廃嫡王子の秘密は辺境伯嫡男に暴かれる

森田りよ

文字の大きさ
3 / 8
1章

王女の帰国

しおりを挟む
 秋学期がはじまって数日。
 ドラゴンを象った王家の紋章入りの馬車からエロイーズが降りてくると、ロジェは思わず駆け寄った。
「ねえさま、おかえりなさいませ!」
「まあ、ロジェったら。そんなにねえさまが恋しかったの」
 ロジェが胸に飛び込むと、エロイーズもぎゅっと抱きしめ返す。
「はあ、わたしのロジェ。おまえの赤ちゃんのにおいがわたしも恋しかったわ」
 髪や頬に口づけを繰り返すエロイーズに、ロジェはくすぐったそうに笑いをこぼした。
 次いで馬車から降りてきたのは乳兄弟のクロードだ。彼は侍従としてエロイーズの外国訪問について行っていた。ロジェはクロードとも抱擁を交わす。
「ロジェ、すこし痩せたか」
 すっかり抱き込まれる具合になっていたロジェはそうかな、ととぼけるとクロードの腕のなかをすり抜けた。
 それを見咎めたエロイーズは、どうしようもなく手が掛かる子を見る目でロジェを見つめる。そして、おもむろに片手を振った。
 それを合図に、それまで直立不動の姿勢で王女と王子を見守っていた侍女や護衛の騎士たちは一礼をし、馬車や馬に乗って王宮まで戻っていった。

 ここは寄宿学校において種々の典礼や迎賓を執り行う講堂の正面玄関。
 ニヴルガル帝国まで婚約者を訪っていたエロイーズ一行は、王宮での帰国の挨拶もそこそこに、ロジェのもとまで帰ってきたのだった。
 まだ授業中のいま、ここにほかの生徒や教師たちの姿はない。だからと言って、王家の手の者がどこで聞き耳を立てているとも限らない。
「――『庭』へ」
 エロイーズの一言で、三人はヘスペリデスの園へとその足を向けた。

 王宮から逃げるようにして寄宿学校に入学したエロイーズたちにとって、寄宿舎すら気の休まる場所ではなかった。寮監さえも王家の息がかかっていた。
 そんな姉弟にとって『ヘスペリデスの園』だけが安息の地だったのである。





 世間的には病死と発表された王妃の死だが、事実は大きく異なっていた。
 王妃は毒を盛られて死んだのだ。
 エロイーズが十一歳、ロジェが十歳のことであった。

 すぐに実行犯は捕まった。しかし、その直後に自殺を図ったため、首謀者がだれであるかは分からず仕舞いだった。
 とはいえ、誰の目から見ても犯人は明らかだった。

 数ヶ月前に突如、王宮の住人となった王の公妾、マルタである。
 それまで、王に公妾がいることすら知らされていなかった。
 しかも彼女は、エロイーズ王女と同じ歳という王の隠し子マクシムを連れていた。
 もちろんマルタの身辺は徹底的に調べられた。しかし、証拠となりうるものは一つも出てこなかったのだった。
 誰もが彼女を黒幕だと思いながらも、マルタは無罪放免となった。

 この王妃暗殺の責を問われて、当時王宮にて要職についていた多くの者がその任を解かれたり、辞任に追い込まれたりした。
 それは、宮廷魔術師長や王妃の実兄であり宰相であったクレメール侯爵にまで及んだ。
 唯一と言っていい例外は、騎士団長のマルソー伯爵である。
 彼はちょうど護衛として、ニヴルガル帝国との休戦調停締結のため、王とともに国境に向かっていたのだ。騎士団内におけるマルソー伯爵の人望の厚さも、彼が辞職を免れた一因であると思われる。

 将来の王太子位を約束されていたロジェは、異母兄が現れたと同時に、母とその生家という強力なうしろだてを失った。
 この事件の直後、王は庶子であったマクシムを正式に認知し、第一王子としたのだった。

 混乱を招きかねないという理由で、国民には王妃の死の真相は秘されることになった。
 しかし、公妾やその庶子が現れたことによる心労が祟ったのではないか、いや、公妾が王妃を殺したのでは、とマルタたちを非難する噂は市井で絶えなかった。
 賢王と呼ばれた先王に比べて地味ではあったものの、その堅実な姿勢が評価されていた現王。しかしその評判も、これら一連の出来事により地に落ちたのだった。

 母の死を境に、エロイーズやロジェの姉弟を取り巻く環境は一変した。
 もう、王宮は心の休まる場所ではなくなった。





「ニヴルガル帝国はいかがでしたか、ねえさま」
 エロイーズとロジェはガゼボのなか、ベンチに寄り添いあうように座る。
 エロイーズの白魚の指が、彼女とお揃いのロジェの淡い金髪を梳いた。

 『ヘスペリデスの園』は、ゆるやかな丘のうえに建てられた石積みのガゼボを中心とした庭である。
 丘を下った平坦な部分は、幾何学的に配された低い生け垣が小道をなしている。さらにその周りは常緑の木立が囲んでいた。
 ガゼボからの見通しはよく、一方、周囲からの視線は遮られる。人が庭に入ってくればすぐに気がつき、だれかに話を立ち聞きされる心配もない。
 なにかしらの意図があって造られたのでは、と思われるほど、王家の姉弟に都合がよく、美しい庭だった。

「最悪だったわ。あのお綺麗な顔に気味の悪い笑みを貼り付けた皇太子、まるで値踏みするようにこちらを見てきて……」
「嫌なことはなにもされませんでしたか」
「まさか! 指一本だって触れさせてないわ」
 ロジェが姉の言葉の真偽を確認をするように振り返る。ベンチの後ろに立って周囲を警戒していたクロードは、それに力強くうなずいた。

 ダラゴニア王国の王女エロイーズとニヴルガル帝国の皇太子スウェイン・リンドホルムとの婚約は、完全なる政略結婚であった。
 これを機に長年国交が途絶えていた両国の融和をすすめ、あわよくばエロイーズに男児が産まれたら、外戚としてニヴルガル帝国への影響力を強める算段である。
 しかし、エロイーズにとっては向こうの人質になるに等しいものだ。
 また、婚約者のスウェインには美しいモノを『蒐集』する趣味があるとの妙な噂があった。

「クロードも、もうこちらへ座れ」
「そうよ、おまえがそこに立っていてはちっとも気が休まらないわ」
 どうやらエロイーズの苛立ちはまだ治まらないようだ。彼女に当たられたクロードは肩をすくめると、ベンチを回り込みロジェの隣に腰を下ろした。

「そんなことより。ロジェ、なにかあったのでしょう。ねえさまに教えなさい」
 エロイーズから真っ直ぐに瞳を覗き込まれ、ロジェは逃げ腰になるが、クロードにも逃さないとばかりに肩を抱かれた。
「……そんな、ねえさまたちを煩わせるようなことでもないのですよ」
 ロジェは、あの日ここでアクセルと出会ったことを渋々語り出した。

 話を聞き終えたエロイーズとクロードは呆れた表情になった。
「ロジェは認識が甘すぎる。もし、その男が嗅ぎつけて、それが王家の耳にでも入ったらどうするんだ」
 クロードが嘆息する。
「そうよ。それに、相手が悪いわ。ああ、やっぱりクロードは連れて行くんじゃなかった」
 エロイーズの言葉に、クロードは今度は難しい顔をした。
「それと。まさかロジェ、その男に興味をひかれているんじゃないでしょうね」
「それこそ、まさかですよ」
 ロジェは撫然と言い放ったが、エロイーズはまだ疑わしそうだ。
「だって、ロジェがそんな風にだれかに感情をあらわにするなんて珍しいわ」
 エロイーズが指摘する通りに、二人に報告するロジェの声はいつになく昂っていたかもしれない。

 ガゼボを緩やかな風が吹き抜ける。遠目に、まだ小さく固い秋薔薇のつぼみが揺れるのが見えた。
「ただ、いまの状況はそう悪くないわ」
 エロイーズは一呼吸おくと続けた。
「――その男がそんなに会いたがっているのなら、会ってあげればいいじゃない」
 きれいな笑みから放たれた突拍子もない言葉。
 いつものように、彼女の一言で今後の方針はすべてまとまってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。 追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。 きっと追放されるのはオレだろう。 ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。 仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。 って、アレ? なんか雲行きが怪しいんですけど……? 短編BLラブコメ。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

処理中です...