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1巻
1-3
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二人きりになると、ハァと一つ息を吐いた団長が私に向かって少し申し訳なさそうに笑った。
「ルークが君の仕事の邪魔をして悪かったな。俺から後できつく言っておく」
「いえ全然! 私は仕事に集中してましたので! 差し支えなかったので!」
「そうか。君は本当によく仕事をしてくれて、いつも助かっているよ」
優し気な笑みのままコツコツと靴音を立てて団長が近づき、私の机の前に来ると爽やかな香りが広がった。
鍛錬中だからか髪が汗で少し濡れていて、近くで見ると首筋も前腕も汗で肌がしっとりと湿っているのがわかった。
――なっ、なんだこのムンムンな大人の男の色気は! 私の女性ホルモンがドバドバ出まくってる! というか汗かいててこんな良い匂いってどういうこと!? いっぱい嗅いどこ!
不埒な思いがぐるぐると頭を駆け巡って動けないでいると、私の横髪がその大きな手によってスルリと耳にかけられた。
そして団長は今まで見たことのないような蠱惑的な表情を浮かべた。
「だ……んちょ……?」
「髪、顔にかかっていたから」
近すぎるその腕の筋肉も、浮き出た血管も、なんなら爽やかな匂いも、すべてが完璧だったのに私は団長の顔から視線を外せなかった。
「へっ……あ……はい……」
団長から放たれるあまりの色気に当てられて思考がままならないでいると、髪を耳にかけたまま離れていなかったその大きい手が遠のいた。
火照る顔を見られたくなくて思わず俯くと頭上でクスッと笑う音がして、それがさらに心臓を激しく動かす起爆剤となった。未だかつてないほど忙しなく動く自身の鼓動がうるさい。
「では俺も戻るとする。君は業務が終わったら、いつものように終業時間を待たずに帰っていいから」
「あっ、はい!」
そう言って団長はクルリと踵を返し扉まで戻っていった。
――と、思ったら。
「アユミ君」
「はいぃぃ!」
思わず立ち上がると椅子が後ろで勢いよく倒れた。
扉の前にいる団長は私の慌てた行動になのか、紅潮している顔になのか、またクスッと笑った。
「ここは男所帯だから一人でいる時は鍵をかけなさい。俺が出ていったらすぐかけてほしい。だからこっちにおいで」
「は、はい!」
急ぎ足で扉の前に行くと、団長がまた蠱惑的な笑みを浮かべて私を見下ろした。
「君は、少し無防備だな……」
「そ、そんなことはないと思いますけど……。それにここは危険な場所じゃないですし……」
「確かに少なくとも黒騎士の奴らに君を害するような者はいないが、今君がこの部屋に一人でいることを皆知っているから、何があるかわからない。か弱い女性でいる自覚をきちんと持ちなさい」
「はい……。でもほんとに大丈夫だと思います。ほら、この世界だとショートカットの私は不細工なので何かされるわけないですし……」
そう言うと、団長はさらに色気を増した笑みを向けて、落ち着いた心地良い声を私に落とした。
「君は可愛らしくて素敵な女性だ。だから安全のために鍵はかけてくれ。いいね?」
「っへ、あっ、……わ、わかりました」
「それと……」
じっくりと観察するような視線が、耳に付いている昨日買ったイヤリングに向けられていることに気づいた。
その視線に背筋が痺れるような感覚を覚え、触れられてなどいないのに何故だかピクッと体が跳ねた。
「可愛らしい耳飾りだが……、少し可愛すぎるな。ここでは付けないほうがいい」
「あ、すみません。アクセサリー付けてもいいって聞いていたので。あんまり派手じゃないからいいかなって思ったんですけど」
「そうだな。だが、……うん。やはり可愛すぎる」
なんだか自分が「可愛すぎる」って言われているようで気恥ずかしい。
違う違う。可愛すぎるのはイヤリングのほう!
思わずイヤリングを隠すように耳に手を当てると、団長がフッと小さな笑みを浮かべた。
「では俺は戻るから、俺が出ていったらすぐ戸締まりを頼むよ」
「はい! 鍛錬がんばってください!」
私の言葉に嬉しそうな微笑みを浮かべたあと、団長はパタンと扉を静かに閉めた。
言われた通り鍵を閉めて何故か足早に自席に戻り、倒れた椅子を元に戻してから深く腰掛けた。
未だズンドコズンドコうるさい心臓を落ち着かせるために大きく息を吐いたが、まったくおさまる気配がない。
なんだあの爆裂イケメンセクシーダイナマイトムキムキ男は!
心臓が! もたない!
第二章
先日の団長の色香にものの見事に惑わされ、推しであるはずなのに観察ができなくなってしまった。
だってなんだか団長がキラキラして見える! いや元々キラキラしているんだけど、なんかもっとキラキラというか花が舞っているというか……
とにかくかっこいい! いや、団長はいつもかっこいいけど……、とにかくいつも以上にかっこいい!
私自身、自分がおかしいことを自覚しているが、心なしか団長もあの日から私への接し方が少しおかしく、またもや余所余所しくなった気がする。だが初めの頃のぎこちなさとはまた違う距離で、どうにも戸惑っている。
もしかして、私があの時団長の匂いを嗅いだり筋肉を凝視していたのがバレて、キモいって思われたのかな……そうだったら死ねる。
なんだかいろいろ考えすぎて少し頭が痛いし体も怠い。
食欲もないし、仕事が終わったら部屋に帰ってすぐに眠ろう……
「お疲れ様です……。お先に失礼いたします」
「あぁ、お疲れ」
「お疲れ様です。アユミさん」
ひとまず今日の分の仕事を終えて、二人に挨拶してそそくさと部屋に帰ってきた。
部屋に入ってトイレに駆け込むと、案の定月の障りだった。この世界に来て環境の変化からずっと来ていなかった反動なのか、重いものがズドンと来てしまった。
先日の団長の男の色香に、女性ホルモンがドバドバと分泌されて久々にやってきたのかもしれない。
ずっと来ていないことを気にしていたからよかったことはよかったけれど、それにしても重い……
元々生理が重めの私は元の世界でずっとピルを服用していたのだが、この世界にそういった薬があるのかいまいちわからない。
シートのようなものは、以前ジーナが教えてくれて数枚もらっていたからトイレに常備してある。魔法具らしいそれはどんなに動いても漏れることがなく、臭いや蒸れも気にしなくていいありがたいものなのだそう。
ただ、この腰の鈍痛と重怠さだけは薬を飲まなければどうにもならないだろう。だけどそんな薬は持っていない。ひとまず眠ってしまおう。
そう思って横になり、布団の中で体を丸めた。
あぁ頭も痛いし、気持ち悪い……――
「……っ、つ……ぅう」
――……痛みと吐き気で目が覚めた。
経験でわかる。吐いても気分は良くならない。それなら吐かないほうがいい。
重い頭でベッドの側に置いてある時計を見ると、まだ出勤するまで三時間ほどある。帰ってきて食事も摂らずにすぐに眠ったから、どうやら思ったよりもたくさん寝てしまったようだ。
食欲はまだないから、ひとまずシャワーを浴びて出勤する準備をしよう。
ここから執務室まで歩いて普段なら十五分ほどだが、いつものスピードでは歩けなそうだし、今日は少し早めに出たほうがよさそうだな。
医務室に寄ってから行こうかな、あぁでもあそこは遠いし先生が若い男の人だし、しかもショートカットの私のことを汚いものでも見るような目で睨んでくるんだよなぁ……
どうしよう、気が進まないな。
薬に精通しているジーナに相談したいけど、しばらく出張と言ってたから今はいない。まだ朝早いし、他の子は寝ているだろうから起こすのは申し訳ない。
ジーナに事前に相談して薬をもらっておかなかったことを後悔した。
男性に、ましてや団長に月の障りで仕事休みますなんて言いたくない。
日本にいたときも、勤めていた会社に生理休暇なんてものはなかったから薬を飲んで出社していたし、とにかく出勤しよう。
まだ始業にはかなり早い時間だけど、それならそれで自席に座って休んでいればいい。
のろのろと着替えて、体の様々な部位の鈍痛と怠さと吐き気を我慢しながら職場へと向かった。
蟻のような進みで向かったところ、勤務時間の二時間前に部屋を出たはずが、途中で休んだりしたために一時間ほどかかってしまった。
もらっている鍵で扉を開けようとすると、すでに開いていた。
「あれ?」
扉を開けてみると、少し驚いた顔の団長が自分の机で執務をしていた。
「アユミ君……?」
「団長、なんで……?」
「どうしたんだ? まだ始業時間まで時間があるが」
「えっと、少し早く起きちゃって……。団長はなんでこんな早くに……?」
「俺は早めに処理しなければならない書類があってな」
「そうなんですね……」
どうしよう。自席で休もうと思ってたけど、団長がいる前で机で休んでたら気を遣わせてしまう。
体調悪いアピールはしたくない。それならやっぱり医務室まで行って薬をもらいにいこうかな。
ひとまず温かいものを飲もうと思い、奥にある簡易キッチンへと向かった。
「団長もお茶、飲まれますよね?」
返事をもらう前に、すでに団長用のカップを用意していた。
団長にはいつもの紅茶を用意して、自分の分はノンカフェインのハーブティーにしよう。
少し寒い中を時間をかけて歩いてきてしまったからなのか、痛みが強くなってきて脂汗が出てきた。
――あれ、目の前が暗く……
「アユミ君」
一瞬意識が遠のき、団長の低く艶やかな声でハッと気がつくと、いつの間にか肩を優しく抱かれながら素晴らしい胸筋に身を委ねて立っていた。
私の自慢の後頭部の辺りに、シャツの釦を飛ばそうとしているはち切れんばかりのあの大胸筋が硬いけど柔らかく存在していて、現金な私はそれでほんの少し気分がよくなった。
雄っぱいは生理痛すら軽減してくれるのか、やはり尊い……
「だんちょ……」
「大丈夫か?」
「え……、あっ、すみません! 寄りかかっちゃって」
ボーっとしていて思わず後頭部で大胸筋を堪能してしまった。急いで退こうとして、団長のほうに振り返りながら体を離した。だがその瞬間にまたもや目の前が暗くなり、膝に力が入らず、立っていることも難しくなってその場で座り込みかけてしまう。すかさず団長が抱き寄せてくれたので、ゆっくりと二人で地面に座りこむ体勢になった。
団長はそのまま私を引き寄せる手を緩めず、なんと雄っぱいの谷間に私の顔が完全にフィットした状態になってしまった。
――こ、これがシンデレラフィットというやつか!?
あ、団長の良い匂いで少し吐き気治まってきたかも……。団長の匂いって空気清浄機だったの? プラズマクラスターなの? グングン吸っとこう!
「来たときから顔色が悪いとは思っていたが、立つこともままならないほどだったのか……。茶は俺が用意するから、君は少し休みなさい。隣に応接室があるからそこのソファで休むといい。立てるか?」
「は、はいっ……。あ、あの休まなくて大丈夫です! ちょっと立ち眩みしただけで……」
「そんなに顔色も悪いし立ち眩みがする時点で大丈夫ではないだろ?」
未だ大胸筋の谷間に顔がフィットしながら上を向くと、団長の顔がとても近い。
あぅ、格好いい。
「昨日もあまり体調が良くなかっただろう。風邪か?」
「いや、違くて……本当に平気で……」
「アユミ君」
「っ」
団長の内臓に響く低い声は少し咎めているようなのに、私の子宮まで響いてきた。
ほんとこの人は私の女の部分を刺激するなぁ……と体中の痛みを覚えながらも間抜けなことを考えた。
「体調が悪いなら我慢せず言いなさい。仕事のことは気にしなくていい。立てるか?」
「ご、ごめんなさい……。立てるし、歩けます……」
自分のつまらない意地のせいで却って心配をかけてしまったことに気づき、反省した。
立ち眩みもおさまったため、団長に支えられながら応接室まで連れて行ってもらい、ソファにゆっくりと腰を下ろした。
団長は私が自席に置いているブランケットを持ってきてくれて、用意しかけていたハーブティーも淹れて持ってきてくれた。
団長が淹れてくれたお茶! 大切に味わおう!
だけど、ソファに腰掛けた私のことを団長が床に跪きながら心配そうに見つめてくるせいでドキドキしてしまって、うまくお茶が飲み込めないし味もよくわからない。
「ここで休んで、少し良くなったら医務室に行くといい。俺が付き添うし、その後は寮まで送ろう」
「はい……。あ、でも医務室は……」
「行きたくないのか?」
「いえ、その……医務室の先生から、あまり良く思われていないようで……」
「――っ」
団長から歯噛みしたようなギリッという音が僅かに聞こえたが、何かを吐き出すようにハアァ、と重い溜息を吐いた。
「……わかった。それならここで休んでから、体調が少し良くなったら部屋に帰りなさい。帰る時に声を掛けてくれれば寮の前まで送るから」
「はい……。ごめんなさい、団長……ご迷惑おかけしちゃって」
「迷惑だなんて思っていない。君のことが心配なだけだ。明日も休んでいいからゆっくり休みなさい。熱はあるのか?」
どうやら風邪だと思われているらしく、その武骨な大きい手の甲が私の首に触れて熱を確かめた。
熱なんてないはずなのに、そうされたことでブワッと自分の熱が高まったように感じる。
――団長が首! 触ってる! ベタついていたらどうしよう! ベタベタして気持ち悪いって思われたらどうしよう! ……そうだったら死ねる。
「熱は……高くなさそうだが少し熱いな。慣れない環境で気を張っていて疲れが出たんだろう。君が優秀だからいろいろ仕事を任せてしまっていた。すまない……」
「いえ、そんなっ! これは……」
「ひとまず休みなさい。お茶の残りはこのポットに用意しておいた。足りなくなったら遠慮なく言ってくれ。水分はこまめに摂るんだよ」
「はい……」
正直に生理痛とも言いたくなくて、申し訳ないけど団長が勘違いしているままにした。
お茶をカップの半分ほど飲み一息つくと、団長はカップをヒョイと取り上げて私をソファへと優しく押し倒し、横たわらせた。
「あ、あのっ……」
「少し眠るといい。ブランケット一枚で寒くないか? 俺の上着でよければ貸すが」
「っ! あ、その……お借りしてもいい……ですか?」
団長の上着! 絶対借りたい!
「もちろんだ。洗ったばかりだが、もし臭うようならそのへんに捨て置いてくれ」
え、洗いたてなんだ……。残念……
脱ぎたてホヤホヤの団長の騎士服を借りて今着ている自分の騎士服の上から羽織ると、洗いたての洗剤の香りの中にもフワリと団長の匂いがして、キュウッと胸が苦しくなった。
臭いどころかいい匂いすぎてずっと嗅いでいたい! そして上着がおっきい! ブカブカ!
「団長の上着、いい匂いだしあったかいです……」
そう伝えると、ずっと固い表情だった団長が「あまり嗅がないでくれ……」と少し頬を赤くしながらも溶けたような笑みを浮かべた。
その貴重すぎる表情に私は無事召された。
推しの照れ顔、尊い!
お茶とブランケットと団長の上着のおかげで体が温まったからなのか、少しだけ楽になったように思う。それかさっきの大胸筋シンデレラフィットのおかげだろうか。はたまた上着から香る団長の匂いのおかげか。
「では俺は業務に戻るが、何かあれば隣にいるからすぐ言ってくれ」
「はい、わかりました。……あの、団長」
「ん?」
「ありがとうございます」
お礼を伝えると、フワリと微笑んで静かに応接室の扉を閉めた。
ほんとあの人なんであんなかっこよくて優しいの。
しかも照れ顔は召されるほど可愛いってどういうこと? めっちゃ好き!
あの大胸筋に顔挟んじゃったんだよなぁ……。ごちそうさまです。団長の雄っぱい最高でした。男の人が巨乳に顔を埋めたくなる気持ちが今叫びたいほどわかる。
とりあえず少し休んだら早めに部屋に帰らせてもらおう。ここに長居したら団長も気を遣っちゃうだろうし。
でも、なんだかドキドキがおさまらない……
団長がかっこよすぎるからかな?
昨日たくさん寝たからなのか、それともこの胸のドキドキのせいなのかまったく眠くなく、ムクッと起き上がってお茶に口をつけた。
今度こそ団長が淹れてくれたお茶をじっくりと味わえた。
始業時間が近づいたところで、隣の部屋で誰かが話している声が微かに聞こえた。
きっとアワーバックさんが出勤してきたのだろう。何故だか少し居心地の悪さを感じながら少し冷めたお茶にまた口をつけると、控えめなノック音が聞こえた。
「はい!」
「アユミさん、アワーバックです。入ってもよろしいですか?」
「ど、どうぞ!」
返事をすると、美麗な笑みを浮かべたアワーバックさんが優雅に入室してきた。
少し長い青い髪は今日も綺麗に輝いている。美人だ。
「団長からお伺いしましたよ。具合が悪いとか」
「はい、ご迷惑をおかけしてすみません……。大したことはないんです、休んでいれば治るので」
「……間違っていたら大変申し訳ないのですが、もしかして、具合が悪いのは女性特有のものだったりしますか?」
その声は小さく、隣の部屋には聞こえないようにという配慮があるものだった。
男性からそのように言われたことがなく言葉も出ないほど驚いてしまったが、女性のように綺麗なアワーバックさんに言われると嫌悪感がない。
控えめに頷くと、少し待っててくださいと言って一旦部屋を出てすぐに戻ってきた。
「これ、薬です。よければ使ってください」
粉薬のようなものを差し出され、思わず受け取ってしまった。
なんであなたが生理痛の薬持ってるんですか? という疑問が全面に顔に出てしまったようで少し笑われた。
「補佐という仕事柄、いろいろな薬を常備しているんです。これ、女性が飲むとそれ用の薬ですが、男には整腸剤なんです。私の昔の知り合いにも辛そうな人がいたので、こっそりこの薬を渡していたんです。アユミさんもそうかなと思いまして」
「いただいてもいいんですか?」
「もちろん」
「昔の知り合い」と言ったが恐らく元カノさんだろうな。
人気あるらしいから元カノの一人や二人いますよね。まぁ深くツッコんだりしないけども。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」
「効果はすぐ出ると思いますが、今日は薬を飲んで帰られたほうがよろしいかと。団長も心配してますので、必ず帰る際は団長に送ってもらってください」
「団長からもそう言ってもらったんですけど、仕事の邪魔になりませんかね? 今日早く出勤するほど忙しいみたいなのに……」
「団長はアユミさんを本当に心配してるので、一人で帰ったり業務に戻ったりしたほうが仕事に身が入らなくなると思いますよ?」
「まさか団長に限ってそんな……」
確かに団長はかなり部下思いだと思うけど、だからといって仕事に手がつかないなんてほどではないだろう。
だけどアワーバックさんは、私の言葉を否定も肯定もせずにっこりと笑むだけだった。うん、美人だ。
「では、帰れそうになったら必ず団長を呼んでくださいね」
「はい……」
アワーバックさんが静かに退室した後、薬を飲んだ。すると五分も経たない内に体の至るところの痛みが薄れていった。怠さは少し残っているが、すごい効き目だ。
問題なく歩けるようになったため、執務室への扉を恐る恐る開くと、団長がすぐに私に気づいて勢いよく立ち上がり一瞬にして近づいてきた。
「大丈夫か? アユミ君」
「はい。ご心配とご迷惑をおかけしました……。さっきアワーバックさんから薬をいただいて、そのおかげでだいぶ良くなったので、今日はこのまま失礼しようと思います。それで、その……本当に団長が寮まで送ってくださるんでしょうか……?」
「あぁ。俺が責任持って寮まで送ろう。ベージル、俺は暫し席を外す」
「かしこまりました。アユミさん、お大事になさってくださいね」
「はい、本当にありがとうございました」
やたらと笑顔のアワーバックさんに深々と頭を下げてから、団長と共に執務室を出た。
「ルークが君の仕事の邪魔をして悪かったな。俺から後できつく言っておく」
「いえ全然! 私は仕事に集中してましたので! 差し支えなかったので!」
「そうか。君は本当によく仕事をしてくれて、いつも助かっているよ」
優し気な笑みのままコツコツと靴音を立てて団長が近づき、私の机の前に来ると爽やかな香りが広がった。
鍛錬中だからか髪が汗で少し濡れていて、近くで見ると首筋も前腕も汗で肌がしっとりと湿っているのがわかった。
――なっ、なんだこのムンムンな大人の男の色気は! 私の女性ホルモンがドバドバ出まくってる! というか汗かいててこんな良い匂いってどういうこと!? いっぱい嗅いどこ!
不埒な思いがぐるぐると頭を駆け巡って動けないでいると、私の横髪がその大きな手によってスルリと耳にかけられた。
そして団長は今まで見たことのないような蠱惑的な表情を浮かべた。
「だ……んちょ……?」
「髪、顔にかかっていたから」
近すぎるその腕の筋肉も、浮き出た血管も、なんなら爽やかな匂いも、すべてが完璧だったのに私は団長の顔から視線を外せなかった。
「へっ……あ……はい……」
団長から放たれるあまりの色気に当てられて思考がままならないでいると、髪を耳にかけたまま離れていなかったその大きい手が遠のいた。
火照る顔を見られたくなくて思わず俯くと頭上でクスッと笑う音がして、それがさらに心臓を激しく動かす起爆剤となった。未だかつてないほど忙しなく動く自身の鼓動がうるさい。
「では俺も戻るとする。君は業務が終わったら、いつものように終業時間を待たずに帰っていいから」
「あっ、はい!」
そう言って団長はクルリと踵を返し扉まで戻っていった。
――と、思ったら。
「アユミ君」
「はいぃぃ!」
思わず立ち上がると椅子が後ろで勢いよく倒れた。
扉の前にいる団長は私の慌てた行動になのか、紅潮している顔になのか、またクスッと笑った。
「ここは男所帯だから一人でいる時は鍵をかけなさい。俺が出ていったらすぐかけてほしい。だからこっちにおいで」
「は、はい!」
急ぎ足で扉の前に行くと、団長がまた蠱惑的な笑みを浮かべて私を見下ろした。
「君は、少し無防備だな……」
「そ、そんなことはないと思いますけど……。それにここは危険な場所じゃないですし……」
「確かに少なくとも黒騎士の奴らに君を害するような者はいないが、今君がこの部屋に一人でいることを皆知っているから、何があるかわからない。か弱い女性でいる自覚をきちんと持ちなさい」
「はい……。でもほんとに大丈夫だと思います。ほら、この世界だとショートカットの私は不細工なので何かされるわけないですし……」
そう言うと、団長はさらに色気を増した笑みを向けて、落ち着いた心地良い声を私に落とした。
「君は可愛らしくて素敵な女性だ。だから安全のために鍵はかけてくれ。いいね?」
「っへ、あっ、……わ、わかりました」
「それと……」
じっくりと観察するような視線が、耳に付いている昨日買ったイヤリングに向けられていることに気づいた。
その視線に背筋が痺れるような感覚を覚え、触れられてなどいないのに何故だかピクッと体が跳ねた。
「可愛らしい耳飾りだが……、少し可愛すぎるな。ここでは付けないほうがいい」
「あ、すみません。アクセサリー付けてもいいって聞いていたので。あんまり派手じゃないからいいかなって思ったんですけど」
「そうだな。だが、……うん。やはり可愛すぎる」
なんだか自分が「可愛すぎる」って言われているようで気恥ずかしい。
違う違う。可愛すぎるのはイヤリングのほう!
思わずイヤリングを隠すように耳に手を当てると、団長がフッと小さな笑みを浮かべた。
「では俺は戻るから、俺が出ていったらすぐ戸締まりを頼むよ」
「はい! 鍛錬がんばってください!」
私の言葉に嬉しそうな微笑みを浮かべたあと、団長はパタンと扉を静かに閉めた。
言われた通り鍵を閉めて何故か足早に自席に戻り、倒れた椅子を元に戻してから深く腰掛けた。
未だズンドコズンドコうるさい心臓を落ち着かせるために大きく息を吐いたが、まったくおさまる気配がない。
なんだあの爆裂イケメンセクシーダイナマイトムキムキ男は!
心臓が! もたない!
第二章
先日の団長の色香にものの見事に惑わされ、推しであるはずなのに観察ができなくなってしまった。
だってなんだか団長がキラキラして見える! いや元々キラキラしているんだけど、なんかもっとキラキラというか花が舞っているというか……
とにかくかっこいい! いや、団長はいつもかっこいいけど……、とにかくいつも以上にかっこいい!
私自身、自分がおかしいことを自覚しているが、心なしか団長もあの日から私への接し方が少しおかしく、またもや余所余所しくなった気がする。だが初めの頃のぎこちなさとはまた違う距離で、どうにも戸惑っている。
もしかして、私があの時団長の匂いを嗅いだり筋肉を凝視していたのがバレて、キモいって思われたのかな……そうだったら死ねる。
なんだかいろいろ考えすぎて少し頭が痛いし体も怠い。
食欲もないし、仕事が終わったら部屋に帰ってすぐに眠ろう……
「お疲れ様です……。お先に失礼いたします」
「あぁ、お疲れ」
「お疲れ様です。アユミさん」
ひとまず今日の分の仕事を終えて、二人に挨拶してそそくさと部屋に帰ってきた。
部屋に入ってトイレに駆け込むと、案の定月の障りだった。この世界に来て環境の変化からずっと来ていなかった反動なのか、重いものがズドンと来てしまった。
先日の団長の男の色香に、女性ホルモンがドバドバと分泌されて久々にやってきたのかもしれない。
ずっと来ていないことを気にしていたからよかったことはよかったけれど、それにしても重い……
元々生理が重めの私は元の世界でずっとピルを服用していたのだが、この世界にそういった薬があるのかいまいちわからない。
シートのようなものは、以前ジーナが教えてくれて数枚もらっていたからトイレに常備してある。魔法具らしいそれはどんなに動いても漏れることがなく、臭いや蒸れも気にしなくていいありがたいものなのだそう。
ただ、この腰の鈍痛と重怠さだけは薬を飲まなければどうにもならないだろう。だけどそんな薬は持っていない。ひとまず眠ってしまおう。
そう思って横になり、布団の中で体を丸めた。
あぁ頭も痛いし、気持ち悪い……――
「……っ、つ……ぅう」
――……痛みと吐き気で目が覚めた。
経験でわかる。吐いても気分は良くならない。それなら吐かないほうがいい。
重い頭でベッドの側に置いてある時計を見ると、まだ出勤するまで三時間ほどある。帰ってきて食事も摂らずにすぐに眠ったから、どうやら思ったよりもたくさん寝てしまったようだ。
食欲はまだないから、ひとまずシャワーを浴びて出勤する準備をしよう。
ここから執務室まで歩いて普段なら十五分ほどだが、いつものスピードでは歩けなそうだし、今日は少し早めに出たほうがよさそうだな。
医務室に寄ってから行こうかな、あぁでもあそこは遠いし先生が若い男の人だし、しかもショートカットの私のことを汚いものでも見るような目で睨んでくるんだよなぁ……
どうしよう、気が進まないな。
薬に精通しているジーナに相談したいけど、しばらく出張と言ってたから今はいない。まだ朝早いし、他の子は寝ているだろうから起こすのは申し訳ない。
ジーナに事前に相談して薬をもらっておかなかったことを後悔した。
男性に、ましてや団長に月の障りで仕事休みますなんて言いたくない。
日本にいたときも、勤めていた会社に生理休暇なんてものはなかったから薬を飲んで出社していたし、とにかく出勤しよう。
まだ始業にはかなり早い時間だけど、それならそれで自席に座って休んでいればいい。
のろのろと着替えて、体の様々な部位の鈍痛と怠さと吐き気を我慢しながら職場へと向かった。
蟻のような進みで向かったところ、勤務時間の二時間前に部屋を出たはずが、途中で休んだりしたために一時間ほどかかってしまった。
もらっている鍵で扉を開けようとすると、すでに開いていた。
「あれ?」
扉を開けてみると、少し驚いた顔の団長が自分の机で執務をしていた。
「アユミ君……?」
「団長、なんで……?」
「どうしたんだ? まだ始業時間まで時間があるが」
「えっと、少し早く起きちゃって……。団長はなんでこんな早くに……?」
「俺は早めに処理しなければならない書類があってな」
「そうなんですね……」
どうしよう。自席で休もうと思ってたけど、団長がいる前で机で休んでたら気を遣わせてしまう。
体調悪いアピールはしたくない。それならやっぱり医務室まで行って薬をもらいにいこうかな。
ひとまず温かいものを飲もうと思い、奥にある簡易キッチンへと向かった。
「団長もお茶、飲まれますよね?」
返事をもらう前に、すでに団長用のカップを用意していた。
団長にはいつもの紅茶を用意して、自分の分はノンカフェインのハーブティーにしよう。
少し寒い中を時間をかけて歩いてきてしまったからなのか、痛みが強くなってきて脂汗が出てきた。
――あれ、目の前が暗く……
「アユミ君」
一瞬意識が遠のき、団長の低く艶やかな声でハッと気がつくと、いつの間にか肩を優しく抱かれながら素晴らしい胸筋に身を委ねて立っていた。
私の自慢の後頭部の辺りに、シャツの釦を飛ばそうとしているはち切れんばかりのあの大胸筋が硬いけど柔らかく存在していて、現金な私はそれでほんの少し気分がよくなった。
雄っぱいは生理痛すら軽減してくれるのか、やはり尊い……
「だんちょ……」
「大丈夫か?」
「え……、あっ、すみません! 寄りかかっちゃって」
ボーっとしていて思わず後頭部で大胸筋を堪能してしまった。急いで退こうとして、団長のほうに振り返りながら体を離した。だがその瞬間にまたもや目の前が暗くなり、膝に力が入らず、立っていることも難しくなってその場で座り込みかけてしまう。すかさず団長が抱き寄せてくれたので、ゆっくりと二人で地面に座りこむ体勢になった。
団長はそのまま私を引き寄せる手を緩めず、なんと雄っぱいの谷間に私の顔が完全にフィットした状態になってしまった。
――こ、これがシンデレラフィットというやつか!?
あ、団長の良い匂いで少し吐き気治まってきたかも……。団長の匂いって空気清浄機だったの? プラズマクラスターなの? グングン吸っとこう!
「来たときから顔色が悪いとは思っていたが、立つこともままならないほどだったのか……。茶は俺が用意するから、君は少し休みなさい。隣に応接室があるからそこのソファで休むといい。立てるか?」
「は、はいっ……。あ、あの休まなくて大丈夫です! ちょっと立ち眩みしただけで……」
「そんなに顔色も悪いし立ち眩みがする時点で大丈夫ではないだろ?」
未だ大胸筋の谷間に顔がフィットしながら上を向くと、団長の顔がとても近い。
あぅ、格好いい。
「昨日もあまり体調が良くなかっただろう。風邪か?」
「いや、違くて……本当に平気で……」
「アユミ君」
「っ」
団長の内臓に響く低い声は少し咎めているようなのに、私の子宮まで響いてきた。
ほんとこの人は私の女の部分を刺激するなぁ……と体中の痛みを覚えながらも間抜けなことを考えた。
「体調が悪いなら我慢せず言いなさい。仕事のことは気にしなくていい。立てるか?」
「ご、ごめんなさい……。立てるし、歩けます……」
自分のつまらない意地のせいで却って心配をかけてしまったことに気づき、反省した。
立ち眩みもおさまったため、団長に支えられながら応接室まで連れて行ってもらい、ソファにゆっくりと腰を下ろした。
団長は私が自席に置いているブランケットを持ってきてくれて、用意しかけていたハーブティーも淹れて持ってきてくれた。
団長が淹れてくれたお茶! 大切に味わおう!
だけど、ソファに腰掛けた私のことを団長が床に跪きながら心配そうに見つめてくるせいでドキドキしてしまって、うまくお茶が飲み込めないし味もよくわからない。
「ここで休んで、少し良くなったら医務室に行くといい。俺が付き添うし、その後は寮まで送ろう」
「はい……。あ、でも医務室は……」
「行きたくないのか?」
「いえ、その……医務室の先生から、あまり良く思われていないようで……」
「――っ」
団長から歯噛みしたようなギリッという音が僅かに聞こえたが、何かを吐き出すようにハアァ、と重い溜息を吐いた。
「……わかった。それならここで休んでから、体調が少し良くなったら部屋に帰りなさい。帰る時に声を掛けてくれれば寮の前まで送るから」
「はい……。ごめんなさい、団長……ご迷惑おかけしちゃって」
「迷惑だなんて思っていない。君のことが心配なだけだ。明日も休んでいいからゆっくり休みなさい。熱はあるのか?」
どうやら風邪だと思われているらしく、その武骨な大きい手の甲が私の首に触れて熱を確かめた。
熱なんてないはずなのに、そうされたことでブワッと自分の熱が高まったように感じる。
――団長が首! 触ってる! ベタついていたらどうしよう! ベタベタして気持ち悪いって思われたらどうしよう! ……そうだったら死ねる。
「熱は……高くなさそうだが少し熱いな。慣れない環境で気を張っていて疲れが出たんだろう。君が優秀だからいろいろ仕事を任せてしまっていた。すまない……」
「いえ、そんなっ! これは……」
「ひとまず休みなさい。お茶の残りはこのポットに用意しておいた。足りなくなったら遠慮なく言ってくれ。水分はこまめに摂るんだよ」
「はい……」
正直に生理痛とも言いたくなくて、申し訳ないけど団長が勘違いしているままにした。
お茶をカップの半分ほど飲み一息つくと、団長はカップをヒョイと取り上げて私をソファへと優しく押し倒し、横たわらせた。
「あ、あのっ……」
「少し眠るといい。ブランケット一枚で寒くないか? 俺の上着でよければ貸すが」
「っ! あ、その……お借りしてもいい……ですか?」
団長の上着! 絶対借りたい!
「もちろんだ。洗ったばかりだが、もし臭うようならそのへんに捨て置いてくれ」
え、洗いたてなんだ……。残念……
脱ぎたてホヤホヤの団長の騎士服を借りて今着ている自分の騎士服の上から羽織ると、洗いたての洗剤の香りの中にもフワリと団長の匂いがして、キュウッと胸が苦しくなった。
臭いどころかいい匂いすぎてずっと嗅いでいたい! そして上着がおっきい! ブカブカ!
「団長の上着、いい匂いだしあったかいです……」
そう伝えると、ずっと固い表情だった団長が「あまり嗅がないでくれ……」と少し頬を赤くしながらも溶けたような笑みを浮かべた。
その貴重すぎる表情に私は無事召された。
推しの照れ顔、尊い!
お茶とブランケットと団長の上着のおかげで体が温まったからなのか、少しだけ楽になったように思う。それかさっきの大胸筋シンデレラフィットのおかげだろうか。はたまた上着から香る団長の匂いのおかげか。
「では俺は業務に戻るが、何かあれば隣にいるからすぐ言ってくれ」
「はい、わかりました。……あの、団長」
「ん?」
「ありがとうございます」
お礼を伝えると、フワリと微笑んで静かに応接室の扉を閉めた。
ほんとあの人なんであんなかっこよくて優しいの。
しかも照れ顔は召されるほど可愛いってどういうこと? めっちゃ好き!
あの大胸筋に顔挟んじゃったんだよなぁ……。ごちそうさまです。団長の雄っぱい最高でした。男の人が巨乳に顔を埋めたくなる気持ちが今叫びたいほどわかる。
とりあえず少し休んだら早めに部屋に帰らせてもらおう。ここに長居したら団長も気を遣っちゃうだろうし。
でも、なんだかドキドキがおさまらない……
団長がかっこよすぎるからかな?
昨日たくさん寝たからなのか、それともこの胸のドキドキのせいなのかまったく眠くなく、ムクッと起き上がってお茶に口をつけた。
今度こそ団長が淹れてくれたお茶をじっくりと味わえた。
始業時間が近づいたところで、隣の部屋で誰かが話している声が微かに聞こえた。
きっとアワーバックさんが出勤してきたのだろう。何故だか少し居心地の悪さを感じながら少し冷めたお茶にまた口をつけると、控えめなノック音が聞こえた。
「はい!」
「アユミさん、アワーバックです。入ってもよろしいですか?」
「ど、どうぞ!」
返事をすると、美麗な笑みを浮かべたアワーバックさんが優雅に入室してきた。
少し長い青い髪は今日も綺麗に輝いている。美人だ。
「団長からお伺いしましたよ。具合が悪いとか」
「はい、ご迷惑をおかけしてすみません……。大したことはないんです、休んでいれば治るので」
「……間違っていたら大変申し訳ないのですが、もしかして、具合が悪いのは女性特有のものだったりしますか?」
その声は小さく、隣の部屋には聞こえないようにという配慮があるものだった。
男性からそのように言われたことがなく言葉も出ないほど驚いてしまったが、女性のように綺麗なアワーバックさんに言われると嫌悪感がない。
控えめに頷くと、少し待っててくださいと言って一旦部屋を出てすぐに戻ってきた。
「これ、薬です。よければ使ってください」
粉薬のようなものを差し出され、思わず受け取ってしまった。
なんであなたが生理痛の薬持ってるんですか? という疑問が全面に顔に出てしまったようで少し笑われた。
「補佐という仕事柄、いろいろな薬を常備しているんです。これ、女性が飲むとそれ用の薬ですが、男には整腸剤なんです。私の昔の知り合いにも辛そうな人がいたので、こっそりこの薬を渡していたんです。アユミさんもそうかなと思いまして」
「いただいてもいいんですか?」
「もちろん」
「昔の知り合い」と言ったが恐らく元カノさんだろうな。
人気あるらしいから元カノの一人や二人いますよね。まぁ深くツッコんだりしないけども。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」
「効果はすぐ出ると思いますが、今日は薬を飲んで帰られたほうがよろしいかと。団長も心配してますので、必ず帰る際は団長に送ってもらってください」
「団長からもそう言ってもらったんですけど、仕事の邪魔になりませんかね? 今日早く出勤するほど忙しいみたいなのに……」
「団長はアユミさんを本当に心配してるので、一人で帰ったり業務に戻ったりしたほうが仕事に身が入らなくなると思いますよ?」
「まさか団長に限ってそんな……」
確かに団長はかなり部下思いだと思うけど、だからといって仕事に手がつかないなんてほどではないだろう。
だけどアワーバックさんは、私の言葉を否定も肯定もせずにっこりと笑むだけだった。うん、美人だ。
「では、帰れそうになったら必ず団長を呼んでくださいね」
「はい……」
アワーバックさんが静かに退室した後、薬を飲んだ。すると五分も経たない内に体の至るところの痛みが薄れていった。怠さは少し残っているが、すごい効き目だ。
問題なく歩けるようになったため、執務室への扉を恐る恐る開くと、団長がすぐに私に気づいて勢いよく立ち上がり一瞬にして近づいてきた。
「大丈夫か? アユミ君」
「はい。ご心配とご迷惑をおかけしました……。さっきアワーバックさんから薬をいただいて、そのおかげでだいぶ良くなったので、今日はこのまま失礼しようと思います。それで、その……本当に団長が寮まで送ってくださるんでしょうか……?」
「あぁ。俺が責任持って寮まで送ろう。ベージル、俺は暫し席を外す」
「かしこまりました。アユミさん、お大事になさってくださいね」
「はい、本当にありがとうございました」
やたらと笑顔のアワーバックさんに深々と頭を下げてから、団長と共に執務室を出た。
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