ドーマン・アシヤの異世界見聞録

シュペーマン

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我が名は蘆屋道満

鬼は産まれ、大地を紅に染める

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鋭く熱い痛みがミラを貫いた。


それは刺し傷という概念を大きく逸脱した衝撃。


貫かれた身体を走る激痛もあるが、それよりも強力で未知の痛みがミラ自身自覚したことの無い場所で生まれた。


それは魂の焼ける痛み。

この世のものとは思えぬ激痛にミラは叫び声をあげる。

「あああああああああああああ!!」

刀身から火が燃え広がり、ミラを飲み込んだ。衣服はとうに燃え尽き、火ダルマの絶叫が洞窟内に響く。

「ギャアアアアアアアアアア!!」

ミラは申せ何が何だか分からなくなっていた。助けを求め、一度は協力の姿勢を見せてくれた老人に身体を貫かれた。しかもそれを耐えてみせろと言うのだ。

「がああああああ…あああ…ああ」

徐々に力が抜けていくのがわかる。いや、というより中身が無くなっていく感覚の方が近いかもしれない。

(なんなのだ、あの老人は何がしたいのだ…)

薄れゆく意識の中で過ぎったのは師であったカーネルの事であった。

(ごめんなさい、カーネル…ごめんなさい、カーネル…)

このまま無力のまま死んでゆくのを嘆いていると何処からか声がきこえた。


貴女の罪を赦しましょう


柔らかい声であった。優しさだけで編まれたさながら天使様な声。それは心地良く、ミラの中に入り込んでくる。


貴女の罪を赦しましょう


(…しかし何故だろう、なにか釈然としない…)


貴女の罪を赦しましょう


(そうだ…私の『罪』とはなんだ……)


貴女の罪を赦しましょう


(そうだ、私の負うべき『罪』などまだ無いではないか!!)


貴女の罪を赦しましょう


(ふざけるな!!私にはやるべき事がある!!)


貴女の罪を赦しましょう


(うるさい!黙れ!これは私の身体だ!!)


覚醒した意識と共に身体に刺さった剣を掴む。

「はああああああああああ!!」

鎖は溶け、肌は灼け爛れ、髪は燃え尽きた死体同然の身体で抗う。

「き…きさまの…ような、剣で、私の執念は、断ち切られなど、しない!!」

剣が爆炎と共に身体から抜ける。ミラは再び炎の中に閉じ込められたが、今度の炎はドス黒かった。

黒炎と呼べるような禍々しい炎は、本来の物理法則を無視してミラの身体にまとわりつく様に燃えていた。

「ハァァァアあああ!!」

叫び声と共に四散した黒炎の中から現れたのは、ミラとは似ても似つかぬ姿であった。

薄い金髪は黒一色に染まり、眼は青色から緋色に変わっている。何より額から細長い一対の黒いツノが天を衝く様に生えていた。肌は死人の様に白く、先程までの傷は何処にもない。

「…………………えっ?」

出来事を把握しきれていないミラは間の抜けた声をあげる。それもそのはず、この様な奇跡はミラの前に立つ老人にも全容は掴めないのだから。


「WOOOOOOOOOO!!」


ミラが驚いて道満を見ると、曲がった腰は何処に行ったのか天に向かって両手の握り拳を突き立てる老人がいた。

先程までの不気味な雰囲気は何処へ行ったのか、感動の涙を噛みしめる様に流す道満。

「まさか…本当に成功するとはッ!」

「…チョトマテ、ソレハドウイウ事ダ!?」

思わず胸ぐらを掴むミラ。今全裸であるがそんな事は気にしていられない。

「カカッ、素晴らしい成果じゃ、ミラ!貴様はワシの想定をはるかに超えた奇跡を起こしたのだぞ!!」

「いや、それよりも貴様には成功させる気なかったのか!?」

ミラの追求に答える気はない様で、只々子供の様に喜ぶ道満。

「素晴らしい!!まさか【人】と【鬼】と【天使】を一つの生命として矛盾したまま成立させるとは!」

キャイキャイと喜ぶ老人。

「……ハァ…」

全く聞く気がないことを確認したミラは手を離し髪を触る。自分本来の色ではない黒、不気味な感じがしてならなかった。

「もうなんでもいいが、これで成功なんだな…」

「貴様ァ!もう少し驚かんかァ!!」

「私はそこまで魔術に詳しくないのだ…」

「………解らぬ者に説いても仕方がない。ではそこの剣を取れ」

「剣?」

道満の指差す方向に振り向くとそこには先程までミラに刺さっていた剣があった。

しかしそれは刺さる前より幾分禍々しく、外見だけなら魔剣、邪剣の様に見える。

ミラが無造作に柄を掴み、振る。すると刀身から黒炎が生まれ、刃を包み込んだ炎の剣となった。

「ウワアア!?」

思わず離した剣は炎が立ち消え、地面に突き刺さった。尋常ではない切れ味である。

「最早それは貴様の一部となった。貴様にしか扱えんし、生きている限り欠ける事も失う事も無いじゃろ」

「これが……、私の……」

再び剣を取り眺めるミラ。その刀身は血の様に赤い。そのまま道満の前まで来ると片膝をついた。
そして剣を前に構え瞳を閉じる。

「なんの真似じゃ」

「カーネルから教わった『騎士』の忠誠を誓う礼だ。私の身は貴方の剣、朽ちるその時まで御身に仕えます」

凛とした姿はまさに騎士であり、その美しさには女神であっても嫉妬するだろう。

「貴様は『騎士』ではなく『式』になったのじゃがな……、まぁ良い、ならば褒美を与えよう」

ミラの頭に白い生地がかかる。

「これは?」

広げるとそれは簡素な白のワンピースであった。何故こんなものを道満が持っているのかというと、道満自身の盗み癖ゆえ、いつ手に入れたかなど覚えていないが入っていたのだ。

「素っ裸の騎士など滑稽以外の何者でもないわ、見ているだけで寒々しい。さっさと出るぞ、…………どうやら出迎えもあるようだしの、カカッ」

「っと!すまない!!……迎え?」

ミラは慌てて服を被りながら、来た道を見つめる道満を不思議そうに見つめた。



**********


少し遡った山の中

ザコル・アクトンは部下数名を連れて山を登っていた。

「いや~隊長!まさかレットボアを手に入れられるとは思いませんでした!!」

そう話す部下の引きずるソリの上には赤い毛並みのイノシシのような獣が横になっていた。

「……そうだな、本来ならば後続部隊がしっかりして入れば俺たちはこうして狩をする必要などなかったのだがな…」

どこかアクトンは暗い。

「不幸中の幸いというヤツですな、レットボアなど帝都であれば干し肉でしか手に入りませんよ?」

魔獣の肉は総じて美味である。とりわけレットボアは高級食材として扱われるが、足が早いのだ。

「隊長…確かに『この作戦』は不測の事態が多く起きましたが、既に目的の人物は掌握出来ております。隊長の《祝福》であろうとこの事実を覆る事はありません!」

「そうなんだがなぁ…確かに俺の《直感》は断片的な未来しか見えないし、外れる事も多いんだが…」

ザコル・アクトンの表情が浮かない理由はコレである。

自身が見た恐ろしい未来に怯えているのだ。

伝説の鬼人族、『黒鬼』に蹂躙される未来に。


鬼人族とは頭にツノを持つ亜人であり、力が異常に強い事が特徴である。祖先が『鬼神』と交わり生まれたとされ、魔術適性は低いがそれを補える怪力は童女であっても丸太を2本は抱えられる程だ。その為、建築業や冒険者に多く、Sランク冒険者の『地割』は鬼人族の中でも力の強い『赤鬼』である。

その鬼人族の中の伝説『黒鬼』

黒髪に一対の黒いツノ、緋色の眼を持つ鬼人は生まれながらの覇者であると言われている。史実、遺された勇者の日記によると、勇者パーティ6人に対して黒鬼1人で七日七晩戦い続けたのだという。『アレが魔王でなくて良かった』という日記の一文は今も帝国において強者の褒め言葉として存在する。

創作だと思われていたが、事実ザコル自身が『見て』しまった為、どうしようもなく怯えていたのだ。

「…しかし姫も口を割りませんな…どんなに鞭で打っても『知らない』と言うのだから」

「王族としての誇りだろうな、あそこまで口が固いとは思わなかった。お陰で4番隊から魔術師を借りる『貸し』を作ってしまった」

「俺としてはあの子は姫じゃないんじゃないかと思ったんだけどね」

「バカなことを言うな、王の一人娘、アリシア・カネル・ペルドラゴに間違いはない、証拠に『刻印石』も反応していたではないか!」

刻印石とは特定の人物、組織に対して反応するよう術式の彫られた魔法石の事である。道満の元の世界で言えば指紋認証や血液検査に近いものだ。

「……どちらでも良い、魔術師が来れば自白させられるのだ、とっとと終わらせたいものだ」

ため息をつきながらそう言ったザコルは見えて来た洞窟を見つめる。

「………守りがいない!?」


まだ少し遠いが確かに穴の近くに人はいない。本来ならば大男のゴーダと背が低いが俊敏で《祝福》持ちのスネッオがいるはずだ。命令違反は機密作戦では致命傷になりうる。

ーそしてザコルは彼ら2人が命令違反をするような人間ではない事を知っていた。

「各自戦闘配置につけぇ!!」

急な命令であったが彼等は訓練を受けた者達、すぐさま散開し得物のロングソードを抜く。背中に弓もあるが、小回りの効く剣で様子を見る。

「ゴーダとスネッオの姿が見えない!敵は洞窟の中に居る可能性がある。周辺には警戒しながら進むぞ!!」

ひとまず警戒しながら洞窟付近までやって来たザコル達は、地面が夥しい血で染まっているのを認めた。

「こ、これは…!」

経験を積んだ戦士であり、情報収集にも秀でたザコル達は目の前の情報から揺るぎない事実を知ってしまう。


敵はかなりの強者であると


ゴーダとスネッオは隊の中でも実力者であった。ゴーダはその力強さは鬼人族と同程度と言われ生木を掌底で叩き折ってしまうし、スネッオの速さで後の先を取られれば対応できる者は殆ど居なかった上彼の持つ《魔力抵抗》は幻術系魔術を無効化してしまう強力なものだ。

苦戦しようとも瞬殺されるような弱者では無い。
しかし眼前に広がる血に染まった地面に戦いの痕跡が一切ない。彼等は抵抗する猶予すら無く殺されたのだろう。

すると部下の1人、優秀な《耳》を持つ男が反応する。

「誰かが穴から出て来ます!人数は2人!片方は細身、もう1人は…杖をついているようです」

「細身の方は姫だろう。しかしおかしい、彼女の足の腱は切ったはず、回復魔術を使ったとしても体力が無いはずだ!」

「となると杖の方が問題ですか、あの檻を突破したからには魔術師でしょう」

(そうだ!あの結界の檻は1人ならば解除に3日は掛かるシロモノだぞ!つまり相当の実力者、そしておそらく2人を殺した者だ…)

ザコルは考えをまとめると命令を下す。

「距離を取るぞ!穴から離れ等間隔に間を取れぇ!!」

次の瞬間、ザコルの視界にノイズが走る。

(これは!『直感』が発動した!?)

ザコルの『直感』の本来の強さは未来予知では無く、白兵戦における回避の高さである。数秒後の事実を視認し、回避する。その力を用いた戦術は国の中でも指折りであり、帝国第一王子の《剣撃》も初手であれば耐え切れる自信があった。

見えた未来はザコルに突進する女の姿、魔剣を持ち、横薙ぎを放つと防御の甲斐なくロングソードごと胴体を真っ二つにされる。

(奴は…『黒鬼』!?)

数日前から見ていた映像。伝説との回合に、一瞬のうちに滝のような汗を掻くザコルだが生き残るため行動に出る。

対処は簡単、切られる場所からタイミングをずらして避ければ良い。その時点で相手にとっては予想外の展開であり、次にザコルが打ち込むのは完璧なカウンターとなる。

ザコルが構えた時点で『黒鬼』は飛び出して来た。

(イケる!)

初撃を回避しがら空きの胴体に剣で斬りつける。そのイメージに《直感》による否定は働かなかった。

放たれる寸前、ザコルが足に力を入れた瞬間、再びノイズが走った。

それは

縦に両断されるザコルの姿であった。



「えっ」



その言葉を最後にザコル・アクトンの世界は縦にズレ込み、右目で赤く染まる大地を、左目で空を眺めながら、その意識は暗い海の底に沈んでいった。

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