ロニーと南秦羅の海

緑川にゃにゃ

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「ステラファンタジアストーリー」通称スフス。
 このゲームにはプレイヤーのアバターとなる主人公がいる。
 男女選択出来て名前も自分で決めることも出来るがデフォルトネームも存在しており、男女共通で「クリス」である。

 この世界の主人公は女性のクリスだ。
 そしてこのクリス、どうやらアラスターさんのことがお気に入りな様で、彼のことをよく連れ出しているらしい。
 俺たちに自分らのステータスを見ることは出来ないが、主人公の力できっとアラスターさんのレベルはカンストしてそう…

 アラスターさんはあのイベント後、僕のことを気にかけてくれてなのか度々スコウに訪れ、その交流のおかげで僕らはかなり仲良くなった。
 彼は気のいい兄ちゃんって感じで、僕は前世も含め兄弟がいないので、凄く良い人な上にイケメンで実力もあって男としては悔しいけどかなり尊敬している。
 彼は主人公に連れ回されて数々のイベントに出向いてる様で、そういう話をお土産として語ってくれる。

 俺が前世でプレイしていたストーリーがこの世界で本当に起こっていることだと先日のことで自覚してるけど、他人から語られるとやっぱり他の世界の事のように思ってしまう。
 僕はスコウに住んでいて、スコウから出る用事も無いしスコウ出身以外のキャラともあまり接点が無くて会えない。
 人気キャラは大抵他の土地出身者だし、スコウ出の人気キャラも今は旅をしていてスコウに住んでいないようだ。
 俺が好きだったキャラも秦羅という街の女の子だったなぁ…
 彼が語る話の中に知っているキャラの名前や、メインストーリーとイベントストーリーで起こったことが出てくるとちょっと興奮するけど実際に見たかったなーとも思ってしまう。

 とにかく主人公に気に入られてるアラスターさんが羨ましいのだ。

 ◆◇◆◇◆

 最近知り合ったスコウに住む少年ロニー。
 俺に懐いてくれていて、純粋でひたむきで、弟みたいで可愛いのでちょくちょく奴の家に寄って行ったりしている。

 ある日出会った不思議な少女クリスとその仲間達に誘われるまま着いていき、その先々で色々な体験をした事をロニーに話してやると、年頃の少年らしく冒険譚が好きなのか目をキラキラさせながら聞いてくれるのだが、同時に少し寂しそうな表情もするので……

「なぁ、クリス。ちょっといいか?」
「はいっ?!な、何でしょうか?!」

 俺はクリスに直談判する事にした。
 クリスは俺が声をかけるとビクッとして驚いていた。そんな急に話しかけちまったかな?

「ロニーって知ってるだろ?スコウの少年弓士。今度どこかに行く予定があるならアイツも連れてけないか?面倒は俺が見るからさ」
「あー…ハイ、わかりました!良いですよ!」
「サンキュー、アイツも喜ぶよ…そんな弱い奴じゃないからさ、足でまといにはならないと思う」

 ロニーは先日のスコウの祭りでの魔物の暴走から人々を守った誇りのあるスコウの戦士だ。
 気まぐれに魔物狩り大会に参加しようとスコウの祭りに合わせて旅行気分で観光してたら、天使ちゃんみたいなちびっ子に指南を求められるとは思ってなかったが、俺にとっても、きっとアイツにとっても良い出会いだったと思う。
 ロニーは努力家で、やると決めたらやる男だ。
 それに可愛い弟分には色々体験させてやりたいと思うので、俺もこれからはクリスだけに頼らずにアンテナ張って面白そうなイベントにロニーと共に首を突っ込んでいこうかな。
 幸い俺が住む天楼には情報屋は沢山いるし、組織には腕だけは確かな噂好きもいる。

 クリスが言うには早速行くべきところがある様で、今は秦羅の南の海岸でクラゲの魔物が猛威を奮っているのでそこに向かうらしい。
 ロニーも連れていく準備をしないとな!海だからアレを用意してやんねーと!

 ◇◆◇◆◇

「ほぁ~…綺麗な海だぁ…」

 アラスターさんが興奮した様子で僕を連れ出したと思ったら、テレポートポータルで秦羅に連れてかれて現在に至る。
 テレポートポータルとは各地の主要な街に設置された魔導具で、テレポートポータルはデカいので魔導具と言うよりは魔導スポット?…とにかくこれが設置してある街限定ではあるが、瞬時に移動出来る凄いモノなのだ。
 テレポートポータルは、イタズラされないように結界も張ってある。どうやら大昔の偉大な魔導師が作ったと言われているのだが、ゲーム内でもそれに関連した話は無かった気がするが……
 未だにこれを作れる魔導師は居ないらしい。どういう訳か仕組みが解読出来ず、技術が高度過ぎて謎なんだそうだ。

 そんなテレポートポータルに感謝しつつ目の前の綺麗な海と青い空をボーッと眺めていたらアラスターさんがバシンと肩を叩いてきた。

「何惚けてんだ!せっかくの海だぜ、早く着替えろよ!」
「え?着替え?」

 まぁ確かに凄く暑い。ヤシの木の木陰にいるが、南の秦羅は常夏と言われている熱帯地域だ。
 スコウは内陸の、北に近い上に森の中なので厚着しないと寒い。
 急に連れて来られた僕は今スコウ仕様の服なので暑すぎる。

「あ、渡すの忘れてたな…ホラ、これがお前の水着だよ」
「え?!僕の水着?!」

 アラスターさんが徐ろにビニールで出来た巾着袋を渡してきた。ロニーの水着…?
 俺の記憶ではロニーには水着バージョンは無かったと思うんだけど…
 低レアでさほど人気の無いロニーに有料の水着スキンなんてものも用意されてるとは思えないし…
 もしかすると俺の目に入ってないだけでロニーにもひっそりと水着バージョンが実装されてたのかもしれない。
 確かにロニーはショタ系キャラだし、スフスをプレイしていたお姉様達やそういう趣味の野郎達は好きかもしれない。やっぱりニッチなキャラなのかなロニーって…

 しかし、これはアラスターさんが僕にと買ってくれたものなのでゲームとは関係ないかもしれないし、とりあえず今は海を楽しみたい。
 前世でもこんな陽キャめいたことは無かったんだから……泣いてなんかいない!

 アラスターさんにお礼を言って、自然の更衣室もとい茂みで水着に着替えて来た。

 アラスターさんがくれた水着はサーフパンツのゆるゆるスイムウェアだ。
 僕はいつも重めの色の服を着てるけど、水着はロニーの目の色に合わせてくれたのか爽やかな薄青緑色。
 濡れた体の水分を吸ってくれるようなタオル地でできたクリーム色のパーカーもセットだ。パーカーのフードには猫耳を模した三角の飾りが二つ付いてる。
 これ女の子向けのパーカーでは…?
 ビーチサンダルは鼻緒が赤で本体が紺色の、僕がいつも着てるアウターの様な配色だ。これも僕に合わせてくれたのかもしれない。

「どう?似合うー?」
「おっ!着たか!いいぞいいぞ!」
「えへへ、アラスターさんこそ水着、すごく似合ってるよ!」

 貰った水着を彼に披露したら喜んでくれたのでまぁ似合ってたのかな?
 それよりもアラスターさん自身の水着姿凄い…!これにはスフスプレイヤーのお姉様方もにっこりの顔面人権キャラだ…!
 ちょっとぴっちりしたハーフスパッツタイプの、生地が黒くて赤のラインが入った水着は太ももの形がくっきりしてて、普段はコートとシャツに隠された上半身は結構筋肉質でかっこいいし、何なんだこの人は!いい加減にしろよ!
 そんなこと考えていたらアラスターさんは派手な柄のシャツを羽織って水鉄砲を手にした。
 前世で見たような一見プラスチックな材質の大きい水鉄砲だったが、彼が愛用してる魔弾銃にもあるような菱形の魔石がその水鉄砲にも嵌っていて、多分アラスターさんの水着バージョンでの武器なんだろうなぁ…前世スフスでアラスターさん一人も持ってなかったから知らないけど。
 彼のいつもの魔弾銃には緑色の石が嵌ってるけど、水鉄砲には目の前に広がる南秦羅の海や僕の瞳の色のような、青みがかった緑色の綺麗な石が嵌め込まれている。

「このこの水鉄砲が気になるか?」
「うん、それすごい立派だね」
「これは今回のために天楼の武器職人に作ってもらったんだよ。今回のバケモノクラゲは海に住んでるっつーのに真水には弱いらしいからな」

 彼によるといつも使っている魔弾銃は無属性なのだが、今回のために水属性の魔弾銃を作ってきたらしい。
 威力を弱めると本当の水鉄砲としても使えるぞと子供のようないい笑顔で言ってて楽しそうだった。良かったね……と温かい目で見てしまう。

「お前の分の弓も用意したんだが使うか?」
「弓も用意してくれたの?!」

 ロニーにも新武器の秦羅藤で作った弓をくれる。
 僕が普段使っているスコウ産の木材で作ったものよりもしなやかな作りなので、物理威力は落ちるが秦羅藤に付与しやすい水属性がついているおかげで属性分のダメージも乗る優れものの弓だ。

「ありがとう!軽い!使いやすそう!」
「そりゃよかった。ついでに武器職人に作ってもらったやつだ。これでクラゲ討伐も手子摺らずに出来るだろ」

 アラスターさんは「武器職人に喜んでたって伝えとくわ」と、自分のことの様に嬉しそうに言った。

 そうやって着替えてからまったりしていたら、狩り開始の合図が聞こえた。

「クラゲの触手毒は地味に痛えから気を付けろよ~!」
「アラスターさんも気をつけてよね~!」

 声を掛け合いながら砂浜を漂うクラゲ達を弓で射っていく。
 水属性の魔力によって真水を纏ったような状態の矢に、面白いように崩れていくクラゲの魔物達。
 討伐が始まる前は沢山いたのだが、クリスが集めた強キャラたちのお陰で随分と少なくなり、もう討伐がぼちぼち終わりそうな雰囲気だ。
 僕も少しは貢献出来たかな?

 クリスが連れてきたキャラの中で見覚えがあり、尚且つ一際輝いて見えるキャラがいた。
 チェンマオちゃんだ!!
 前世俺はチェンマオちゃん欲しさに幾らか課金をし、水着バージョンが出た時にも課金をしたのだが……出なかった……

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ん?ロニーお前固まってどうした?」
「あの、あのオレンジ髪の子…」

 アラスターさんに凝視しているのがバレて、チェンマオちゃんの方を指さした。

「え、チェンマオ…?ロニーお前あんなゴリラ女好きなの?」
「ちょっとアラスター?誰がゴリラですって?この天楼のチンピラが!」
「ゲゲ!聞かれてたか…オイ!盗み聞きすんなよ!地獄耳か!」
「アンタの下品な声は聞きたくなくてもよく聞こえるわよ~」
「んだと~?!」

 ゲーム中では天楼と秦羅の人間は仲が悪いとされてたけど…なるほどね…確かに天楼のアラスターさんと秦羅のチェンマオちゃんは折り合いが悪いみたい。

「ところでそっちの可愛い子は誰なの?」
「こいつはスコウの弓士ロニーだ。最近知り合った俺の弟分」
「ちょっと?!勝手に弟分にしないで!…あの、初めまして!」

 うぅ…近くで見るチェンマオちゃんは超可愛い…

「初めまして!私はチェンマオ!秦羅では食堂やってるんだ~機会があったらぜひ来てね!」

 そう自己紹介してくれたチェンマオちゃんの顔が近い!
 し、知ってます…真空菜の炒め物が美味しいらしいということも!

「スコウ人?秦羅の海は初めて?凄く綺麗でしょ?あたしら秦羅人にとっても自慢なのよ
 楽しんでいってね、ロニーくん」

 ウインクをひとつ寄越してくれたチェンマオちゃんの眩しさったら…言葉に出来ない可愛らしさ…

「は、はひ!」
「くく、はひだってさ」
 アラスターさんの茶々がウザイ!噛んだの恥ずかしいんだから余計なこと言うなっ!

「じゃ、私お店あるから帰るね~どうぞごゆっくり~!」
「言われずともゆっくりさせてもらうっつーの!なぁロニー?」
「あ、ありがとうございました!お店今度行きますねー!!」

 チェンマオちゃんは後ろ向きに手をヒラヒラさせて秦羅に帰っていってしまった。
 僕はその背中に向かって心の中で叫んだ。絶対行くからね!!秦羅!!

 彼女と別れてからまだ所々にいるクラゲを倒していたら主人公が討伐終了したのを知らせてくれる。

「あの~…これから自由行動として屋台や海で遊ぼうと思ってるんですけど良かったらアラスターさんも…」

 おずおずとクリスがアラスターさんに声を掛けてきた。

「ああそうだな!ロニー!仲間に入れてもらおうぜ!」
「うん!かき氷食べるのとか久しぶりだから楽しみ!」
「あ~…えーっと…」

 クリスはアラスターさんと過ごしたいようだけど、アラスターさんは知るよしもなさそうだ。
 どうしようかなぁ。アラスターさん以外の知り合い居ないからなぁ。
 アラスターさんとお近づきになりたそうなクリスには申し訳ないけど、他の人との交流の場にさせてもらおう。
 本当は僕も海で女の子と二人ですごしたいけどさ!

 海の家では南秦羅出身のキャラが定番のかき氷やラーメンを売り、トウモロコシと焼きそば焼いてるキャラがいたり、スイカ割りで盛り上がるグループがいたり、ビーチバレーやビーチフラッグといったスポーツを楽しむ人たちもいた。
 他のキャラたちにアラスターさんを介して挨拶したりして、昼食に焼きそばと水分補給としてかき氷をアラスターさんと一緒に食べて、運動の準備はばっちりだ!
 クリスはアラスターさんと話したがっていたけど、諦めたのか今はヒロインキャラやマスコットキャラと一緒にいるみたいだ。
 僕は結局他の人たちとは挨拶程度の交流しか出来なかった。

「ロニー!泳ぐぞ!」
「うん!あ…」

 今の今まで自分が泳げないことを忘れていた。
 泳ぐ機会も前世では無かったし、ロニーも同じようなもんだ。

「何ぃ?!まぁスコウじゃ泳ぐ機会もあんまり無いか…」

 アラスターさんに海で泳ぎ方を教えてもらうことになり、足がつくかつかないかというような少し深い場所に来た。
 大丈夫かなぁ…?

「いいか?体を浮かせるには全身に微妙な力を入れるんだぞ」
「え…?浮かせるのに?」
「そうだよ」
「よ、よし…やってみる…!」

 見様見真似で泳ぐ様に自分の手を重ねて水面と平行になる様に滑らせたが、ブクブクと沈んでいく己の体…溺れるて!!

「ぶはぁ!!死ぬ!!」
「あ~ダメだなこりゃ…もうお前は浮き輪でプカプカしてな」
「えーやだぁ…ガキっぽいもん…」
「ガキっぽいんじゃなくてガキなんだろ!ほら、浮き輪借りに行くぞ」

 僕のあまりの才能の無さに海での練習は早々に諦め、浮き輪を借りに行くことになった。
 海の家では水着や浮き輪を貸し出していて、とりあえずドーナツ型のと、アラスターさんは浮き輪ハンモックなるものを借りていた。
 二本の棒状の浮き輪(それはもう浮き輪では無いかもしれない)の間に薄いビニールのシートが付いていて、そのシートの上に乗って寝ながら浮くという超快適そうなスグレモノだ。

「アラスターさんいいなー僕もそれがいいー」
「ダメだ、これは大人のもんだ」
「そんなこと決まってないでしょ!」
「ロニーお前はその浮き輪がお似合いだ」
「似合ってたまるか!」

 借りた浮き輪はカラフルな柄がついていて、かなり恥ずかしいけどこれしかなかったのだ……
 そんな恥ずかしそうにしてしょげてる僕を見兼ねてアラスターさんは「いつかプールで泳ぎの練習しような」と約束してくれた。
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