速度極振りエセ侍の異世界奇譚

シュペーマン

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ロアの愛

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「…フーン、フフーン、フフンフフ~ン」

一人の少女が森を歩いていた。鈴のような声はその容姿と相まってまるで妖精のように思える。銀の長髪と金色の瞳、黒のドレスは鬱蒼とした森を背景に幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「…フ~ン、フンフフーン」

先程から楽しげに鼻歌を歌っているが、音程を外しまくっているのと無表情が合わさり異様に見える。

本来ならばこのような場所に少女は不似合いなのだが少女の足は淀みなく進む。

「…来た」

鼻唄をやめ、足を止めた少女は前方をぼんやりと見つめる。そこには一見して何もいない。

グルルルルッ!

そんな唸り声とともに1匹のまだら色獣が姿を現した。

「…《森狼》まぁ、予想通り」

「ガウッ!ガウッ!」

狼が威嚇する。牙を剥き出しにして、あらんばかりの敵意を少女にぶつける。

本来、《森狼》はその隠密能力を活かし、奇襲を主とする戦闘スタイルである。それが一人の儚げな少女に対し懸命に吠えている。

…これは異常としか言いようがない。

狼は何を思い吠えているのか。ただ見たこともない生き物に慎重になっているのか、それとも敵わない圧倒的上位者の前に抵抗を見せているのか。

「……」

再び少女が歩み出す。懸命に吠える狼もジリジリ後退して行く。

ガオァ!!!

瞬間、少女の背後、完全な死角から別の狼が飛び出した。

少女の細い首筋めがけ大きな顎が拡がる。完璧な奇襲が少女を襲った。

バアァァン!

突如、聞いたことのない様な破裂音が森を駆け巡った。

驚いた前方の狼は尻をまくって逃げ出す。それは音に驚いたのもあるだろうが、目の前に映った景色が己の無力さを痛感させるものであったからに違いない。

本来ならば少女の首を加えていたはずの狼は、自らの頭の中をブチ撒いて、事切れている。即死であったであろうそれは、寸前まで狙いをつけていた様に大きく顎を開けたまま大地に横たわり、辺りを赤く染めている。

「…びっくりした」

慌てた様子もなく狼の残骸を見つめる少女の片手には、およそファンタジーの世界にはありえない物が握られていた。

トンプソン・コンテンダー

それは狩猟用として有名なシングルアクションの拳銃である。銃身を変えることで様々な弾を撃つことのでき、その幅は非常に広い。

そんな銃に大口径のガバメント弾を装填していた少女は、平然とそれを片手で扱い切って見せた。正確な狙いで頭を撃ち抜いたのだ。

コレが彼女の、《鮮血龍姫  ロア》の戦闘スタイルである。銃の使い手としてその精度は《カオスエイジ》の中でも指折りであるがそんなものは彼女の能力の一部に過ぎない。

銃に弾を再装填するとロアは何事もなかったかの様に歩き出す。先程の狼など忘れてしまっているのだろう。

ガアアアアアア!!


再び何者かの雄叫びが森に響き渡る。その迫力はさっきの《森狼》とは比較にならない。

木々をなぎ倒しながら現れたのは鬼の様な角の生えた大男であった。腰布だけの簡素な装備であったがはち切れんばかりの筋肉が鎧など不要に思わせる。手に持つ棍棒は見るからに硬く重そうである。

「…次は《オーガ》」

グオオオオ!!

オーガは棍棒に自重と筋力を乗せ加速度的速さでロアに迫った。こんなものが当たれば五体満足で入られるはずはない。

ドドン!!

しかしその巨体はロアを捉える事なく宙に浮いた。向けられていた体の前面は全体に穴が空き、血を吹き出しながら仰向けに倒れた。

ロアの手には先程の銃とは違うものが握られていた。

それはショットガン、トレンチガンと呼ばれる代物でそこから貫通力のあるフレシェット弾が放たれた結果であった。

彼女は武器を取り替えることでオールレンジで戦える力を持っていた。

「…本当に急に出てくる」

冷静に処理しておきながら、そんなことを言うロアにいきなり声が飛んできた。

“ナニモノダ!!、ナゼ我ラノ住処ヲ荒サントス”

片言の声にロアは辺りを見渡すがどこから響いてきたのか見当がつかない。


「…言葉を話す知性がある、《森の賢者》?」

“ソンナ名前、知ラナイ。デモ私ガ、森ノ長。オマエノ目的、イエ!”

「………」
明らかな敵意を孕んだ言葉がロアに飛んでくる。

(…数は30から40匹、…囲まれてる?)

ロアの発達した耳が微かな音を拾い、辺りを把握していく。

しかしその音は突如として消失するわ。

「…スキル?」

“ソウダ、私ノチカラ、音ヲ消ス、匂イモ消ス”

「………爵位持ち」

《爵位》

《カオスエイジ》において魔物は進化をしない。ゴブリンはゴブリンのままであり、別種になることも上位種になることもない。

しかし魔物には《昇格》という制度がある。それは野生生物である魔物が理性を手に入れ、種族の枠を超えた幅広い力を手に入れることができるものである。男爵、子爵、伯爵、上級伯爵、侯爵、大公の順に《爵位》が存在し、ステータス補正、特殊技能を獲得できる。

《カオスエイジ》では魔物でのプレイも可能な為、これを使いオークなのに聖騎士、スライムの吟遊詩人などメチャクチャなキャラメイクを可能とした。

ゲーム内であればイベント攻略により爵位を得られるが、この世界ではわからない。しかしどうあれそれなりの知性を持っていることは明白である。

現に木々が生い茂るこの場所で、視覚はほぼ意味を成さない。その中で聴覚と嗅覚が効かなくなれば、相手を把握することは不可能となる。ロアの探知スキルはそこまで高いものでは無い。戦略としては有効であった。

“暴レルノナラ、容赦ハシナイ”

「………」

ロアは持っていたショットガンを投げ捨てる。それは地面に着く前に光の粒子となって掻き消えた。

「…ふぅ」

短い息を一つ、ロアは脱力し、瞳を瞑る。まるで降参しているようにも見える。

「…移動速度上昇」

次の瞬間、言い様のない圧がロアを中心に放たれる。

“ナンダ…”

突然の出来事に《森の賢者》は動揺する。今まで見せた力も強力なものであったが、今から起こることがそれを遥かに上回る気がしてならなかったからだ。

「…弾速上昇、貫通力上昇、消費弾薬軽減、命中率上昇、ホーミング付加」

敵の言っている意味はわからない。しかし言葉を唱える度に目の前の人型のバケモノの力が増していく事が分かる。

逃げなければならない。そう決まれば一目散に走り出さなければ。

“アッ……”

森の賢者は自身の足が恐怖で動かない事を覚った。まるで大地に縫い付けられているようだ。

「…爆発性能付与、攻撃力上昇、攻撃力極大上昇、ノックバック追加、火炎属性追加、猛毒注入」

長い様であっという間に、ロアの口述は終了する。両手を広げ、何かを握る様な形を取るとそこにはまたしても違う銃が二丁握られている。

ブローニングM2重機関銃

それは最早人が持って使う事を想定していない。その火力、射程範囲は人に向ける為に作られたものではない。純然たる破壊の権化、一度火を吹けば届く全てに死を与える神の雷。視線の先に向ける。

そこから垂れる給弾ベルトの長さは今から始まる惨劇の開演時間を指し示している。

「…擬似・必殺技【狂想曲カプリチオ】」

ズガガガガガガガガッ!!

金切り声を上げながら、銃口の先の全てがなぎ倒されていく。厚い樹々でさえロアのスキルで強化されたこの機関銃の前では紙ほどの強さもない。

ズガガガガガガガガガガガッ!!!

圧倒的な弾幕が森を蹂躙する。草花は土に埋もれ、舞い落ちる葉でさえ存在する事を許されない。形あるものを全て壊す。

ギャアアアアアアアアア!!

それは最早際限無く死を振り撒き続ける銃声か、ただ理不尽な暴力に理解が追いつく事なく上げられた絶叫なのかはロアでさえ分からない。分かることはそれは二つの音が合わさったものであり、決してどちらか単一のものではないということ。

ズガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!ガンッ!!

弾薬を使い切った悪魔は鈍い金属音と共に動きを止める。その音はあたりに立ち込める砂埃と共に吹いた風に流されていった。

地獄。

そう形容するしかない惨状。土と、草木と生き物であったものが混ざり合い何が何かまるで分からない。まるで赤子が何も考えず色とりどりのクレヨンで塗り潰した画用紙の様であった。

「…ふぅ」

そんな一仕事を終えた様に一息ついたロアは何かを探す様に辺りをキョロキョロと見渡す。

「…これかな?」

目的のものを見つけたロアは近くに歩み寄り膝を曲げる。その眼下にあるものは勿論生きているはずはない。

辛うじて体毛が白であったこと以外はないも分からない。自らの血に全てが沈み、何処からが頭で何処が手なのかさえ分からない。

「………」

ロアは佐々木より渡された予備のアイテムボックスから瓶を取り出す死体に撒いた。

強烈な光と共にまるで時間が逆再生する様にみるみると形を成していく。大地に染みた血液も全て回収され元の形に戻っていく。白の体毛に手足が長く、まるで人間か猿の様な形をした魔物は全てが再生された間も無く目を覚ました。

“ココハ……ギャアアアアアアアアア!!”

目覚めた途端に絶叫が上がる。魔物の四肢には銃剣がいくつも刺さり、身動きの取れぬ様にと縫い付けられていた。

「…薬効あり」

ロアは取り出したノートに状況を書き記していく。その目はまるで感情がなく、実験動物を見つめている様だ。

“オマエハ!?ナニッ…ヲ、ギャアアア!”

魔物の腹に一本銃剣が刺さる。再び絶叫が上がるがそれを受け止めるのは目の前の少女以外存在しない。

ロアは何事もない様にまた別の薬を魔物に垂らす。今度の薬は死者を復活させる力は無いがそれでも強力な回復薬である。

「…治らない」

依然として魔物には剣が刺さっている。ロアは刺さる一本を抜き取る。悲痛な呻き声には見向きもしない。

すると抜いた傷口がみるみると塞がっていく。

「…刺さったままだと回復しない?」

首を傾げながらメモを取っていく。その後も何度も刺しては様々な回復薬をかけていく。

“コ……コロシテ…”

魔物の願いが叶うのはそれから28時間後の事であった。




私は何のために生まれてきたのだろう

そんな事は考えたことがなかった。

七龍と呼ばれた世界の全てを犯す悪性の極点の一つ《鮮血龍 パンドラ》。その娘として生を受けたことに何の疑問も持たなかった。

一度人々の前に姿を表せば、皆抗うことなく恐怖と絶望と共に平伏する。

誰も私を見ることなく、通り過ぎるのを切に願っていたのだろう。

そんな気色の悪い雰囲気を煩わしく思った私は静かに山に引きこもった。


…そんな私を引っ張り出したのは彼だった。

鮮血龍に立ち向かうには余りにも軽装で、背負う剣はふざけた長さ、飄々とした軟派者。

そんな彼は楽しそうにパンドラと戦い勝ってしまった。

私と目があった時、見せた笑顔が今でも残っている。

私が何者なのか知っているはずなのに、そんなことに臆することなく接してくれた。

彼の仲間と、時には二人きりで、天を穿つ大火山を、冥王の支配する地獄のダンジョンを、雲の上の天神たちの住まう神殿を、様々な場所に連れて行ってくれた。

彼は違う、怯え私を見ようともしない者達とは違う。韋駄天の如く戦いの中を駆け巡る後ろ姿に何度となく興奮を覚えた。

彼と二人なら何があったて乗り越えられる。そんなことさえ夢想した。

……それを知っていたかの様な邪神の悪戯。

異なる世界に飛ばされた私達。全てが未知の世界で私が見たのはコジロウの怯えた姿だった。

予想外だった。コジロウであっても人の子だったと初めて知った。

不思議と失望はなかった。それどころかコジロウが変わっているのではなく、心から私を受け入れてくれていたことを知った。

ここは異世界。コジロウは私をこれまで以上に頼りにしてくれている。


誰にも彼を傷付けさせない。頑張ればきっとこれまで以上に褒めてくれるし、近くにいてくれる。

私はコジロウを守ろうと決めた。


……この世界を敵に回しても
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