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第1章・第1節:新生活の始まり
手土産は紙袋から出して渡す
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会社の寮に引っ越しをするため、道中買った寮母への手土産の入った紙袋と、まだ使用感のない真新しいビジネスバッグを手に持ち、若い男は住宅街を歩いていた。
おそらく、これから毎日のように歩くことになるこの道は、何もかも新鮮に映った。
駅から7分。
弁当チェーン店やパチンコ店、おしゃれな美容院、1000円カットなどが立ち並ぶ小さな商店街を突き抜けて、線路沿いの住宅街を進むと、黄色い外壁で上の階に行くと部屋数が少なくなっていく特徴的な外観のマンションが現れた。
今日からの住まい。
― 株式会社NIS社員寮
春から勤務する中堅システム会社の社員寮だ。
始まる新生活…社会人の生活。
予想もつかない。
やや緊張気味に、呼び鈴を鳴らした。
「ハイ」
女性の声がした。
「あっ、本日からお世話になります。新入社員の佐藤です。」
「あーハイハイ、ちょっと待ってね。」
しばらくすると曇りガラスの扉を開けて30代前半の日焼けした色黒の女性が出てきた。
「どうぞ」
怒っているわけではないのだろうが、笑顔というわけでもない。愛嬌がある方ではないのかもしれない。新人に対して、最初が肝心と言わんばかりに、表情を崩さず招き入れた。
中に入ると、すぐ左手に靴箱、その奥にすぐ2階につながる階段があり、正面には廊下が伸びていた。右手の扉は寮母室らしい。
「外靴はここで脱いでね。中は土足厳禁。みんな廊下はスリッパを使っているから。」
「ハイ」
「あ、これ。これからお世話になります。」
持っていた紙袋をそのまま渡した。
思えば、手土産を渡す際には、紙袋から出して渡すなんて、知ったのはだいぶあとになってからだ。
「これは、ご丁寧にありがとう。」
一瞬頬が緩んだように見えた。
手土産を渡し終えて、自分の部屋の鍵を受け取り、部屋に案内される。
「運用の人とかで夜勤がある人は日中寝ていることもあるから、廊下は静かにね。」
「わかりました」
3月末の日中。多くの人はたぶん出勤中なのだろう。扉が等間隔に並ぶ廊下は、静まり返っていた。
「えー佐藤さんはここね。」
― 501号室
案内された新生活の舞台は、階段を5階まで登って、すぐ手前の部屋だった。
「コンロは一口でIHね。部屋のカーテンは、退寮する時にクリーニングして返却してね。ここがクローゼット。バスルームのカーテンは自分で用意して使ってください。駅の反対側に量販店があるから、確かそこで買えるわ。タバコは室内では駄目ね。室内禁煙。」
「ハイ」
流れるように説明を行っていく。寮母にハイ、ハイと返事をした
6畳ほどだろうか。東向きのこぢんまりとした部屋だ。贅沢ではないが、日当たりも良さそうで、男一人暮らしの城としては丁度よい。
「あ、それと小包届いてたからキッチンのとこに置いておいたから」
「小包ですか?ありがとうございます。」
確かにキッチンに小さな小包が置いてあった。
「じゃあ、何かあったら声かけてください!」
「わかりました。」
寮母を見送ったあと、部屋を見渡しカバンを置いた。狭い部屋だが、ガランと荷物がないと一回り広く思える。窓を開けてベランダにも出てみた。5階ということもあり景観はなかなかなものだった。眼下に広がる街並み。
遠くに見える駅前以外は戸建てや低層のアパート、マンションが並んでいる。
今日は天気も良く、春の訪れを間近にして、街全部を呑み込んでしまいそうな青空が広がっていた。
新生活が、いよいよ始まる。
おそらく、これから毎日のように歩くことになるこの道は、何もかも新鮮に映った。
駅から7分。
弁当チェーン店やパチンコ店、おしゃれな美容院、1000円カットなどが立ち並ぶ小さな商店街を突き抜けて、線路沿いの住宅街を進むと、黄色い外壁で上の階に行くと部屋数が少なくなっていく特徴的な外観のマンションが現れた。
今日からの住まい。
― 株式会社NIS社員寮
春から勤務する中堅システム会社の社員寮だ。
始まる新生活…社会人の生活。
予想もつかない。
やや緊張気味に、呼び鈴を鳴らした。
「ハイ」
女性の声がした。
「あっ、本日からお世話になります。新入社員の佐藤です。」
「あーハイハイ、ちょっと待ってね。」
しばらくすると曇りガラスの扉を開けて30代前半の日焼けした色黒の女性が出てきた。
「どうぞ」
怒っているわけではないのだろうが、笑顔というわけでもない。愛嬌がある方ではないのかもしれない。新人に対して、最初が肝心と言わんばかりに、表情を崩さず招き入れた。
中に入ると、すぐ左手に靴箱、その奥にすぐ2階につながる階段があり、正面には廊下が伸びていた。右手の扉は寮母室らしい。
「外靴はここで脱いでね。中は土足厳禁。みんな廊下はスリッパを使っているから。」
「ハイ」
「あ、これ。これからお世話になります。」
持っていた紙袋をそのまま渡した。
思えば、手土産を渡す際には、紙袋から出して渡すなんて、知ったのはだいぶあとになってからだ。
「これは、ご丁寧にありがとう。」
一瞬頬が緩んだように見えた。
手土産を渡し終えて、自分の部屋の鍵を受け取り、部屋に案内される。
「運用の人とかで夜勤がある人は日中寝ていることもあるから、廊下は静かにね。」
「わかりました」
3月末の日中。多くの人はたぶん出勤中なのだろう。扉が等間隔に並ぶ廊下は、静まり返っていた。
「えー佐藤さんはここね。」
― 501号室
案内された新生活の舞台は、階段を5階まで登って、すぐ手前の部屋だった。
「コンロは一口でIHね。部屋のカーテンは、退寮する時にクリーニングして返却してね。ここがクローゼット。バスルームのカーテンは自分で用意して使ってください。駅の反対側に量販店があるから、確かそこで買えるわ。タバコは室内では駄目ね。室内禁煙。」
「ハイ」
流れるように説明を行っていく。寮母にハイ、ハイと返事をした
6畳ほどだろうか。東向きのこぢんまりとした部屋だ。贅沢ではないが、日当たりも良さそうで、男一人暮らしの城としては丁度よい。
「あ、それと小包届いてたからキッチンのとこに置いておいたから」
「小包ですか?ありがとうございます。」
確かにキッチンに小さな小包が置いてあった。
「じゃあ、何かあったら声かけてください!」
「わかりました。」
寮母を見送ったあと、部屋を見渡しカバンを置いた。狭い部屋だが、ガランと荷物がないと一回り広く思える。窓を開けてベランダにも出てみた。5階ということもあり景観はなかなかなものだった。眼下に広がる街並み。
遠くに見える駅前以外は戸建てや低層のアパート、マンションが並んでいる。
今日は天気も良く、春の訪れを間近にして、街全部を呑み込んでしまいそうな青空が広がっていた。
新生活が、いよいよ始まる。
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