奴だな。
 爆裂イケメンお兄さんも、あまり態度に出してはいないが驚いている様子だ。ショック……。そんな男っぽいかな? パンツスタイルのオフィスカジュアル着てるから?
 いやでも生まれてこのかた男に間違われたことなんてないぞ。

「逆に聞きますけど男に見えます? どう見ても女だと思うんですけど……」
「だって髪がみじけぇじゃねーか! 騎士でもねぇ女がそんな短いなんてありえねーぞ!」
「別に普通のショートカットですよ。女でもこのくらい普通です」
「何言ってんだ! 女は普通、髪はなげーもんだろうが! 女でそんな短くすんのは騎士を目指す奴だけだ!」
「ほら、さっき言ったように私、異世界の人間なので……」

 なるほど。この世界の常識はそういうものなのか。
 だからさっき道で声をかけてくれた赤髪の可愛い子も周りの女性達もあんなに髪が長かったのか。手入れ大変そう。

「オグラ殿、念のため今ここで、君が虚偽の発言をしていないかきちんと確認をとらせてほしい。そうすればひとまずこのような場所からは早急に出すと約束する」
「確認……」

 口の悪いお兄さんと比べて、爆裂イケメンお兄さんは口調がとても丁寧だ。
 あんな武骨な男臭い体しておいて紳士とかギャップ萌えなんですけど。なんなの、この人。私のこと殺す気だよ。萌え殺しする気だよ!
 ……というか未だに私が男だって疑われてるってこと? それに確認ってどうするんだろ? ここで真っ裸になれってこと? どう見ても女でしょうよ。服の上からでも胸あるし。
 あっ、そっか! 胸を見せればいいのか。女の象徴でもある胸を見せればぐうの音も出ないだろう。もちろん恥ずかしい気持ちはあるけど、このまま疑われてここで過ごすよりは全然マシだな。
 ――ハッ! ちょっと待て! 私、今下着どんなの着けてるっけ?
 考えられるのは五パターンだ。
 ①勝負下着
 ②普通のブラ(ギリ人に見せられるやつ)
 ③カップ付きキャミ
 ④ノンワイヤーブラ(黒)
 ⑤ノンワイヤーブラ(ベージュ)
 まず①ではないことはわかる。うん、勝負することないもん。
 それなら②を希望したいところだけど自信ない……。でも万に一つ可能性はある。
 胸周りに神経を集中させると③じゃない感じがする。とにかくブラジャーは確実に着けているだろう。
 ということは可能性が高いのは④か⑤だ。そして一番いやなのは⑤だ。
 チラッと確認したいけど、今着ているのは首元まで詰まったブラウスだから中が覗けない。
 そもそも胸を見せるのはいいとして、ここにいる人全員に見せないとダメかな? 爆裂イケメンお兄さんだけがいいなぁ。あぁでも⑤だったらどうしよう! こんなドタイプイケメンに初対面でベージュのブラなんて見せたら女としていろいろ終わる! なんで毎日勝負下着にしないの私! いつ勝負があるかわからないのよ!

「オグラ殿、ではこのまほ……」
「わかりました! スパイじゃないって証明はどうしたらいいかわからないけど、とりあえず女だってことを証明します! でも黒髪のお兄さんにだけ証明するということで許していただけますか……?」

 爆裂イケメンお兄さんを見つめてそう伝えると、数秒沈黙が流れたが、少し警戒した様子で近づいてきた。そのかわりに口の悪いお兄さんが後ろへと下がった。
 あ、爆裂イケメンお兄さんから微かに爽やかないい匂いする……。イケメンは匂いまでイケメンなのか? ありがたい。
 格子越しではあるが、近くまで来てもらうと上背の高さに圧倒された。
 私はそこまで小柄というわけではないのに、それでも首が痛くなってしまうほどに背が高い。

「あの、できたら他の人には後ろを向いていただきたいのですが……」
「まぁ、いいだろう。 ――お前達、後ろを向け」

 凛と張った声で発せられた力強い命令の直後、後ろの男二人が綺麗にくるっと反転した。

「言っておくが、この格子は魔力を打ち消す効果があるから、どのような攻撃をしても無駄だ」
「え、ここ魔法がある世界なんですか? すごっ」
「……とにかく、まずは君なりに証明してみせてくれ」
「証明する前にちょっと私のほうで確認してもいいですか……?」
「確認とは?」
「え、いや、その……(下着の確認を……)」
「何か工作する気か? 無駄な抵抗は君のためにならんぞ」

 くそぉ! ダメ元で聞いてみたけどやっぱり下着の確認はできなかったかぁ。
 よし、女は度胸! ベージュがなんだ! いけ! 私!

「い、いきますよ! ほらっ!!」

 勢いよくブラウスを胸上までガバッと上げた。
 自ら考えたことなのに恥ずかしくて、強く目を瞑って早く終わるよう願う。

(⑤ベージュだけじゃないことを願う! できたら②普通のブラでお願いします!!)
「…………」

 間がすごい! お願いだからなんか言って! 胸は結構あるから女であることは確実に証明できるはずなのになんで何も言ってくれないの!? あぁとにかく⑤じゃありませんように! ⑤だったら死ねる! ベージュだけは! ベージュだけは避けたい! 
 途方もないほど長く感じる時間だが、実際見せていたのはほんの僅かだろう。
 爆裂イケメンお兄さんは一言「もういい」と言って私に背を向けた。虚しいような居た堪れないような思いになりながらいそいそと裾を下ろす。背を向けている爆裂イケメンお兄さんを見ると、苛立っているように頭をガシガシと掻いていた。

「団長? いかがされましたか?」

 後ろを向き続けている青髪のお兄さんが聞いてきた。
 爆裂イケメンお兄さん、もとい団長さんは何故だか未だに彼らに前を向く命令を出さない。

「っ、ひとまずこの者は害がないと見做して俺の預かりとする。ベージル、後の虚偽鑑定はお前に任せる。俺は一度外す」
「はっ」

 青い髪のお兄さんの返事を待たずに、爆裂イケメンお兄さんはスタスタと去って行ってしまった。
 あ、呆けてしまって(恐らく)プリプリなお尻を見ることができなかった……


 そして後々下着を確認したら④ノンワイヤー黒だった……死ねる。


 その後、牢屋から出してもらい別室に連れて行かれた。そこで嘘発見機のような魔法具に触れながら先ほどと同じ質問に答え、見事私の容疑は晴れた。
 初めからこれを用意してくれれば胸を見せなくて済んだのに、と思ったが、おいそれと使う道具ではないらしく、私が異世界から来たなんてトンデモ発言をしたために精神鑑定も兼ねて使うことにしたらしい。ひどい。
 けど確かに急に「異世界から来ました」なんて言い出す奴がいたら、訝しむのも当然だろう。
 私がここまで冷静なのは、異世界ものを読み漁っていたおかげだ。
 兎にも角にも、私は頭がおかしい不審者でも、スパイでも、ましてや男でもないということが証明された。


 そして、晴れて自由の身になった私はどうなったかというと――


「団長、この書類でお伺いしたいことがあるのですが、今よろしいでしょうか?」
「っ、あ、あぁ、ちょっと見せてくれ」
「ここなんですけど」

 そう。私は爆裂イケメンお兄さんこと、ウィルフレッド=バクストン黒騎士団長様の下で働くことになった。
 職場が天国っっっ!!
 元々事務として書類仕事をしていたため(といってもパソコンを使ってたけど)、ここでも同じような職に就けたのは本当にありがたい。
 牢屋を出て自由の身となったはいいが、右も左もわからないまま外に出されるのも困ってしまう。そう思って職を紹介してほしいと厚かましくも言ったところ、なんとここを紹介してくれた。
 仕事を始めてわかったが、どうやら異世界転移で授かった唯一のチート能力は、言葉も文字も問題がないことくらいのようだ。だけどこれって結構大事なことだからありがたい。
 私が所属することとなった黒騎士団の団員さん達は、体を使う仕事は得意だが、頭を使ったり細かい作業は苦手なようで、その尻拭い的な感じで書類チェックをしたり、団長の秘書として仕事の手伝いをしたりすることになった。
 ちなみに黒騎士団で女は私一人。まさかの紅一点。
 だが職場の近くには女子寮もあり、そこの一室をもらえることになったため女友達もできた。
 騎士団は黒以外にも複数あり、他騎士団には女性もいるため、ここで働く独身の女性ほとんどがその寮に住んでいると聞いたが、あまり部屋数は多くない。
 騎士団というのはそれほど女性が少ない環境なのだ。


 不安に思っていた異世界生活だが、かなり快適に暮らせている。
 なにより私の唯一にして最推しの団長が近くにいる! 団長の執務室が私の職場! 常に団長が近くにいる! 推しと同じ空気吸えるだけで女性ホルモンがドバドバ状態だ!
 何故ここまで順風満帆なのかというと、ひとえに団長のおかげだ。
 仕事が欲しいという私に「黒騎士団に来れば自分も面倒を見られるから互いに良いだろう」と言ってすぐさま執務室に私のデスクを用意してくれて、寮の受け入れ申請もいつの間にかやってくれていた。頭が上がらない。
 私の推しはイケメンでいかつくてガチムチでめちゃくちゃ優しいのだ!


 異世界転移、または転生といえばチート能力を持っているか、王子様やお貴族様からの溺愛生活が一般的なわけだけど、私には言語以外のチート能力はなく、それどころか魔法も使えない。
 そして溺愛生活ならばもちろん騎士団長ルートを期待したいところなのだが、ここで大きな問題にぶち当たる。
 と言うのも、この世界の美醜の決め方に問題があるのだ。
 ここではロングヘアであればあるほど美人らしい。
 もちろん髪の綺麗さも大事だが、とにかく長さが重要らしい。ここの女性は基本的に生まれてから、前髪以外は痛んだ毛先を整える時くらいしか髪を切らないのだそう。
 そして私はというと、自慢の後頭部を活かした丸みのあるショートカットで、首すら半分ほどしか隠れていない。
 傷んだらこまめに自分で切っているために髪自体は割と綺麗だが、この髪の短さの前にはそんなもの関係ない。
 ――兎にも角にも私はこの世界で言うと、とんでもない醜女ということだ。


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