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1巻
1-2
それなら髪を伸ばそうかなと一瞬考えはしたが、自分の唯一自慢できるポイントを殺してしまうのも気が進まない。それにそんなにすぐに髪伸びるわけないし。
てなわけでチートも溺愛生活も潔く諦めて、私は団長の推し活に専念することにした。
目の保養どころか目の栄養ドリンクのような存在が近くにいる環境なんてなかなかない。
今日もガチムチ団長が息してる!
尊い! 幸せ! 生きる糧! 異世界最高!
――……だが、団長は基本優しいけど、私に対して微妙に距離があるように思う。
いつも私が近づくと顔が強張っていて、態度もどこかぎこちない。ここに置いてくれたのは他でもない団長だし、仕事をする上で美醜は関係ないけれど、やっぱり髪が短い女(=ブス)が近くにいると気分が上がらないのだろう。
(すみません、団長。髪が短い女に慣れてください……)
さっきの団長のぎこちない態度を思い出しながら部屋の隅にある簡易なキッチンでお茶を淹れた。
「アワーバックさん、お茶どうぞ」
「ありがとうございます。アユミさん」
ベージル=アワーバックさんは、あの時団長と牢屋に来ていた騎士の一人だ。
瞳も髪も青く、少し長い髪はいつも後ろで縛っていて、物腰柔らかな、とにかく美人という言葉が似合う男性だ。副団長兼団長補佐という立場の人で、団長と違って体は細身だが、その美麗さから女性に人気があると女子寮の子達から教えてもらった。
私としては男性に柔和さを求めていないためあまり食指が動かないが、いい人だから普通に好意を抱いている。
「団長もどうぞ」
「あぁ、ありがとう。アユミ君」
このアユミ君って呼ばれ方も好き! もっと呼んで!
微笑みながら礼を言った後に、武骨な見た目にそぐわない綺麗な所作で私の淹れたお茶を飲んだ。
はわぁ……私が淹れたお茶が団長の体内に……!
顔のニヤけがおさまらず、急いで自席に戻ってお茶を飲むふりをしてカップで口元を隠した。
やっぱ異世界、最高っ!!
今日はアワーバックさんが非番のため、団長と二人きりでの業務の日。
アワーバックさんには申し訳ないけどテンション上がる‼
とはいっても仕事にも完全に慣れてしまって、教わるという名目で話しかけるということができなくなってしまった。うぅ、憶えが早い自分の優秀さが憎い……
そんなことを密かに思いながら、いつものように黙々と仕事を始めた。
静かな部屋に互いのペンが走る音だけが心地よく響く。
団長と二人きりでいると、話しかけたいとは思うけど、こうして無言でいることも気まずいとは思わない。むしろ執務に集中している団長を盗み見ることが私の密かな楽しみになっていた。
団長の姿を盗み見しつつ、集中して仕事をしていると、ふと自分の空腹に気がついた。
ここでは食事の時間は決まっておらず、好きなときに食堂へ行って食事ができるようになっている。
部屋に飾っている時計に目を向けると、お昼を少し過ぎた時間だった。
団長もまだ昼食を摂っていない。
ならば一緒に食事に行けるのでは!?
「団長、お腹空きませんか? よ、良かったら一緒に食堂へ行きませんか?」
「あぁもうこんな時間だったか。気遣いありがとう。だが俺は後で適当に済ますよ。アユミ君はゆっくり食べておいで」
「え、あ、そ、そうですか……」
断られてしまった……。結構ショックが大きい。
だがそう言われてしまったら従わざるをえない。
(あぁ……団長がモグモグしてるところを見たかった……モグモグ団長はまたの機会にするか……)
肩を落として食堂に向かおうとすると、団長が少し慌てた様子で声をかけてくれた。
「いや、やはり俺も今から食事にするとしよう! 休憩は大事だからな! 声をかけてくれてありがとうアユミ君」
「っ! い、いえ!」
今の台詞が気遣いであることにはもちろん気づいている。だけどその優しさがまた嬉しい!
「そうだ! 団長のお仕事がまだお忙しいのならここで食べませんか!? テイクアウトもできるってこの間知ったんです!」
「あぁ、そうだな。そうしようか」
やったぁ! 団長と二人きりのまま一緒にご飯! これはもはやデートでは!? 職場デートでは!?
「じゃあ私が食堂に行って団長の分も注文してきますよ!」
「いや、俺が食堂まで行くよ。アユミ君は何が食べたいんだ?」
「えっ、私が持ってきますよ。団長お忙しいですし」
「いや、食堂までの廊下は少し寒いのに距離もあるだろ。君はここにいなさい。食堂に行ってから食べたいものを決めたいのなら無理にとは言わないが」
「んぐっ」
な、なんなんだこの人……!
思わずときめきすぎて変な声出ちゃったじゃないか!
ガチムチマッチョなのに紳士とか、どれだけ私のポイントを稼ぐの! もうこれ以上なく団長が私の中でダントツ一位なのに!! 二位も三位も団長なのに!!
本当は食堂まで団長と一緒に歩きたいなんてことも思ったのだが、ここは大人しく団長の優しさに甘えてしまおう。
「じゃあここで待ってます!」
「あぁ、そうしなさい。それで何か食べたいものはあるか?」
「ここの食事全部美味しいから悩んじゃうなぁ。あ! 団長のおすすめを食べたいです!」
団長が好きなものを把握するチャンス! 推しの好きなものはなんでも知りたい!
あ、でも全部おまかせするのは迷惑かな? 「なんでもいい」が一番困るもんね。
「わかった。では見繕ってくるから君はお茶を淹れておいてくれるか?」
「はい! わかりました! ありがとうございます!」
全然困った様子も見せず、いつもの犯罪級にかっこいい笑みを私に向けてから部屋を出ていった。
ほんと団長ってイケメンガチムチ紳士だわ……
「このパニーニ美味しいです! さすが団長おすすめですね!」
団長がセレクトしてくれたパンとスープとサラダが、執務室中央にあるローテーブルに所狭しと置かれている。
私は未だ一つ目のパンを頬張っているのに、団長はすでに三つ食べ終わっている。一口が大きくて格好いい! でもモグモグしてるところは可愛い! モグモグ団長かわいい!!
「気に入ってくれたようでよかったよ。今日は少し冷えるからスープも飲みなさい。器に保温魔法がかかっていて熱いだろうから気をつけて」
「はい!」
こういう細かい気遣いもできるのだ。この爆裂イケメンガチムチ団長様は!
はぁ、尊いとしか言えない自分の語彙力のなさが憎い!!
「アユミ君、ここでの生活や仕事には慣れたか?」
「だいぶ慣れました。団長もアワーバックさんもよくしてくださいますし、女子寮のみんなも優しくて楽しく過ごさせていただいています。まぁたまに変な目で見られますけどね」
「変な目とは?」
「ほら、私髪が短いから。なんか珍獣扱いされていまして」
「……それはどこのどいつだ? 黒騎士団員か?」
「違います違います! それに別に変なことされてるとかじゃなくて、遠巻きに見られてるってだけなので被害はありません!」
「何かあったら遠慮せずすぐ俺に言ってくれ。異世界から一人来た君に、余計な気苦労はさせたくない」
「は、はいっ!」
団長が頼りがいありすぎて召されそう……
「君は……、元の世界に戻りたいとは思わないのか?」
「え?」
そういえば全然考えてなかった。
ラノベやら漫画やらの影響で異世界転移についてあっさり受け入れてしまっていたし、何よりここにはドタイプの最推しである団長がいるからな。元の世界に戻りたいと思う暇すらなく推し活ライフを満喫していた。
「あまり思いませんね。ここでの生活は楽しいですし、元の世界では辛くもないけど楽しくもないって感じの生活でしたから。帰る方法もわかりませんしね」
「そうか、そうだな……。こちらの生活が合っているようならよかったよ。とにかく何かあればすぐに相談してくれ」
「はいっ!」
は~~優しい本当に私の推しは優しいし格好いいしガチムチだし欠点がない!
帰る方法があったとしても、こんな身近に推しがいる生活を手放してまで元の世界になんて戻りたくない!
いくら私がこの世界ではとんでもないブスで珍獣扱いされているとしてもだ!
団長だってロングヘア(=美人)が好きなんだろうけど、ブスの私にもこんなに優しく接してくれている。それは本当にありがたい。
だが正直言って、黒騎士団以外の人は態度があからさまだ。
珍獣扱いされて遠巻きに見られていると言ったことは本当だけど、多少なりとも嘲るような態度をされたり忌避される時もあったりする。
だけど私自身がそれを気にしていないので、団長には言わなくてもいいことだろう。ただでさえこんなによくしてもらっているし、ようやく団長のぎこちなかった態度がなくなってこうしてフランクに接してくれるようになったのに、余計な面倒をかけたくない。
以前のぎこちなさは、たぶん異世界人で新人の私にいろいろと気を遣ってくれていたか、人見知りしていたのだろう。可愛い!
団長が私を心配してくれていることが嬉しく、ニヤニヤしたままスープを飲んだら少しだけ舌を火傷した。
騎士団の女子寮はいわゆるシェアハウスのような感じだ。
個室にはシャワー室とトイレが備わっていて、あとは共用のキッチンとリビングダイニングが併設されている。といっても、ここで何か料理をすることも食べることもほとんどない。
職場にある食堂は早朝から夜中まで開いていて、朝昼晩とそこで食事を摂っている。ちなみに職員は無料だ。
そんな女子寮で一番仲が良いのが緑騎士団に所属している女騎士、ジーナだ。
黒騎士団は主に王都の警護をメインとしているが、緑騎士団は騎士といっても治癒系の魔法を得意としていて、女性騎士の大半がここに所属している。緑騎士団はさまざまな面でのサポートをメインとしていて、他騎士団に随行する出張も多い。
ジーナは薬学にも精通していて、緑騎士団の中でも特に優秀な人物だと女子寮の子から聞いた。
そして彼女は、まだまだこの世界のことを知らない私に対していろいろ世話を焼いてくれる。本当に頼りになる友達だ。
今日はジーナと休みが重なったため、街を案内してもらう予定だ。
短い髪は目立たせないほうがいいと言われ、あまり慣れない帽子を借りて被ることになった。
ジーナの髪も肩に僅かにつくほどしかなく、この世界の女性からするとかなり短いけど、騎士の証であるブローチを常に付けているから髪を晒しても問題はないらしい。
「じゃあまずはいろいろ見ていこうか。露店もあるから食べ歩きもできるし、気になるものがあったら言ってね。何か欲しいものはある?」
「んー何があるのか自体わからないからな。生活必需品は寮に常備されてるし。あ、でも服と下着欲しいな! 支給品のものって可愛くないもん」
「確かに。じゃあ服と下着は絶対見るとして、あとは気になった店に入るって感じにしようか。それにしても、せっかく田舎から王都まで来たのに、街を見てないなんてもったいないよ」
「あ、はは……なんか機会を逃しちゃって」
そう、私はド田舎から王都にやってきた、世間のことは何も知らない超田舎者ということになっている。
そしてその田舎では、髪が短いことは普通だったという設定だ。
私が異世界から来たというのは超機密事項だ。
知っているのは三人だけ。あの日牢屋にいた私の推しである団長、アワーバックさん、あとは私を坊主呼ばわりして牢屋に入れた、口も態度も悪いルークさんだ。
ルークさんは決して悪い人ではないのだが、会うたびに髪を伸ばせって言ってきたり、貶すようなことを言ってきたりするのが正直うざい。年も同じらしく、なんというか苦手な同級生って感じで未だに良い印象があんまりない。
そのため仕事以外ではなるべく接しないようにしようと決めている。
その後、ジーナと服や下着を見たり化粧品を買ったりと、私の私物を中心としていろいろと買い物をした。思ったよりもこの世界、というよりこの国はずいぶん栄えているらしい。
目に映るものすべてが可愛くて、先日もらった騎士団からの初給料でいろいろと買いすぎてしまったのは致し方あるまい。
「それでね! この間一緒に執務室でお昼を一緒にしたの。働き初めのときはなんだか距離感あるなって思ってたんだけどやっぱり優しい! 廊下は寒いからって言って私の分の食事も持ってきてくれたの! 部下思いでしょ!? ほんと団長は優しくてかっこよくてかっこよくてかっこいいの!!」
大量に買い物をした後、休憩がてらのカフェに入ってゆっくりとお茶をしている。
女二人が腰を落ち着けたとなれば、話すことなど相場は決まっている。
といってもこれは恋バナではない。推しバナだ。
「アユミはほんとにバクストン卿が好きだね。確かに素敵な御方だと思うけれど、私はやっぱちょっと怖いな……」
「怖くなんかないよ! まあ確かにかっこよすぎて近寄りがたいっていうのはわかるけど!!」
「いやそうじゃなくて……。私はアワーバック様のほうがいいと思うけどなぁ」
「アワーバックさんもいい人だし格好いいけど見た目が綺麗すぎるんだよね。私は男って感じの人が好き! というか団長が好き!」
ふーん、と目の前のケーキにフォークを刺すジーナの眼差しからすると、本当に団長に興味がなさそうだ。
解せん。
黒騎士団は王宮騎士団の中で女性人気が格段に低い。
王宮騎士団は紫、赤、青、緑、黒と五つに色分けされている。黒を除いた騎士団はすべて『キャリア』と呼ばれていて、学士院という日本で言うところの大学に通った者でなければ入れない、いわゆるエリートコースだ。
黒騎士団だけがアカデミーには通わなくとも入団できる『ノンキャリア』と呼ばれるところで、人数も一番多い。
ではどうしたらアカデミーに入れるかというと、簡単な話だ。
「多額の入学金を払うこと」――この一点のみ。
元々お金持ちであれば、将来的に高給取りの王宮騎士団に入れることは確実ということだ。
そりゃあ実家が金持ちで自身も高給取りな男なんてモテないわけがない。
かといって黒騎士団の給料も決して薄給というわけではない。だが他の騎士団と比べると見劣りする額なのだそう。
団長ももちろんノンキャリアとして黒騎士団に入団し、弛まぬ努力で今の地位に就いたと聞く。
黒騎士団とはいえ団長の地位ともなると、キャリア並の高給取りとなるらしい。
ちなみに団長は二十六歳という若さで騎士団長となり、現在は二十九歳。
こんなに若くして団長となったのは異例中の異例らしく、そのことからも団長がどれだけすごいかが窺える。
仮にノンキャリアでも魔力が抜群に高いと他の騎士団への入団や異動も可能らしいが、団長はそこまで魔力は高くなく、魔力に関してはアワーバックさんのほうが高いらしい。
完璧じゃないところが可愛い!
「というか好き好き言ってるけど、バクストン卿への気持ちって恋愛感情なの?」
「え? いや違うよ。推しだよ」
「オシって何?」
「んーなんて言えばいいのかな。応援したり存在してくれることに感謝したりとか、かな? ファンみたいなものだよ」
「ふーん、ファンねぇ……。じゃあもしバクストン卿が結婚したらアユミはどう思う? というかもう結婚してるのかもしれないけど」
「団長が結婚……」
想像すると、なんだか胸の奥に重く苦いものが広がるような気持ちになった。
おかしいな。好きな芸能人が結婚してもむしろ幸せを喜べるほうだったんだけど。
あぁ、でも団長は身近にいる人だからこんな気持ちになるのも無理ないのかもしれない。
「寂しい……けど、それで団長が幸せになるなら私は祝福する……かな」
自分でもしっくりこない言葉を歯切れ悪く言った私をジーナは訝る表情で見てきた。それに少し気圧されたが、パッと視線を外して目の前にある残り一口分のケーキを口に放り込んだ。
ケーキの甘味が今感じた重い苦さを払拭してくれるのではないかと思ったが、思ったよりも拭えていない。
「ん~、自覚なしか。まぁこういうことは自分自身でわかってこそだしね」
「どういうこと?」
「ううん。もしアユミの気持ちが変わったら教えてね。それよりこの近くの露店見に行かない? 安くて可愛いアクセサリー売ってるの」
「行く!」
向かった露店には、ジーナが言っていた通り、手頃な価格のアクセサリーが揃っていた。
帽子から見える短い髪に店主が若干眇めた目を向けてきたが気にせず眺めていると、仕事中に付けていても邪魔にならないような乳白色の飾りがついたイヤリングを見つけた。それが一目で気に入り購入した。
次の日、買ったイヤリングを付けて職場に行くと、団長もアワーバックさんもいなかった。
こういう日はよくある。鍛錬に集中する日だ。
そのためいつもよりもっと静かな執務室で業務していると、少し大きめのノック音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
扉が開くと、私を坊主呼ばわりしたルークさんだった。
「よっ! アユミ」
「お疲れ様です。どうかされました? 団長もアワーバックさんも今日は鍛錬の日でいませんけど。というかルークさんも鍛錬なんじゃ?」
「今は休憩中だ。お前が一人寂しくしてんだろうなって思って来てやった」
「ハハ……どうも」
私の空返事など耳に入っていないらしいルークさんは、執務室中央にある、先日団長と一緒にお昼を共にしたテーブルセットのソファにドカッと腰掛けた。手持ち無沙汰なのか、そのままキョロキョロと執務室を見渡している。
え、ほんとなんなんだろ……
仕事があるから別に寂しくないし、仮に寂しくても団長がいないのなら意味がないんだけど。
そもそも私はルークさんが苦手だ。
「えっと……、お茶でも淹れましょうか?」
「いや別にいい。それよりお前さ、なんでまだ髪伸ばしてねぇんだよ」
「はい?」
――まただ。この人は髪の話しかしない。
元々髪を自分で切っていたこともあって、今も散髪用のハサミでこまめにちょこちょこ切っていて、見た目に何も変化がないことをルークさんは言っているのだろう。
辟易するようなことを言われそうな気がするため、机に目線を戻して業務を続けた。
「短いほうが好きなんです。いろいろと楽だし。それに自分には今の髪型が合っていると思ってますので」
「んなことねえだろ。女は長いほうがいいぞ。そうだ! 今度俺がウィッグ店に連れてってやるよ! 最近のやつは地毛に見えるくらい精巧だぞ」
「いいですってば。私から言わせてもらえばここの女性はみんな髪が長すぎるんです」
街に行った時に改めて女性達を見たら、基本的に皆臍下までの長さがあり、すごい人はふくらはぎまで艶々とした髪が伸びていた。
男性達はその女性を熱い眼差しで見ていたが、私もある意味目で追ってしまった。
そして私はというと、帽子を被っていたとはいえ首の下半分が見える髪型に、逆に皆の注目を浴びた。
思っていた通り私はとんでもないブスらしく、顔を顰めたり嘲る男性も多くいた。
街の人はショートカットの女性に慣れていないのか、騎士団の人よりも態度があからさまだ。
とはいえ、やはり私は何も気にしていない。私は推し活に生きると決めているのだ。
「せっかく可愛らしい顔してんのに、髪のせいで全部台無しになってんだぞ。男側のアドバイスしてやってんだから少しは聞き入れる姿勢も持てよ。性格まで可愛くねえな」
「ルークさんは私にそんなことを言うために貴重な休憩時間にここまで来られたんですか? そろそろ鍛錬に戻られたほうがよいのでは?」
「――同意見だ。ルーク」
急に聞こえた内臓が震えるようなバリトンの声に、ずっと机に向けていた顔を上げると、扉の前に団長が腕を組んで不機嫌そうに立っていた。
初めて見る団長のいでたちに、目が釘付けになってしまった。
いつも見るかっちり決めた黒の騎士服ではなく、訓練用のグレーのシャツに黒のボトムスという簡易な恰好がよりムチムチの筋肉を引き立たせている。
大胸筋に内側から圧されてシャツのボタンがこれ以上無理! と叫びを上げているかのように皺が横に伸びていて、もはやその皺すらエロい。
腕まくりしたシャツの下からはかぶりつきたいほど逞しい前腕が覗いていて、初めて見るその胸も生腕も私にとって垂涎もので、当然のように熱烈な視線を送った。
――お、雄っぱいが! なんだあれは! けしからん! 腕も私の何倍!? 目に焼き付けねば!
「団長! 何故ここに!?」
「それは俺の台詞だ。何故お前がここにいる。休憩はとっくに終わっているぞ」
「え! すみません! すぐ戻ります! じゃあな、アユミ!」
「あ、はい……」
団長の体を目に焼き付けるのに忙しい私からのおざなりな返事を聞かずに、ルークさんは慌てた様子で出ていった。
てなわけでチートも溺愛生活も潔く諦めて、私は団長の推し活に専念することにした。
目の保養どころか目の栄養ドリンクのような存在が近くにいる環境なんてなかなかない。
今日もガチムチ団長が息してる!
尊い! 幸せ! 生きる糧! 異世界最高!
――……だが、団長は基本優しいけど、私に対して微妙に距離があるように思う。
いつも私が近づくと顔が強張っていて、態度もどこかぎこちない。ここに置いてくれたのは他でもない団長だし、仕事をする上で美醜は関係ないけれど、やっぱり髪が短い女(=ブス)が近くにいると気分が上がらないのだろう。
(すみません、団長。髪が短い女に慣れてください……)
さっきの団長のぎこちない態度を思い出しながら部屋の隅にある簡易なキッチンでお茶を淹れた。
「アワーバックさん、お茶どうぞ」
「ありがとうございます。アユミさん」
ベージル=アワーバックさんは、あの時団長と牢屋に来ていた騎士の一人だ。
瞳も髪も青く、少し長い髪はいつも後ろで縛っていて、物腰柔らかな、とにかく美人という言葉が似合う男性だ。副団長兼団長補佐という立場の人で、団長と違って体は細身だが、その美麗さから女性に人気があると女子寮の子達から教えてもらった。
私としては男性に柔和さを求めていないためあまり食指が動かないが、いい人だから普通に好意を抱いている。
「団長もどうぞ」
「あぁ、ありがとう。アユミ君」
このアユミ君って呼ばれ方も好き! もっと呼んで!
微笑みながら礼を言った後に、武骨な見た目にそぐわない綺麗な所作で私の淹れたお茶を飲んだ。
はわぁ……私が淹れたお茶が団長の体内に……!
顔のニヤけがおさまらず、急いで自席に戻ってお茶を飲むふりをしてカップで口元を隠した。
やっぱ異世界、最高っ!!
今日はアワーバックさんが非番のため、団長と二人きりでの業務の日。
アワーバックさんには申し訳ないけどテンション上がる‼
とはいっても仕事にも完全に慣れてしまって、教わるという名目で話しかけるということができなくなってしまった。うぅ、憶えが早い自分の優秀さが憎い……
そんなことを密かに思いながら、いつものように黙々と仕事を始めた。
静かな部屋に互いのペンが走る音だけが心地よく響く。
団長と二人きりでいると、話しかけたいとは思うけど、こうして無言でいることも気まずいとは思わない。むしろ執務に集中している団長を盗み見ることが私の密かな楽しみになっていた。
団長の姿を盗み見しつつ、集中して仕事をしていると、ふと自分の空腹に気がついた。
ここでは食事の時間は決まっておらず、好きなときに食堂へ行って食事ができるようになっている。
部屋に飾っている時計に目を向けると、お昼を少し過ぎた時間だった。
団長もまだ昼食を摂っていない。
ならば一緒に食事に行けるのでは!?
「団長、お腹空きませんか? よ、良かったら一緒に食堂へ行きませんか?」
「あぁもうこんな時間だったか。気遣いありがとう。だが俺は後で適当に済ますよ。アユミ君はゆっくり食べておいで」
「え、あ、そ、そうですか……」
断られてしまった……。結構ショックが大きい。
だがそう言われてしまったら従わざるをえない。
(あぁ……団長がモグモグしてるところを見たかった……モグモグ団長はまたの機会にするか……)
肩を落として食堂に向かおうとすると、団長が少し慌てた様子で声をかけてくれた。
「いや、やはり俺も今から食事にするとしよう! 休憩は大事だからな! 声をかけてくれてありがとうアユミ君」
「っ! い、いえ!」
今の台詞が気遣いであることにはもちろん気づいている。だけどその優しさがまた嬉しい!
「そうだ! 団長のお仕事がまだお忙しいのならここで食べませんか!? テイクアウトもできるってこの間知ったんです!」
「あぁ、そうだな。そうしようか」
やったぁ! 団長と二人きりのまま一緒にご飯! これはもはやデートでは!? 職場デートでは!?
「じゃあ私が食堂に行って団長の分も注文してきますよ!」
「いや、俺が食堂まで行くよ。アユミ君は何が食べたいんだ?」
「えっ、私が持ってきますよ。団長お忙しいですし」
「いや、食堂までの廊下は少し寒いのに距離もあるだろ。君はここにいなさい。食堂に行ってから食べたいものを決めたいのなら無理にとは言わないが」
「んぐっ」
な、なんなんだこの人……!
思わずときめきすぎて変な声出ちゃったじゃないか!
ガチムチマッチョなのに紳士とか、どれだけ私のポイントを稼ぐの! もうこれ以上なく団長が私の中でダントツ一位なのに!! 二位も三位も団長なのに!!
本当は食堂まで団長と一緒に歩きたいなんてことも思ったのだが、ここは大人しく団長の優しさに甘えてしまおう。
「じゃあここで待ってます!」
「あぁ、そうしなさい。それで何か食べたいものはあるか?」
「ここの食事全部美味しいから悩んじゃうなぁ。あ! 団長のおすすめを食べたいです!」
団長が好きなものを把握するチャンス! 推しの好きなものはなんでも知りたい!
あ、でも全部おまかせするのは迷惑かな? 「なんでもいい」が一番困るもんね。
「わかった。では見繕ってくるから君はお茶を淹れておいてくれるか?」
「はい! わかりました! ありがとうございます!」
全然困った様子も見せず、いつもの犯罪級にかっこいい笑みを私に向けてから部屋を出ていった。
ほんと団長ってイケメンガチムチ紳士だわ……
「このパニーニ美味しいです! さすが団長おすすめですね!」
団長がセレクトしてくれたパンとスープとサラダが、執務室中央にあるローテーブルに所狭しと置かれている。
私は未だ一つ目のパンを頬張っているのに、団長はすでに三つ食べ終わっている。一口が大きくて格好いい! でもモグモグしてるところは可愛い! モグモグ団長かわいい!!
「気に入ってくれたようでよかったよ。今日は少し冷えるからスープも飲みなさい。器に保温魔法がかかっていて熱いだろうから気をつけて」
「はい!」
こういう細かい気遣いもできるのだ。この爆裂イケメンガチムチ団長様は!
はぁ、尊いとしか言えない自分の語彙力のなさが憎い!!
「アユミ君、ここでの生活や仕事には慣れたか?」
「だいぶ慣れました。団長もアワーバックさんもよくしてくださいますし、女子寮のみんなも優しくて楽しく過ごさせていただいています。まぁたまに変な目で見られますけどね」
「変な目とは?」
「ほら、私髪が短いから。なんか珍獣扱いされていまして」
「……それはどこのどいつだ? 黒騎士団員か?」
「違います違います! それに別に変なことされてるとかじゃなくて、遠巻きに見られてるってだけなので被害はありません!」
「何かあったら遠慮せずすぐ俺に言ってくれ。異世界から一人来た君に、余計な気苦労はさせたくない」
「は、はいっ!」
団長が頼りがいありすぎて召されそう……
「君は……、元の世界に戻りたいとは思わないのか?」
「え?」
そういえば全然考えてなかった。
ラノベやら漫画やらの影響で異世界転移についてあっさり受け入れてしまっていたし、何よりここにはドタイプの最推しである団長がいるからな。元の世界に戻りたいと思う暇すらなく推し活ライフを満喫していた。
「あまり思いませんね。ここでの生活は楽しいですし、元の世界では辛くもないけど楽しくもないって感じの生活でしたから。帰る方法もわかりませんしね」
「そうか、そうだな……。こちらの生活が合っているようならよかったよ。とにかく何かあればすぐに相談してくれ」
「はいっ!」
は~~優しい本当に私の推しは優しいし格好いいしガチムチだし欠点がない!
帰る方法があったとしても、こんな身近に推しがいる生活を手放してまで元の世界になんて戻りたくない!
いくら私がこの世界ではとんでもないブスで珍獣扱いされているとしてもだ!
団長だってロングヘア(=美人)が好きなんだろうけど、ブスの私にもこんなに優しく接してくれている。それは本当にありがたい。
だが正直言って、黒騎士団以外の人は態度があからさまだ。
珍獣扱いされて遠巻きに見られていると言ったことは本当だけど、多少なりとも嘲るような態度をされたり忌避される時もあったりする。
だけど私自身がそれを気にしていないので、団長には言わなくてもいいことだろう。ただでさえこんなによくしてもらっているし、ようやく団長のぎこちなかった態度がなくなってこうしてフランクに接してくれるようになったのに、余計な面倒をかけたくない。
以前のぎこちなさは、たぶん異世界人で新人の私にいろいろと気を遣ってくれていたか、人見知りしていたのだろう。可愛い!
団長が私を心配してくれていることが嬉しく、ニヤニヤしたままスープを飲んだら少しだけ舌を火傷した。
騎士団の女子寮はいわゆるシェアハウスのような感じだ。
個室にはシャワー室とトイレが備わっていて、あとは共用のキッチンとリビングダイニングが併設されている。といっても、ここで何か料理をすることも食べることもほとんどない。
職場にある食堂は早朝から夜中まで開いていて、朝昼晩とそこで食事を摂っている。ちなみに職員は無料だ。
そんな女子寮で一番仲が良いのが緑騎士団に所属している女騎士、ジーナだ。
黒騎士団は主に王都の警護をメインとしているが、緑騎士団は騎士といっても治癒系の魔法を得意としていて、女性騎士の大半がここに所属している。緑騎士団はさまざまな面でのサポートをメインとしていて、他騎士団に随行する出張も多い。
ジーナは薬学にも精通していて、緑騎士団の中でも特に優秀な人物だと女子寮の子から聞いた。
そして彼女は、まだまだこの世界のことを知らない私に対していろいろ世話を焼いてくれる。本当に頼りになる友達だ。
今日はジーナと休みが重なったため、街を案内してもらう予定だ。
短い髪は目立たせないほうがいいと言われ、あまり慣れない帽子を借りて被ることになった。
ジーナの髪も肩に僅かにつくほどしかなく、この世界の女性からするとかなり短いけど、騎士の証であるブローチを常に付けているから髪を晒しても問題はないらしい。
「じゃあまずはいろいろ見ていこうか。露店もあるから食べ歩きもできるし、気になるものがあったら言ってね。何か欲しいものはある?」
「んー何があるのか自体わからないからな。生活必需品は寮に常備されてるし。あ、でも服と下着欲しいな! 支給品のものって可愛くないもん」
「確かに。じゃあ服と下着は絶対見るとして、あとは気になった店に入るって感じにしようか。それにしても、せっかく田舎から王都まで来たのに、街を見てないなんてもったいないよ」
「あ、はは……なんか機会を逃しちゃって」
そう、私はド田舎から王都にやってきた、世間のことは何も知らない超田舎者ということになっている。
そしてその田舎では、髪が短いことは普通だったという設定だ。
私が異世界から来たというのは超機密事項だ。
知っているのは三人だけ。あの日牢屋にいた私の推しである団長、アワーバックさん、あとは私を坊主呼ばわりして牢屋に入れた、口も態度も悪いルークさんだ。
ルークさんは決して悪い人ではないのだが、会うたびに髪を伸ばせって言ってきたり、貶すようなことを言ってきたりするのが正直うざい。年も同じらしく、なんというか苦手な同級生って感じで未だに良い印象があんまりない。
そのため仕事以外ではなるべく接しないようにしようと決めている。
その後、ジーナと服や下着を見たり化粧品を買ったりと、私の私物を中心としていろいろと買い物をした。思ったよりもこの世界、というよりこの国はずいぶん栄えているらしい。
目に映るものすべてが可愛くて、先日もらった騎士団からの初給料でいろいろと買いすぎてしまったのは致し方あるまい。
「それでね! この間一緒に執務室でお昼を一緒にしたの。働き初めのときはなんだか距離感あるなって思ってたんだけどやっぱり優しい! 廊下は寒いからって言って私の分の食事も持ってきてくれたの! 部下思いでしょ!? ほんと団長は優しくてかっこよくてかっこよくてかっこいいの!!」
大量に買い物をした後、休憩がてらのカフェに入ってゆっくりとお茶をしている。
女二人が腰を落ち着けたとなれば、話すことなど相場は決まっている。
といってもこれは恋バナではない。推しバナだ。
「アユミはほんとにバクストン卿が好きだね。確かに素敵な御方だと思うけれど、私はやっぱちょっと怖いな……」
「怖くなんかないよ! まあ確かにかっこよすぎて近寄りがたいっていうのはわかるけど!!」
「いやそうじゃなくて……。私はアワーバック様のほうがいいと思うけどなぁ」
「アワーバックさんもいい人だし格好いいけど見た目が綺麗すぎるんだよね。私は男って感じの人が好き! というか団長が好き!」
ふーん、と目の前のケーキにフォークを刺すジーナの眼差しからすると、本当に団長に興味がなさそうだ。
解せん。
黒騎士団は王宮騎士団の中で女性人気が格段に低い。
王宮騎士団は紫、赤、青、緑、黒と五つに色分けされている。黒を除いた騎士団はすべて『キャリア』と呼ばれていて、学士院という日本で言うところの大学に通った者でなければ入れない、いわゆるエリートコースだ。
黒騎士団だけがアカデミーには通わなくとも入団できる『ノンキャリア』と呼ばれるところで、人数も一番多い。
ではどうしたらアカデミーに入れるかというと、簡単な話だ。
「多額の入学金を払うこと」――この一点のみ。
元々お金持ちであれば、将来的に高給取りの王宮騎士団に入れることは確実ということだ。
そりゃあ実家が金持ちで自身も高給取りな男なんてモテないわけがない。
かといって黒騎士団の給料も決して薄給というわけではない。だが他の騎士団と比べると見劣りする額なのだそう。
団長ももちろんノンキャリアとして黒騎士団に入団し、弛まぬ努力で今の地位に就いたと聞く。
黒騎士団とはいえ団長の地位ともなると、キャリア並の高給取りとなるらしい。
ちなみに団長は二十六歳という若さで騎士団長となり、現在は二十九歳。
こんなに若くして団長となったのは異例中の異例らしく、そのことからも団長がどれだけすごいかが窺える。
仮にノンキャリアでも魔力が抜群に高いと他の騎士団への入団や異動も可能らしいが、団長はそこまで魔力は高くなく、魔力に関してはアワーバックさんのほうが高いらしい。
完璧じゃないところが可愛い!
「というか好き好き言ってるけど、バクストン卿への気持ちって恋愛感情なの?」
「え? いや違うよ。推しだよ」
「オシって何?」
「んーなんて言えばいいのかな。応援したり存在してくれることに感謝したりとか、かな? ファンみたいなものだよ」
「ふーん、ファンねぇ……。じゃあもしバクストン卿が結婚したらアユミはどう思う? というかもう結婚してるのかもしれないけど」
「団長が結婚……」
想像すると、なんだか胸の奥に重く苦いものが広がるような気持ちになった。
おかしいな。好きな芸能人が結婚してもむしろ幸せを喜べるほうだったんだけど。
あぁ、でも団長は身近にいる人だからこんな気持ちになるのも無理ないのかもしれない。
「寂しい……けど、それで団長が幸せになるなら私は祝福する……かな」
自分でもしっくりこない言葉を歯切れ悪く言った私をジーナは訝る表情で見てきた。それに少し気圧されたが、パッと視線を外して目の前にある残り一口分のケーキを口に放り込んだ。
ケーキの甘味が今感じた重い苦さを払拭してくれるのではないかと思ったが、思ったよりも拭えていない。
「ん~、自覚なしか。まぁこういうことは自分自身でわかってこそだしね」
「どういうこと?」
「ううん。もしアユミの気持ちが変わったら教えてね。それよりこの近くの露店見に行かない? 安くて可愛いアクセサリー売ってるの」
「行く!」
向かった露店には、ジーナが言っていた通り、手頃な価格のアクセサリーが揃っていた。
帽子から見える短い髪に店主が若干眇めた目を向けてきたが気にせず眺めていると、仕事中に付けていても邪魔にならないような乳白色の飾りがついたイヤリングを見つけた。それが一目で気に入り購入した。
次の日、買ったイヤリングを付けて職場に行くと、団長もアワーバックさんもいなかった。
こういう日はよくある。鍛錬に集中する日だ。
そのためいつもよりもっと静かな執務室で業務していると、少し大きめのノック音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
扉が開くと、私を坊主呼ばわりしたルークさんだった。
「よっ! アユミ」
「お疲れ様です。どうかされました? 団長もアワーバックさんも今日は鍛錬の日でいませんけど。というかルークさんも鍛錬なんじゃ?」
「今は休憩中だ。お前が一人寂しくしてんだろうなって思って来てやった」
「ハハ……どうも」
私の空返事など耳に入っていないらしいルークさんは、執務室中央にある、先日団長と一緒にお昼を共にしたテーブルセットのソファにドカッと腰掛けた。手持ち無沙汰なのか、そのままキョロキョロと執務室を見渡している。
え、ほんとなんなんだろ……
仕事があるから別に寂しくないし、仮に寂しくても団長がいないのなら意味がないんだけど。
そもそも私はルークさんが苦手だ。
「えっと……、お茶でも淹れましょうか?」
「いや別にいい。それよりお前さ、なんでまだ髪伸ばしてねぇんだよ」
「はい?」
――まただ。この人は髪の話しかしない。
元々髪を自分で切っていたこともあって、今も散髪用のハサミでこまめにちょこちょこ切っていて、見た目に何も変化がないことをルークさんは言っているのだろう。
辟易するようなことを言われそうな気がするため、机に目線を戻して業務を続けた。
「短いほうが好きなんです。いろいろと楽だし。それに自分には今の髪型が合っていると思ってますので」
「んなことねえだろ。女は長いほうがいいぞ。そうだ! 今度俺がウィッグ店に連れてってやるよ! 最近のやつは地毛に見えるくらい精巧だぞ」
「いいですってば。私から言わせてもらえばここの女性はみんな髪が長すぎるんです」
街に行った時に改めて女性達を見たら、基本的に皆臍下までの長さがあり、すごい人はふくらはぎまで艶々とした髪が伸びていた。
男性達はその女性を熱い眼差しで見ていたが、私もある意味目で追ってしまった。
そして私はというと、帽子を被っていたとはいえ首の下半分が見える髪型に、逆に皆の注目を浴びた。
思っていた通り私はとんでもないブスらしく、顔を顰めたり嘲る男性も多くいた。
街の人はショートカットの女性に慣れていないのか、騎士団の人よりも態度があからさまだ。
とはいえ、やはり私は何も気にしていない。私は推し活に生きると決めているのだ。
「せっかく可愛らしい顔してんのに、髪のせいで全部台無しになってんだぞ。男側のアドバイスしてやってんだから少しは聞き入れる姿勢も持てよ。性格まで可愛くねえな」
「ルークさんは私にそんなことを言うために貴重な休憩時間にここまで来られたんですか? そろそろ鍛錬に戻られたほうがよいのでは?」
「――同意見だ。ルーク」
急に聞こえた内臓が震えるようなバリトンの声に、ずっと机に向けていた顔を上げると、扉の前に団長が腕を組んで不機嫌そうに立っていた。
初めて見る団長のいでたちに、目が釘付けになってしまった。
いつも見るかっちり決めた黒の騎士服ではなく、訓練用のグレーのシャツに黒のボトムスという簡易な恰好がよりムチムチの筋肉を引き立たせている。
大胸筋に内側から圧されてシャツのボタンがこれ以上無理! と叫びを上げているかのように皺が横に伸びていて、もはやその皺すらエロい。
腕まくりしたシャツの下からはかぶりつきたいほど逞しい前腕が覗いていて、初めて見るその胸も生腕も私にとって垂涎もので、当然のように熱烈な視線を送った。
――お、雄っぱいが! なんだあれは! けしからん! 腕も私の何倍!? 目に焼き付けねば!
「団長! 何故ここに!?」
「それは俺の台詞だ。何故お前がここにいる。休憩はとっくに終わっているぞ」
「え! すみません! すぐ戻ります! じゃあな、アユミ!」
「あ、はい……」
団長の体を目に焼き付けるのに忙しい私からのおざなりな返事を聞かずに、ルークさんは慌てた様子で出ていった。
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